ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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ARKADIA────『極剣聖』対『理遠悠神』

「…………」

 

 こちらへ伸ばされたその手を、立ち尽くしながら呆然と眺めるアルカディア。そうして数秒経て────彼女はその顔を酷く不愉快そうに歪めさせた。

 

「正気ですか?サクラさん、貴女自分が一体何をしているのか、言っているのか理解してるんですか?」

 

 辛辣な声音をサクラに叩きつけるアルカディア。だがサクラは意に介さず、微笑みを浮かべたまま、さも平然と彼女へ言葉を返す。

 

「ああ、理解しているとも。私と、皆の元へ帰ろう。フィーリア」

 

 サクラの言葉に、欠片程の迷いはない。彼女らしい、何処までも真っ直ぐで、嘘偽りなどない真剣な言葉。それをアルカディアは感じ取り────故に、辟易とした。

 

「……興が冷める。失望だ、『極剣聖』」

 

 つまらなそうに吐き捨てて、それと同じものを瞳に宿らせて、アルカディアはサクラに言う。

 

「刀を拾え。それを抜け。私と戦え。私は滅びの『厄災』、『理遠悠神』アルカディア。人類が打倒すべき存在(モノ)。故にその手を取ることはない。その手は繋ぐ為に開くのではなく、殺す為に固く握り締めろ」

 

 そう言うと同時に、常人であれば浴びただけでも生きることを諦めるような、真正の人外だけが持ち得る殺気をアルカディアは放つ。それは遠回しに、それ以外の行動を一切許さないと言っていた。

 

 だが、しかし。今アルカディアの前に立つのは『極剣聖』サクラ=アザミヤ。その程度の殺気で折れることもなければ、揺らぐこともない。

 

 刀を一向に拾おうとしないサクラに、アルカディアは深々と嘆息し、忌々しそうに呟く。

 

「そうですか」

 

 アルカディアの呟きと共に、彼女のすぐ側で、何もない宙に突如として薄青い粒子が舞い、瞬時にそれは一個の魔石となる。先端が歪ながらに鋭く尖った、命を奪うには充分過ぎる殺傷力を有した魔石に。

 

 魔石は数秒、そこに浮いていたかと思うと。

 

 ビュンッ──そんな風切り音と共に、消えた。

 

 硬いもの同士が凄まじい勢いで衝突したような異音がして、その方向にサクラが視線を向けると、そこには先程アルカディアの側で浮いていた魔石が、同じ魔石である床に突き刺さっていた。

 

 遅れて、千切れた彼女の黒髪が数本宙を舞い、そしてその頬に赤い一筋が引かれる。

 

「次は当てる。もう二度は言わない────私と戦え、『極剣聖』」

 

 床に深々と突き立った魔石を見下ろすサクラに、淡々と、先程の高揚などまるでなかったかのように。無表情無感情で言うアルカディア。

 

「……」

 

 そんなアルカディアへ、サクラは視線を戻す。戻して、彼女は────

 

 

 

「言っただろう。私は戦いに来た訳じゃない、君を連れ戻しに来たんだ」

 

 

 

 ────頑なに、そう言い返すのだった。瞬間、アルカディアは瞳を大きく見開き──彼女の周囲に無数の魔石が宙に現れる。微動だにせず浮かぶそれらは、床に突き刺さっているものと同様に、先端が鋭利に尖っていた。

 

「これで少しは気も変わりました?」

 

 まるで忠告のように訊ねるアルカディア。だがそれでもサクラは床にある刀を拾おうともしなければ、全く動じることもない。

 

 そんな彼女の様子を目の当たりにして、アルカディアは────その顔に貼り付けていた無表情を、憤怒の形相へと様変わりさせた。

 

「ならば死ね。この『理遠悠神(アルカディア)』を失望させたままにッ!!」

 

 アルカディアがそう叫ぶや否や、彼女の周囲に浮いていた魔石の一つが消失する。それと同時に風切り音が喧しく一瞬響いて、そして。

 

 

 

 

 

 ズガンッ──床に突き刺さった。サクラの、右肩を掠めて(・・・)

 

 

 

 

 

「……何?」

 

 思わずといったように、アルカディアが訝しげな声を漏らす。当然だろう、その魔石は間違いなく──サクラの心臓を貫くつもりで放ったはずなのだから。

 

 だが、結果は違う。魔石はアルカディアの定めた狙いから大幅に逸れて、サクラの右肩を掠め床に突き刺さった。その現実を前にして、彼女は疑問を抱かずにはいられなかった。

 

