METAL GEAR × Arknights   作:安曇野わさび

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ただひたすらの奥底すら窺えない闇。

ただ機能を維持するために動き続ける臓器。

自分が死んでいるのか、生きているのか、それすら分からない闇の底に男はいた。

感覚の完全なる遮断。

植物の様な体。

落ちているのか、浮かんでいるのか。



光を見た。

男の脳とは別のどこかで、稲妻の様な衝撃が起きた。

跳ねる様に動き出す感覚。

男はいつぶりかも分からない感覚に戸惑いながらも、ただ一心に。

その光に手を触れた。



蛇の覚醒


「…ー…ッ」

 

鼓膜が音に震えるのはいつぶりたろうか。

機械的な音に紛れて、人の声が聞こえる。

 

(…だれ、だ…、…どうなって…)

 

「…識レベル、安定してき…」

 

瞬時に脳に記憶が溢れてくる。

最後に目に映ったのは、炎と「あの男」。

 

(わたしは…いきているのか…)

 

「…ミヤさん…!」

 

己が身を焼くガスの臭い。

焼かれる肉の臭い。

空気を焼く音と、男の絶叫。

 

「…圧上昇を確…」

 

(…そうだ…焼かれて…)

 

「…クターッ…!」

 

女が何かを叫んでいる。

痙攣するばかりのまぶたに力を入れる。

 

(誰が…私は…)

 

肉を透かしたオレンジがかった光。

その先に。

 

「ドクターッ!!」

 

少女がいた。

記憶のどこを探しても見当たらない、涙に目を潤ませた少女の顔。

 

「ドクター!…ドクターッ!!」

 

少女に手を取られて、そこに自分の手があるのだということがわかった。

人の体温と、滑らかな感触。

 

「アーミヤさん!…せ、成功です!

脈拍安定、心臓機能も…問題ありません!」

 

もう一人、若い女性の声が霞む視界のどこかから聞こえてくる。

 

「良かった…!ドクター…ッ!」

 

(医療スタッフ…そんなはずは…)

 

男は自らの手を見つめる。

そして視界に映る胸、足の先、腕の全体。

焼かれたはずの全身は、何事もなかったかの様にそこにある。

ただ、見覚えのない胸の縫合跡だけがそこにあった。

 

「ドクター…?」

 

「ここは……ッ!」

 

突然、胃がひっくり返り、男は胃酸を床に撒き散らす。

 

「ドクターッ!?」

 

「アーミヤさんどいてください!

今鎮静剤を…!」

 

ぼやける視界の中で、注射器を持った女が近づいてくるのが見える。

 

「や、やめろ!!

…ここは…ここはどこだッ!!」

 

力の入らない腕を振り上げる、得体の知れない薬剤を投与されるのはごめんだった。

 

「だめです!まだ動ける状態じゃ…!」

 

女が肩を押さえてベットに押し戻す。

 

「注射はだめ!今のドクターには負担が大きすぎる!

…ドクター落ちついて、私です、アーミヤです」

 

「…君たちは…一体」

 

軋む体を再び固いベッドから起き上がらせる。

 

「…ッ。

ドクター…?」

 

戸惑う男を見て、少女は悲痛な表情を浮かべる。

 

「ここは…私は…一体…」

 

「ドクター…私はアーミヤ、アーミヤと言います。

あなたを…あなたを助けにきました」

 

「…助けに?

