昼下がりのマジリカ。『
戦後の爪痕が深く残るこの場は、もはやかつての場所ではない。放置されていた廃屋や廃墟等は数多く倒壊しており、まだ街道も無秩序に生え突き立った魔石が消えたせいか、穴だらけの凹凸だらけとなってしまい、とてもではないが整備されていた道とは思えなかった。
そしてそれらよりも、何よりも特筆すべきなのは──この旧市街の中央付近。広場があるそこには、この街を象徴する塔があった。……だが、今やそれは失われてしまった。
『理遠悠神』アルカディアが戦意を失くすと同時に、その意思に従うように、魔石そのものと化した『魔石塔』もまた失われた。その巨大さに見合わない呆気さと、儚さの下に。
象徴を失い、不自然な程にだだっ広くなった旧市街地中央広場。その場所に今、彼女は────ナヴィア=ネェル=ニベルンは立っている。
「…………」
この場所は、ナヴィアにとって思い入れがある場所であった。大切な思い出が詰まっている場所であった。それは何ものにも代え難く、尊い大事なものだった。
だが今はもう────形すら、影すら残ってはいない。ただただ空虚が、そこに広がっているだけだ。
「……どうして、こうなったの」
それは三週間と数日に亘って続いた自問自答。が、それに答えなどない。答えの出ない疑問だけが、ナヴィアの胸の中に漂い、渦巻き、埋め尽くす。
ナヴィアは自分も小っぽけな人間の一人に過ぎないと思い知らされた。『四大』の血を引いているだけの、ただの無力な人間なのだと実感させられた。自分にできないことはないという、万能感にも似た自信を、粉々に打ち砕かれた。
失意の底で、ナヴィアは想起する。彼女の頭の中で、過去の記憶がやけに鮮明に、まるで走馬灯のように再生される──────
「もうっ!いったいなんなんですの!なんでそんなにつよいのよ!?」
「……そんなこといわれても」
「おかしいですわ!ずるいですわ!はんそくですわ!むきぃぃぃ!」
大人ですら滅多に寄りつかないマジリカの旧市街地。『魔石塔』が聳え立つ中央広場に、今二人の子供がいた。
一人は涙目で地団駄を踏みながら、文句を叫び散らす金髪碧眼の少女。豪奢絢爛と表するのが相応しいドレスで身を包んでおり、側から見ただけでもその少女が大貴族の令嬢であろうことが窺える。
対し、その少女が撒き散らす文句を受け、呆れた表情を浮かべるもう一人の少女。白い。とにかく全体的に白い少女。髪も服も、僅かな隙間から覗かせる肌も白い。……ただ、それ一色という訳ではない。
その少女はまだ幼い。恐らく歳は五つ──だというのに、その顔にはまるで刺青が如く、曲流しが薄青い線が走っていた。そして何よりも注目を惹きつけていたのは──その瞳。
左右で色が違う。
右にあったのは、虹。七色が複雑に絡み合い、入り混じっている。対して左にあるのは、灰色。白に近い、透き通った灰色である。正に対極の、そして奇異な双眸を少女は持っていたのだ。
「だいたい、わたくしとおなじごさいなのに、どうしてこんなにまほうのつよさがちがうの!?どうしてよおっ!」
「……さいのうのさじゃない?」
「なぁんですってぇえええっ!!」
あらん限りの力で声帯を震わせ、声を絞り出して叫ぶ金髪碧眼の少女。子供のものとは思えない、咆哮と呼んでも差し支えない叫び声の直撃を受け、堪らず真白の少女は顔を顰めさせ、両手で両耳を塞いだ。
だがお構いなしその調子で、金髪碧眼の少女は真白の少女に続ける。
「もうこうなったらぜったい、ぜぇっっったいにッ!このわたくしがあなたにギャフンといわせてやりますわ!わたくしをこけにしらこと、こころのそこからこうかいさせてやるんだからっ!」
「……あー、うん。その、まあがんばって?」