 ──外した……?いや、そんなことはない。私は確実にサクラさんの心臓を狙った。狙って、魔石を放った。……紙一重で躱されたということか。

 

 その割にそれらしい動きをサクラは全く見せなかったが────その事実を無意識ながらに無視して、アルカディアはそう考えて己を納得させる。させてから、彼女を嘲ってみせる。

 

「戦わないとほざいておきながら、ちゃっかりこちらの攻撃を躱すなんて。酷いですね、まさか騙し討ちでもしようとしてたんですか?貴女らしくもない」

 

 そうやって非難をぶつけるアルカディアであったが、明らかにその機嫌は良くなっている。対するサクラといえば、魔石が掠めた右肩に手をやっていた。

 

「……」

 

 右肩に触れたサクラの手は、血で赤く染まっている。それを見た彼女は────憤慨することもなければ、恐怖することもなく、フッと何故か口元を嬉しそうに綻ばせた。

 

「これで確信した。……全く、存外君は素直じゃないな」

 

「……は?」

 

 予想だにしないサクラの発言に、意味不明とでも言いたげにアルカディアが声を漏らす。そんな彼女に依然サクラは微笑みを向けながら、優しく穏やかに言う。

 

「待っていろ。手を取るのが気恥ずかしいというのなら、私がそちらまで行くとしよう」

 

 そしてその言葉通り、サクラはその場から一歩を踏み出し、ゆっくりと砕けた玉座の方へ────アルカディアの元へ歩き始めた。

 

「なっ、何を言って……い、いい加減にしろ『極剣聖』ッ!刀を、得物を拾え!」

 

 あまりにも想定外なサクラの反応と態度と行動に、アルカディアの平静さは呆気なく崩されて、どうしようもなく乱されてしまう。もはや体裁を取り繕う余裕すら失くしてしまったのか、震える声で懇願するかのようにそう叫ぶが、サクラは刀を見向きもしない。彼女はただ真っ直ぐに、アルカディアだけを見据えていた。

 

 私は戦いに来た訳じゃない────その言葉が本気であると、確固たる意志の元に在ると見せつけられ、それはアルカディアの精神を限界間近まで追い詰めてみせる。

 

「く……来るな。来るな来るな来るな!こっちに……来るなァァァアアッ!!!」

 

 異質の瞳を思い切り見開かせ、アルカディアは錯乱しながら絶叫する。それと同時に彼女の周囲に浮かぶ魔石がまた一つ、そこから消え去る。

 

 今度はろくに狙いも定めていない、ただサクラの歩みを止める為に撃ち出された一撃。魔石は豪速で大気を裂き、宙を突き進みながらサクラへと飛来して────彼女の足を掠め通り過ぎた。

 

「また……!?」

 

 驚愕の声を漏らすアルカディア。再度彼女の側から魔石が消え失せ、今度こそサクラの身体を穿つ────ことはなく、彼女の脇腹を掠めて壁に突き刺さる。

 

 一度ならず、二度も三度も。サクラへ向けて撃ち出したはずの魔石が悉く狙いから外れ、その現実がアルカディアをこれでもかと追い込んでいく。

 

 ──当たらない。

 

 魔石が消える。サクラの左肩を掠める。

 

 ──当たらない。

 

 魔石が消える。サクラの右腕を掠める。

 

 ──当たらない、当たらない……!

 

 魔石が消える。サクラの左足を掠める。魔石が消える。サクラの腰辺りを掠める。

 

 ──当たらない!当たらない!当たら、ないッ!?

 

 次々と消える魔石。次々と増える、サクラの掠り傷。そこから血が滲み、彼女の着物を点々と赤く染めていく。

 

 だが、それでもサクラは足を止めない。どれだけ傷が増えようと、血が滲み流れようと。彼女はその歩みを止めず、アルカディアの元まで進み続ける。

 

 ──どうして当たらないっ?どうして、どうしてどうしてッ!?

 

 それはサクラが最初と同じように、魔石を紙一重で躱しているから────そうやってアルカディアは己を無理矢理納得させ、困惑を鎮めようとするが、もはやそれも叶わない。

 

 ……いや、最初からずっと、わかっていた。ただ、認めたくなかっただけ────本当にサクラには、戦う意思なんてないことを、認めたくなかっただけだ。

 

 サクラは魔石を紙一重で躱してなどいない。そう、躱してなどいなかった。最初から、ずっと。

 

 理解していながらも理解することを拒んでいた、その事実をようやっと認め、受け入れ──────彼女はその答えに辿り着いてしまった。

 

 

 

 ──………当たらないんじゃ、ない。私が……当てようとしてないんだ(・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 散々、今まで散々自分は煽っていた。訴えていた。戦えと、殺意を振り翳し、突き立ててみろと──『極剣聖』サクラ=アザミヤに言っていたのだ。

 

 だからこそ、アルカディアは今の今まで自分を保てた。正気でいられた。サクラの、人間の敵として。『理遠悠神(アルカディア)』として。

 

 だが、結局は無理だった。そもそもの話自分だって────戦おうとしていなかったのだから。敵に、『理遠悠神』に成り切れていなかったのだから。

 

 ──…………あ……れ……?

