ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか── 作:白糖黒鍵
バキィッ──何の感慨もない、まるでただの流れ作業の一つのように。僕は掴んだ男の頭を一切躊躇せず、遠慮容赦なく床へ叩きつける。男の後頭部と床が激突し、周囲に細々とした木材の破片と、鮮血が飛び散った。
「……」
スッと、僕は掴んでいた手を離す。男は、どうにかその意識をまだ保っていた。
「こ……ぞ、ぅ……めが……!」
息絶え絶えに、必死になって男はそう言うと。未だ握り締めて離さないその剣を振るう────その直前。
ダンッ──僕は足を振り上げ、男の顔面を踏みつけた。
カラン、と。ようやっと男の手から離れた剣が床に落ちて、音を立てる。数秒、僕はそのまま立ち尽くして、それからゆっくりと周囲を見渡した。
部屋にいた十五人の男たちは、皆例外なく床に倒れていて、伏していて。誰一人として立っている者は、いない。
死んではいない。男たちはその見た目通り頑丈だったようで、辛うじてその意識を失うだけに留まっている。……まあ、今後の活動に些か支障を来すかもしれないが。
……異様な静けさが、部屋を包んでいる。それを作ったのは、僕だ。他の誰でもない、僕だ。
暴力で痛ぶり、捩じ伏せ、踏み躙って。僕がこの惨状を、光景を作り出した。その事実と現実を受け止め、僕は拳を握り締める。
そうして、誰に言うでもなく。やるせない虚無感を混ぜて、無意識の内に僕は呟いていた。
「違う……こんなことの為に、僕は……」
が、しかし。僕はその先までは呟けなかった。何故なら、この部屋にはまだ────
「……こいつはまた、随分と派手に暴れ回ってくれたな」
現れると同時に、まるで愚痴を零すかのようにそう言う者に、僕もまたゆっくりと顔を向けた。
そこに立っていた者は────旧知の人物だった。
「やはりお前は疫病神だ。不幸を呼び寄せ、そして撒き散らす。そんな、人の
そう言って、まるで親の仇でも見るかのような眼差しを。まるで人類の敵だと思っているような顔を。その者は、嘗ての
男────ジョナス=ディルダーソンは、その二つを僕へと向ける。
「…………」
そんなジョナスを、僕は無言で見つめた。何も言わず、ただ黙ったまま、彼の眼差しと顔を受け止めた。そんな僕を彼は快く思わなかったのだろう。
不意にジョナスがその目を見開かせ、僕に怒鳴った。
「その口閉じてないで、少しくらいは何とか言ったらどうなんだ!?」
……けれど、それでも。僕は口を開かなかった。……否、開けなかった。だってジョナスの言葉はこれ以上になく的を射た、どうしようもない程に正しいものだった。
押し黙るしかないでいる僕を、ジョナスは数秒見つめ、それから痺れを切らしたように、忌々しそうに舌打ちをした。
「相変わらずも相変わらずだな。お前は」
この上ない苛立ちを込めて、そう言うジョナス。そこでようやっと、僕は口を開いた。
「先輩を返してください、ジョナス。……できれば僕は、君を傷つけたくない」
これは紛れもない僕の本心だ。本当に、僕はジョナスを傷つけたくはない。……しかし、彼の返事は大体予想できる。予想できてしまうから、一層鬱屈とした気分が心の内側に溜まっていく。
僕の言葉を呑み込み終えたジョナスが、まるでそうするのが当然だとばかりに、返事する。
「この奥だ。そこにお前が求めて止まない、望んで仕方がない
そう言い終えるや否や、ジョナスは腰に下げている剣の柄に手を伸ばし、掴み。
そして、鞘から抜くことなく投げ捨てた。
「俺は許さない。決して、絶対に」
言いながら【
彼の手に握られているのは、一振りの剣。先程まで僕が相手をしていた精鋭隊やジョナスが投げ捨てた得物とは違い、一流の鍛冶師に打たせたことが容易に窺える、一級品。量産物とは何から何までまるで違う、
それを構え、その切先を迷うことなくこちらに突きつけ。ジョナスは僕を鋭く睨めつける。
「お前がライザーさんをああさせた。お前がライザーさんを歪ませ、狂わせたんだ。今回のことは全てお前が原因なんだ!故に俺はお前を許しはしないッ!ウインドアァアアッ!!」
射殺すようなその眼差しと固く揺らぐことはないその言葉を、僕は確と受け止め。その上で深く息を吸い、そして長いため息を一つ漏らす。
そうして、僕はただ一言。ジョナスに告げた。
「わかりました」
それとほぼ同時に、ジョナスは床を蹴りつけ、その場から一息で僕との距離を詰め終え。そして────────
バガァンッ──部屋の奥にあった扉には、鍵がかかっており。それを確認すると全く同時に、僕は躊躇せずその扉を蹴破った。
凄まじい音と共に扉は吹っ飛び、壁に叩きつけられ四散する。その破片が撒き散らされる最中、僕は一切迷わず部屋の中へと飛び込む。
飛び込み、そして。真っ先に視界に映り込んだその光景に、僕は一瞬にして頭の中を真白に染められた。
──は…………?
最初、自分は質の悪い、それこそ悪夢でも見せられているのかと思った。認めたくなかった。受け入れたくなかった。
けど、それは────覆しようのない事実と、紛れもない現実に他ならなかった。
「……やっとかよ」
歓喜に打ち震えるその声が、僕の鼓膜を撫で回す。けれど、それに対して僕は、何も考えられないでいる。何もできないでいる。
床に崩れ落ち、手を突かせる。僕の視界に映り込んでいるのは、一つの
女はまだ少女であった。少女は赤い髪をしていて、まるで燃え盛る炎をそのまま流し入れたような。鮮やかで、本当に綺麗な赤髪で。
その美しい赤髪は、さながら絨毯のように。けれど乱れに乱れて、寝台のシーツに広がっていた。
──そんな……馬鹿な……。
少女の格好は、それはもう酷かった。辛うじて無事だったのは下のショートパンツだけで。その上は殆ど半裸みたいなものだった。胸元は下着ごと大きく切り裂かれ、そこから本来隠し秘められてなければならない、肌色の柔い果実が丸ごと全て溢れ出し、辱めの如く外気に晒け出されてしまっていた。
そんな、誰がどう見ても
──嘘だ、こんなの……こんな、ことって。
その光景から逃げるように、僕は俯いてしまう。どうすればいいのか、わからなかった。ただひたすらに真っ白な頭の中では、もう何も考えられなくて。
──……僕は間に合わなかった……?
呆然と、心の中で呟くことしかできなかった。
「ようやっと、お出ましかよ」
そんな言葉を、僕は単なる音の一つとして聴き取った。次の瞬間────僕の顔面全体を衝撃が叩いて。
グルンと視界が回り、周りの景色が溶けたように見える最中──────気がつけば、僕は背中を部屋の壁に激突させていた。
一体何が起きたのか理解できないでいる僕の鼓膜を、またもや狂喜の声が震わせる。
「さあ、お楽しみはこれからだぜぇッ!?クラハよぉおッ!!」
その声に釣られ、僕はゆっくりと他人事のように顔を上げると。僕の目の前には、ラグナ先輩に馬乗りになっていた男が────ライザーの奴が立っていた。