ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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醜悪炎情

「…………ヒ、ヒッ」

 

 ラグナが部屋から立ち去り、しばらくその場で立ち尽くしていたクラハも部屋から立ち去り。

 

 この部屋に独り残された男──ライザー=アシュヴァツグフは、床に倒れ伏せたまま。小刻みにその肩を震わせ、か細く引き攣った、薄ら不気味な笑いを静かに漏らす。

 

「ヒヒッ……イヒッ、イヒャヒャ……ッ」

 

 しかし、最初は耳を澄まして聴こうとしなければ聴こえなかったその笑い声も、次第に音と勢いが増し。そうして数秒と過ぎない内に、ライザーの笑い声は部屋中に響き、震わせるようになる。

 

「ヒャアアアッハッハッハアアアァァァ!!アィイヒハハハヒヒャヒャヒャアアアアアアッッッ!!!」

 

 可笑(おか)しそうに、楽しそうに、愉快そうに。ライザーは笑う。ただひたすらに、延々と。床に倒れ伏せたまま、彼はそうやって笑い続ける。

 

「イィィッヒヒヒハハハヒャヒャッ!やったッ!やってやったぞッ!作戦大成功ってやつだあっ!アヒャヒャヒャハハハッハッ!!」

 

 そうしてライザーは一頻(ひとしき)り笑い続けた後、まるで休憩とでも言わんばかりに一つのため息をその口から漏らして、それからようやっと伏せた状態から、気怠そうに床を転がり仰向けの体勢となる。しかし、起き上ろうとはしなかった。

 

 床に寝転んだまま、ライザーは薄汚れた天井を見上げながら、先程よりかは大人しい、くぐもった笑い声を漏らす。

 

 それから深々と、しみじみとした感傷に浸りつつ、彼は独り言を呟き始めた。

 

「ああ、嗚呼(ああ)……痛かった。痛かったぞお……でも、その甲斐はあったなあ。見返りはあったなアハハャヒャ……ッ」

 

 天井を見上げるライザーの目は、もはや焦点が合っていない。しかしそれでも尚、お構いなしに彼は続ける。

 

「傑作だった……最高だった……もうこれ以上にねえって程の見世物だったなぁあっ!ハハハッ!あのクラハが!アヒャヒャヒャ!遂に!とうとう!アァハアッハハヒャアアアッ!!」

 

 もう、それをライザーは抑える事ができないらしい。

 

 手で腹を押さえ、背中を仰け反らせ、彼は激しく笑って、笑い続ける。

 

「ハハハイヒヒヒヒャアッハッハッハッ!!ヒャハハハハッッッ!!!クラハ!これで!お前も!俺と同等だ同一だ同類だッ!!最低最悪の!そう!!最低最悪のぉぉおおおオオオッ!!」

 

 瞬間、焦点の定まらないライザーの血走った目が。零れ落ちそうになる程に、限界のギリギリまで見開かれた。

 

「同じだ!同じだ!!同じだッ!!!同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じなんだァァァアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッッ!!!!」

 

 何故喉が破り裂けないのだろうと疑問に思うくらいの、狂気の咆哮をライザーは轟かせて。

 

 直後、彼はその口を閉ざした。

 

 ライザーが無言となった事で、部屋は不気味な静寂に包まれる。その最中、数分の沈黙を以て。再び、ライザーが口を開いた。

 

「これで……あれで、俺の目的は果たされた。この俺、ライザー=アシュヴァツグフの策略、謀略通りに。見事クラハ=ウインドアは嵌まり嵌まって嵌められて、結果自分が最も大切にしていた大事なかけがえのない存在(モノ)を誹り貶め、否定した。……勝ったんだ。他の誰の目から見ても、俺は奴に勝ったんだ」

 

 つい先程までの狂騒ぶりが、まるで嘘だったかのような。落ち着きを払い、冷静沈着にライザーはそう呟く。そう、自分に言い聞かせるように。

 

 そしてライザーは口端を吊り上げ、宙へ手を翳し。血が滲み出て腕を伝う程に、力を込めて拳を握り締める。

 

「そうさ。そうだ。俺ぁ奴に勝った。ライザー=アシュヴァツグフはクラハ=ウインドアに勝利したぁ……それは!確かな事実ゥッ!!それが!確かな現実ゥウッ!!クク、ハハハ、アギャギャギャギャァアハァハァハァッ!!!」

 

 一時は冷静沈着となっていたその口調が、徐々に異変を来し。そしてあっという間にライザーの狂気は再び駆け出す。

 

 ようやっと訪れた静寂は数分と保たずに引き裂かれ、すぐさま彼の歪な狂気によって呑み込まれてしまう。

 

 その中心にいるライザーは依然笑って、そして笑い続ける。

 

「アッッヒャヒャヒャヒャッ!ヒャハハハハァアッ!!満足ッ!ン満足ゥ!!圧倒的、満足ゥウウヒヒヒヒアハハハハッ!!!…………はあ」

 

 が、しかし。延々と永遠に続くかに思われたライザーの狂笑は、不意に終わりを告げ。

 

 そして────────

 

 

 

 

 

「っんな訳ねえだろうがぁあああああッ!!アアアアアアッ!!!ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッッ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 ────────一気に。弾けて、爆ぜて、噴いた。

 

(クソ)が糞が糞がァアアアアッ!糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞ォォォオオオッッッ!!!憎いッ!!恨めしいッ!!殺してェエエッ!!ぶっ殺してぶち殺してやりてェエエエッ!!殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺……ッ!!!…………ド畜生がああああああああああああッッッ!!!!!」

