水より深く青に飛べ   作:イナバの書き置き

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お久し振りです。


水より深くⅢ

「う……」

 

 気絶していた少年が意識を取り戻したのは、もう間も無く日付が変わろうという時間帯であった。

 結局の所()()の強烈な一撃は、少年にレナを追いかける事はおろか満足に動く事すら許さなかったのだ。

 

「手の早さまでレナと一緒かよ、あの髪の毛ワカメ……」

 

 実にフィジカル的で原始的な妨害だったと思いつつ、壁に手をついてふらふらと少年は立ち上がる。

 相も変わらず──いや、未だ夜中だから当然ではあるが家中が暗い。

 どろっとした空気が纏わり付いてくるような錯覚すら覚える。

 だが、床に情けなく寝そべっている場合ではない。

 少年が次にやる事は最初から決まっているのだ。

 

「……よし、歩ける」

 

 ──兎に角、レナを探しに行く。

 ノックアウト寸前だが別に構いやしない。

 深夜も深夜なので誰1人として助けは期待出来ないが、それもまた構いやしない。

 と言うか、不思議な事に今や少年は体の底から湧き上がるやる気に満ち満ちてすらいた。

 レナが何処にいようが地の果てまでおっかけて愛を囁いてやる(気色悪い)自信すらあった。

 

「1発ぶん殴られて目が覚めた、かな」

 

 その自信に無理矢理理屈を付けるなら、きっとそうだ。

 なるほど、「自分」に関する一切を喪失するのは誰にとっても辛い事だろう。

 ある日突然鏡に顔が映らなくなったり、会話内容からしか自分が「喋っている」事を認識出来なくなったり、止めに紙に名前を書く事すら出来なくなる。

 正直な所キツい。

 すんごいキツい。

 頭おかしくなりそう。

 まだ謎のデバフかけられてから1日も経ってないけど、もうギブアップしそう。

 

 ────でも、今はそんな事してる場合じゃない。

 そんな事考えてる場合でもない。

 

「大丈夫……まだ、大丈夫な筈──」

 

 腐れ魔女共がどんな生態をしているかは少年も知らないが、その姿は非人間的で非友好的であるとレナから聞いていた。人間に対しては凄まじく攻撃的とも。

 ところがレナからは魔女が──「生えた」のだ。決して「成った」のではなく。

 加えてもし少年の考える通り()()がレナから生えてレナの意思に基づいて行動するなら、まだ可能性は残されている。

 

「キュゥべえ、見えるようになったら絶対にぶっ殺してやる……!」

 

 今や、少年の疑惑は憤怒へと移行しつつあった。

 魔法少女から魔女が出現する。

 何の罪も無い少女達を胎として、人を襲う異形が育てられている。

 そんな彼女達を魔法少女に誘ったのは──キュゥべえだ。

 魔女に関する真実を知っていたのかは定かでないが、キュゥべえが魔法少女の契約を持ちかけたのは覆しようがない事実だ。

 これさえなければ少年が名前を奪われる事も、レナが苦しい思いをする事も無かったのは間違いない。

 ──故にこそ「ぶっ殺す」。

 1発ぶん殴る程度では、この烈火の如き怒りを晴らすには程遠いのだ。

 ぎったんぎったんの、けちょんけちょんにしてやらねば少年の気が済まない。

 

「……行くか」

 

 だが先ずはレナだ。

 少女を狙う腐れ淫獣(キュゥべえ)にかまけて事の本質を見失ってはいけない。

 目的は3つ。

 レナを見付ける。

 レナと()()()()話す。

 レナと一緒に帰る。

 それが今の少年の全てであり、為すべき事なのだ。

 

「よし、よし……立てる。歩ける。それならやれる」

 

 ふらつく脚に活を入れ、キュゥべえへの怒りを両手足を支える礎に変換して、少年は寄りかかっていた壁から手を離した。

 これは少年にとって、目下最大の懸念が解決された瞬間的でもある。

 支えを得ずとも2足歩行が可能と確認出来たのだから、最早少年の行動を阻む要素は存在し得ないのだ。

 ならば躊躇う必要もない。

 

「待ってろよ、レナ……!」

 

 斯くして、10月の冷えた空気に少年は足を踏み出した。

 ──愛する少女(水波レナ)がそうしたように、少年もまた帰るべき日常の光に世を向けた瞬間であった。

 

 

 

■■■

 

 

 

「──で、見付からなかったと」

「はい……」

 

 時刻は12時を半ば程過ぎ、全神浜市立大学附属学校生が待ち望んだ昼休みの喧騒を他所にして少年はがっくりとうなだれている。

 昨日までの意気込みは何処へやら、目元に深い隈を作った不健康少年は屋上へと続く階段に腰掛けて萎れているのだ。

 

「折角快晴なのに、なーんで鍵閉まってるんすかね、ももこさん……」

「さぁ……。って言うか、生徒はそもそも立ち入り禁止だろ!」

「そーですね……」

 

 普段は開けっ放しになっている屋上の扉が、今日に限っては施錠されている事もまた少年を消沈させるのに一役買っていた。

 

