ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか──   作:白糖黒鍵

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「あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!おぁあああああ゛ッ!!クッソがああああああああア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!」

 

 部屋にひたすらに響く怒号。部屋を揺るがすその狂気の怒号。血反吐を吐きながらも、なおも構わずライザーは叫び続け、その拳を床に叩きつける。

 

「駄目だやっぱり駄目だッ!こんなので、あんなので収まる訳がないッ!足りる訳がないんだッ!!あの程度で終わらせる訳にはいかねえんだよぉおおおオオオッッッ!!!」

 

 ライザーの狂気は止まらない。一年前のあの日から、彼の狂気はずっと。その頭の中に形成されてしまった地獄がさらに加速させ、暴走させていく。

 

 己の狂気を解き放ち、部屋の中に撒き散らしながら、数分。その勢いを全く衰えさせずに、そこまで続いたライザーの狂乱は。突然、終わりを告げた。

 

「…………」

 

 狂気に突き動かされるままに、思う存分叩き割った床の上で。唐突に黙り込み、大人しくなったライザーは仰向けになって。虚ろなその瞳で、天井を見上げる。それから数秒経って、彼はまたその口を開かせた。

 

「どうすればいい。俺は一体どうすればクラハをぶっ壊せる?ぶち砕くことができる?どうすれば、どうすれば……どう、すれば……く、ぁ、ああ゛あ゛ア゛……ッア゛ア゛ッ!」

 

 そしてまた、ライザーの恐ろしく悍ましい、度し難い狂気が暴発し、噴出しかけた────その瞬間。

 

 

 

 

 

 ──簡単な話だ。力を手に入れればいい。そう、圧倒的に。ただ一方的に蹂躙できる、絶対の力を──

 

 

 

 

 

 不意に、そんな声がライザーの頭に直接響き渡った。直後、ライザーが昏く虚ろで、濁り澱んだ金色の瞳を見開かせる。

 

「力……だと?」

 

 一体どこの誰なのか、そもそもこの世の存在(モノ)なのかすらわからない、謎の声相手に。ライザーは呆然と返事をし、その声が彼にこう続ける。

 

 

 

 ──そうだ。力だ。そしてお前には資格がある。お前はその力を得るに足りる、相応しい人間なのだ──

 

 

 

「俺には、資格が……力を得るに足りる、相応しい人間……」

 

 と、己にかけられた言葉を繰り返し、反芻させるライザーに。その声はさらに続け、彼を引き返せない深淵へ誘うかのように、囁きかける。

 

 

 

 ──さあ、望むがいい。求めるがいい。そうすれば、お前に力を与えよう──

 

 

 

「…………」

 

 結局のところ、果たしてその声はライザーの幻聴だったのか。それともただの妄想だったのか。それは彼自身にもわからない。

 

 呆然とし続け、揺蕩う意識の最中で、ライザーは縋るように、声に対して問う。

 

「力を……その力を手にすれば、クラハをぶっ壊せるのか?俺は本当にアイツの全部を、アイツの何もかもを徹底的にぶち壊すことが……できるんだな?」

 

 ライザーの問いかけに対し、その声が出した答えは。

 

 

 

 ──全てはお前の思うがままだ──

 

 

 

 という、不明瞭かつ曖昧なもので。およそライザーが聞きたがっていた答えとは思えず。だがそれでも、その言葉を聞いたライザーは、邪悪に歪み切った笑みを浮かべた。

 

「ハ、ハハ……そうか。そいつぁ、良い。とても、良いな」

 

 そんな笑みを浮かべたまま、ライザーはそう呟き。そして──────

 

 

 

「だったら俺の全部をくれてやるよ。だからお前はありったけを寄越しやがれ」

 

 

 

 ──────はっきりと、確かにそう言った。しかし、ライザーの頭の中で響いていたその声は沈黙し。彼もまた黙り込み、結果部屋は重苦しい静寂に支配され。それはあと数秒は続くかに思われた、その瞬間。

 

 床から、壁から、天井から。部屋の至る場所から()()()()()()()()が這い出るように、無数に現れて。その全てがライザーへと殺到し、彼に群がっていく。

 

 無数の黒い手たちはライザーの身体を掴み、絡み。彼に纏わり、彼を包んでいく。

 

 そしてあっという間にライザーの首から下は黒く、真っ黒に染められ。しかし、それでも彼は依然としてその顔に笑みを浮かべたままでいた。

 

 そうして、遂に黒い手はライザーの顔にまで迫り。彼の視界を黒い手たちが遮り、塞ぎ。そして埋め尽くし────────やがて、その全てが漆黒の闇に塗り潰された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よ。おい、起きろジョナス。目を覚ませ」

 

「……ぐ、く……っ?」

 

 肩を揺さぶられる感覚に、沈んでいた意識が急速に覚めていくのを感じながら。呻き声を漏らし、床に倒れていたジョナス=ディルダーソンは閉ざしていた重い瞼を苦しげに開く。と、すぐ目の前に、彼の見知った顔があった。

 

 その顔を見て、ジョナスはまだはっきりとしない意識の最中で、呆然とその名前を口にする。

 

「ライザー……さん」

 

 そう、今ジョナスの目の前にいたのは他の誰でもない────金色の髪と瞳の男、ライザー=アシュヴァツグフその人であった。……だったのだが、彼の顔を見たジョナスは、僅かばかりの奇異感を抱く。

 

 ──何だ……?何か、いつもと雰囲気が違う、ような……。

 

 そんなジョナスに、ライザーは言葉をかける。

 

「無事か、ジョナス。怪我とかしてないのか?」

 

 その言葉通り、ライザーの声音には確かにこちらの身を案じている響きがあって。それを如実にも感じ取ったジョナスは、先程彼に対して奇異感を抱いてしまった己を恥ながら、それを無理矢理に拭い去った。

