ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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あの日から(前編)

 冒険者組合(ギルド)大翼の不死鳥(フェニシオン)』の《S》冒険者(ランカー)にして、冒険隊(チーム)『夜明けの陽』副隊長(リーダー)であるその男、ロックス=ガンヴィル。彼は今、この森の中を疾駆していた。

 

 何故、彼は今地面を蹴りつけ、木々の間を通り抜け、走り難い事この上ない森の中を駆けているのか。

 

 無論、ロックスとて走りたくて走っている訳ではない。むしろ今朝早く床から起きた分、せめて街にはゆっくりと歩いて戻りたいと彼は思っていた。

 

 だのに、何故────その理由は実に簡単。至極単純明快(シンプル)なものだ。

 

 

 

 

 

「黙れぇええええええええええッッッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 という、声が。今し方別れたばかりの、自分と同じ組合に所属する後輩の冒険者の、明らかに尋常ではない様子の叫び声が聞こえたからだった。

 

 ──全く、お前は世話のかかる後輩だぜ本当によ……!

 

 と、心の中で文句を呟くロックスであったが。それと同時に、彼は後輩──クラハ=ウインドアの身も案じていた。

 

 そもそも、ロックスが早く起きたのは己の為などではなく、他の誰でもない────クラハの為だ。

 

 さっき接した通り、今のクラハはもう普段の彼ではなくなってしまっている。もしこのまま何もせず、手を貸さずに()()()()()()いたのなら。

 

 恐らくきっと、いや間違いなく。クラハ=ウインドアは壊れる。それも決定的に、完膚なきまでに。

 

 そして壊れたが最後────もう二度と、彼が元に戻る事はないだろう。そうなるとわかっていて、それでも尚動かない事を選択し続けられる程、ロックスは冷徹でいる事も非情になる事もできない男だった。

 

 ……そう、最初こそロックスが取った行動は傍観だったのだ。彼はあくまでも、見守るだけで。事の顛末を見届けるだけのつもりであったのだ。

 

 そうでなければ、()()()()()()()()()

 

 ──わかってんだ。これは二人の問題さ、だから俺や他の奴に手ェ出されたら、何の意味もないんだって……そんな当たり前の事わかってんだよなあ。それでも、なあ……畜生ッ!

 

 そう、わかっている。これは、この事態の全ては二人の問題────クラハとラグナの、二人の問題なのだ。

 

 二人が自らの手で解決しなければならない、決して他人がどうこうしてはならない問題なのである。その事を、この通りロックスも重々承知していた。

 

 その上で、ロックスはもう我慢ならなかった。彼はもう、己がただの傍観者でいる事に堪えられなくなってしまった。

 

 何せ対岸の火事を眺めるが如く、見守り続けても。この事態はただただ悪化し、問題は日増しに深刻になるばかりで。

 

 結果、自分が見届けるその顛末が、最悪を凌ぐ最悪なものになるであろうと。そう、ロックスは唐突に悟ったのだ。

 

 そしてその悪寒にも似たロックスの予感をグッと更に後押ししたのが────

 

 

 

「あははッ!あっははッはははっ!はははははッ!」

 

 

 

 ────クラハの態度と様子だった。森中に響き渡らせんばかりの彼の笑い声を聞いて、ほんの一瞬だけロックスは顔を青褪めさせる。

 

 ──おいおい、勘弁してくれよ……!

 

 どうやら自分が思っていたよりも、クラハには限界が差し迫っていたらしい。

 

 耳にしているだけでこちらも参ってしまいそうになるクラハの笑い声を頼りに、ロックスは森の中を進み────そして遂に、彼はその場に辿り着いた。

 

 ──やっと見つけたぜ、この野郎。

 

 と、心の中で呟くロックス。今、彼の視線の先には────地面に座り込む、クラハの姿があった。依然独りで笑い続ける、クラハの姿が。

 

 彼は拳を見つめて笑っており、その拳は見ているだけでこちらも痛くなってくる程に傷ついており。また彼のすぐ近くにある石が傷ついた拳と同様に血で真っ赤に染められている事から、恐らくクラハはその石を殴っていたのだろうとロックスは推測する。

 

 ──一体何でだってそんな馬鹿な事を……。

 

 半ば呆れながらも、声をかける為に。取り敢えずクラハに近づこうと、ロックスが一歩その場から進んだ、その瞬間。

 

 パキ──足元に転がっていた木の枝を、ロックスは足で踏みつけた。

 

 乾いた枝が折れる音がその場に響き、それとほぼ同時にロックスの方に、クラハが咄嗟に顔を向ける。

 

 すると彼の姿を視界に入れただろうクラハは────表情を強張らせ。すぐさま恐怖で塗り潰させた。

 

 ──は?