「なんであなたがおうえんするのよ!おうえんするならもうすこしやるきだしなさいよ!」
「ええ……」
終始姦しく騒ぎ立てる金髪碧眼の少女。どこまでも落ち着いた、
ビシィ、と。真白の少女に指先を突きつけて。金髪碧眼の少女は何故か得意げな表情で彼女にこう言ってのける。
「だからわたくしがしょうぶにかつまで、あなたはわたくしとしょうぶしなさい!かつまで、わたくしといっしょにいなさい!いいですわね!?」
あまりにも理不尽で自分本位な言葉。けれど真白の少女は今度は顔を顰めさせず、仕方なさそうに、諦めたように言葉を返す。
「いいよ。あなたがわたしにかつまで、つきあってあげる」
「ほんとう!?」
真白の少女の言葉に金髪碧眼の少女はやたら嬉しそうに詰め寄る。その反応に真白の少女は堪らず身を引いて、そしてやや困惑気味に首を小さく縦に振る。
「じゃあやくそくですわよっ!やくそくしてちょうだい、フィーリア!」
「……やく、そく……」
まるで噛み締めるように、呆然と少女の言葉を呟いて。それからそこで初めて僅かな笑みを浮かべて、真白の少女────フィーリアは返事した。
「うん、やくそく。やくそくするよ、ナヴィア」
「ええ!やぶったら、ゆるしませんわ!」
そうしてまた、金髪碧眼の少女────ナヴィアも笑顔を浮かべ、フィーリアに頷いてみせるのであった。
──────今思えば、それがフィーリアとの腐れ縁の始まりだったのだろう。我ながらまだまだ子供だったんだなと、自嘲するようにナヴィアは力なく笑みを浮かべた。
「……
言って、ナヴィアは顔を上げる。彼女の視線の先には何もなく、それがより一層彼女の心を深く抉った。
「一緒にいるって、言ったじゃない」
拳を握り締め、血が滲む程に固く握り締め、ナヴィアは言葉を零す。
「あの、嘘吐き……」
言葉と共に、涙を零す。碧眼から溢れた雫が流れ、頬から顎下へと伝い、そして足元の石畳に落ちた瞬間──────
「大嘘吐きぃぃいいいいッッッ!!!」
──────今の今まで抑え込まれていた、ナヴィアの激情が爆発し、噴き出した。肺にある空気全てを吐き出す勢いで彼女は叫び、滲み出た血で薄ら赤く染まった拳を、一切の躊躇いなく石畳へ叩きつけた。
バゴォォオンッ──旧市街地全体に轟音が響き渡る。ナヴィアの足元は当然として、その周囲一帯までもが一気に凹み、戦後無事で済んだはずの石畳は呆気なく悉く割れて、砕けてしまった。
「世界最強なんでしょ!?人域を超越した極者なんでしょ!?『天魔王』なんでしょ!?なのに何で文句一つすら言わないのよ!!何で少しも抵抗しないのよ!!何でそんなあっさり連行されてんのよぉおおおおッ!」
溜め込んだ不満やら怒りやら、悲しみやら寂しさやら。とにかく必死に抑え込んでいた思いの丈を存分に吐き出して、それらと共にナヴィアは初撃で既に悲惨な有様となっている地面を何度も殴り続ける。その度に破壊された石畳がさらに砕かれ、また少しずつではあるがその場が陥没し始めてしまっていた。
いくら今更用のない旧市街地とはいえ、こんな破壊行動は許されるものではない。ナヴィアの立場であったら尚更の話。だがその程度の理由で止まれる程、今の彼女に余裕がなかった。
「大体貴女が望んでやったことじゃないでしょ!自分がやりたくもないことやらされて、つまらない運命なんかに散々踊らされて!なのにそれで良い?それで良いって……一体どの口が言ってんのよ!」
まるで子供のように、胸から溢れてくるむしゃくしゃな感情を思いのままに、思う存分撒き散らして、ナヴィアは拳を振るい続ける。そして片方だけでなく両の拳を高く振り上げて、ありったけで彼女は叫んだ。
「あの、馬鹿ぁああああああッッッ!!!」