 

 そこまで考えて、ふとアルカディアは疑問に思う。その疑問は、あっという間に彼女の胸の内を埋め尽くす。

 

 何故自分は『理遠悠神』に成り切ろうとしていたのだろう?何故、自分は敵で在ろうとしていたのだろう?

 

 そんなこと、する必要などないのに。そう、自分は厄災、第四の滅び──『理遠悠神』なのだから。だからそれに成り切るだとか、関係ないのだ。

 

 だからこそ、敵で在ろうとした。敵で在ろうとしている。人間が打倒すべき、絶対敵に。

 

 ──じゃあ、何で私はサクラさんに攻撃を当てようとしなかった……の?

 

 それは自分が『理遠悠神』に成り切れていないから。敵で在ろうとしていないから────自問自答を終え、またしても疑問が脳内を埋める。

 

 ──あ、れ?成り、切る?『理遠悠神』に?そんな必要ないのに?え?あれ、あ、れ……?

 

 思考が乱れる。精神が喰い荒らされる。矛盾という矛盾がアルカディアを呑み込む。

 

 

 

 そして、その果てに────アルカディアの中で決定的で、そして致命的な何かが弾けて、砕けた。

 

 

 

「う、ぐぁ……あアあぁあァァアあッッッ?!あアああアアアっ!!!」

 

「っ!?フィーリアッ!!」

 

 突然喉が破り裂けるのではないかと思う程に、明らかに尋常ではない絶叫を迸らせ、響き渡らせるアルカディア。両手で頭を押さえてその場に蹲り、依然絶叫を上げながら激しく痙攣し始める。

 

 そんな、誰がどう見ても異常な彼女の姿を前に、流石のサクラも堪らず慌てて彼女の元まで駆け出そうとするが、サクラはその途中で半ば無理矢理に止まった。

 

 何故ならば、もしそのまま突き進んでいたのなら────サクラは確実に死んでいたからだ。自分の周囲を取り囲むようにして浮かぶ、大小無数の魔石に首を貫かれて。

 

 宙で静止している魔石をサクラが見つめていると、やがて頭を抱え込み蹲っていたアルカディアが、フラフラと立ち上がる。

 

「ちが、う……わたし、はある、かでぃあ……『理遠悠神』アルカディア……私は『理遠悠神』アルカディア!フィーリアじゃない!フィーリアなんて、最初から、ずっと!存在なんかしてないッ!」

 

 そう叫ぶアルカディアの額、その左側で薄青い粒子が輝く。瞬間、そこにあったのは────酷く歪な、薄青い角。

 

 この局面、一本角(ふかんぜん)から二本角(かんぜん)に至ったアルカディアが、魔石に囲まれ身動きの一切を封じられているサクラに告げる。

 

「言え、『極剣聖』ッ!戦うと、言え!でなければ……今すぐにでもお前を殺すッ!今度こそ、絶対にッ!!」

 

 凄まじいまでの魔力と殺気を放ちながら、迫真の覚悟を携えて、アルカディアはその腕を振り上げる。

 

 そんな彼女の姿を見て、そんな彼女の言葉を聞いて。生命など容易に奪える形をした魔石に隈なく取り囲まれているサクラは────それでも不敵に微笑んでみせた。

 

「言っただろう。私は戦いに来たんじゃない、君を連れ戻しに来たと」

 

 サクラの言葉に、アルカディアの顔が歪む。そして振り上げた腕を一思いに振り下ろそうとした、その直前。微笑んだままのサクラが言葉を続けた。

 

「それに、君に私は殺せないよ。だって────君も戦うつもりはなかったじゃないか」

 

 それは、何の根拠もない言葉だった。だというのに、込められていたのは絶対にそうであるという、自信──確信──信頼。

 

「ッ────」

 

 一片の疑いもなかった、その言葉を受けて。アルカディアは──────

 

 

 

 

 

「ぁ、ぁあああああ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 ──────刹那の躊躇もなく、腕を振り下ろした。

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