 

 ロックスは解せなかった。どうしてクラハがそのような反応をしたのか、彼はわからなかった。

 

「あ、ああ……!」

 

 困惑するロックスを他所に、クラハがあまりにも情けない悲鳴をその口から漏らしながら、地面に尻を落としたその姿勢のまま後退り。そして何かを探すように地面に這わせていた手で、彼はそれを掴む。

 

 瞬間、堪らずロックスは頬に一筋の汗を伝わせた。

 

 ──お、おいおい。マジか……?

 

 と、信じられない面持ちで、心の中でそう呟くロックス。そんな彼へ、クラハは手に持ったそれを────得物である長剣(ロングソード)の切先を向けた。

 

「く、来るな!来るな、来るな……来るなァアッ!!」

 

 それはまさに、恐怖。怖気に纏われ囚われた者の、心の底からの叫び。クラハはそれをあろう事か、ロックスに放ったのだ。

 

 そしてその事が、ロックスは到底信じられないでいた。何故自分が彼からそのような扱いを受けなければならないのか、どうして自分がクラハに剣を突きつけられているのか。

 

 この今の状況に対して、ロックスの理解は圧倒的に追いつけていない。

 

「お、おい。落ち着け、落ち着けよクラハ。お前一体本当(マジ)にどうしちまったんだ?」

 

 呆然とせざるを得ず、上手く思考が回らない頭の中で。取り敢えずロックスが口に出せた言葉はそれだけで。

 

 しかし、彼の言葉などまるで聞こえていないかのように、伊然としてクラハは言葉にもならない、恐慌の叫びを撒き散らす。

 

 ──これじゃ、埒が開かねえ……ッ。

 

 尋常ではないクラハの様子に、ロックスは心の中で舌打ちして。取り敢えず彼に歩み寄ろうとその場からまた一歩踏み出す────その瞬間、クラハが目を見開かせた。

 

「あぁ……あっ、あ……っ!」

 

 声にもならない悲鳴というのは、まさにこれを言うのだろう。

 

 そんな、お手本のような声にもならない悲鳴をクラハは上げたかと思うと、彼は次に言葉をその口から吐き出す。

 

「来るなって、言って……言ってる、のに……!」

 

 ──そういう訳にも、いかねえだろうがよお……!

 

 と、クラハの言葉に対して思わず苦言を零すロックス。今の彼は明らかに普通ではない。何せ自分の拳が砕けようとも構わず石を殴りつけたり、人に剣の切先を向けてしまう。そんな彼を、放ってはおけない。

 

 だからロックスも気に留める事を止め、今度は足を止める事なく、クラハとの距離をゆっくりと詰めていく。

 

 そんな自分を彼は見て────────()()()()()

 

 ──……何?

 

 それは突然の事だった。不意にクラハが全身を強張らせたかと思えば、それから壊れた人形が如くぎこちない動きで、顔を横に振り向かせた。

 

 振り向いたまま、クラハは固まり。そんな彼の様子をロックスが訝しんだ、その時。

 

 突如、クラハの様子が一変する。彼は視線だけを、だが無茶苦茶に四方八方へ流し。

 

 すぐさま────()()()()()()()()()()()()()

 

 ──ッ!?

 

 果たしてこれ以上のものがあるのかと、そう思わずにはいられない程の。真の意味での無表情。今、クラハの顔から喜怒哀楽、それら一切合切が抜け落ち、そして消え失せた。

 

 それを目の当たりにしたロックスの背筋に、凄まじいまでの悪寒が駆け抜ける。咄嗟にその場から跳び退き、即座に鞘から剣を抜き構えたくなる程の────────

 

「殺気……!」

 

 ────────ロックスは信じられないでいる。否、信じたくなかった。

 

 今自分が、こんな身の毛もよだつ恐ろしく悍ましい殺気を、よりにもよってクラハから発せられているなどという、この現実を。

 

 ロックスは認める訳にはいかなかった。認めたく、なかったのだ。

 

 ──お前、いつの間にこんな……。

 

 堪らずその場に縫い付けられたように固まったロックスの目の前で。雰囲気が一変したクラハは────不意に何もない宙へ手を伸ばし、ギュッと手を握り込む。それはまるで見えない何かを掴んでいるようだった。

 

 それからグイッと、その手をクラハが捻る。先程見せた動きが何かを掴むようならば、それをさながら何かを()()ような仕草。

 

 依然としてロックスの目の前でクラハは動き続ける。掴んで、そして折ったその見えない何かを、彼は塵芥(ゴミ)のように地面へ放り捨て。

 

 それからゆっくりとクラハは地面から立ち上がって。ゆらりとその身体を揺らしたかと思えば────突如、動いた。

 

 ──クラハ……!?

