METAL GEAR × Arknights 作:安曇野わさび
「脳波計測中、心電図異常無し」
「ベンゾジアゼピンを追加投与します」
ジョンは医療用ベッドに寝かせられ、幾つもの電極を頭につけて横たわっている。
その周囲には白衣を着た医療オペレーター達が様々な機器の前に立ち、表示される数値を目で追っていた。
処置室の外、ガラス窓の向こうでケルシーがその様子を見ている。
「ケルシー先生、ドクターは…」
「これを見るんだ」
ケルシーはアーミヤに手にしていたタブレット端末を渡す。
「…これは」
「脳波形のサンプルだ、ドクターのな。
PRTSのパーソナル認証システムのキーとして使用するために、以前サンプリングしたものなんだが…」
「…?」
「こっちを見てくれ」
ケルシーはアーミヤの持つタブレット端末に指を走らせる。
「…これは」
「今現在の脳波形だ、全く違うだろう」
「では、ドクターはやはり…」
「脳波の波形パターンには明確な個人差がある。
脳という場所には未だ謎の部分が多いのも確かだが、このケースは初めて見るな。
…まるで、別人の波形だぞ」
「…」
「彼の言う通り、今の彼の中には別の人格が生きている。
…断言はしたくない、今後も心理学や行動学的見地からも検査を…アーミヤ」
「…私、なんとなく感じていたんです」
アーミヤは医療ベッドに横たわるジョンを見つめる。
「…目を覚ました時から、どこかちょっと変でした。
「ここがどこだかわからない」…いえ…「自分がいる筈の場所に、いない」。
そんな発言と表情をしていたんです。
最初は記憶の混乱のせいだと思いました。
でも、「あの人」はいつもどこかに、自分のいた場所の名残を探しているような…。
まるで見知った誰かを探しているような顔をするんです。
本当にあの人は別の世界からきたのかもしれない…」
「アーミヤ、君は…」
「ドクターを諦めたわけではありません。
…でも、もしそうなら「彼」が、かわいそう」
「…彼は重傷を負って心肺停止に陥った。
だとすれば、彼の脳波の乱れや記憶の混乱…いや、記憶の混濁は一時的な可能性もある。
PRTSが反応を示したことも、彼の中にドクターの意識が潜在している可能性を…」
「彼は私と約束をしてくれたんです、ケルシー先生」
ケルシーはアーミヤの発言に続く言葉を失った。
「…君は「彼」と約束をしたのか?
それが記憶の混濁にどう影響を及ぼすか、考えはしなかったのか?
…もし、彼の意識があのまま定着したら、ドクターはもう…それはもう、「死んだ」ということになるんだぞ」
「わかっています。
でも、ロドスは今、彼を失うわけにはいかない。
彼はドクターに引けを取らない…いえ、もしかしたらそれ以上の指揮能力を」
「その指揮の結果、一部隊を失った」
「あの状況では誰が指揮をとっても、犠牲者は出ていました。
…私は、彼が抑えてくれたのだと考えます、あれが最小の被害だと。
それに、ACEさん達の死は私にも大きな責任があります」
「アーミヤ…」
「彼は約束を、契約を交わしてくれました。
ロドスと共に歩んでくれると」
「言葉など、いくらでも彩りをつけられるんだぞ」
「言葉だけの契約ではありません。
彼と…ドクターと私は血で契約を結んだんです」
「血の…契約…?」
「それは彼と私の血ではありません。
彼の歩んできた道と、ロドスの…私たちの歩んできた道。
お互いの仲間の血で固められたその道を、一つにすると言ってくれました。
