ストーリー・フェイト──最強の《SS》冒険者(ランカー)な僕の先輩がただのクソ雑魚美少女になった話── 作:白糖黒鍵
「ぐえ゛ッ……!」
何の警戒心もなく、部屋から出てきた男を、僕は背後から腕を回し、その首を絞め上げる。突然襲われたが、傭兵崩れと言ってもそこは一端の戦士と評すべきか。混乱しながらも、必死に僕の腕から抜け出そうと男はもがいた。
けれど、その抵抗は無駄に終わる。僕の腕は完全に入っており、部屋にいる他の仲間が助けに来ない限り、男がこの絞め上げから抜け出すのはほぼ不可能だ。
そうして十数秒後、徐々に男の抵抗は弱々しくなって。そして不意にその身体からフッと力が抜けたかと思えば、ピクリとも動かなくなり、男は完全に沈黙し大人しくなった。
──
心の中で冷ややかにそう呟いて、僕は男の首に回していた腕をそっと外す。男の意識はしばらく戻りそうになく、僕はそんな男の首を無造作に掴み、そして。
バァンッ──さっきとは違い、部屋の扉を蹴って開き。一気に全開となったと同時に掴んでいた男を、ゴミ捨て場へゴミ袋を放り捨てるように。僕は何の躊躇いもなく乱雑に部屋の中めがけて投げ込んだ。
気を失ったままの男の身体が、宙を滑るように舞い。そして重力に引かれて中央の、酒瓶と肴が乗った皿と、そして大量のトランプの山札で満載のテーブルへと落下した。
派手な破砕音が重なり合って、部屋に喧しく響き渡る。それを聴きながら、僕は平然と扉の外から足を伸ばし、そしてこの部屋に床を踏み締めた。
部屋はすっかり静まり返っていた。先程まで馬鹿騒ぎをしていたというのが信じられない程の静寂で、今や満たされ、そして満ちていた。
僕の身体に、無数の視線が突き刺さる。そのどれにも、はっきりとした確かな────殺意が込められていた。
「……おいおい。マジかよ。本当に来やがった」
「流石はライザーさんだな」
「ああ。全くだぜ」
男たちが言う。その口元が悪意で歪み、吊り上る。
「丁度賭博には飽き飽きして、気分転換がしたかったとこだ」
「やっぱり、若ぇ衆は駄目だ駄目だあ。こうなったら礼儀ってヤツをとことん、死ぬ程その身体に叩き込んでやる」
「半殺しにしてやんよお。イヒヒッ」
そう口々に、好きに勝手に御託を並べる彼らに。僕はただ冷静に、ただ冷淡に。けれど決して聞き逃されることのよう、一字一句丁寧に。
「……先輩を、返してください」
そう、懇願した。少なくとも、僕はそのつもりで彼らにそう言った。
だが、しかし──────
「寝言は死んでほざやけやァッ!」
「まあそもそも死んじまったら何にも言えねえけどな!」
「ライザーさんの手を煩わせるまでもねえ!今ッ!ブッ殺してやんぜぇえええッ!!」
──────彼らはそうとは受け取ってくれず。皆口々にそう叫ぶや否や、僕に襲いかかった。
そんな、迫り来る男たちを、僕は対岸の火事のように平然と一瞥し。そして軽く小さな嘆息を一つした。
そして────僕は素早くその場に
「あァ!?」
「何!?」
「
実際には僕はこの場から消えてなどいない。僕はただ、その場でしゃがんだだけだ。そう、今一番僕に接近している三人の男たちの視界に映り込まない程、素早くしゃがんだだけ。
だが、そもそもその動きを捉えることができていないこの男たちには、自分たちでそう言った通り────一瞬にして僕がその場から消えたように見えていたのだ。
横から別の男が、三人の男たちに鋭く言い放つ。
「馬鹿野郎共!下だ!」
時間にして、それは僅か一秒程度────けれど、僕にとってはそれで充分だった。
短く鋭く、息を吐き出して。僕は両足に力を込め、床を蹴りつけその場から駆け出した。
一秒が過ぎる直前────僕の前に立ち塞がる三人の男たちが、未だに眼下の僕に気づく様子はなく。それを下から冷静に眺めつつ、さらに床を蹴って加速。それと同時に前方へ真っ直ぐに、腕を伸ばした。
目標は真正面。真ん中に立つ、男。一先ず僕は彼に狙いを定めた。
一秒経過────こうして接近され、既に間合いに入られてしまったというのに、それでもまだ僕に気づかない真ん中の男の顎めがけて。その真下から、体重、速度、勢い全てを余すことなく乗せ切った掌底を、僕は一切躊躇うことなく打ち込んだ。
「ぶゔぇっ」
という、珍妙な声に続いて。何か硬いものが砕ける音と肉が潰れる音が生々しく響いて。僕の掌底を無防備に受けたその男は、その場から真上に向かって
バキャッ──打ち上がった男の頭が天井を割って貫き、首から肩までが天井に突き刺さる。
「……え」
「は……」
プラプラ、と。だらんと力なくぶら下げた手足が揺れるその男が、天井から抜ける様子は皆無で。それを残った二人の男は呆然と、まるで意味不明とでも言いたげに見上げており。
そんな二人の間を駆け抜けた僕は、続け様すぐ近くのテーブルの上にあった酒瓶を手に取る。そして手に取ったその酒瓶で────立ち尽くす男の側頭部を思い切り殴りつけた。
パリィンッ──男の側頭部に酒瓶が衝突し、儚い音を立てて酒瓶が割れ砕け、まだ残っていた中身が男にぶち撒けられた。
血が混じり、薄い赤に染まった酒が男の服を濡らす。だが、服を濡らされたことに対して、男は憤ることは許されなかった。何故ならば、既にもうその意識が途絶えていたのだから。
酒瓶の直撃を側頭部に受け、声すら出せずに気を失い戦闘不能となった男の身体が、グラリと揺れてそのまま倒れる────前に。僕は割れ砕けた瓶を放り捨て、再び空いたその手で、咄嗟にその男の胸倉を引っ掴む。
二秒経過────引っ掴んだ勢いそのままに、瞬く間に仲間が二人倒され、こうして健全で無傷な敵が眼前に立っているというのに、もはや完全に思考停止してしまって立ち尽くしている残った男めがけ、僕は引っ掴んだ男を
「お……うおあっ?」
ただ立ち尽くしているだけの男が、僕に投げ飛ばされた男をまともに受け止めることなんて、到底できるはずもなく。投げ飛ばされた男諸共に、そんな情けない声を上げながら男は背後にあったテーブルに倒れ込む────直前。とっくに距離を詰め終えていた僕は、足を大きく振り上げ、そして。
三秒経過────僕は躊躇わず、けれど背骨には当てぬよう。未だ意識の戻らない投げ飛ばした男の背中に、足を振り下ろし踵を突き刺した。
パリパリパリバキャッメキミシバキバキィッッッ──酒瓶と皿とその他諸々が悉く割れ砕け散った音。テーブルと床の破砕音。それら全ての破壊の音が、渾然一体となって部屋に響き渡る。
酒瓶の直撃を受けた男はもちろんのこと、その上に乗っていたもの全てとテーブルそのものが木っ端微塵に吹き飛び、どころかその下の床ですら貫通する程の衝撃をその身に受けた、残った男が無事で済むはずもなく。二人がその場から立ち上がる様子は全くと言っていい程に、皆無であった。
四秒経過────迫り来た三人の男を返り討ちにした僕は、その場でざっと周囲を見渡す。
──あと、十二。
部屋に残っている男の数を確認して、僕は億劫気味になりながらも、心の中でそう呟いた。