ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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ARKADIA────エピローグ(その四)

 不意に擦れた布の感触に、意識が唐突に覚醒する。寝起き直後特有の気怠さに揉まれながらも、半ば無意識的に身体を覆うこの布を跳ね除ける。

 

「……ん、ふぁ……」

 

 呻き声を漏らしながら、背中や臀部に伝わる、柔らかく沈み込むような感覚に、どうやら自分は今寝台(ベッド)の上にいるらしい。そのことを自覚して、とりあえず上半身だけを起こしてみる。……何故だろう。妙に涼しいというか、やたら布団や寝台のシーツが肌を擦る。

 

 起きて間もない為、視界が不鮮明だ。それでもここがどこかの場所の寝室で、それなりの広さだということはわかる。ぼやける視界を巡らし──その内に、徐々に鮮明さを取り戻す。

 

 そしてふと、ある部分が目に留まる。そこにあったのは壁一面の鏡であった。鮮明になる視界。目を細め、その鏡に映り込む景色を凝視する。

 

 数秒後、やがて完全な鮮明さを取り戻した視界は捉えた。鏡に映り込んだ、その姿を。

 

 

 

 目を凝らし、鏡を見つめる寝台の上の、一糸纏わぬ全裸の姿を。

 

 

 

「…………」

 

 流れるまま、鏡から視線を外し、恐る恐ると眼下を見やる。そこにあったのは────やはり惜しげもなく晒されたなだらかな肌色の平原と、呼吸によって生々しく蠢く腹部と、そして奥ゆかしい臍であった。

 

 それら全ての光景を確と受け止めて。

 

「ふっきゃあああああっ?!」

 

 堪らず、そうフィーリアは絶叫を上げたのだった。

 

「なんっ、な何で服っ?着てな……はだかぁ!?」

 

 混乱のあまり要領を得ない言葉を撒き散らし、とにかく慌てふためくフィーリア。彼女は先程跳ね除けた布団を大急ぎで引っ掴んで、そして身体を覆う。

 

 ──ていうか、ここどこ……!?

 

 フィーリアがそう思った瞬間、向こうの方でガラッと扉が開かれる音がした。咄嗟に顔を向けて数秒。現れたのは──────

 

 

 

「む。起きたか、フィーリア」

 

 

 

 ──────と何故か少し不服そうに、残念そうに言う、サクラであった。彼女の微かに濡れた黒髪が、この室内を照らす僅かな照明によって艶やかに照らし出されていた。そして何よりも特筆すべきなのが今の彼女の格好である。

 

 驚くべきことに、サクラが今身に纏っているのは、純白のバスローブだったのだ。

 

「さ、サクラさんっ!?そそその格好は一体どういうことですかっ?」

 

「どういうことも何も、湯浴みの後だからこの格好になったのだが。……寝起きだというのに、存外君は騒がしいな」

 

 湯浴み──つまりはシャワー。入浴。そのどちらでも構わない話だが、それらの行為の後に、サクラがそんな格好になっているのは至極当然であり、また必然とも言えよう。

 

 まあそれはさておき。目を覚ましてから今に至るまで終始慌てふためき通しなフィーリアのことなど全く気にせず、サクラは黒髪を僅かに揺らしながら、寝台の彼女の元にゆっくりと歩み寄る。

 

「まあ、それだけ騒げるのなら元気なことには違いないか」

 

 などと言いながら、サクラもまた寝台に腰を下ろす。バスローブ姿の彼女は何処か無防備で、そして普段はおくびにも出さない女性らしさを醸し出していた。……雰囲気的な意味でも、肉体的な意味でも。

 

 震える声で、恐る恐るフィーリアがサクラに訊ねる。

 

「あ、あのサクラさん……貴女、その下って、今……」

 

「む?この下か?下着の類は付けてないが」

 

 ──ですよねー……!

