ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか──   作:白糖黒鍵

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狂源追想(その十九)

「クラハ。クラハ=ウインドア。今日から俺の────後輩になる奴だ」

 

 先程の発言が未だ理解できないでいる俺の頭の中に、ブレイズさんの言葉が無理矢理に捩じ込まれる。瞬間、俺の思考は完全に停止し、もう何も考えられなくなっていた。

 

 ──こう、はい……?こうはい、後輩……?

 

 ただただ呆然と、その単語を頭の中で繰り返し反芻させることしか、もはやできないでいた。

 

 だがしかし、状況は構わず進んでいく。現実は俺のことなど気にも留めず、俺一人を置き去りにして、俺の目の前を横切り過ぎていく。

 

「クラハ、お前来るの遅いぞ。先輩の俺を待たせて道草食うとは、結構良い度胸してるじゃねえか」

 

「い、いや……僕、この街に訪れたの今日が初めてなのに、ラグナ先輩がどんどん先に行っちゃうから……それもろくに場所も教えずに」

 

「あぁ?そうだったか?」

 

「そうですよ!」

 

 言いながら、そいつは────クラハ=ウインドアは、こちらに歩いて来る。あろうことか、ブレイズさんを名前で呼び、先輩と慕いながら。

 

 俺は視界を通して頭に流れ込んでくる情報を、まるで現実逃避するかの如く淡々と整理する。

 

 率直に言って、特徴らしい特徴がない奴だった。短く切り揃えられた黒髪に、おどおどとした自信げのない、不安を帯びた瞳。中肉中背の、優男。見た目からして、俺とはそう歳は離れていないように思えた。

 

 そんな特徴がなく、どうにも印象に残りづらい、身も蓋もない言い方をしてしまえば影が薄い。そんな青年であるクラハ=ウインドアがブレイズさんの目の前にまでやって来たかと思えば、その顔に困ったような表情を浮かばせ、ブレイズさんにこう言った。

 

「全くもう……酷いですよ、先輩。おかげで迷いましたし、大変でしたよ。その上で怒られるなんて……流石に理不尽ですよ」

 

「……あー、まあでもこうしてちゃんと着いたんだから、別にいいんじゃねえのか?」

 

「そ、それはまあそうですけども」

 

 突如として現れた、そのクラハとかいう青年は。相手があの世界最強の《SS》冒険者(ランカー)、『炎鬼神』の通り名で畏れ敬われるラグナ=アルティ=ブレイズさんと。会話を繰り広げる。少なくとも、それをこうしてすぐ目の前で眺めている俺の目には、そういう風に映っていた。

 

 そして信じ難いことに──────それをブレイズさんは受け入れていた。何の躊躇もなく抵抗もなく、それを許していた。俺にはそれが、とてもではないが信じられず、信じたくなかった。

 

 苦笑と微笑。それぞれ浮かべている種類こそ違えど、互いに共通して笑い合いながら、周囲のことなど気にせず会話する二人。その姿、その光景を間近でまざまざと見せつけられ────瞬間、唐突に。突如、刹那に。俺はわかってしまった。理解してしまった。

 

『そうか。……でも、悪いな。お前のそれに……俺はもう────

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 ──── 応えられねえんだ』

 

 

 

 

 

 居場所なんてものは、最初から既になかった────否、()()()()()()。そのことがわかった瞬間、そのことを理解した刹那。驚く程に、俺の頭の中は冴え渡っていった。

 

「て訳ってことだ。見た通り、今日からクラハも『大翼の不死鳥(フェニシオン)』の冒険者になる。そんでもって、俺の後輩。ほら、自己紹介」

 

「……え?」

 

「え、じゃあないだろ。基本だろーが、自己紹介」

 

「い、いや、えっと……あ、あの。ぼ、僕はクラハ=ウインドアと申します。その、これから精一杯頑張らせてもらいます……?」

 

 冴え渡る頭の中とは対照的に、俺の心の内はあり得ない程急速に、尋常ではない勢いで曇り、濁り、淀んでいく。そのことを、半ば無理矢理にわからされ、強制的に理解させられる。そんなことは露知らず、ブレイズさんに言われるがままに。口答えした挙句、あまりにもお粗末な自己紹介を述べたそいつの所為で、それがさらに酷く悪化していく。

 

「何だぁその自己紹介。クラハ、お前それでも俺の後輩かよ」

 

「い、いきなり自己紹介しろって言われても、僕はこのくらいのことしか言えないですよっ!」

 

(なっさ)けねえなぁ……まあお前らしいっちゃお前らしいけどよ。……つーことで、クラハのことよろしくな。お前ら」

 

 今すぐにでも鼓膜を破り裂くか、耳を削ぎ落としたい気分になっている俺を他所に、周囲の『大翼の不死鳥』の冒険者たちは苦笑いしながらも、信じられないことにそいつへ歓迎の言葉を贈る。

 

「あ、ああ。こっちこそよろしくな」

 

「……こう言っちゃなんだが、あんまり頼もしそうには見えん」

 

「で、でもまあ一応期待はしておくとするぜ、新人(ニュービー)さんよぉ」

 

 と、口々に言う彼らが。普段であれば別に気にも留めない奴らの言動が。今だけはやたら不愉快というか、過剰な程までにこちらの癪に障る。

 

