ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

76 / 481
狂源追想(その十七)

「ではまた(しばら)くの間は、遠出はないのですか?」

 

「ああ。新しい情報なんてそうそう手に入らないからな。また冒険者(ランカー)稼業に専念するよ」

 

 翌朝、寝台(ベッド)から起きた俺とシャロは朝の身支度などを済ませ、昨日予め作り置いていた朝食も食べ終え、玄関でそのような会話を交えていた。

 

「それじゃあ行ってくるよ、シャロ」

 

「はい。今日も一日、お互いに頑張りましょう」

 

 そう言って、俺とシャロは数秒見つめ合い。どちらかが言い出す事もなく、両方自ら進んで顔を近づけ、互いの唇を触れ合わせ、重ね合う。

 

 そうして、僅かばかりの名残惜しさを感じながらも、俺はシャロの唇から離れて。微笑む彼女に見送られながら、俺は玄関の扉を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この街の朝は忙しい。まだ陽も昇って間もないというのに忙しなく、目紛しく誰も彼もが動き回っている。

 

 そんな、一年前からずっと変わらない街の風景を眺めながら、俺は街道を歩いていた。

 

 ──……ん?

 

 と、不意に俺はその場に立ち止まり、明後日の方向へ顔を向ける。何故ならば、ついさっき────大気中に含まれる魔力の、奇妙な揺らぎを感じ取ったからだ。

 

 まるで静謐を保っていた水面に、石を投げ込み小波(さざなみ)を立てたような────そんな揺らぎ。

 

 ……とはいえ、気の所為と言われてしまえばそれで済まされてしまう程度の、ほんの微弱な揺らぎではあったのだが。

 

 その奇妙に思える現象に、俺は否応にも関心を引かれてしまう。

 

 引かれてしまうが、今は『大翼の不死鳥(フェニシオン)』に向かっている為に、すぐさま前に向き直って、何事もなかったかのように歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大翼の不死鳥(フェニシオン)』には、そう手間もかからず、特に何もなく辿り着いた。

 

 冒険者(ランカー)になってから数日の間は通るだけでも緊張を覚えたが、一年経った今ではもう何とも思わないその門を押し開き、広間(ロビー)に進む。

 

 一年経っても街の景色が変わらないのならば、『大翼の不死鳥』もまた変わっていない。

 

 一年前と同じ、しかし微妙に人は入れ替わっているが、相も変わらず広間は喧騒で溢れ返っていた。

 

「お、ライザー!お前帰って来てたのかよ。だったらそう言ってくれよお!」

 

「ジョナスの野郎が寂しがってたぜー!」

 

「ヒャッハー!酒美味え!」

 

 ……一応、彼らも俺の先達に当たる人たちなのだが、その性格やら振る舞いやらが原因で、どうにも敬う気になれない。

 

 しかし、無反応で返す程俺は淡白ではない為、取り敢えず手を振って最低限の反応は示した。

 

 歓声やら何やらに背を押されるようにして先に進み、俺は受付(カウンター)前にまで向かう。そこには、現状この場で唯一、手放しで尊敬できる人が日常(いつも)通り立っていた。

 

「あら、おかえりなさいライザー。今度の情報はどうだったのかしら?」

 

「残念ながら、今度もガセでしたよ。一応駄目元で訊いてみますが、何か新情報は入ってますか?」

 

 受付に立っていた女性────『大翼の不死鳥(フェニシオン)』の受付嬢であるメルネさんに訊かれた事を手短に答え、俺もまた彼女にそう訊ねる。

 

 しかし、予想していた通り彼女はその首を横に振るのだった。

 

「こちらも残念ながら、ね」

 

「そうですか……ああ、そういえばジョナスはもう来ているんですか?『夜明けの陽』と共同依頼(クエスト)をする機会があったので、折角だからその時の話を聞かせようと思ってるんですけど」

 

「あら、それはちょっとタイミングが悪かったわね。ジョナス君なら依頼を受けて、もう行っちゃったところなのよ」

 

「え?そうなんですか?それですれ違わなかったということは、あいつは全く別の道を行ったのか……わかりました」

 

「まあ戻って来たら話してあげればいいじゃない」

 

 そう言って、余裕のある魅力的な微笑みを浮かべると共に、メルネさんは俺にグラスを差し出す。グラスには水が注がれており、受け取ってみれば適度に冷えていた。

 

「ありがとうございます」

 

 と、礼を述べて、俺はグラスに口を付け、中の水を喉へ流し込む。そんな時、ポツリとメルネさんが呟いた。

 

「貴方が『大翼の不死鳥』の冒険者になってから、もう一年が経ったのよね」

 

 メルネさんの感慨深そうなその呟きに、俺は頷き。グラスを受付台に置いて、口を開く。

 

「はい。気がつけばあっという間の日々でしたよ」

 

「……そうね。あっという間の一年だったけど、ライザー……貴方は変わらなかったわ」

 

 そう言うメルネさんの表情は、微かに昏く落ち込み、沈んでいて。それから申し訳なさそうに彼女は続ける。

 

「そう、昔も今も変わっていない。貴方の夢は、貴方の目標は、そして貴方の憧れは変わっていないのよね。……だというのに、そんな貴方の誠実さと一途さに『大翼の不死鳥(フェニシオン)』は応えられないでいる。今も、昔も……本当にごめんなさい」

 

「えっ、いや……ちょっと待ってくださいメルネさん。そんな、謝る必要なんかないですよ。『大翼の不死鳥』の情報提供には毎回助けられていますし、それに『世界冒険者組合』が躍起になって捜しても、その影すら見つけられないでいるんです。だからその、これは仕方ないというか……」

 

 突如、ブレイズさんの確かな目撃情報を(ろく)に提供できていない事に負い目を感じ、謝罪をしてきたメルネさん。そんな彼女に対して、俺は慌ててそう言葉を返す────と、ほぼ同時の事。

 

 

 

 ドクン──まるで心臓が鼓動を打つように。一際力強く、大気中の魔力が脈動し、揺らめいた。

 

 

 

「こ、これは、また……?」

 

 その魔力の揺らぎに、俺は身に覚えがあった。

 

 そう、それはついさっき街道を歩いている時にも感じたものと同質の、しかしそれとは比べ物にならない程にずっと、確かな揺らぎ。

 

「…………嘘」

 

 俺が僅かに動揺する最中、メルネさんが小さく呟く。見てみれば、彼女は愕然とした表情を浮かべていた。

 

 一体どうしたのかと思い、俺が口を開く────直前。

 

 バンッ──不意に、『大翼の不死鳥(フェニシオン)』の門が勢い良く押し開かれて。

 

 

 

 

 

「よっ、待たせたな。お前ら!」

 

 

 

 

 

 という、快活な声が広間(ロビー)を貫き。咄嗟にその声がした方向に俺は顔を向け────目を見開いた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。