 

 サクラに答えられ、フィーリアは声に出さずに心の中で苦しげにそう呟く。バスローブなので、それが当然といえば当然なのだろうが。

 

 しかしそのせいで、普段は然程気にならない、目立たないサクラのとある部分がこれでもかと主張している。下着──彼女曰く、サドヴァ大陸極東(イザナ)独自の下着とも言える『サラシ』によって押さえられている、その部分が。

 

 そこは──サクラの胸は冗談抜きでフィーリアの顔以上の大きさと面積を誇り、しかも胸なのだから当然、二つある。サクラがほんの少しでも身動きするだけでバルルンッという擬音が聴こえそうな程に二つとも揺れる。勢い良く、激しく。

 

 ──あ、相変わらずですね……。

 

 もはやそこまでとなると異性同性、男女問わず関心を集める。そしてそれはフィーリアとて──否、そこに人並み以上に劣等感を抱える彼女だからこそ、無意識ながらにも視線を注いでしまっていた。

 

 だが、そのことにサクラが気づくことはない。『極剣聖』サクラ=アザミヤは鈍感なのである。不意に黙り込んでしまったフィーリアに彼女が訝しげに訊ねる。

 

「フィーリア?」

 

「うぇ?あ、いや……」

 

 サクラに声をかけられ、フィーリアは挙動不審に彼女の胸から視線を逸らす。それから誤魔化すように、今度はフィーリアがサクラに矢継ぎ早に質問した。

 

「そ、そもそもここどこなんですか?私『世界冒険者組合(ギルド)』本部にいたはずですよね?ていうか何故私はは、裸で寝台の上に?」

 

「ここは中央街のホテルの一つだ。私が本部から君を連れ出した。裸だったのは後でおい……寝台に寝かせるのに、あの格好のままでは不便かと思ってな。やむなく脱がしたからだ」

 

 フィーリアの一つ一つの質問に、一つ一つ丁寧に嘘偽りなく(後半に怪しい部分はあったが)答えたサクラ。彼女の答えを受けて、フィーリアは納得したように頷き──かけて、慌てて首を横に振った。

 

「いや、いやいや!サクラさんはいいとして、私は何でホテルなんかにいるんですか!私は、私は……!」

 

 そんなフィーリアの肩に、サクラは手を置く。そして彼女は言った。

 

「フィーリア。もうお前があの場所に戻る必要はないんだ。ましてや人の世から隔離されることも、処刑を受けることもない。何故なら、君に定められた処分は取り消され、私による私刑も既に執行されたのだからな」

 

「……は?それは、どういう……」

 

 そこでフィーリアの脳内を数々の映像が駆け巡る。『世界冒険者組合』本部、GDM(グランドマスター)オルテシア=ヴィムヘクシスの私室に起きた、全ての出来事を彼女は思い出した。

 

『取り込み中、失礼する』

 

『『天魔王』フィーリア=レリウ=クロミアに対する処分取り消しと、彼女への私刑執行だ』

 

『すまない』

 

『これで『天魔王』フィーリア=レリウ=クロミアへの私刑は執行された。これ以上、彼女に罰を与えることはこの私──『極剣聖』サクラ=アザミヤが許しはしない』

 

 ……まあ、正確にはその辺りの出来事を思い出した。思い出して、瞬間ボッと音がしそうな勢いでフィーリアは顔を真っ赤にさせ、けれどすぐさま続けた。

 

「ふ、ふざけないでください!あ……アレが私に対する、サクラさんの私刑だって、貴女は本気で言ってるんですか!?」

 

 フィーリアの言うアレとは、言わずもがなキスのことである。そんなことくらいサクラとてわかっており、彼女はその上で憤るフィーリアにはっきりと、平気な様子で告げた。

 

「ああ」

 

「なあっ……ば、馬鹿なんじゃないですか貴女ッ!」

 

「……ふむ。何だ、あの程度では不満だと君は言うのか?」

 

「いえ不満とかそういう……ええ、ええそうですよ不満ですよ不満!あんな、あんなことが私刑になる訳」

 

 刹那、フィーリアの視界がグルンと回る。目に見えていた景色全てがグチャグチャに、混然一体に溶け合い、そして元に戻る。

 

「…………ぇ」

 

 一体何が起こったのか、フィーリアは理解できないでいた。どうしてこうなっているのか、彼女はわからなかった。

 

 困惑と混乱に包まれる頭の中、ただ一つ。今の状況を呆然と受け止める。フィーリアは今────サクラによって寝台に押し倒されていたのだ。

 