 

 限界以上に開かれ、両端が裂けたライザーの口から。大量の血と共に、激しく濃密な憎悪と怨恨の言葉が吐き出される。

 

 己の血で赤く染まった拳を振り下ろし、床を叩き割りながら。そうして立ち上がったライザーは胸の内から際限なく込み上げ溢れ出す負の感情のままに。

 

 癇癪を起こした子供のように、この部屋の中で暴れ回る。

 

 ライザーに蹴り上げられた寝台(ベッド)が悲鳴のような軋んだ音と共に吹っ飛び、壁と激突し木っ端微塵に砕け散る。余波で破けた布団から飛び散った綿が、宙を舞う。

 

 恐ろしき獣の如き咆哮を上げ、ライザーがその拳で石壁を殴りつける。彼の拳は減り込み、そう薄い訳でも脆い訳でもない石壁を容易く貫いて。拳が引き抜かれ、穿たれたその大穴から。深々とした亀裂が細々と石壁全体に、瞬く間に広がり、一部が崩壊した。

 

「クラハ、クラハ、クラハ、クラハ、クラハ……」

 

 顔を手で多い、指の隙間から覗かせるその目に、ありとあらゆる負の感情を宿らせて。

 

 まるで譫言(うわごと)のように、その名を繰り返し、何度も。

 

 何度も何度も何度も、ライザーは呟き続ける。

 

「クラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクゥラァァハアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 終いに、ライザーは叫び散らし。直後、悍ましいその狂行は唐突に終わりを告げる。

 

「…………だが、しかし。それはできやしない……あの野郎は、更に強くなってやがった。一年前とは比較にならねえ。まるで別人だ畜生め。……ああ、嗚呼(ああ)。何故だ、何故なんだ。俺だって馬鹿みてぇにただ待っていた訳じゃない。その為の努力は惜しまなかった一年分の復讐を成し遂げる為の努力は一切惜しまなかった。だのに一体、一体何が違うんだ?俺の才能と奴の才能とで、一体何の違いがあるっていうんだ…………?」

 

 先程の狂いに狂った言動とは真逆の様子で、ライザーは静かに呟き、深々と嘆く。

 

 その脳裏に、絶対に忘れ去る事のできない、心に根深く刻み込まれたその記憶(えいぞう)を想起させながら。

 

 それこそが、ライザーに道を踏み外させた原因。彼をこのような人間に貶めた要因。

 

 彼を、永遠に終わらぬその狂気へと突き堕とした、元凶。

 

 少なくとも、ライザーはそう思っている。事実──────それが彼をこのような人間に豹変させた、歴とした確かな切っ掛けなのだから。

 

 憎悪、怨恨、嫉妬、妄執、哀愁────ライザーの内側で醜悪な炎が渦巻き燃え上がり、際限のない負の感情が怒涛に広がり、あっという間に埋め尽くしていく。

 

 常人では絶対に平気ではいられない心情の最中。それでもライザーは思い返し、振り返る。

 

 決して許さない為に。決して揺らがない為に。決して諦めない為に。

 

 今一度、狂気に彩られ狂気で飾られた、その地獄(きおく)と向き合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわあ、すごいなぁ。やっぱりすごいなあ」

 

 憧れだった。間違いのない、絶対の。それは永久不変の憧れであった。

 

 父も母もいない、使用人たちが忙しそうに行き交う屋敷で、無駄に広い部屋の中で。

 

 まだ幼い子供が読むには些か分不相応に思える新聞を、最高等級の絨毯(カーペット)が敷かれた床の上で広げて。

 

 少年は眺めていた。純真無垢な金色の瞳を輝かせ、その写真を目に、記憶に刻み焼きつけていた。

 

 貴族であるその少年は将来の為、この家を引き継ぐ為に齢一桁にして、この程度の新聞であれば読解し、その全容を把握できる程の教育を施されている。それも毎日。

 

 そんな少年が今、夢中になっているその記事に書かれているのは。記事と共に掲載されている一枚の大写真に映っているのは。

 

 とある街の、とある冒険者組合(ギルド)に所属している、とある冒険者(ランカー)

 

 後に世界最強、人智を超越し、人域を逸脱せし存在(モノ)────『極者』。三人揃えて『三極』と呼ばれる内の、その一人。

 

 まだ若き青い十代の頃の。冒険者組合『大翼の不死鳥(フェニシオン)』所属《S》冒険者────ラグナ=アルティ=ブレイズ。

 

 そう、齢一桁の頃からの。永久不変、絶対不動、唯一無二の──────

 

 

 

 

 

「ぼくもいつか、ラグナさんみたいになりたいなあ!」

 

 

 

 

 

 ──────少年にとっての夢であり、目標であり、そして憧れだったのだ。

 

 しかし、少年はまだ知らない。その夢を見て、その目標を抱いて、その憧れを追いかけた事で。

 

 運命という名の、己の歯車が歪んでしまった事に。歪んだまま、それでも歯車は構わず回り始めた事に。

 

 その先に想像を絶する──などという実にありきたりで陳腐な言葉では到底足りない、人間が持つ想像力では想像自体ができない程の。

 

 あまりにも悲惨で残酷な、憎悪と怨恨に満ち溢れ、不毛な復讐に囚われ続けるだけの、破滅の未来が待ち構えている事を。

 

 

 

 

 

 その少年は────ライザー=カディア=オトィウスはまだ、知る由もない。

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