 

「は,はい。特には。強いて言えば、腹に鈍痛があるくらいです。……クラハ=ウインドアの野郎に殴られた腹に」

 

「そうか。まあ今のアイツに立ち塞がって、その程度で済んだのは運が良い。それを周囲の連中が物語ってやがる」

 

 と、言いながら。ライザーは周囲を見渡す。今、この部屋の中にはジョナスを含めた、彼の仲間である十数人の男たちがいて。しかしその大半が昏倒しており、数人が辛うじてジョナスと同じように意識を取り戻してはいたが、床に伏していたり座り込んだりしながら、ただただ苦しげに呻くことしかできないでいた。

 

 全員が全員、何かしらの怪我はしていたが。命に関わるような重傷を負った者は幸いにも一人もいない。と、その時。不意にジョナスが叫んだ。

 

「そうだ!ライザーさん、クラハ=ウインドアは……!?」

 

 そう、突如としてこの拠点(アジト)を襲った襲撃者、クラハ=ウインドア。ジョナスは彼のことを思い出し、ライザーに訊ねる。

 

 ジョナスに訊ねられたライザーは、すぐには口を開かず。数秒の沈黙を挟んだ後、苦虫を噛み潰したような表情と声で彼は答える。

 

「……目的は達成した」

 

 ライザーの答えを受け、ジョナスはその意味を瞬時に理解する。

 

 ──……今のライザーさんにでも、クラハ=ウインドアは倒せなかったのか……。

 

 心の中でそう呟きながら。ジョナスは床に転がっていた、己の得物である剣に気づき、拾い上げ。そしてその剣を鞘に収め、彼は立ち上がった。

 

「ライザーさん。大丈夫です。俺は、俺だけは絶対に、最後まであなたに付いていく所存ですから。だから、いつの日か。必ず、クラハの奴を……!」

 

「……そうか。そうだな、ジョナス。お前からその言葉を聞けて、安心したよ」

 

 と、ジョナスの言葉にそう返しながら。ライザーもまた立ち上がり、彼と向き合い、そして。

 

 

 

 

 

 ドスッ──己の腕を、ジョナスの腹部へ突き刺し。彼の身体を貫いた。

 

 

 

 

 

「………え……?」

 

 状況に理解が追いつかず、呆然とジョナスは声を漏らし。直後、開いたその口から大量の血を吐き出し。目の前のライザーに被せ、彼を赤黒く染めて汚す。

 

「これで俺は、お前のことを心置きなく殺してやれるからなあ。ハハ、ハハハッ!」

 

 ジョナスの血を浴びたことに一切の不快感を覚えることなく。ライザーは彼にそう言って、笑い。そしてジョナスの身体から腕を引き抜く。彼の内臓を掻き混ぜ、千切り裂きながら。栓となっていた腕が引き抜かれたことで、穿たれたその穴から大量の血が噴き出し、ライザーへと直撃するが。それを大して気にもせず、彼は高々に笑い続ける。

 

「ヒャハハハハッ!ヒィアッハハハハッ!ハァッハッハハハッ!!」

 

 狂ったように────否、狂いながら。聴く者全てに嫌悪と恐怖を抱かせる、狂笑を上げ続けるライザーを前にしながら。ジョナスはその場に崩れ落ち、床に倒れ臥す。

 

「どう、して……ライザー、さん……」

 

 力なくそう呟いたジョナスが最期に見た光景は。笑うライザーの影から数十本の黒い手が這い出るように現れ。それら全てが群がいながら、自分に向かって殺到する瞬間だった。

 

 血溜まりを作り広げ続ける彼の全身を。黒い手の群れは掴み、絡み。そして纏わり、包み込んだ。もはやジョナスは人の形をした黒い塊となり、直後それは床に溶けるようにして、ズブズブと沈んでいく。

 

 そして気がつけば、部屋の至る場所からその黒い手たちは現れていて。その全てが周囲の男たちに向かい、始めたことは────見るにも堪えない、ひたすらに惨たらしく、残酷極まる虐殺であった。

 

「う、うわぁっ?何だこの手──いぎゃッ」

 

「や、止め──ぐぶッ」

 

「死にたくねえっ!どうして、何だって────ごお゛ッ」

 

 ある者は頭を鷲掴みにされたかと思えば、そのまま握り潰されるか、首から上を捩じ切りられ。ある者は腹部を貫かれ、そのまま持ち上げられて宙で揺さぶられ、血の雨を降らしたり。数本の手に貫かれた者は、直後外へ飛び出た手によって弾け飛び、周囲に大量の血や肉や内臓を撒き散らす。ある者は全身を隈なく叩かれ殴られ砕かれて、一瞬にして奇妙な肉塊の置物(オブジェ)と化した。

 

 未だ意識が戻らず昏倒してしまっている者たちは呆気なく殺され、意識がある者たちは抵抗するも容易く殺される────そんな恐ろしく悍ましい光景が今、この部屋の中で作り上げられ、そして広がっている。

 

 堪らず目を背けたくなるような、阿鼻叫喚の地獄絵図。誰もが吐き戻してしまうかのような血と臓物の臭気で満たされ埋め尽くされ、溢れ咽せ返る部屋の中で。それでも、ただ一人ライザーは笑っていた。いつまでも、笑い続けていた。

 

 そして一言、こう言うのだった。

 

 

 

「手に入れた……俺は手に入れたァ!力をォオオオオオオ゛ッ!!」

 

 

 

 瞬間────────新たに数百本の黒い手が現れ、部屋の全てが黒く、真っ黒に。漆黒の闇に呑まれ沈んで、一片の空白も、一分の隙間も残さず。埋め尽くされ、塗り潰された。


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