 己の裸体を隠していた布団はいつの間にか剥ぎ取られており、フィーリアの全てが今サクラの視界に晒されている。そのことに気がつき咄嗟にフィーリアは腕で一部分でも隠そうとしたが、生憎彼女の両腕はサクラの手によって硬く、力強く押さえられていた。

 

「なるほど。こんなどうしようもない、ろくでもない女に唇を奪われた程度では不満か。なるほど、なるほど」

 

 言いながら、サクラはじっくりと眼下のフィーリアを眺める。正確に言うならば、彼女の未成熟の肢体を舐めるように、視姦する。

 

 それはさながら獲物を前にした猛獣──そんなサクラの獰猛な視線の前に、フィーリアはただただ赤面し、瞳を弱々しく震わせることしかできない。

 

 そんな初心(うぶ)丸出しなフィーリアに、普段よりも低い声音でサクラは言った。

 

「では君の()()()も、奪ってしまおうか」

 

 それが一体何を意味するのかくらい、流石のフィーリアもわかっていた。

 

 サクラの瞳は真剣であった。その奥には、情欲の炎が揺らめいており、その発言が決して冗談などではないと、如実に知らしめていた。

 

 このままでは唇だけでなく、己の純潔も奪われてしまう────そう、理解していた。けれどフィーリアは悲鳴はおろか、微かな呻き声一つすら漏らせないでいた。

 

 正直に言えば、怖かった。それは間違いない。

 

 フィーリアは思い返す。サクラとのキスを。彼女と唇を重ねた感触を。驚きこそしたが────嫌だとは、思わなかった。

 

 そのことから、フィーリアは理解する。これは嫌悪から来る恐怖ではない。好奇心による恐怖だと。

 

 そう受け止めたフィーリアの頭の中を、こんな思考が埋め尽くす。

 

 ──何も、しなかったら。このままでいたら……私、どうなるんだろう。

 

 今までに抱いたことの感情が胸の辺りで渦巻く。変に心臓が高鳴り、身体が熱を発していく。

 

 ──怖い。本当に怖い……でも。

 

 そして気がつけば──────フィーリアは瞳を閉じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんてな」

 

 数秒後、サクラはそう言うと同時に、押さえていたフィーリアの腕を解放し、彼女の上から退いた。

 

「……ふ、ぇ?」

 

 またも唐突に解放され、呆然と声を上げるフィーリアに対して、背を向けたままサクラが言う。

 

「フィーリア。死んで終わりにするな。死は、贖罪になりはしない」

 

 そしてフィーリアの返事も待たずにサクラは立ち上がり、未だ呆然とするしかない彼女を置いて、この部屋の扉の前に立つ。

 

「シャワーでも浴びて、今日はもう寝るといい。明日は早いからな」

 

 そう言って、フィーリアを独り残してサクラは扉を開き部屋から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 扉を閉じた後、サクラはすぐに、音を立てないように扉にもたれかかる。そして顔に手をやり、覆い隠した。

 

 ──悲鳴の一つでも、上げると思ったんだがな。

 

 顔が熱い。鏡がないのでわからないが、きっと情けなく紅潮させていたのだろう。

 

 先程の光景を思い返してしまう。押し倒したフィーリアの裸体。瑞々しく、一切の穢れを知らない白い肌。

 

 そして羞恥と恐怖に震えながらも、込み上げる好奇心に理性を預け、期待でもするかのように恐る恐ると瞳を閉じたあの姿。

 

 それらをこうして振り返っているだけでも────抑え込んでいるこの獣性が顔を出しそうになる。

 

 ──そういえば、前にウインドアに『据え膳食わぬは男の恥』と諭したことがあったな……私も人のことを言えないな。

 

 かと言って、手を出せば自分は間違いなく後悔しただろう。……たとえ合意の上であっても。

 

「……とりあえず、頭でも冷やしてくるか」

 

 そう独り呟いて、サクラはもたれかかっていた扉から離れ、どこへ行くでもなく歩き出した。

 

 

 

 

 

 ちなみに余談になるが、この日このホテル内を並みの巨漢の背丈を越す、絶世の美貌と暴力的なまでに豊満な身体を併せ持った、色々な意味で男女隔てなく注目と関心と興味と一部からは嫉妬を集める女性が、バスローブ一枚というあまりにも大胆かつ無防備過ぎる格好で深夜徘徊していたと、噂になったとかならなかったとか。

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