水より深く青に飛べ   作:イナバの書き置き

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なおも続きますが、今回はレナがメインではないのでサブタイトルも変わりました。


炎の料理少女、リブート

 少年はプリンが好きだ。

 カスタードと聞けば木漏れ日の小屋へ、ヨークシャーと聞けばこれまた木漏れ日の小屋へと駆け込む位にはプリンにのめり込んでいる。

 精々ご飯を炊いて味噌汁を作る程度の腕前しかない癖に自宅でプリン製作に勤しむ辺り、既に色々と「手遅れ」な感じがあるが当人は一向に気にしていない。

 1にレナ。

 2にプリン。

 3、4にレナで5もプリン。

 少年は脳の40%をプリンによって占拠されたプリン人間なのだ。

 別に人類の自由と平和を守ったりはしない。

 

 ではプリンの何が好きなのか、と聞かれれば少年は首を傾げるだろう。

 味は好きだ。少年は甘い物を得意としていなかったが、プリンだけは例外だ。

 口触りも好きだ。まろやかでとろけるような食感は、少年にとって至福の瞬間である。

 だがそれが1番ではない。プリンに拘る理由が、何処かにある。

 

 少年は考えた。

 己のアイデンティティに関わる問題であるが故に、足りない頭を使って必死になって考えた。

 そして退院から2ヶ月と14日経った今日この日、少年は遂に答えを得た。

 そう、つまりは──────

 

 

 

「多分卵使った料理が好きなだけだわコレ」

「久し振りに顔を出したと思ったらあなたは何言っているんですか」

「や、自己分析の結論が出ただけ」

 

 突如訳の分からない事を言い出した少年に、少女が冷ややかな目線を送る。

 それは時計が午後8時を回り、客も疎らになってきた頃の事であった。

 神浜市は北養区、創立100年越えの地域に根差した老舗洋食屋「ウォールナッツ」で少年と栗毛の少女──胡桃まなかは駄弁っていた。

 

「ん……相変わらずまなかの作るオムライスは美味いね」

「そりゃあもう、私は未来のオーナーシェフたる胡桃まなかですから。オムライスなら誰にも負けませんよ?」

「自信満々なのも相変わらずだ」

 

 そのコックコートと緑の四角巾が示す通り、胡桃まなかはウォールナッツの厨房で働くシェフである。

 少年はまなかの作った芸術作品であるオムライスを心行くまで堪能する者、即ち客だ。

 と言ってもただの客ではない。

 

「ひぃ、ふぅ、みぃ……大体4時ヶ月振りですか。まなかはいまかいまかと首を長ーくして、お待ちしておりましたよ?」

「常連()()()もんね」

「何を言うんですか。あなたは今もウォールナッツの大切な常連客様です」

「……何か、照れるなぁ」

 

 指を折って数えるまなかの言葉が示す通り、少年はウォールナッツの常連客でもある。

 事故に遭う前は最低でも週に2回訪れまなかが作ったオムライスを食べる、言ってしまえば重度のウォールナッツフリークだったのだ。

 

「てか僕と喋ってて大丈夫なの?」

「今日はもうピークも過ぎましたし、少し位ゆっくりしても問題はないと思います」

「そっか……」

 

 ゆったりとした会話を楽しみつつも、皿に盛り付けられた黄金色が少年の腹へと消えて行く。

 少年は食べるし、まなかは喋る。

 そう、あくまでこの場における本質は食事だ。

 しかし、「世界一」を自称し実際相応の実力を持つまなかが己の戦場(厨房)を一時放置して少年と言葉を交わしているのにはそれなりの理由があった。

 

「いやぁ、あなたが車に轢かれたと聞いた時は私も心臓が止まるかと思いましたよ」

「そんなに?」

「はい、そんなにです!私は常連さんの顔と名前は1人残らずぜーんぶ憶えてますからね!その大切なお客様が減ってしまったら悲しいです!」

「はは……そう言って貰えると光栄だよ」

 

 胡桃まなかは料理人だ。

 料理の研究に日々取り組み、最善の食を提供する事に腐心するある種の芸術家である。

 だが、それら全てはウォールナッツを愛する「お客様」あっての話なのだ。

 故にまなかが少年の事を気にかけるのは当然であり、久方ぶりの来店に歓喜するのもまた当然の話だった。

 

「で、退院から今までは何してたんです?」

「え、どしたの急に」

「いや別に、何でも無いですけど?」

「え、その、いや……怒ってる?」

「やだなぁ、お客様に怒る訳ないじゃないですか。ただの世間話ですよ」

 