 ……けれど、せめてもの救いと思うべきか。その人だけは他とは違ってくれていた。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいラグナ!そんなの……こんなのって流石にないわ!あんまりにもあんまりじゃないの!」

 

 と、呆然自失に立ち尽くす他ないでいる俺に代わって、ブレイズさんに怒りの言葉をぶつけるメルネさん。そのまま、彼女がこう続ける。

 

「ライザーだって、ずっと貴方のことを追いかけ続けていたのよ?さっき自分で言ってた通り、子供の頃からずっと!彼は言っていたわ、貴方は夢で、目標で、そして憧れだったって……なのに、いざ『大翼の不死鳥(フェニシオン)』へ辿り着いてみれば貴方は行方不明で!でも、それでも彼は『大翼の不死鳥』に入った。入って、一年間ずっと、貴方を……ラグナ=アルティ=ブレイズを捜し続けたのよ!?」

 

 気がつけば、広間(ロビー)は静まり返っていた。メルネさんの声だけが響き渡り、それはブレイズさんを悲痛に叩く。

 

「《SS》冒険者(ランカー)でしょ!?『炎鬼神』なんでしょう!?だったら二人の面倒くらい見なさいよ!ライザーの夢と目標と憧れである貴方が、きちんと応えなさいよッ!」

 

 ……そこまで言ってくれて、ようやっとメルネさんは止まった。声を荒げた所為か、言い終えた彼女は肩を上下させ、短い間隔で何度も呼吸を繰り返す。そんな様子の彼女に対して、少しの沈黙を経てから、ブレイズさんは口を開いた。

 

「もう決めたんだよ。俺はコイツに……クラハに俺のこれまでとこれからを、全部を叩き込む。そう決めたんだ。それを俺は絶対に曲げえねえし、誰にだって曲げさせねえ」

 

 ブレイズさんの言葉に、メルネさんが愕然とした表情を浮かべる。俺といえば────ただただ、表現しようのない感情の渦の只中に立たされていた。

 

 ブレイズさんの言葉には、ただならぬ決意と。そして覆しようもない覚悟が込められていて。それが嫌でも伝わってしまう己に、心底腹が立つ。何よりも──────その全てが、余すことなく、今ブレイズさんの隣に立つ青年に注がれていることに、この上なくどうしようもない程の怒りが込み上げる。

 

 ──何故?どうして?一体、こんな何処ぞの馬の骨ともわからない奴の何が、ブレイズさんにそこまでさせる?

 

 ブレイズさんの言葉を聞く限り、彼とその青年にはただならない事情があるらしい。それはわかったし、そうなのだと理解もした。したが、かといって欠片の微塵程も、俺は納得できない。

 

 そもそも、この青年……俺にはそう大した人物には到底思えない。世界最強の《SS》冒険者にして『炎鬼神』であるラグナ=アルティ=ブレイズさんがそこまで入れ込む程の魅力も力量も────才能もあるようには到底、残念ながら全くもって思えないのだ。

 

 ──だのに、何故なんだ……?一体、どうしてなんだ……ッ?

 

「それに『大翼の不死鳥』にいるのは俺だけじゃない。ジョニィだって……『夜明けの陽』だっていんだろ。……まあ、そいつには悪いとは流石に思うよ。でも、応えられねえモンは応えられねえ」

 

「……そんな。でも、どうして……?どうして、貴方はその子にそうまで……?」

 

 俺が独り、身も心も焦がす激情に囚われる最中。まるで俺の気持ちを代弁するかのように、メルネさんがブレイズさんに訊ねる。

 

「あぁ?それは、それが俺の……」

 

 メルネさんの問いかけにブレイズさんはそこまで答えるが、それ以上の先は続けずに、途中で口を噤んでしまう。数秒の沈黙を挟んでから、彼はその口を再度開かせ、言った。

 

「……いや、何でもない。とにかく、そいつの憧れだか何だかに応える気はねえ。俺が面倒を見んのは、クラハだけだ」

 

 そのブレイズさんの言葉を聞いた瞬間、俺を囚わる激情は俺の心に忍び込む。それは瞬く間に俺の心に広がり、侵食し、隈なく、際限なく蝕んでいく。

 

 そして気がついた時には────────俺の目の前は真っ暗になっていた。そんな時、不意に俺の鼓膜をある声が不躾にも震わせる。

 

「あの……だ、大丈夫ですか?その、顔色が優れないみたいですけど……?」

 

 恐らくこの世で最も不快で耳障り極まるその声に、俺は視線を向ける。すると、いつの間にかそこに奴が立っていた。滑稽にも何処か怯えているような、不安そうな表情を浮かべながら。おっかなびっくり、一体どういうつもりかこちらに手を差し出していた。

 

「えっと、さっきも言いましたが、僕はクラハ。クラハ=ウインドアです。どうかこれから、よろしくお願いします」

 

「……クラハ……ウインドア…………」

 

 まるで確かめるようにその名を呟いた俺は────次の瞬間、吐き捨てるかのようにこう言っていた。

 

 

 

 

 

「クラハ=ウインドア。俺はお前を認められない。だから俺は、お前に決闘を申し込む」




考えるな。ただ、感じろ

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