暗殺されたレオナの死体を墓から盗み出して全部食べたあと学園に戻ってきた、三年春休暇のラギーの話。この後何事もなかったかのように卒業して輝石の国で就職した。※カニバ表現※実質未プレイ

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密葬

 王弟レオナ・キングスカラーが死んだ。

 

 毒だとか、ナイフで首を斬られたとか、魔法で滅多刺しにされたとか、ユニーク魔法の制御に失敗して砂になって消えたとか。どれが真実だか(あるいはどれかに真実があるのかすら)分からない死因と共にその情報がスラムへ入ってきたのは、国葬が行われる正にその日の、それも昼を過ぎてからだった。

 

「……ジャックくん、知ってるのかな」

 なんて言っていなければ、何をするか分かったものではなかった。今すぐにでも、スラムの外に出て本当の死因を確認したい。葬儀で運ばれる棺を僅かにでも垣間見たい。けれど、ハイエナがそんなことをしたら、本人が石を投げられるだけでは済まなくなる。外から見たハイエナが、纏めて一つの存在であることを、ラギー・ブッチは知っている。

 

 レオナ・キングスカラーは、この六年間、サバナクローの王だった。誰がなんといおうと、三年前からラギーの王はレオナだったし、それまでにファレナ・キングスカラーを自分が奉じる王だと思ったことは一度もなかった。スラムに王家の栄光とやらは届いたためしがないので。

 

 ハイエナ獣人や人魚の弔い方を、巷では食葬と呼ぶ。その通り、家族友人で死体を食べてしまうのだ。ジェイド・リーチに聞いた限り人魚のそれは、放っておいても潮で流され魚に食べられてしまうモノを、有効活用しようというものなので、ハイエナのそれとは少々趣が異なるようではあるが。

 その習慣を、去年レオナに話したことがあった。その場にはジャックもいたけれど、彼はあまりいい顔をしなかった。それが伝統なのは理解するし、文化としてのそれを否定するつもりはないが、自分の体は墓地に埋めてほしいと言っていた。

 

 レオナは。レオナは、笑っていた。馬鹿なハイエナだというのではなく、死と死体そのものがプロバガンダの材料になり得る自分と照らし合わせて、一瞬でも羨んだレオナ自身を、笑っていた。

 

 お前の前で俺が死んだら、とレオナは言った。

「俺を、残らず喰ってくれ。兄貴にも、チェカにも、糞大臣共にも、誰にも渡らないように」

 そしたら、お前が次の王だ。この場所(サバナクロー)から始まった幻想ばかりの仮の国の、お前が王に成れ。

 

「それで、世界をひっくり返せ」

 

 ハイエナで、スラム育ちで、ほんの三年前まで何者にもなれないと誰もが思っていたはずの、他ならぬお前が。

 

 たぶん、その時にはもう、薄々こうなることが分かっていたのだと思う。王太子であるチェカ・キングスカラーがナイトレイブンカレッジを訪れることさえ、レオナが四年に上がってからはなくなった。

 

 レオナの死を、兄は悼むだろうか。甥は悲しむだろうか。答えは是だろう。そして彼の遺体は絹と黄金と宝石に飾られて、腐って骨になるまで石の棺に閉じ込められるのだ。それは、確かに正しいライオンの死に方なのだとは思う。けれど、正しく弔われることを、レオナは望まなかった。

 

 あのライオンを、ハイエナ流に弔わねばならなかった。始まる前に終わってしまったラギーたちの国と同じように、ラギーの喉の奥に詰め込んで、ラギーの腹の中に収めるのだ。

 

「ばあちゃん。オレ、学校戻るわ。サバナ寮で集まるって連絡来た」

 スラムを出る前に、これみよがしに声をかける。誰も、巻き込まれないといいと思う。今日も家で布を織ってなんとか生き延びている祖母も、食堂の廃棄食材を山分けにして駆け回っていた子供たちも、スリの仕方を教わった二つ隣の詐欺師の女も、三つ隣の区画で昨日幻覚を見て大暴れした薬中の男も、誰も。

 

 大きすぎるパーカー(凄く高いブランド品のはずだけれど、売り払えなかった)のフードで耳を隠して、外縁街を越えて商業区画へ。貴族通りは無理だから、その裏手を回る。

 

 耳を澄ませろ、ラギー・ブッチ。目を光らせて、鼻も舌も皮膚の感覚一つにまで神経を尖らせて、レオナが行き着く先を突き止めなければならない。

 

 場所を突き止める。ルートを確定させる。追手がかかる前にレオナを掘り出せるタイミングを見極める。それに、二日かかったと言えばいいのか、二日で済んだと言えばいいのか、とにかく、レオナを連れ出す用意は終わった。

