ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか──   作:白糖黒鍵

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全裸先輩

 先輩は凄かった。もう、本当に。とにかく凄まじい人だった。

 

 その拳一つで大喰鬼(オーガー)だろうが竜種(ドラゴン)だろうが悪魔(デーモン)だろうが、それが一体何であろうが屠り去り。魔法でも何でもないのに、ただその身に纏ったり放ったりしたその魔力で、一流の魔道士による大魔法以上の破壊力を発揮させたり。

 

 埒外、桁違いという概念を比喩でも何でもなくそのまま体現したような人だった。常識から外れた、反則という言葉すら生温い人だった。まさに強さの次元が違う人だった。人智人域を超越した、『極者』という存在(モノ)の一人に数えられるのも、至極当然だと誰もが認めてそう思っていた。

 

 ……だから、なのだろう。途方もない愕然とした衝撃が、僕の精神を滅多打ちにして、人生でかつてない程の勢いで揺さぶっていた。

 

 が、それでも。身体を壊す勢いで危うく椅子から転がり落ちそうにまでなって、だがそれでもなけなしの気力を振り絞って堪え切り、何とか机に上半身を突っ伏させるだけに留められた僕を誰か褒めてほしい。

 

「ク、クラハ?大丈夫、か?」

 

 と、僕のそんな精神状態を知ってか知らずか。こちらのことを心配しながらも、若干引いた様子で先輩が声をかけてくれる。

 

「…………え、ええ。僕は大丈夫ですよ先輩ええ。僕は別に、何ともですよ平気ですよはいあははは」

 

「……いや、悪りぃけど全然大丈夫そうには見えねえぞ……?」

 

 未だ衝撃は抜け切っていないが、この程度で、こんな程度で崩れる程、僕は軟弱な鍛え方をしていない。柔な人間ではないはずだ。……そう、思いたい。

 

 誰に言い訳するでもなく、己にそう必死に言い聞かせながら、僕はゆっくりと上半身を起こす。それと同時に先程からずっと(詳しく言えば先輩との腕相撲の件辺りから)奇異な視線をこちらに向けているウェイトレスに、僕は人差し指を立てて注文した。

 

「すみません。とりあえず、珈琲(コーヒー)もう一杯ください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 運ばれてきた、淹れたてで熱々な珈琲を少しずつ飲みながら。僕は無言で再度先輩を見やる。

 

 先輩の身体から発せられている魔力は、やはり微弱も微弱。下手をすれば魔物(モンスター)の中でも最下位で、基本的には無害とされているスライムと同程度……下手をすれば、それ以下すらもある。

 

 念の為言っておくと、この世界の強さの基準は別に魔力によって決められている訳ではない。あくまでもその判断材料の一つに過ぎないというだけで、魔力が極端に少ないからといって、弱いということは決してない。

 

 ……だが、しかし。先輩の場合話が違ってくる。先輩は魔力もご覧の有り様で、その上先程確かめた通り、単純な肉体的力も悲惨なものだ。これも下手すれば最悪……子供相手にすら力負けするかもしれない。

 

 ──……ああ、まずい。これはまずいなあ……。

 

 そう何度も心の中で呟いて、別に不味くはない珈琲を喉に流し、僕は何とか冷静を保つ。そうだ。こんな状態になって、今一番困ってるのは先輩なんだ。だからこそ、ここは後輩である僕がしっかりしなければならない。

 

「ラグナ先輩。僕にできることがあれば、なんでも言ってください。協力します」

 

「おう。そう言ってくれると助かるぜ」

 

 にっと笑顔を浮かべる先輩。まるで向日葵のように可愛らしいその笑顔を目の当たりにしてしまい、不覚にも僕は一瞬心臓を高鳴らせてしまった。

 

 ──早まるなクラハ=ウインドア。先輩は男だぞ。今は女の子でも男だぞ。そう、男。男男男男…………。

 

 自分を誤魔化すように、本日三度目の自己暗示をかけつつ、今後どうすべきか僕は考える。

 

 ──とりあえず、このことをグインさんに報告しないとだな……。

 

「先輩。冒険者組合(ギルド)に行って、このことをグインさんに知らせましょう。それとできれば、今後の相談等も」

 

「そうだな。んじゃ、さっさと行こうぜ」

 

 喫茶店から去る為、僕は珈琲を飲み干し、空になったカップをテーブルに置く────直前、ふと思った。

 

 ──そうだ。今先輩、女の子……なんだよな。

 

 漠然と心の中でそう呟きながら、僕は改めて対面している先輩を眺める。そう、今先輩は赤髪の女の子となっている。……以前までは、男だった先輩が。

 

「…………」

 

 僕は、先輩を眺める────さらに言うなら、先輩の()()()()()()を眺める。

 

 先輩が今身につけているのは、麻布のローブ。まあ一応、無理矢理衣服の一種と言い張れるだろうが……あまり人目には晒させたくはない格好だ。

 

 ──……先輩って服とかどうしてるんだ……?