 

 クラハが剣を振るう。ロックスが見ているその目の前で、ただひたすらに。クラハは剣を振るい続ける。

 

 その動き。その剣筋。その全てが────()()だ。

 

 今クラハの周囲には誰も、何もいない。だがロックスは確信する────今、クラハは()()()()()()()()

 

 その事を認識した瞬間だった。

 

「な……」

 

 後から思えば、それは幻覚だったのだろう。ただの、幻影に過ぎなかったのだろう。

 

 しかし、その時確かに。ロックスは己が目で、その姿を捉えた。

 

 

 

 

 

 クラハによって無惨にも斬り殺されていく、()()()()()()()()姿()()

 

 

 

 

 

 ほんの数秒か、それとも数分の間の出来事だったのか。それは目の当たりにしたロックス本人すら定かではない。

 

 ただ彼が気づいた頃には、クラハの()()は終わっていた。

 

 側から見れば、クラハはただそこに突っ立っているだけだ。汚れ一つとない剣を手に、そこに立っている。……だが、しかし。

 

 これが幻覚なのか、幻影なのか。自分の頭はどうにかなってしまったというのか。それを判断する術を、生憎ロックスは持ち合わせていない。

 

 今、ロックスの視界に広がっている光景を。ありのまま全て、書き記すのであれば。ロックスがその目で見た事実のまま全て、描写するのであれば。

 

 

 

 嘗ては灰色の女性らしき人の形を成していたはずの、雑に切り分けられた肉塊が無数に転がるその中心で。血と肉と脂に塗れた剣を力なくぶら下げ、その剣と同じく真っ赤に染まり汚れたクラハが独り、立っていた。

 

 

 

「…………」

 

 見た者は吐き、または泣き、または目を逸らすであろうその惨状。まさに血塗れの景色。

 

 それは冒険者(ランカー)としても、無論人としても経験豊富なロックスですら、それを目の当たりにしてしまっては慄く他ない。

 

 そしてその最中に立つクラハは、平然としていた。或いは、彼は呆然としていたのかもしれない。

 

 ただ確かな事は────────それを作り出したのはクラハ当人であり、彼がこんな惨劇を作った事実と現実を、ロックスは未だに受け入れ切れないでいた。

 

 もはや声をかける事も憚れ、だが今この場から離れるなどという愚かしい行動など取れる訳もなく。結果、ロックスもまたその場に立ち尽くす事しかできない。

 

 と、その時だった。

 

「!」

 

 突然だった。あらぬ方向へ顔を向けていたクラハが、不意に。ゆっくりと、立ち尽くしているロックスにその顔を向けた。

 

 生涯、この事をロックスが忘れる事はないだろう。

 

 ……否、()()()()()()()()()()()

 

 その瞳は、昏く。影よりも、夜よりも、闇よりも。それらよりもずっと昏く、何処までも昏く。故に其処に光が灯る事は僅かにも、微塵たりともなく。

 

 そして生命(いのち)の気配すらも、()く。

 

 もはやこの現実に在るのかさえ疑わしいその瞳は、確かに見ていた。見ていると、見られていると。少なくともロックスはそう感じて──────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気がついた時には、もう既に己は森の中に立ってなどいなかった。そして己が今何処に立っているということもわからないでいた。

 

 ただ言えるのは────此処は影の中だ。此処は夜の中だ。此処は闇の中だ。それだけが、己に与えられた唯一の真実だった。

 

 そして己は見た。影の中で、夜の中で、闇の中で。己は────そう、ロックス=ガンヴィルは目撃したのだ。

 

 ()()は影だった。()()は夜だった。()()は闇だった。何処までも黒く、そして何処までも昏かった。

 

 覆うそれは影か、夜か、闇か。そのどれでもあり、そのどれでもないのだろう。およそ人の言語では言い表せぬそれは風もないのに靡いて、蠢いて。それの全てが、黒く昏いその全てが妖しく不気味に、脈動するように揺らめいている。

 

 延々と伸びる影が如く。広々と拡がる夜が如く。そして全てを呑み込む闇が如く。始まりが見えなければ終わりも見えない、悠久なる果てしなきその大巨躯は。

 

 大熊のように逞しく。雌豹のように麗しく。そして、獅子のように厳かであり。

 

 (もた)げられたその頭からは、山羊のものを彷彿とさせる巨大な角が天を突かんと生えており。またその角自体からも七つの角が生えており。それぞれが歪に連なるその形は、(さなが)ら冠のようであった。

 

 言葉も出せず。目も離せず。何もできずにいるロックスを、瞳が睨める。円環を纏い逆立つ十の尾を背に、(ゴウ)と激烈に炎上する竜の瞳が、ただロックスを睥睨する。

 

 その時、ロックスは唐突に理解した。燃える瞳に映り込む己を見て、ようやっと理解できた。

 

 影も夜も闇も、全てが全て。余さず、一つ残さずかの存在(モノ)なのだと。即ち、今己がいる此処は。

 

 

 

 

 

 ()の存在の、世界(なか)だったのだ。

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