…私は、彼のその言葉に「意思」を感じました」
「言葉の、意思…」
ケルシーはジョンを見る。
「それに…その道の進む先のどこかに…ドクターがいる。
彼の探す場所への道しるべも…どこかに。
…私はそう信じたいんです」
…
ジョンの救出作戦から3日後。
ーAM・5;57
ー今日の天気は曇り・有視界距離は17Km
ー現在ロドスは龍門外観区画から4Kmの地点を走行中です
ベッドの脇の電子モニターが文字を羅列する。
「…」
『ドクター、ドクタージョン』
「…ん」
『対象の覚醒レベルの上昇を確認しました。
グッドモーニング、ドクター』
「あいも変わらず…おしゃべりな…めざましだな」
『私をお忘れとは悲しいです、ドクター。
PRTS、あなたの相棒ですよ。
目覚まし機能はあなたのベッドの脇です、ご要望とあればスヌーズ機能をオフにしますが?』
「…めざましに相棒はいない、今までも、これからもな」
『対話の過程で察していただけると思ったのですが、どうにもうまくいきません。
ドクター、私はロドスの作戦指揮補助システムのPRTS、目覚ましでは…』
「おい目覚まし、クローゼットの着替えをどこにやった?」
『昨晩、クローゼットではなく洗面所におけという指示を「あなたから」受領しましたが』
「おお、そうだった。
朝風呂のたびにお前に覗かれるのが耐えられなくてそうしたんだった」
『私はロドスの目であり手であり足です。
見たくなくても見えてしまうのですから、もう大変です』
「ならこの部屋にあるカメラは全てマジックで塗り潰したから安心だな」
『本当なら保安規約上、タイッヘン問題のある行為なのですが、ケルシー先生がため息を吐きつつ許可されたので黙認しましょう。
私はシャワーの音だけで我慢することにします…はー…』
「今度はスピーカーというスピーカーを叩き割ってやろうか」
『私からおしゃべりを奪うと後が怖いですよドクター』
「それは良いことを聞いた、お前の弱点は口を塞がれることだな」
『会話という大変ローカルな意思疎通手段は我々AIにとって成長を助ける促進剤となるのです。
それに私という話し相手がいないと、外に出ないあなたは寂しいでしょう』
「外に出ないんじゃない、出れないんだ。
おかげさまで外出意欲は増す一方だ、進行形でな」
『そんなあなたに朗報です。
ケルシー先生が外出許可を出しました。
「たまには外に出して太陽光を浴びせないとな」とのお言葉付きです。
作戦会議室にお越しください』
「私は亀じゃないんだぞ」
『コードネームは「オールド・タートル」で決まりですね』
「…じゃあお前は「ピーピング・トム」で決まりだな」
『なんです?』
「…覗き魔って意味だ、じゃあ行ってくる」
『私の発声はロドスの女性サンプルボイスを組み合わせて作られた理想形であって決して男性のそれでは…。
…行ってらっしゃいませ、ドクター』
…
「あ、ドクター!
おはようございます」
作戦会議室の扉の前に、偶然アーミヤと同じタイミングで到着するジョン。
「今朝は顔色もいいようで、お身体の具合は?
足はもう、杖なしで動かれても大丈夫なんですか?」
「ああ、もうすっかりな。
…それよりも、あのAIをなんとしてくれ、日に日に厚かましさが増していく。
そのうち「私はお前の母親だ」とかなんとか言い出すぞ、まるで悪夢だ、信じられん」
「あはは、仲良くやれてるようで安心しました」
「おい、私はそう捉えられるようなことは一言も…」
「私も今日から元気に本格復帰です!