…ふ、グゥゥウ…!!」

 

男の頭を刺す様な痛みが襲う。

 

「ドクター!?」

 

背中を見知らぬ少女…アーミヤに支えられる。

抵抗することもできず、体重を預けるとそっとベッドに戻された。

 

「グゥゥ…ッ…」

 

「大丈夫ですか…?」

 

「…思い出せない…なぜ私は…。

ここは一体、どこなんだ…!」

 

「落ち着いて、あなたは決して短くない時間、心肺が停止していたんです」

 

心肺停止、男はその意味を霞のかかった思考の中で反芻する。

 

「…私は…焼かれたはずだ」

 

「…いいえ、火傷は負っていません。

ただ、決して浅くはない傷を負いました」

 

「ドクター、記憶が…」

 

医療スタッフと思しき女が口に手を当てて青ざめる。

アーミヤと名乗った少女が、真っ直ぐ男の目を見つめた。

 

「ドクター…ドクター「ジョン」。

あなたは私達、「ロドス」の一員。

私たちの仲間です…」

 

「…ジョン…」

 

「ジョン」、その響きに男はひどく懐かしい気持ちにさせられた。

 

(私の、私の名前は…ジョン…?)

 

「私の…名前…」

 

「思い、出せませんか?」

 

「…分からない、だが…私は…私は、死んだはずなんだ…」

 

「ジョン」は自らの掌を見つめ、悲痛な面持ちでそう呟く。

アーミヤはもう我慢できないとばかりに、ジョンの見つめる手を両掌で包み込んだ。

 

「こうして生きています!

ほら、あなたの手はこんなにも暖かい…!」

 

アーミヤは男の、ジョンの手を取って顔を埋める。

 

「あなた…あなたは私、私たちにとって一番大切な仲間なんです…」

 

男の頭の中で、様々な情報が交錯する。

あたりを見回せば、そこは医療施設の様だったが、記憶のどこにも同じ様な景色はなかった。

無論、目の前の少女もまた。

 

「…すまない、本当になにも…」

 

「ドクター…本当に記憶喪失に…?」

 

「…時間が、きっと時間が解決してくれます。

…あなたが私にとって大切な存在であることに変わりはありません」

 

アーミヤがジョンの手をさらに硬く握る。

 

「ほんの、ほんの少しだけ時間をください、少しでいいですから…」

 

ジョンがどう言葉をかけようかと、思考を巡らせた次の瞬間。

ベッドがひっくり返るほどに大きな衝撃が、施設を襲った。

 

「ドクター!!」

 

アーミヤがとっさにジョンを支え、力の入らない体を地面に叩きつけられることはなかった。

 

「な、なに!?」

 

医療スタッフが悲鳴に近い声を上げる。

 

「アーミヤさん!」

 

医療設備の部屋の扉が大きく開け放たれ、武装した男が飛び込んでくる。

 

「襲撃です!

正面扉のシャッターが…爆破され…ドクターッ!?

目覚められたんですか!?」

 

「詳しくは後です!

状況報告を!」

 

「は、はい!

正面エントランスに下ろしていた防護シャッターが正体不明の集団によって爆破され、侵入されました!

警戒に当たっていたオペレーターが迎撃しつつ後退中!

ですがいずれこの部屋にも…!」

 

男は息を切らしながら現状報告を続けようとするが息が続かず、医療スタッフの1人が側により、肩を支える。

 

「正体不明…!?

ウルサスの兵士ではないのですか?」

 

「装備がウルサスのそれとは違います!奴らは恐らく…!」

 

男が言い終わるより先に、煙を纏いながら別の男が飛び込んでくる。

 

「て、敵襲ッ!!

敵は…敵はレユニオンムーブメントの連中です!

なんとか出鼻を抑えましたが、奴ら重火器を持ってます!」

 

「レユニオン!?」

 

医療スタッフの女性が驚きで手に持っていた医療具を落とす。

 

「落ち着いて!

ドクターの安全確保が最優先です!」

 

アーミヤはジョンの肩を支えて立ち上がらせる。

すると扉の向こうから数人の男達が転がり込んできた。

 

「ぶあっは!!ゲホッ!

オエッ…あ、アーミヤさん!敵襲です!」

 

「知ってます!状況は!?」

 

「およそ30人弱が侵入!

煙幕を焚いて撤退してきましたが、奴らがここにくるまでそう長くありません!」

 

「わかりました、前衛オペレーターの皆さん、戦闘準備を!」

 

「了解!」

 

「ケルシー先生に指示を仰ぎます、連絡を!」

 

「は、はい!」

 

医療スタッフが腰の無線機のスイッチを入れる。

 

「HQ!HQ!聞こえますか!

