ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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その森は、血と臓物で満ちていた

 早朝。風に吹かれ、絶え間なく、緩りと揺れ動かさせれる木々を前にしながら。

 

 冒険者組合(ギルド)大翼の不死鳥(フェニシオン)』所属の《S》冒険者(ランカー)、そして冒険隊(チーム)『夜明けの陽』の副隊長(リーダー)────ロックス=ガンヴィルはそこに立っていた。

 

「…………」

 

 ロックスは何とも言えない、渋い表情を浮かべており。木々を眺める焦茶色の瞳は、何処か憂いを帯びている。

 

 彼は一分弱そうしてその場に立っていたかと思えば、不意に疲労感の漂うため息を一つ吐いた。

 

「今日も今日とて、相変わらず……か」

 

 ロックスの言葉は鬱屈としていて。続け様、彼は足を振り上げ。若干の躊躇いを露わにしながらも、その場から一歩を踏み出す。

 

 けれどその歩みは重たく、彼が何か迷っている事を如実に示していた。

 

 揺れ動く木々と同様に、ロックスの茶髪もまた吹かれる風に揺られ。しかし、彼がそれを大して気に留める様子などなく。

 

 依然重たげな足取りで、木々と木々の間を通り抜け。

 

 そうして、ロックスは名もなきその森の中へと。独り、進んで行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ……」

 

 この森の中に入ってすぐに、ロックスの表情が固いものになる。

 

 何故ならば、森の中に入る前から僅かばかりに漂っていた、()()()()()()彿()()()()()()()()()()臭いが。

 

 一気に、一段と深く濃いものとなって。彼の鼻腔を容赦なく襲ったからだ。

 

 常人であればまず立ち竦み、そして踵を返してこの森から逃げ出すであろう。それ程までにその臭気は酷く悍ましく、恐ろしいものだったのだから。

 

 だが、生憎ロックスは常人などではなく。彼はこの類の悪臭など、その仕事柄散々嗅ぎ慣れていた。

 

 ……けれど、そんな慣れているロックスでさえ、一瞬固まってしまう程に。今この森に充満している、咽せ返りそうなほど深く濃い血と臓物の臭いは凄まじく、筆舌に尽くし難かったのだ。

 

 ──こいつはまた、中々に強烈だなおい……!

 

 と、鼻と口を手で押さえつつ。ロックスは心の中でそう言葉を吐き捨てる。その場に数秒留まっていた彼は、やがてまたその歩みを再開させた。

 

 嫌悪感と不快感、そして恐怖を心の奥底から無理矢理に引き摺り出され、悪戯に掻き立てられて。堪らず胸の奥が痞えそうになる、鉄錆の臭気で満ちる森の中を。

 

 無言で歩き、先に進み続けるロックス。だが、不意にまたしても彼の足は止まる事になった。

 

「……まあ、この(ひで)え臭いから大体は察してたけどよ」

 

 と、舌打ち混じりに呟くロックス。それから彼はざっと周囲を見渡し、嘆息混じりにまた呟いた。

 

「流石にここまでとは、思いもしてなかったぜ」

 

 ロックスの歩みを止めさせたもの────それは、魔物(モンスター)の死骸であった。

 

 それも、一つや二つなどではなく。先程彼が()()()()()()()、少なくとも十数体がまるでゴミのように無惨にも打ち棄てられていた。

 

 その死骸の多くは魔素を大量に取り込み、魔物化した動物の狼────魔狼で。他にも小獣人(コボルト)小悪鬼(ゴブリン)などの死骸もあった。

 

 死骸の状態はどれも酷い有様だった。不幸中の幸いとでも言うべきか、殺されてからそう時間は経っていないようで。新鮮────とは流石に言えないが、まだ腐敗は進んでいない。

 

 もしこれで今ここにある魔物の死骸の全てが、血と臓物余さず残さず腐ってしまっていたのなら。それはもう、想像もしたくない程の悪臭に、この森全体が包み込まれてしまっていた事だろう。

 

 そうはならなかったこの現実に、ロックスは大いに感謝する。

 

「しっかしまあ……遠慮がないっていうか容赦なさ過ぎるというか……魔物だって必死にこの世界(オヴィーリス)を生き抜いてるってのに」

 

 という非難を零しながら、ロックスは魔物の死骸を眺める。

 

 その殆どが恐らく剣によって斬殺されており、首を刎ねられたものや、胴体を上下半分に断たれたもの。中には心臓などの急所を突かれて絶命しているもの、頭を刺し貫かれているものがあった。

 

 そして、それらを除いた死骸は、恐らく得物を使われずに屠られたのだろう。首を()し折られていたり、頭を身体から引き千切られていたり、握り潰されていたり。

 

 手でも突っ込んで掻き回したのか、腹が乱雑に破り裂かれて、そこからグチャグチャに千切られた内臓を溢れされている死骸や。

 

 強烈な蹴りでも打ち込まれたのか、身体がくの字に曲がったまま絶命している死骸もあって────とにかく、そういった無惨でとても残酷な最期を迎えた魔物(モンスター)たちが、そこら中至るところに転がっている。

 

 常人ならば即座に胃の内容物を無様に吐き散らすか、卒倒を免れない、まさに悪夢としか他に言いようがないこの光景。

 

 しかし、仕事柄慣れているロックスにはこの手の惨状に耐性があって。……それでも、流石にここまで凄絶なものを目の当たりにしたのは、彼には初めての事であった。

 

 複雑な面持ちでそれらの死骸を一通り眺め終えたロックスは、淡々と呟く。

 

「……取り敢えず、まあ。俺は先に進むとしますかね」

 

 そうして、ロックスは再びその場から歩き出すのだが。行く手の先にも、魔物の死骸は点在していて。しかもその数はどんどん、際限なく増えていって。

 

 そして遂に、何十体という魔物たちの屍を超えたその末に。

 

 ロックスは目指していたこの森の奥へと辿り着いた。

 

 森の奥はだいぶ開けた場所になっていて。そこでロックスが皆目一番、己が視界に映したのは────赤い赤い、真っ赤な()()()()()()

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