「どれ位探したのさ」

「まぁ、レナがいそうな場所は粗方……5時位までは探してました」

「終電も過ぎてただろうによくやるよ……」

「新西区を中心にして、参京区とか北養区とか行ってみましたけど……こりゃダメですね」

「ダメか」

 

 階段の手摺に寄りかかったももこの問いに、少年は淡々とした答えを返す。

 実際、少年は何も考えずに走り回っていた訳ではない。

 いくら魔法少女とは言え、目視可能な()()を侍らせた状態で行ける所なんて高が知れている──そんな浅はかな考えに基づいて、少年なりに色々と探し回っていたのだ。

 結果は御覧の有り様だが。

 

「■■は何で参京区と北養区に絞ったのさ。中央とか水名とかに行ったかもしれないだろ」

「参京区にはレナがよく行っていたゲーセンがあるでしょう。ひょっとしたら其処で憂さ晴らしでもしてるんじゃないかって」

「あぁ……」

「まぁ時間が時間がなんでそもそも入店出来ませんでしたけど」

「そりゃそうか……」

 

 24時間営業しているゲーセンが無い訳ではない──だが、そんな所に学生が入れる訳はない。

 レナなら「変身」して入店した可能性は十分に考えられるが、それを踏まえたとして少年に何か出来るという訳でもない。

 よってレナは()()()()()()()()しかない。

 ちょっと考えれば分かる、バカみたいな話であった。

 

「北養は?」

「北養にはウォールナッツがありますし、まなかの所に行ったんじゃないかって」

「え、待って。あの2人ってそんなに仲良かったか?」

「僕はそう思いますよ。結構つるんでる所見掛けますし」

「そうかなぁ……」

「そうなんですよ。まぁ今回は空振りでしたけど……」

 

 まなかには今度お礼をしなければならない、と少年は胸中で呟いた。

 何しろシェフとしての勤めを終え、明日に備えて寝ようとしている所に厄介事を持ち込んでしまったのだ。

 これでは過労待ったなしである。

 電話越しに快く協力を申し出てくれたのもありがたいが、忙しい彼女に新たな負担が掛かってしまうのは間違いない。

 正直に言って、少年はかなり申し訳なく思っていた。

 そして、懸念がもう1人。

 

「秋野さんには、言ったんですか」

「いや、まだだ」

「でしょうねぇ……」

 

 秋野かえで。

 おどおどしていて、自主性に欠けていて、でも他人よりずっと優しい彼女がレナの状況を聞いて動揺しない筈がないだろう。

 まぁそれでレナを助けようとする方向に動いてくれるのなら心強いが、正直に言ってしまえば期待も薄い。

 ももこは兎も角少年はかえでと大して交流がある訳でもなし、いざ()()()()状態になってしまったらどうケアしてやれば良いのかも分からないのだから伏せて置くのも已む無しだ。

 

 それに、ももこにしたって辛いのは間違いない。

 親友が行方不明になったかと思えばその彼氏も何か頭がおかしくなっていて、挙げ句人から魔女が出てくる。

 この時点でもう頭がパンクしたっておかしくないのに、更にその解決は自分の手腕に賭かっているのだ。

 トドメに少年は自身の周囲で最も頼れる人物として彼女に包み隠さず打ち明けた訳で、そう言った視点からも期待を背負う填めになっている。

 表面上は明るく振る舞っていても内側では重圧に押し潰されそうになっているのは明確だった。

 そんな彼女にかえでまで背負えと言えるほど少年は愚かではない。

 

「迂闊に言えない……って言うか、誰に何を言っていけば良いのかもハッキリしないな」

「ですねぇ……まなかにも本当に悪い事をしました」

「でも協力してくれるんだろ?正直今は猫の手も借りたいし助かるよ」

 

 もっと言ってしまえば、1番困惑したのは100%まなかだろう。

 もう全く以て無関係、同じ魔法少女である事を除けばよく話すシェフと客程度の関係しかない彼女に「レナから魔女が出ましたー」なんて言っても「は?」の一言で済まされるのが本来は自然。

 それを「客を大切にする」シェフとしての矜持で──或いはもっと他に理由があるのかもしれないが、手助けしてくれるのだからもう頭が上がらない。

 次に行った時は沢山食べて目一杯ウォールナッツの利益に貢献してやろうと少年は心に誓った。

 

 そんな魔法少女達の支援を受ける少年に最も必要なのは、やはり情報。

 何でも良いからレナに繋がる何かが欲しい。

 

「……やっぱり足りない」

「何が」

「何でも良いから、レナが()()()()()()()()事を示す情報が」

「しらみ潰しに探すのか?そりゃ無茶だよ……神浜は広いんだからさ」

 

 しかし破れかぶれな少年の意見は目を伏せたももこの反論で即座に叩き潰される。

 正に八方塞がり。

 元より分かっていた話ではあるが、最早少年の力ではどうしようもない。

 魔法少女でもないただの一個人が奔走したところで、何百万人もの人々が行き交うこの神浜市で狙った1人を見つけ出すなど無理ゲー以下なのだ。

 