 純然たる事実として、まなかは別に怒ってなどいない。

 少年が後遺症もなく退院した事、そして再びウォールナッツでオムライスを食している事をまなかは心の底から喜んでいる。

 

 だが、それはそれとして──「何でもっと早く来てくれなかったのか」と思わずにもいられないのだ。

 年齢が近くて、それなりに会話が弾んで、作った料理を手放しで褒めてくれる、そんな少年に対してまなかは客とシェフ以上の関係を見出だしていた。

 つまりはそう──友人だ。

 料理一筋のまなかにしては純情で甘ったるい、()()()()関係を築いたつもりだったのだ。

 

「薄情なんじゃないですか?」

「何がさ」

「その察しの悪さですよ。自覚無いんですか?」

 

 ところがその友人はこの4ヶ月、自発的にメールの1つ電話の1本も寄越さなかったのである。

 無論まなかが連絡を取れば返事は返ってくるものの、内容は男子らしくシンプルな──見方によってはそっけないとすら感じられる代物だったのだ。

 少年はまなかが料理だけで生きているとでも思っているのだろうか。

 まなかにとって料理は人生を捧げるべき対象だが、決してそれだけで生きているのではない。

 

「え、いや……怒ってるでしょ」

「怒ってないです」

「怒ってるよね?」

「怒ってないですっ」

 

 そうだ、胡桃まなかは怒ってなどいない。

 だがまぁそう、強いて言うなら──拗ねている。

 全くもって乙女心も分からない少年に対して複雑な思いを抱いているのだ。

 

(まったく、分からない人です……)

 

 或いはもう少し気安い関係であったなら遠慮無く口に出せただろうが、少年がまなかをどう思っているかなど直接聞ける筈もない。

 もし「ただの客」なんて言われてしまったら、まなかは相当に落ち込む自信があった。

 故にどこぞの金髪モデル(阿見莉愛)にするような刺々しい言葉遣いになるのもまた仕方ない事なのだ。

 

「で、何してたんですか?」

「言わなきゃダメ?」

「ダメです」

「ダメか……」

「それとも、人に言えないような事してたんですか?」

 

 こんな事を聞いて何になる。

 まなかの心は何処にある。

 本当はもっと穏やかに話したいのに。

 下らない事で笑い合いたいのに。

 それなのに心の片隅に巣食う「何か」がまなかの口を乗っ取り、心にも無い言葉を吐き出し続けている。

 

「分かった、分かったから。言うよ」

「ようやくその気になりましたか。キリキリ吐いて下さ────!?」

 

 ──だが、この時になって胡桃まなかはようやく己の失敗を悟った。

 猛烈に()()()()()()()

 客の様子を窺い、不満を感じさせない為の観察眼が最悪のタイミングで発動してしまったのだ。

 

(そんな、そんなまさか──)

 

 当然の事ながら、少年はまなかの心など知りはしない。

 知る訳が無い。

 人は自分の事しか知らないのだから、誰かに知って欲しいなら言葉にするべきなのだ。

 だがそれをまなかが怠った以上、少年が察する事に期待した以上2人の関係は良くて友人、悪くて知り合い程度に過ぎない。

 だから────

 

 

 

「彼女、できたんだ」

「は──────」

 

 この結末もまた、胡桃まなかにとって当然の事と言える。

 そして凍り付いたまなかの心中を、少年が察せる筈も無い。

 2人の距離は、飽くまで「友人」止まりだから。

 

「普段は夕飯作ってたり教えたりしてくれるんだけど最近魔女た──いや、用事で忙しくてさ」

「は、は────」

 

 気付けばまなかはコックコートの裾を固く握り締めていた。

 少年は嬉しそうに──本当に嬉しそうに語るのだ。

 好きなのだろう、愛しているのだろう。

 分かる、まなかにはよく分かる。

 だってまなかも()()()()()()()()()()()から。

 少年からの好意を独占する彼女とやらが心底羨ましい。

 

「でもカップ麺はダメだって言うから、久し振りにウォールナッツで食べようかなって……まなか?」

「は、はは────」

 

 ──なんですか、それは。

 まなかは暗雲が立ち込める心の中で呟いた。

 代わりか。ウォールナッツ(胡桃まなか)は彼女の代わり扱いか。

 怒りと、後悔と、嫉妬が心という鍋の中でぐつぐつと煮え立つ。

 だが、本来はそれが自然なのだ。

 レストランは食卓の代理であり、少年とまなかの関係が友人でしかない以上、ウォールナッツは「彼女がいない時に夕飯を食べる場所」以外の何物でもない。

 

