水より深く青に飛べ   作:イナバの書き置き

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またしても続きました。


熱烈友情確認戦

「じゃ、いよいよ退院が決まったってワケ?」

 

 いつも通りの病室──ではなく、里見メディカルセンターの屋上庭園で水波レナは問い掛けた。

 成る程、確かに少年の両足はしっかりと芝生を踏みしめているし、ともすれば走り出す事すら可能に思える。

 健康体そのものなのだから、退院するのは当然の事だった。

 

「うん、3日後にはこの病院からもおさらばだ。まだ激しい運動とかはダメって言われたけどね」

「そう……支度は早めにしときなさい、アンタ鈍臭いんだから」

「善処しまーす」

 

 つい2日前、少年とレナはめでたく交際を始めた訳だが、だからと言って明確な関係性の変化が発生したりはしなかった。

 今だって普段通りの、中身があるようで無い会話をうだうだと垂れ流しているだけである。

 現に少年がギリギリにならないと行動を起こさない事も、レナの忠告が「親切心」に分類される事も互いに理解していたが、だからと言って止めようとはしない。

 

「あー、学校ダルいなぁ。行きたくねぇ」

「アンタね、いくら入院してたからって弛み過ぎでしょ」

「違いない……」

 

 これでは恋人の──と言うよりは世話焼きオカンとグータラ息子の会話だ。

 甘酸っぱさも何もありゃしない。

 実の所、告白当初こそは初々しいカップルの様相を呈していたものの、翌日になればレナは例の仏頂面に戻っていたし、少年の熱情もすっかり鳴りを潜めてしまったのだ。

 しかし少年少女の言葉に嘘はないし、だからと言ってそこに深い理由がある訳でもない。

 

「レナのか、かかかか彼氏としてそんなの認めらんないわ!もっとシャキっとしなさいよ!」

「そんなどもる位なら言わなきゃ良いのに……」

「うっさい!」

 

 そう、単に恥ずかしがっているだけなのだ。

「何回轢かれたって僕はキミを好きになる」なんてあまりにもキザ過ぎる、と少年は猛省した。

「感謝も、愛情も、全部全部伝えたい」なんてあまりにも気色悪過ぎる、とレナは煩悶した。

 故に告白の瞬間は2人にとって最高に幸せな記憶であるが、同時に最大限封印したい記憶でもあるのだ。

 そして「らしくない自分」を記憶から抹消すべく、2人は何事も無かったように──しかし以前とは決定的に違う()()()()へと移行した。

 まあ結果は御覧の通り大失敗だが。

 

「まぁ、レナのお陰で授業に置いてかれる心配は無さそうだ。ありがと」

「……別に。レナは何もしてないし、アンタがちゃんと勉強したからでしょ」

「それもレナが見ててくれたからじゃん?」

「そう、かな」

「そうだよ」

 

 言葉に力を込めて強く肯定する。

 やはりと言うべきか、レナの自己評価は異常なまでに低い。

 殻に籠ってきた代償はそう簡単に支払えるモノではなく、自分を卑下する癖があっさり治る訳でも無いと言うことだ。

 そして、その「自信」の欠如が今のレナに深刻な問題をもたらしていた。

 態々少年を引っ張って屋上庭園まで来たのも、病室では息の詰まりそうな話が控えているからである。

 

「それで、その……やっぱり秋野さんとは上手くいってないの?」

「うん……」

 

 少年が聞く所によれば、レナは最近新しくチームに加入した魔法少女──秋野かえでと事ある毎に衝突を繰り返しているらしい。

 どうにかしてやりたいと思いこそすれど少年と秋野かえでに交遊は無く、そもそも学年が違うのだから面識すら無い。

 そして面白半分、お節介半分で現れるももこと違ってかえでは見舞いに来る理由も無いので、少年に出来るのはひたすらレナの愚痴を聞く事だけだった。

 

「別に……かえでが悪いって訳じゃないの。オドオドしてるのにはムカつくけど、それに助けられる事だってある」

「そっか……」

「なのにレナがすぐカッとなって、後は売り言葉に買い言葉って感じ」

 