叫んで、振り上げたその二つの拳を同時に振り下ろす。ナヴィアの両拳と地面が接触し激突したその瞬間、初撃の時以上の轟音が鳴り響き、土埃が舞い上がり、砕けた石畳の破片が一気に宙へと飛び上がった。
それを最後に、ようやくナヴィアは止まった。その場を破壊し尽くした彼女は座り込んだまま動かなくなり、頭や肩に小さな破片や欠片がポツポツ、コツコツと降り注ぐ。
舞い上がった土埃が風に流され薄まり霧散していく最中、一頻り暴れて頭に上っていた血も下がり、いくら冷静になったナヴィアの頭の中で、今朝のことが蘇ってくる。
『四大』が一家、ニベルン家現当主にして父である──アイゼン=ネェル=ニベルンにナヴィアに呼び出され、そして淡々と伝えられたことが。『天魔王』フィーリア=レリウ=クロミアは『
それを伝えられた瞬間、ナヴィアは何も考えられなくなってしまった。思考が上手く纏まらず、頭の中が真っ白に染められ、だがそれとは真逆に目の前は真っ暗だった。
人域隔絶領域『外なる淵』。『
この魔法は一度発動さえさせてしまえば魔力の供給が続く限り、異空間を常時展開させる。この空間は
この異空間内では魔力を完全に封じ込められ、それどころか五感も、思考さえも遮断され何もできなくなる。
『外なる淵』に囚われることは、文字通り封印されるということなのだ。
この魔法が使用された事例は過去に一度だけ。フィーリアは二人目として、この『外なる淵』に封印される。それが意味することは、彼女とはもう、何があっても会えないということ。
その事実を、現実を漠然と受け止め、漫然と理解し────気がついた時には、ナヴィアはここへ訪れていた。
「……まだ、勝ってない。私はまだ貴女に、勝ってない、のに……」
力なくその場に座り込んだまま、悔しげにナヴィアはそう呟く。再びまた、その瞳には涙が溢れていた。
今は思い出したくもないというのに、鮮明過ぎる程に数々の日々が想起される。フィーリアと過ごした今までの全てが、ナヴィアの頭に呼び起こされる。それが彼女にとって、とてもではないが堪え難い、尋常でない程の苦痛となってしまう。
『いいよ。あなたがわたしにかつまで、つきあってあげる』
ここで聞いた十五年前の言葉を思い出しながら、ナヴィアは呟いた。
「私はただ、貴女と一緒に……」
それはずっと、心の奥底に仕舞い込んでいたナヴィアの本心。フィーリアに打ち明けられないでいた、彼女への想い。
それを無意識にも吐露して──────
「あーあ。一体何やってんの、あんた。ここ、私のお気に入りの場所だったのに」
──────という、不意に背後から聞こえてきたその声に、ナヴィアは固まった。
瞳を見開かせて、肩を僅かに震わせながら、恐る恐るナヴィアが己の背後へと振り返る。視線の先に立つその姿を前に、彼女は呆然とする他なかった。
呆けた表情を思わず晒すナヴィアの元に、
そして座り込んだままのナヴィアの目の前にまでやって来て、彼女は──────フィーリアは呆れたような、申し訳ないような、けれど何処か嬉しそうな、そんな複雑な感情が入り混じる表情で彼女に言った。
「よっ。久しぶり、デカ乳暴力女」
「…………」
「まあ、うん。色々、いや本当に色々あって。もうすぐ『世界
そう言って、平然と笑うフィーリアを、ナヴィアは信じられない目つきで見やる。それから顔を俯かせた。
「……よ」
「え?」
プルプルと肩を震わせながら、意味を成してない呟きをナヴィアは漏らし、それにフィーリアが疑問符を浮かべた次の瞬間。
「ふっざけんじゃないわよこの貧乳合法幼女ォォォオオオオオオオオオッッッッ!!!!」
憤怒の形相と共に咆哮を上げて、バッと立ち上がった勢いそのままに、ナヴィアはフィーリアに飛びかかり、問答無用に勝負を仕掛けた。
そして普通に負けた。