(でも、でも──()()()()ですよね)

 

 可能性はいくらでもあったのだ。

 もっと早くに自分の気持ちに気付けていたら。

 或いは1度でも直接見舞いに行っていれば。

「友情」という種をそのまま腐らせずに「恋慕」へと発展させられたら、まだ何かあったかもしれないのに。

 つまりは、完全無欠に自業自得だった。

 

「ははは、あははははは!」

「な、何だよ、笑う事無いだろ」

 

 だからこそ、まなかは笑う。

 湿った心を、惨めな自分を、やりきれない未練を纏めて笑い飛ばすのだ。

 

「なぁんだ、それならもっと早く言ってくれれば良かったんですよ!今度赤飯でも炊きましょうか?」

「それは、まだ早いだろ」

「あはは、それもそうですね。いや失敬、他人の色恋なんて()()()ですから私も舞い上がっちゃって」

 

 まなかは苦しかった。

 必死になって堪えるが、それでも涙が溢れそうだった。

 だが──笑う。

 精一杯、無理矢理にでも作り出した笑顔を少年に向ける。

 どうせ長くは保たないだろうが、まなかに残された料理人のプライドがそうさせているのだ。

 そして幸いにも、少年がバイブ音を鳴らすスマホを取り出した事でまなかの努力は実を結んだ。

 

「──ん、レナが近くまで来てるのか」

「彼女さんですか?」

「うん、もう其処まで来てるみたいだし今日は帰るよ。ご馳走さま」

「お見送りしますよー!」

 

 彼女──少年の彼女。

 これ程迄に心を掻き乱したその存在がウォールナッツの近辺に来ていると聞いて、まなかは黙っていられなかった。

 

(……どんな人、なんですかね)

 

 見送りでも何でも、ソイツを一目見なければ諦められない。

 この自覚したばかりの恋心を捨てられない。

 まなかはぐらぐらと揺れる視界の中で何とか少年に荷物を持たせ、レジを叩き、そして扉を開く。

 

「涼しい、ですかね?」

「うーん、もう少し気温が下がると良いんだけどな」

 

 ウォールナッツから1歩踏み出せば、そこはやや温い風が吹く夏夜の北養区であった。

 何もかもが中途半端で、今のまなか自身と同じように煮え切らない。

 そして──

 

「あ、レナ。終わったんだ」

「うん、今日のは中々手こずったわ。まさかももことかえでの力まで借りる事になるなんて……」

「無事なら良いんだ」

「そう?」

「そうだよ」

 

 赤いセーラー、即ち神浜市立大附属学校の制服を纏った水色少女がムスっとした表情で看板の横に立っていた。

 そして少年を見るや顔を輝かせ──隣に佇むまなかをジロリと見やる。

 

「──ふん」

「────」

 

 青い瞳がまなかのそれとかち合うも、興味無さげに少年へと移った。

 正に鎧袖一触。

 恋する少女は強いが、愛を手にした少女はもっと強い。

 故に一目でまなかが()()()()()()()事を見抜かれるのも必然なのだ。

 

「ほら、行くわよ」

「あぁちょっと引っ張らないでよ、服が伸びる」

「うっさい。新西区にだってレストランの1つや2つあるでしょうに、何だってこんな所まで来てんのよ」

「や、美味いんだよここのオムライス────」

「本当にめんどくさいわね────」

 

 2人がまなかから離れていく。

 仲睦まじそうに、誰が見てもお似合いな2人が光る街並みに消えていく。

 

「────あぁ」

 

 その姿が棒になり、点になり、完全に消え失せるのを見送ったまなかは堪らず扉に背を預けて、ずるずると崩れ落ちた。

 

「──っく、ふぅ、うぅ……」

 

 泣いていた。

 胡桃まなかは実る事はおろか成長すらせず腐り落ちた恋に泣いていた。

 コックコートが汚れる事も、店の中にいる客の事も考えずに膝を抱えて嗚咽していたのだ。

 

「うぅあ、あぁぁぁぁぁ……!」

 

 料理に対しては誠実でありたい。

 こんな所で泣いている場合でもない。

 だけど、今は。

 今だけは、この悲しみに浸って────

 

 

 

■■■

 

 

 

 時刻は、午後8時を回りました。

 あぁ、神様────

 

「────で」

「何よ」

「なんで来てるんですか」

 