 実際かえでが加入した事で、戦闘その物はとても円滑になったのだとレナは語る。

 良くも悪くも突っ込んで蹴散らす事しか出来ないももこと、戦い方そのものは変幻自在だが視野が狭くなりがちなレナにとって、臆病とも取れる程慎重なかえでの目線は大きな助けとなっていた。

 それはレナ自身よく理解しているが、その上で礼の1つも言えずに喧嘩を吹っ掛けてしまう自分が現実として存在するのだ。

 どうにかしたくて、しかしどうにも出来ない。

 そんな苦悩から、以前よりレナは少年に相談を持ち掛けていた。

 

「やっぱりこのままは嫌。アンタの力──は無理ね。知恵を貸して」

「そりゃ勿論、彼氏だからね。そんでもって既に1つ考えがあるけど、聞いてく?」

「うん、聞かせて」

 

「彼氏」の一言はこっ恥ずかしくなるので余計だったが、その言葉がレナにはたまらなく嬉しかった。

 少年はレナの人生で初めての心置きなく相談出来る相手であり、数少ない棘だらけの殻に閉じ籠って怯える必要の無い人間なのだ。

 

「彼氏、彼氏ね……ふふっ」

「何?」

「──何でも無いわ」

 

 

 

 ────そして最も愛する、男の子でもある。

 

 

 

■■■

 

 

 

 ──等と考えていたが。

 

「ホンット有り得ないんだけど……!」

「レ、レナちゃん落ち着いて……」

 

 気が付くとレナはファミレスで管を巻く羽目になっていた。

 しかも対面に怯えるかえでを着席させて、である。

 何故こうなった。

 思い返して、その原因にまた腹が立つ。

 そうだ、それもこれも全部あの少年が悪い。

 少年が()()()()を言わなければ、こんな所でちびちびとジュースを飲みながら愚痴を言う必要性等ありもしなかったのだ。

 そう──────

 

 

 

「なぁにが『レナの胸って中学生とは思えない位デカいよな』よ!あの変態!」

「ふ、ふゆぅ……」

 

 感情のまま振り下ろした拳がテーブルに衝突して硬い音を立て、かえでがびくりと震える。

 マナー的にも人としても良くないと理解していたが怒りを収えられず、そんな己の幼稚さにもレナは苛立っていた。

 

 少年の策は実に単純なモノだった。

 レナとかえでがマトモに会話出来ないのは趣味嗜好が大きく異なるからであり、それなら共通の話題を作り出してしまえば良いし、ついでにガールズトークに使えるネタを一緒に考えてしまおう────そこまでは順調だったのだ。

 が、その「ネタ」として少年が引っ張り出したのがレナの胸の話だったのである。

 

『デカい、超デカいよ。母性の塊だよ』

『はぁッ!?』

『一体何食ったらそんなデカくなるんすかね。きっとその件で泣いてる女性も多いだろうし、是非教えて欲しいなぁ』

『な、あ、へぁ……?』

 

 レナ自身とて恋人からの評価は大いに気になっていたが、よもやこんな形で聞く羽目になるとは思いもしなかった。

 しかも最低だ。

 セクハラ200%だ。

 思春期の少女なら誰でも夢見る「甘い」理想がこの犯罪的発言で木っ端微塵になってしまった事に、哀しみを隠せる筈も無い。

 

「変態!変態ッ!ああもう信じらんない!男って皆()()()変態なの!?しかもよりにもよって『顔を埋めてみたい』とかぁ!あ、あああ有り得ないんだけどぉ!」

「レ、レナちゃん、一旦落ち着こうよ……」

「これが落ち着けるワケ無いでしょうが!」

「うひぃ!」

 

 それだけならまだしも、何だって中学生の口からこんな中年エロオヤジみたいな言葉が飛び出してくるのか。

 あ、でもでもやっぱり容姿を褒められて何だか悪くない気がしたりしなかったり。

 そんな何とも言えない気分を抱えたまま顔を真っ赤にして病室を飛び出したレナは、モヤモヤを解消すべくももことかえでを召集したのだが──

 

