ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか──   作:白糖黒鍵

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それは紛れもない、嘘偽りのない

 それは強制的な意識の覚醒だった。傍から見れば不意にその場に()()立ち止まっていたクラハ=ウインドアは閉じていた瞳を一気に見開かせ、自分がいつの間にか()()()()に陥っていたことを即座に自覚する。

 

 そう、数秒にも満たない。一瞬の刹那が如き、昏睡。数十、数百時間をほんの一秒弱に圧縮し凝縮させた昏睡。それは矛盾しているのだが、しかしそれでいて正しい。否、そうとしか言いようがないのである。

 

 ここ最近、クラハは睡眠を取れていない。否、取りたくなかった。何故ならば、一度眠りについてしまったのなら。眠りへ落ちてしまったのなら────────

 

 

 

 

 

『なあ、どうしてだよ。何でお前は、俺を殺したんだ……?』

 

 

 

 

 

 ────────悪夢に満ち溢れた地獄が待っている。

 

「ッ……!」

 

 夢だ。あれは夢だ。現実などではない。現実なんかではないと、そう頭の中でわかっている。そう、理解しているというのに。

 

 ()()()()()()()()()()()。あの亡骸の冷たさが。()()()()()()()()()()()。あの鮮血の温かさが。

 

 残って、染みて、へばり付いて、こびり付いて。薄らない褪せない離れない消えない失せない。

 

 どれだけ夢だと己に言い聞かせても。どれだけ夢だと己が思い込んでも。

 

 クラハの腕は冷たい。クラハの手は温かい。冷たい、温かい。冷たい温かい冷たい温かい────────

 

 

 

 

 

『もうそろそろ……()()()()だってこぉと』

 

 

 

 

 

 ────────そしてそれは、その言葉を聞く度に強まっていく。深まっていく。徐々に徐々に、確かなものへとなっていく。

 

 そうしてクラハは思うのだ────()()()()()()()()()()()()()()と。

 

 現実ではない。全部が全部、夢の中の出来事だ。実際には誰も死んでなんかいないし、誰も殺されてなんかいない。……その、はずなのに。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()────────あの夢からこの現実に帰って来る度に、その思いが強まって深まって、確かになっていく。

 

 身体の震えが止まらない。動悸が激しくなる。頭痛は酷くなっていく一方で、今にも暴れ出しそうな腕を手で必死に押さえつける。

 

「……殺して、ない。僕は、誰も殺してない」

 

 それを一体、何度繰り返し呟いたのだろう。

 

「あの子は死んでない。あの子は殺されてない」

 

 それを一体、何度繰り返し吐いたのだろう。

 

「殺してない。死んでない。殺されてない。殺して、ない。死んで、ない。殺されて、ない。ない。ない、ない。ない、ない、ないないないないないない」

 

 それを一体、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──キミは殺したよ。あの子は死んだよ。あの子は殺されたよ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何度繰り返し、聞いたのだろう。

 

「違う」

 

 即座に言い返す。

 

 ──違わない──

 

 即座に言い返される。

 

「違う」

 

 即座に言い返す。

 

 ──違わない──

 

 即座に言い返される。

 

「違

 

 ──違わない。違わないよ──

 

 即座に言い返す前に、言葉を被せられた。あの夢の中で散々、散々散々聞いたその声は。こちらの神経と理性をさも楽しげに、愉しげに削り抉り。消耗させながら、なおも続ける。

 

 ──確かにそれは夢の中の出来事だ。歴とした現実に起こったことじゃない、所詮夢の中での出来事でしかない。けど、けれどね──

 

 震え。頭痛。目眩。吐き気。動悸。声がこちらの鼓膜を無遠慮に、不快に撫で揺らす度。それらは悪化し、とてもではないが堪えられないものへとなっていく。

 

 今すぐにでも意識を放ってしまいたい。この現実から脇目も振らず逃げ出してしまいたい。だがそうしたところで、そうした後で待ち受けているのは────あの夢だ。

 

 極限の理不尽に打ちのめされ、ひたすらに絶望する最中。そんなことなど知ったことではないと言うように、声は続ける。

 

 ──その感覚は本物だ。その経験は紛れもない本物なんだよ。キミ自身、それはわかってるでしょ?キミが一番良く理解してるでしょ?──

 

 ()()()。声だけではなく、その姿が。気がつけば、その姿が見えていた。

 

 眼下、足元から。まるで伸びた己の影の如く、()()()()()がこちらに、じりじりと。その両腕を広げて、ゆっくりと迫る。

 

 ──そう、本物……感覚も経験も、そして()()も。

 

 衝動────その単語を耳にした瞬間、クラハの全身が強張った。そんな彼の様子を嘲笑うように、声────その灰色の女性は続ける。

 

 ──それは夢から覚める度に、強まる。深く、濃く、確かなものに。段々、段々と──

 

「……黙れ」

 

 無意識の内に言っていた。だがそう言ったところで、その者が止まる訳などなかった。

 

 ──目を背けないで。いくら拒絶したところで、どう否定したところで。夢の中でキミが駆られたその衝動は、キミが抱いた()()は嘘偽りのない真実。……そう、そうだよ。そうなんだよ──

 

「黙れ」

 

 その先は聞きたくなかった。何が何でも、聞きたくなかった。その思いで必死にクラハは耳を塞ぐが、しかし。

 

 それでも灰色の女性の声は聞こえる。聴こえる。瞬間、クラハは気づく。女性の声は、こちらの鼓膜を揺さぶっているのと同じに────()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 故に、耳を塞いだところで。この声が聞こえなくなる訳ではない。鼓膜を破ったところで、この声が聴こえなくなる訳ではない。そのあまりにも無慈悲で残酷な事実の前に、クラハはただただその場に立ち尽くすことしかできなくなり。そしてそんな彼に、声は依然として嘲笑するかのように。一切の躊躇もなく────

 

 

 

 

 

 ──キミの()()は本物だ。紛れもない、嘘偽りのない真実だ。それを他の誰でもないこのボクが認めよう──

 

 

 

 

 

 ────クラハが今最も恐れていることを、指摘し肯定した。

 

「黙れッ!!!」

 

 堪らずというように、クラハは声を張り上げ、そう叫ぶ。だが彼の叫びは森に虚しく響き渡るだけで。目の前の灰色の女性を止めることは叶わない。クラハは彼女をどうすることもできない。

 

 ──あの夢の中のキミの全てが本物だ。本当だ。事実だ。真実だ。やがてそれはこの現実でも同じになる。夢から覚めて現実に起きる度、強く、深く、濃く……はっきりと確かになっていく──

 

「黙れ!黙れ、黙れ黙れ黙れッ!」

 

 それでも、言う。言うしか、なかった。たとえ無駄であると理解していても、承知していても。そんな小っぽけな反抗しか、自分には許されていないのだから。

 

 ……だがそれも、灰色の女性の次の言葉によって。無理矢理終わらされることになる。

 

 ──そしていよいよ堪えられなくなったキミは、この現実で。あの夢と、同じ

 

「黙れぇえええええええッッッ!!!」

 

 先程自分がされたのと同じように。灰色の女性の言葉を遮ったクラハは、躊躇うことなく。腰に下げた鞘から一気に剣を抜き、振り上げたそれを女性の顔面へ突き立てた。


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