 どうして私、胡桃まなかはげんなりと──いや、どんよりとした気分で水波レナさんに問いかけなければいけないのでしょう。

 何が悲しくて負けを悟った相手と顔を合わせなければならないんですか。

 しかし相手が客である以上、無視する訳にもいかないのが料理人のプライドであり世知辛さ。

 せめて──いえ、普通に八つ当たりとして尖った言葉が出るのは仕方ない事なのです。

 

「アイツが入院中からずっとここのオムライスは美味いって言うし、魔女た──ううん、用事が近くであったから来てみたのよ、悪い?」

「へぇ……いや、悪くはないですが」

 

 悪くない。

 全くもって悪くないです。

 寧ろウォールナッツの売り上げに貢献してくれるなら諸手を上げて歓迎すべき、なのでしょうが。

 昨日の1件が何より辛い。

 せめてもう少し、1週間でも空けてくれれば気持ちに整理も付けられたのにと思わずにはいられません。

 恋敵──にすらなれなかった相手と会話を楽しめ、なんて酷な話でしょう。

 

「……で、聞きたい事があるんだけど」

「はい?」

「昨日はアイツと何話してたのよ」

「き、昨日ですかぁ?」

「声落として」

「あ、はい」

 

 ボソボソと蚊の鳴くような声でいやーな事を聞いてくるんじゃありません!

 ……とも言っていられないですね。

 昨日は昨日、今日は今日。

 今はスッキリ割り切れずとも、いずれ────

 

「大切な常連客が1人戻ってきた事を喜────」

「大切ぅ!?」

 

 ……はぇ?

 今の言葉の何処かに、叫ぶ要素ありました?

 て言うか他のお客様ビックリしてますし。

 営業妨害なら叩き出────んん?

 

「た、たたた大切って何!?許嫁とか!?」

「いや時代遅れも甚だしいと思いますけど」

「じゃあ大切って何よ!愛人とか!?」

「違いますけど。て言うかそうだとしたらどうするんです?」

「そうなの!?」

「だから違いますって。例え話ですよ」

 

 これは。

 これは、これは。

 顔を赤くしたり青くしたり、ひょっとしたら水波さんは相当面白い人なのかもしれないです。

 からかい甲斐があると言うか、私より身長が低いのもあるので何だか年上の気がしませんよ。

 

「ふーん、ひょっとして水波さんは私とあの人が付き合ってたら困るんですか?」

「困っ……!?い、いや困らないわよ!」

 

 嘘ですね。

 水波さんは知らないでしょうが、私は昨日あの人から直接聞いているんです。

 あの人と水波さんは付き合ってるんでしょう。

 毎日仲睦まじくイチャイチャしてるんでしょう。

 でもそれを他人にひけらかすのは恥ずかしいんでしょう。

 ()()()()()()()()()()()()。私には分かりますよ。

 

「困らないんですか」

「こ、困らないわね。うん、あんなヤツと付き合うワケない……」

「へえ……」

 

 私の観察眼が、ピピッと反応します。

 恐らく水波さんがあの人と交際関係にあるのを知っている人は、そう多くないはず。

 水波さんの性格からして、いても2人か、3人。

 他の人は知らない、閉じた関係。

 つまり────

 

「へぇぇ……」

「な、何よ……」

 

 水波さんは私に()()()()事を恐れてるって、そう言う解釈で良いんですね?

 それでもし、もし公になっていないのであれば私の恋はまだ終わらないって事で、良いんですかね?

 そう気付いた途端、私の心が燃え上がります。

 所謂バーニング・ラヴってヤツです。

 

「告白したらどうします?」

「どっ、どどどどどうも?しないけど……」

「ホントですかぁ?」

 

 オムライスに突っ込んだスプーンが水波さんの震える手に合わせてカチャカチャ鳴ってます。

 行儀が悪い事この上ないですが、今この場だけは見逃してあげますよ。

 そう、これは略奪愛の宣戦布告ですからインパクトが重要なのです。

 さぁ恋のライバルさん。

 心して受け取って下さい────!

 

 

 

「────それじゃあ、あの人はまなかが奪っちゃいますね!」

「──!?待っ、待ちなさい!アンタまさか気付いて────」

「おっと調理が忙しくなるので失礼します!」

「ちょっと──────!」

 

 くるくるくるりと身を翻して、胡桃まなかは華麗に去ります!

 ちょっと本気を出した私に掛かれば恋愛なんてお茶の子さいさい!

 オムライスより味わい深く、プリンよりも甘く調理してあげます!




多分次回からマギアレコード本編に入ります。
入らなかったらごめんなさい。
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