「それで!ゲーセン行ってもモヤモヤしたまんまだしッ!ももこに電話しても出ないしッ!ああもうイライラする!」

「レ、レナちゃん……」

「アイツもアイツで何が『秋野さんとの円満なコミュニケーションの為に』よ、ふざけんじゃないわ!あの変態!変態中学生!」

「レナちゃん!」

「何よ!?」

「それを私に言っちゃったら意味ないんじゃ……」

「──────ぇあ?」

 

 沈黙。

 表情を凍り付かせたレナはかえでの言葉をたっぷり10秒かけて咀嚼し、ようやくその意味を理解した。

 

「……口に出てた?」

「うん。って言うか彼氏さんいたんだね、今初めて知ったよ……」

「……言ってなかった?」

「うん……」

 

 再び沈黙。

 確かにレナは交際関係について何も言っていなかった。

 どうせももこは勘づいているのだろうが、だからと言って具体的に言葉を交わした事も無い。

 だがそれは浮かれてたからだとか、会う機会が無かったから──ではない。

 

「……悪い?」

「え?」

「レナに付き合ってる人がいたら悪いのかって訊いてんの」

 

 そう、それは優越感と独占欲だった。

 昔から均一である事、同調する事が求められる社会に在って、その性格が災いして馴染めなかったレナは己に劣等感(諦念)を抱いていた。

 それは今も変わらず拭う事すら出来ない呪いであり、レナが「強さ」を求める理由の1つでもある。

 だが、この数日でレナの人生は一変したのだ。

 恋を知った。

 愛を知った。

 たった1人の冴えない少年によって「変われるかもしれない」と思える自分を知った。

 希望と────恐怖を抱いた。

 

「悪くは、ないけど……」

「ないけど、何よ」

「な、何って……なんでそんなに怒ってるの……?」

「怒ってる?レナが?まさか────まさか。寧ろ怖い位よ」

 

 少年がいるから変われる可能性を得た。

 少年に愛を吐露したから素直な自分を知った。

 だが、もしそれが奪われたら?

 少年はレナに夢中だが、レナ自身はいつまでも少年と繋がっていられる確信を持てないのだ。

 だってレナより情熱的な人間は沢山いるから。

 レナより魅力的な人だって────

 

「ももこの優しさが羨ましい、かえでの慎重さが妬ましい。そのどちらかでもレナにあれば、こんな思いをする事も無いのに」

「そんな事……!レナちゃんにはレナちゃんの良い所が────」

「確かに、かえでの言う通りあるのかもね。けどそれじゃ足りないの」

 

 やっと手に入れた安寧を、喉から手が出る程欲しかった「オンリーワン」を他人に奪われたくない。

 友達だとしても────いや()()()()()()()恐れている。

 

「かえではレナの()()よね────?」

「──────ひぃ」

 

 秋野かえでは心の底から恐怖した。

 ほんの数日前までのレナとは根底が違う。

 あの無愛想、不器用で、それでも隠しきれない優しさが滲み出る水波レナは何処へ行ってしまったのか。

 或いは彼氏と言うのはここまで人間を変えてしまうモノなのか。

 

「どうなの?」

「ぅ、ゆ────」

 

 何を言えば良いのか。

 どう答えれば良いのか。

 正解なんて分かる訳が無い。

 それでも何か言おうと口を開いて──────

 

 

 

 

「なーんちゃって☆中々良い演技だったでしょ!」

 

 

 

 

 

「……へあ?」

 

 

 

■■■

 

 

 

「むぅぅぅぅぅぅ……!」

「ごめん、ごめんってば。今度クレーンゲームで欲しいの取ったげるから機嫌直しなさいよ……」

「レナちゃんの意地悪……わ、私ホントに怖かったんだよ……!」

「し、仕方ないじゃない。何かやってる内に興が乗って来ちゃって……ね?分かるでしょ?」

「うゆぅぅぅぅぅぅ!」

 

 机に突っ伏したかえでの、怨嗟の呻きがファミレスの喧騒にこだまする。

 実に迷惑千万だが、2人とも周りを気にしている余裕等無い。

 付け加えるならば先程とは逆に「不機嫌な様子を醸し出すかえでとあたふたするレナ」の構図であり、完全に攻守が逆転していた。

 