こちらDIGGER1、応答してください!

…聞こえますかHQ!?」

 

「どうしました?」

 

「む、無線が通じません!」

 

「我々の無線機もです!」

 

「無線妨害…ウルサス政府が我々の動きに気づいた…?」

 

「アーミヤさん、奴らすぐそこまで迫ってます!

もう1フロアもない!」

 

「くそっ!

奴らの狙いはドクターか!?」

 

「いえ、彼らはドクターの所在を把握してはいないはずです。

それよりも今回の作戦指揮はケルシー先生の主導で行われています。

無線で指示が仰げないとなると…」

 

ジョンは霞みがかった意識の中で、聞こえている会話から情報を集めていた。

わかったことはいくつか。

一つは、今自分がまともに動けないということ。

一つは、現在自分は危機的な状況に陥っているらしいということ。

一つは、アーミヤ達はそんな状況下でも自分を優先して守ろうとしているということ。

 

そして。

 

「…全員の装備を、教えてくれ」

 

そんな渦中で自分が、現状の打開策を組み立て始めているということ。

 

「…ドクター」

 

「ここから脱出する…そうだな、お嬢さん?」

 

「…はい!」

 

「そ、そんな…危険です!

さっき意識が戻ったばかりなんですよ!?」

 

医療スタッフは自らの足で体を支えようとするジョンの脇を、アーミヤと共に抱える。

 

「それでも、試してみたいんです。

確かに、今までのドクターとは違うかもしれません。

でも…」

 

アーミヤは苦しそうに息をするジョンを見つめる。

 

「この目は…かつて私たちと戦ってきたドクターと同じです。

私たちの仲間の、ドクターの目と」

 

「…」

 

「…なにがなにやら、さっぱり分からないが…。

ゴホっ…やれるだけのことは、やろうじゃないか」

 

「大丈夫です、私にはわかります。

ドクターならきっと、私たちに勝利をもたらしてくれるって」

 

 

『ボス!勝利のボス!』

 

『あなたならきっと、俺たちを勝利に導いてくれる!』

 

『…ボス!!』

 

 

「グゥッ!?」

 

「ドクター!?」

 

ジョンはこめかみの辺りをさすりながら、心配そうな視線を向けるアーミヤに苦笑を返す。

 

「…大丈夫だ、少しめまいがな」

 

「…あなたには、突然のことになってしまいますね。

でも、私たちにはあなたの知恵が必要なんです。

私も、サポートしますから!」

 

ジョンは自らを支えるアーミヤの体が、触れていないと分からないほどに震えているのを感じた。

体を支える足に力がこもる。

 

「…ああ、頑張るとしよう」

 

ジョンの呟きに、アーミヤは深く頷いた。

 

 

「…戦闘は避ける」

 

「戦わずに脱出を?」

 

アーミヤが意外そうな声を上げる。

 

「装備の不利は拭えない。

敵は重火器を所持しているんだろう?

こちらの兵士…オペレーターというのだな。

まさかほとんどの武装がマチェットとはな。

1人くらい銃は持っていないのか?」

 

アーミヤのポカンとした表情にジョンは違和感を感じつつも、再びオペレーター達を見回す。

 

「そもそもが隠密作戦でしたから…それに銃は…」

 

アーミヤが不自然に言い淀んだのが気にかかったが、ジョンは触れずにオペレーター達の目線を真正面から受け、それに応える。

 

「まあいい。

…ふむ、なるほど…全員ベテランではある様だ」

 

「わかるんですか?…まさか記憶が」

 

「いや、それはまださっぱりだが。

体つきと目を見ればわかる」

 

(何故かは分からんが)

 

ジョンの言葉に前衛オペレーター達はこそばゆそうにする。

 

「スモークは残っているな」

 

「はい」

 

オペレーターの1人が腰に下がった煙幕弾を揺らす。

 