 

 月明かりさえ足元まで届く疎らな木々の並びの只中に、それはあった。白く綺麗な石に、古代呪文語でまじないの言葉が刻まれている。それに、レオナ・キングスカラーの名前と生没年。二十一年のその時間よりもラギーの生が長くなる保証は黒い馬車が来るまでどこにもなかったし、今となってはあの頃に輪をかけて絶望的だった。

 

 棺を掘り出すのに二十分。レオナを引き摺り出すのに三分。抱えて逃げるのは、さて、何時間だろう。

 レオナの背中には、物凄く大きな傷があった。ディアソムニアの寮長でも連れてくればともかく、治癒魔法でもどうしようもないような深傷。誰かに襲われたのだと一眼で判る、傷があった。

 

 これをやった誰かは死ぬのだろうか。ファレナ・キングスカラーの命令で?それとも、もう砂になって散らばってしまったのだろうか。

 

 それとも。

 それとも、レオナ・キングスカラーの死は、煌びやかな場所では歓迎されるのだろうか。ラギーには何もわからない。解るのはただ、レオナが戻らないこと。ラギーの国が、もはや地上のどこにも現れないこと。

 

 見廻りの衛士の声が遠くに聞こえる。血だけでも魔法で洗い流してしまえば、この骸がずっと軽くなるのを承知で、じゃらじゃらと金属音を鳴らす装身具さえそのままに抱え直す。

 

 たとえ一人分の重りを担いだところで、飼犬如きに負けるつもりは毛頭ない。息を潜めて、枯枝を踏み荒らさないようにして駆ける。フードは被ったままだ。ハイエナの耳が見つかったら、スラム区画は丸ごと焼き払われるかもしれない。

 

 ぎゃあぎゃあと追いかける兵士たちの声の煩いことと言ったらなかった。どうして追いつけないんだ、とか。あんな子供如きに、とか。レオナの名を呼ぶ声がないのも、余計にラギーを苛つかせた。

 

 塀を伝って降りる。箒なしの飛行術は流石のラギーも難しい。あんなことができるのは鳥の獣人でなければ、マレウス・ドラコニアのような規格外か、才能の全部を空を飛ぶことに割り振った輩だけだ。

 

 馬鹿正直に塀を越えて追って来ようとする兵が目に入る。練度の高い者は、ラギーを陽動と踏んで警護に当たっているのだろう。だが、それにしたって。

「オレを舐めてません?」

 薄汚いハイエナは、屍肉も喰らえば、ヒトだって殺す。ずっと、そうだ。オレたちは肉食獣人なんだから、血と肉と剥き出しの骨を恐れる必要なんてどこにもない。少なくとも、王家の墓を暴くのに比べれば、もはやどんなことだってラギーが恐れるには足りなかった。

 

「……ほら。アンタも、アンタも、アンタも、落ちるんスよ」

 笑って、笑って、オレと一緒に。形だけの笑顔を浮かべて。さあさあ皆さまお手を拝借それではみんな足並み揃えて塀の上から愚者の行進(ラフ・ウィズ・ミー)

 重くて水気のあるモノが、潰れる音がする。ちょっと強めにかけたから、悲鳴の一つだって上がらない。

 

 ヒトを、殺したのは久しぶりだった。ナイトレイブンカレッジに入れば、真っ当な獣人に成れるような気がしていたけれど、所詮勘違いだったようだ。夜影の中では分かりにくいが、魔法石に濁りさえない。

 

「まさか下水道にレオナさん連れてくる日が来るとは……」

 逃げて、逃げて、逃げて、臭いの追えないところへ。地下は死者の領域だと言ったのは、モーゼス・トレインだったか。

「この辺まで来れば安心っスかね」

 スラムとは反対側。人もまず来ない。獣人なら尚更。この数年ですっかり清掃魔法が得意になってしまったラギーが、立ち止まってマジカルペンを振った。

 

 二人きりの告別式の時間だ。

 

「いただきます」

 毛と髪は流石に食べられないから、軽く火魔法で炙って燃やす。まずは、腹を破って内臓を。次に、溢れる血を魔法で固めて。

 

「こんな原始的なこと、今時やりませんけどね」

 昨今のハイエナ獣人は、食葬で死体を丸ごと食べ尽くしたりしない。腕や脚や腹の余った肉をまず切り取って、身体の大半は焼いて死人の家に撒く。最低でも、頭だけは残して埋める。色々なところの葬儀を組み込んでいった結果だ。ラギーの母が生まれたあたりからは、食葬をしない層も出てきているという。