「いや、ホラ、アイツも言ってたのよ。『普段とのギャップを狙ってみれば良いかもしれないよ』って」

「ギャップで……ギャップでごんな事ずるのぉ!?」

「うん、だからゴメンって……」

「うぅぅぅぅぅぅ!」

 

 必死の弁解を試みるが、今のかえでに何を言っても逆効果なのは目に見えていた。

 確かに、前提からして色々と可笑しかったのだ。

 ギャップがどうとか以前に素直に話したい相手を怖がらせたら元も子も無いし、その内容にしたってかえでからすれば完全にお門違いだろう。

 つまり、少年の献策は的外れも良い所だったワケで、レナも恥をかく羽目になってしまったのである。

 これは有罪だ。罰が必要だ。

 明日はプリン買って行くの止めよ、と細やかな復讐をレナは己に誓った。

 

「そのままで良いから、ちょっと話を聞いて──ううん、聞きなさい」

「ぅ────?」

 

 ──とは言え、レナには言って置かねばならない事がある。

 例え自爆でかえでを怒らせてしまったとしても、相手が突っ伏したままだとしても、これを伝えなければ始まらない。

 

「まぁその、さっき言ってた事、100%嘘って訳じゃないのよ」

「──」

「やっぱりももこもかえでも、レナには無い『強さ』を持ってる。物理的なモノじゃなくて、心の『強さ』がアンタにはあるのよ」

「──」

「その『強さ』がレナは羨ましい。そしてそれが原因で2人を妬む事もあるだろうし、心にも無い事を言っちゃうかもしれない。それでも──」

 

 ちょっと前までは其処で「行き止まり」だった。

 全部全部諦めていた。

 けれど、今はそれだけでは無い筈だ。

 水波レナは「変われる」事を知ったから。

 殻に閉じ籠るばかりでは得られなかった他人の温かみを知ったから。

 だから──────

 

「それでもレナはアンタと一緒にいたい。下らない事で騒いで、一緒にゲーセン行って、一緒に魔女退治をする。そんな仲間のままでいたい」

「──」

「自分の悪い癖だってそのままにしたりもしない。()()()に誓った通り、言いたい事は言えるようになってみせるわ。だから、その────」

 

 

 

 

 

「レナと友達で、いてくれる?」

 

 水波レナは()()()()()変わる、その最初の1歩を踏み出した。

 

 

 

■■■

 

 

 

 時刻は午後9時を回っており、里見メディカルセンターは夜の静けさに沈んでいた。

 患者の幾らかはもう寝ている頃だし、そうでないにしたって出歩く人は多くない。

 ──だが、そうでない人間もいる。

 

「──うん?」

 

 急に、と言えば良いのか。

 或いは最初からそうだったのか。

 だが兎に角、少年は突如として猛烈な違和感を覚えた。

 何かがおかしい。

 あと数日でおさらばする筈の、代わり映えのしない病室に「何か」が紛れ込んでいる。

 直感で悟った少年は、取り敢えず棚の中身を掻き出す事から探索を始めた。

 

「うぅん……?」

 

 備え付けられた物品の位置が変わった──違う。

 在るべき物は在るべき場所に、普段通り鎮座している。

 ベッドの下に誰かが隠れている──違う。

 レナにしろういにしろ、そう言う事をする人間ではない。

 医療機器の裏側を覗いても、棚と言う棚を空にしても、違和感の根源が見付からない。

 そうして20分程私物を撒き散らした末に、ようやく少年は()()を発見した。

 

「ニリンソウ?誰が……」

 

 つい先程までアヤメの紫で彩られていた窓際のアレンジメントに、小さな白い花が添えられている。

 誰が挿したのか。

 何故挿したのか。

 少年は知る由も無かったが、1輪の花は雄弁に語っていた。

 そう、ニリンソウの花言葉は──

 

 

 

 

 

「────────ひょっとしてレナ、か?」

 

 

 

ずっと離れない




まだ続きます。
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