 

 ぼんやりとそう考えた直後────ハッと僕は気づいた。

 

「せ、先輩っ」

 

「ん?」

 

 できればこれは外れていてほしい予想だった。だが、残念ながらそれはないとほぼ断言できる、確信めいた予想であった。

 

 そうだ。考えてみればすぐにでもわかることだ。先輩は、この人は以前までは歴とした男だったんだ。そんな人が、女物の衣服なんて持っているはずがない。

 

 そこから導き出される一つの答え────僕は、半ば祈るような心情で、椅子から立ち上がろうとしている先輩に、慌てて急ぎ訊ねた。

 

「そ、そのローブの下

 

 ────はどうなっているんですか。と、僕がそう言葉を続けることは、惜しくも叶わなかった。

 

 果たしてそれは悪魔の罠か、それとも神の悪戯だったのか。たかが矮小な人間の一人でしかない僕には、到底わかり得ないことだ。

 

 ただ。その時目の前で起こったことを、事実そのままに記すならば。

 

 恐らく立ち上がる際に、不運にもテーブルのどこかに引っかけてしまったのだろう。また不運にも、先輩が身に纏うそのローブはお世辞にも新しいものとは言えない、古い代物だった。

 

 そして、それはあまりにも一瞬で起きてしまった、防ぎようもない事故だった。

 

 

 

 ビリィ──先輩が椅子から立ち上がったと同時に、そんな音が静かに、そして切なく響き渡る。瞬間先輩が纏う麻布のローブが無残にもバラバラに破れ。はらりと、もはやただの小汚い布片と化したそれは花弁の如く宙を舞って散り、床に音もなくゆっくりと落ちた。

 

 

 

「あ……破けちまった」

 

 それが特に大したことのない問題のように、先輩はポツリとそう呟く。僕といえば、突如として眼前に晒されたその光景を前に、ただ硬直するしかないでいた。

 

 隠されていた先輩のローブの下。外界に曝け出され、露わとなった其処は────穢れ一つとない、神聖な雰囲気すらこちらに感じさせる、純白。

 

 手で触れずともわかる。目にしただけでもわかる。きっと瑞々しく、先程握り締めたばかりの手と同様、いやあれ以上に滑らかで、柔いのであろうその肢体。

 

 中でも一際柔らかそうな、二つの果実。真っ先に注目を集めるだろうそれは、その低めな背丈に反して存外威勢良く育っており、ほんのりと薄く桃色づいた先端が目に眩しく、そして悩ましく映り込む。

 

 そこから無意識に視線を下ろせば、ほんの軽く触れただけでも折れてしまうと思い込む程に、細く括れた腰と純白の大地にポツンと点在する小さな窪み──何とも可愛らしい臍と対面することになる。

 

 いけないと頭の中ではわかっていながらも、どうしたってその部分から視線を外せず、逸らすこともできず────勢い余ってさらにその下へと、視界を移してしまう。

 

 瞬間、目に飛び込むのは──────

 

 

 

 

 

「どぉっうおわぁああああああッッッ?!」

 

 

 

 

 

 ──────直前、ようやっと僕は正気を取り戻すことができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勘定(かんじょう)お願いしますお釣りはいりません!ほら先輩行きますよさっさと服買いに行きますよ今すぐに!!」

 

「ちょ、まっ…お、俺は女物なんか絶対着ねえってさっきから……い、痛い痛い!あんま引っ張んなクラハぁ!」

 

 偶々(たまたま)羽織っていたコートを即座に先輩に羽織らせた僕は、叩きつけるようにしてこの喫茶店での代金を支払い、嫌がる先輩を無理矢理連れて、この街の冒険者組合『大翼の不死鳥(フェニシオン)』に向かう前に、問答無用に洋服店へと向かうのだった。


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