「よし、それを有効活用する。

幸い、奴らはまだこの場所を探っている途中の様だ。

撤退時の煙幕が功を奏したな。君、いい仕事だ」

 

「こ、光栄です」

 

目が合ったオペレーターが、照れ臭そうに頭をかく。

 

「爆破された正面エントランスは避けよう。

見取り図の…ここ、裏の通用口から脱出する。

道中、接敵した場合は…まあ、その時はその時だな。

…では諸君、行動開始だ」

 

「「了解」」

 

 

「クリア」

 

「通路に敵影ありません」

 

「スモークを焚け」

 

「了解、煙幕を投げる!」

 

ジョンの指示で前衛オペレーターが煙幕筒を投げる。

煙が通路の火災報知器に触れた途端、スプリンクラーから消火のための散水が行われる。

 

「ワンブロック移動するごとにスモークを焚き続けろ」

 

「了解!」

 

「離れるな。

この煙と散水のおかげで、敵から視認はされづらいが、はぐれたら目も当てられないぞ」

 

(この人本当に手術明けなのか…?)

 

アーミヤと医療オペレーターの肩をかりつつではあるが、ジョンはオペレーター達の歩行速度に遅れずに歩くことができていた。

それを見て周囲のオペレーター達は驚きの表情をジョンに向ける。

 

(目覚めた時よりは幾分か、体が軽くなったな)

 

軋むように動きの制約された覚醒時とは違い、今はある程度不自由なく足は前に進んでくれている。

その時、ジョン達の目の前にT字路が現れる。

 

「…止まれ」

 

ジョンの一言でオペレーター達の動きがピタリと止まる。

 

「確認しろ」

 

ジョンは正面T字路の右角を指差す。

前衛オペレーターの1人が息を殺しつつ、角の奥を確認する。

 

「…敵影3、レユニオンです」

 

「突破するしかないな」

 

ジョンの頭の中で施設の見取り図が展開される。

 

「この道を逃せばひどく遠回りになる。

やれるか?」

 

「もちろんです、ドクター」

 

前衛オペレーター達は力強く頷く。

 

「やり方は任せる、派手にはやるな」

 

「「了解」」

 

前衛オペレーター達はそれぞれに得物を抜き放ち、角に集まる。

 

「アーミヤ、君は私のそばにいろ、君もだ」

 

医療オペレーターは頷き、ジョン達の後方に目を向ける。

 

(よく訓練されているな)

 

「私も戦えます、ドクター」

 

「…冗談はよせ、丸腰の君になにができる」

 

「…」

 

アーミヤはキョトンとした顔をした後、頬を綻ばせる。

 

「ふふ」

 

「…?」

 

ジョンがアーミヤの反応に怪訝な表情を浮かべていると。

 

「行きます」

 

角から前衛オペレーター達が躍り出た。

 

「…?」

 

仮面を被った兵士が物音に気付いてこちらに目を向ける。

だが次の瞬間には首に前衛オペレーターのマチェットを食い込ませていた。

 

「…ッ!?

て、敵しゅ…ッ!」

 

仲間の1人の首から血が吹き上がるのを見て動顚した兵士が声を上げる前に、別の前衛オペレーターがそれを無力化し、背を向けて逃げ出すそぶりを見せた兵士の背中にはマチェットによって一筋の断裂ができた。

 

「クリア!」

 

オペレーターはマチェットについた血糊を払うと、ジョン達に声をかける。

 

「…ほう」

 

ジョンは意図せず感心の息を吐いた。

 

「いい判断力と、技術だな。いい兵士だ」

 

「恐縮です」「へへ…」

 

「…ドクター、先を急ぎましょう」

 

「ああ、そうだな」

 

「…私だってあれぐらい…」

 

「…?」

 

ジョンが視線を向けるとアーミヤはそっぽを向いてしまう。

しかし、現状把握すらまともにできていないジョンは、その反応に声をかけることすらも出来なかった。

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