 されど決意は揺るがない。

 少年は名前を奪われようが何をされようが今この瞬間もまだ水波レナの彼氏であり、彼女()()の為に奔走するたった1人のヒーローだ。

 で、あれば────

 

 

 

 

 

「ももこさん、何か良い案ありません?」

「あるよ、1つだけ。飛びっきり胡散臭いのが」

 

 

 

 

 

 やはり誰かに頼るしか、少年に残された道は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────」

「や、やちよ、さん……?」

 

 七海やちよは控え目に言って、困惑していた。

 常に冷静沈着、クールビューティーを地で行くような性格をしているにも関わらず、らしくない位に戸惑っていた。

 その困惑っぷりには、彼女の後ろで縮こまっていた桃髪の魔法少女(環いろは)が思わずきょとんとしてしまう程である。

 だが、それも仕方ないのだ。

 何故なら────

 

 

 

「力を貸して下さい!お願いします!」

「お……おい、ちょっと待てったら……!て言うか何でこんな時ばっかり無駄に力が強いんだよお前……!」

 

 

 

 同じ魔法少女のよしみとしてあまりにも弱すぎるいろはを調()()()が根城とするミレナ座へと連れてきたその瞬間、あのどうにも胡散臭い家主ではなく土下座する見知らぬ少年に出迎えられたからである。

 全く以て意味不明。

 床に頭を擦り付ける少年を何とかひっぺがそうとしているももこも含めて、何もかもがやちよの理解の外にあった。

 

「えっと、その……」

「お願いします!」

「……」

 

 そもそもこの少年は何者なのか。

 何故調整屋にいるのか。

 何故自分に物を頼んで──いや、土下座までして一体何を頼んでいるのか。

 やちよは悩んだ。

 その明晰な頭脳をフル回転させ、僅かな情報から事の真相を突き止めようとした。

 その果てに────

 

 

 

 

 

「と、取り敢えず、その……座って話しませんか?」

「そうね、そうしましょう」

 

 

 

 

 後ろのいろはから上がった意見に、一も二もなく飛び付いた。

 

 

 

■■■

 

 

 

「むふっ、むふふ……!」

 

 無数に積み上げられた本の山の合間で、少女は必死になって笑いを堪えていた。

 これではいけない、もっとしっかりとした顔をしなくては「羽根」達に示しが付かない──そう思って表情を整えてみるものの、それもまたすぐに崩れてしまう。

 

「いやぁ、まさか本当に土下座するなんて思わなかったよ……」

 

 だって、土下座だ。

 今日びテレビとか漫画とか小説とか──教育にもメスが入る現代では専ら創作でしか見る事の出来ない懇願の究極形態が少女の視界に映っているのだ。

 しかもそれをしているのは柊ねむが何より好意を抱いている少年なのだ。

 

「何処まで行ってもカッコ悪いなぁ、お兄さん……むふっ」

 

 その()()()がねむには堪らない。

 水波レナを救う為に必死になって、形振り構わず助けを求める情けなさが最高にそそる。

 憧れの存在が、自身にとっての救世主が自らその尊厳を貶す度にねむの背筋にはゾクゾクとした快感が走るのだ。

 

 性根が腐っていると言う自覚はある。

 人として褒められたモノではない所か蔑まれて然るべきだと認識してもいる。

 だが──止められない。

 少年を魔法で監視するそのストーカー染みた奇行はまるで止められそうにない。

 

「それに、誰も僕の魔法に気付かないなんて……甘過ぎるんじゃないかい?」

 

 そう、監視だ。

 ねむは少年の体内に魔法を仕込んで彼を監視しているのだ。

 柊ねむは恋愛に於ける敗北者であり少年からの認知度で言えばレナには遠く及ばないが、それを補って余りある程に強かで狡猾な策略家である。

 そんな彼女がいつ魔法を仕込んだのか──残念ながら()()()()()()()()からねむはもう覚えていない。

 

「やっぱり彼女達には()()()()()()な……彼を守る意志があったって実力が伴っていなければ、何の意味も無いだろうに」

 

 そんな彼女からしてみれば、魔法少女としては超ベテランである七海やちよも含めた全員が少年に仕込んだ()()()調()()()に気付いていないのは最高に「笑える」のだ。

 レナ然り、ももこ然り、まなか然りどいつもこいつも方向性は違えど魔法少女として少年を守るつもりでいる癖に、

 こんな適当に隠蔽しただけの魔法1つに気付けやしない。

 それが────ねむには気に食わない。

 

 

 

 

 

「まぁこれだけ数がいれば絶交階段に負けはしないと思うけど──どうせなら手助け、してしまおうか?」

 

 

 

 

 

 少女は手元に置いてあった本から白紙の頁を1枚破りとって、シンプルな紙飛行機を折る。

 そうして出来上がったそれをポイと放れば、風もないのに紙飛行機は宙を駆け──開け放たれた窓から、神浜市に向かって飛び立って行った。




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