 

 火を通すことも、ナイフで切り分けることもない。爪と牙、それだけ。喉の渇きを、脇に取り分けておいた血で満たす。ラギーのおうさまの声が聞こえない。飢えと渇き、未来の強奪者の咆哮は、こんな血くらいで満たせるものではなかったのに。

 

「……ほんとに、死んじゃったんスね、レオナさん」

 

 かつて自分を砂にしようとした大きな手を、骨ごと噛み砕く。腕、脚、尻尾、生殖器。中身が抜けてぺらぺらの胴体と、頭が残る。

 

 息が詰まる。感情的なものだけじゃない。さっきからずっと腹はパンパンで、なんなら吐き戻しそうになったのも一度や二度じゃない。自分より背の高い成人男性だ、一人の腹になんて入るはずがなかった。消化を促進する魔法、なんて一生使わない魔法筆頭だと思っていたものを、ブロットが溜まりそうな頻度で掛け続ける。

 

 胴に残った骨を、皮で巻いて口に運ぶ。唇に、文字通り噛み付いて、舌ごと唾液をまぶして呑み込んだ。目も、鼻も、頭蓋骨も、耳も。手に残った血だかなんだかわからない液体の一滴まで舐めとって、レオナ・キングスカラーに別れを告げる。

 

「ごちそうさまでした。服もアクセも足つくよなー。どうしよ」

 ピアスあたりは一緒くたに腹の中だが、指輪もアンクレットも髪飾りも、金と宝石がたっぷり使われたそれが、幾つも手元に残っていた。

 これが。これが、レオナ・キングスカラーその人でさえなければ、この未練みたいなぐちゃぐちゃの感情ごと、全部砂にして消してしまえたのに。

 

 けどそれもこれもどれも、考えるのは今じゃない。

 

 服を袋の代わりにして小物を全部包んで、上がる場所を探す。かなり急いだけれど、本当なら数日どころか一週間はかけて食べるような大物だ。とにかく、鏡を見つけなければ。朝が来てしまう。

 

 

 

「あれ、ラギー先輩」

 なんとか鏡を見つけてサバナクロー寮に戻ると、談話室は満員だった。寮生全部が集まっても埋まらないはずの場所が、ホリデーの真っ最中なのにすしづめになっている。

「みんな揃ってどうしたんスか、こんなとこで」

 他寮の生徒まで居る。マジックシフト部の部員たちだ。イグニハイドの先輩も、ポムフィオーレ二年の姫林檎もいた。ラギーの知らない大人は、レオナから見ても先輩に当たる卒業生だろう。獣人もそうでないのも。

「……葬式、っスよ。寮長の」

 ジュースの瓶。唐揚げ。ビールの缶。ソーセージ。焼鳥串。ポークカツ。ステーキ。バーベキューセット。肉と肉と肉と酒。サバナクローの集まりには相応しくても、正直あまり葬式らしくはなかった。

「そそ。寮生とマジフト部全員集めて、いや集まらなかった奴もいるけど、モストロに割増料金で飯と酒用意させて」

「しんみりした葬式は王宮でやるだろうから、俺らはもうちょっとマシな雰囲気で送ろう、って」

 それは、つい数日前にラギーが口に出した出任せのはずだった。

「まあ日取りは遅れたけどな」

「即『ガッコ帰るね』『いいよ』で終わる家だけじゃないんすよ?」

 ちらりと、三年生のマジフト部員がラギーの抱える不穏な色の布塊を見やる。

「……あー、なあ。ラギー、昼からずっとココいたよな」

「……居たな」

 ラギーのクラスメイトが、渋い顔で認めた。それが誰のものだったか、彼らにも分からないはずがなかった。

「形見分け参加しただろ、な」

 他人の不幸は蜜の味でも、サバナクロー生にとってもマジフト部員にとっても、ラギーは他人ではない。それになにより、これ以上知り合いの葬式に出るなんて誰も彼も御免だった。

「そうだよな。ちゃっかり金目のものたっぷり持っていきやがった」

「……そうでしたっけ」

「ああ。そうだよ」

 そういうことに、なったのだ。それでラギーは、一生この、重たい金と絹と宝石を抱えて生きていくことが決まってしまった。一生、生きていけることが、決まってしまった。ラギー・ブッチというハイエナが、ハイエナらしく生にしがみつく理由ができてしまった。

 

 ラギーの王様はもういなくて、ラギーの国もどこにもなくて、ラギーの世界は終わってしまったのに、ラギー・ブッチはまだ生きている。二十一年先にも、たぶん生きている。


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