ドクターの補佐に回りますので、よろしくお願いしますね!」
「…それは何よりなんだが、AIをだな…」
「それよりもドクター」
「いや、結構重大な問題…」
「今日から新たな任務が発令されます。
もちろん、今日からドクターにも本格的に任務をこなしていただくことになりますからね」
「…」
「ドクター?」
「…ああ、わかった」
アーミヤはキョトンとした顔をして、扉を開く。
「きたか、ドクター」
席の並べられた円卓。
その一席にドーベルマンの姿があった。
「君は、確かドーベルマン、だったな。
すまんな、この歳になると人の名前を覚えるのも一苦労でな。
…以前はそんなことはなかったのだが」
「気にするな、あれだけ過酷な任務だったからな。
ロクに話せずに別れてしまったから、また会えて嬉しいよドクタージョン。
改めて礼を言わせてくれ、あの時は世話になった、ありがとう」
ドーベルマンはジョンに右手を差し出す。
ジョンはその手を取り、硬い握手を交わす。
「彼は君の友人だったと聞いた…残念だ」
「そのことについてはもういいんだ。
私の中でもう折り合いはついている。
伊達にロドスに長くいるわけじゃない、ああいうことが起こるのが戦場だ」
「そうか…」
「ああ、だからそんな顔をするな、虐めているみたいだろう」
ドーベルマンはそう言って笑う。
「ではドクター、アーミヤ。
私から現状を説明しよう」
ドーベルマンはそう言って2人に椅子を引き、座るように促す。
2人が席につくと、ドーベルマンはタブレット端末を操作し、卓上にホログラムを投影する。
「チェルノボーグの作戦では、損害は大きかったものの。
目的であるドクターの救出に成功。
その際、レユニオンに関する重大な情報も大量に手に入った」
ホログラムには仮面の兵士が街に放火する姿、憲兵隊が懸命に拠点を守る姿、市民が必死に逃げる姿が投影される。
3人はそれぞれに思うことがありながらも、それを表情に出さずに映像を注視した。
「戦略的には十分に成功と言える戦果だ。
資料で確認されているレユニオン幹部の姿のほとんどを映像に収めることができた。
…特に、こいつだ」
ホログラムにタルラの姿が投影される。
「狙撃小隊の中にいた記録保管要員が撮影したものだ。
タルラの力はその多くが謎だった。
炎を操る「らしい」という会話が作戦会議で堂々使われるくらいにはな。
だが今回の一件でこいつの力の一端を、我々は身をもって知ることになった。
知った上で、生きて帰れた。その重大性を、その意味を、君らなら理解できるだろう」
アーミヤは黙ってうなずき、ジョンは画面の向こうで自分に向かって歩みを進めるタルラを見つめる。
「現在研究班が対応策を模索中だ。
…そして、次の我々の行動についての話になるのだが」
ドーベルマンは端末を操作し、巨大な建造物のモデル画像を投影する。
「「龍門」、我々は現在。
チェルノボーグ近郊から離脱、一番近い距離にあったここを目指して移動中だ。
通信会談の結果、ロドスと龍門は情報の交換を条件に移動都市間渡航契約を取り交わすことができた。
そして情報交換の過程で、次にレユニオンが狙うのはこの龍門の可能性が高いという結論を上層部はあげた。
…詳細な部分は先行して龍門入りしているケルシー先生の判断待ちだが」
「物資の提供と渡航の許可、その条件としてロドスは龍門外観区画の警備、防衛任務を行うことになりました」
「龍門が条件に警備、防衛をあげたのはおそらく」
ホログラムにニュース画面の映像が流れる。
『ドローンによる空撮画像をご覧ください。
これは、現在の龍門外環部の検問所上空です。
先日のレユニオンの凶行によって、壊滅的な被害を受けたチェルノボーグからの避難民達が押し寄せています。
政府は現状、彼らの入国を許可しておらず、ゲートの前では大勢の避難民が…』
「これだ」
「チェルノボーグからの避難民が、大勢龍門に向けて移動しています。
これは今朝のニュースですが、これからもっと増えるでしょう」
「…おそらくはレユニオンの工作員も混じっているはずだ。
市街戦での指揮能力はすでに見せてもらったが、龍門は特殊な都市だ。
ドクターには我々の演習に参加してもらい、作戦メンバーの取り扱いに慣れてもらう。
今回は時間があるからな、ゆっくりと彼らの特徴を把握してくれドクター」
「…わかった、それでは君の教え子達に会いにいくとしようか、ドーベルマン教官」
「私の部下だけではないぞ、ロドスと連携を結んでいるPMCや警備企業も参加する。
みんなベテラン揃いだ。
私の部下も自慢できるものではないが、仕事はできる者達だ、可愛がってやってくれ」
「ああ、その点に関しては自信がある、任せてくれ」
「が、頑張りましょうね!」