METAL GEAR × Arknights 作:安曇野わさび
「ボス」
黄砂ですら吸い切る事の出来なかった血が、足元からゆっくりと流れていく
「収容施設から子供を保護しました」
『…ああ』
「全員、ひどく飢えていて…糧食を分けても…」
『勿論だ、ただ無理に食わせるな、水物から与えてやれ』
「ハッ!」
鼻をつく硝煙と血の匂い
どこまでも終わることの無い闘争
「負傷者を運びだせ!」
歪な規範に抗うために始めた、この闘争はいつの日か終わる日が来るのだろうか
…ああ、本当に「我々が必要のなくなる日」が訪れるのか
「ほら、ゆっくり歩くんだぞ」
いずれ、この足で地面に立ち、この目でこの光景を焼き付けることすら難しくなるだろう
私はデスクの上で、この戦場の全てを数字でしか見ることしかできなくなる
まるで歪な機械のように
「あ、こら!」
その時、私は死ぬのだろう
戦士としても、一人の兵士としても
「…おじちゃん」
そうなる前に、終わらせなければならない
「ありのままの世界」を残すのだ
私たちの先を歩くもの達に
「…たすけてくれて、ありがとう」
…
ああ、少年
その銃火に汚されてもなお、無垢な輝きを保つ瞳に、今の私はどう写っているだろうか
『なあ…私の目はお前にはどううつる?』
ジョンの頭の中で、一つの問いかけが延々とループされていた。
タルラの澱みの中に清らかさを保っているような、あの鈍色の瞳。
「ドクター?」
そんな時、傍にいたオペレーターが心配そうな声をあげる。
ジョンは深く被ったフードの底から視界の端を見ると、そこには若いオペレーター
「…いや、少し考え事をしていてな」
「そう、ですか…」
武人然としたハキハキした動きに、しばしジョンが目を奪われていると、へラグがチラリと視界を向けて口を開いた。
「どうかしたか?」
ジョンは少し目を細めると、自嘲気味に微笑んだ。
「いや…」
「そうか」
二人の短いやり取りに、周りのオペレーターはハラハラとした視線を向ける。
「貴方は先ほど、私が医者ではないと言ったな」
「ああ」
「あの時、貴方は私を…自分と同じ、天国の外の住人だとも言った。
その真意を…今のいままで考えていた。
ドクター、あれは一体どう言う意味なのだ」
「そのままの意味だ。
…昔ある男が言っていた…その男は酷く自分勝手なやつでな。
天国に行く事は許されない、戦場という名の地獄に留まる者達、それが天国の外の住人だとのたまった」
「…戦場にしか、居場所を見いだせない…勝利か、死か…というわけか」
「それすらも許されない、そう仲間達に告げていた」
「…死の先、本当の地獄に落ちることさえも許されないと?」
「まあ、真っ当な生き方をしてこなかったからな、それぐらいの心構えは…必要だったのだろう。
最も地獄に近い世界の住人、それが私達だとな」
へラグはフードの影に隠れたジョンの顔を見つめる。
「侮蔑と取ったかな」
「…兵士だった頃の私であれば、少なからず、憤りを覚えただろうな」
へラグは腰の太刀に手を添えると、柄を撫でる。
「兵士とは皆、仕える者の掲げる思想、理想を胸に死地に赴くもの。
『勝利か死か』。
理想の勝利、思想の勝利…あるいは個人の勝利、数ある勝利の中でただ一つ兵士にとって変わらないものは、『死』という結末が必ず付き纏うということのみ。
時に死は、傷つき喘ぐ者達にとって救済にもなり得る。
死が許されないというのは、覚悟の表れか?」
「そんな高尚なものじゃない」
ジョンの言葉に、ほんの少しばかりの熱がこもる。
「焦っていたのだろう。
その焦りからくる怒りを、仲間に押し付けていただけのことだ。
己に課した戒めを、仲間にも背負わせていた」
ジョンはそう言って歩みを早める。
「…私にそれを見たのであれば、間違いではない」
へラグもまた、その歩調に合わせてジョンの隣を歩く。
そしてどこか哀愁のただようジョンの背中を見つめ、口を開いた。
「私もかつては導く立場だった。
戦場という不確定な場所において、指揮者というものは常に選択にさらされる。
例えそれが幾多の死に繋がろうとも、大きな意思の成就に、勝利に繋がるのであれば、選択を躊躇ってはならない。
…私がその地獄のような場所に道を見出していたのは、事実だ」
ジョンは暫くの沈黙の後、ポツリとつぶやいた。
「子供達は、その時の贖罪か。
だとすれば、君はその道に一体何を見た」
へラグの足がぴたりと止まった。
「ドクター、貴方は一体何者なのだ」
ジョンはへラグの問いかけに歩みを止める。
そして振り返ると、頭を覆うフードを外した。
「貴方からは、酷く懐かしい匂いがする」
「…そうだろうか、私からはきっと居心地の悪さしか感じ取れないと思うが」
「いや、戦場でたまに感じるあの感覚…もう忘れ去ったものだと思っていたあの匂い」
へラグは真っ直ぐに、ジョンの瞳を見つめる。
「ドクター…いや、ジョン…会ってまもない失礼を詫びる。
しかし、本当に貴方は何者なのだ」
へラグは酷く動揺している様子だった。
額には冷や汗すら浮かんでいる。
ジョンもまた、そんなへラグの様子を見てハッと我に帰ったように目を見開く。
そして息を細く吐き出すと、再び落ち着きを取り戻した表情でヘラグに向かい合う。
「…失礼した、酷く不躾な問いかけだったな、許して欲しい。
私の問いかけには答えなくていい。
私はその問いには答えられない、だから君も、答えなくていい」
そういってジョンは再び、フードを被り歩き出す。
オペレーター達も慌ててそれに続き、後には呆然とした様子のヘラグだけが残された。
ヘラグもまた、細く息を吐き出すと、ローブの前を開き、懐にしまっていた金属板に貼られた写真を見やる。
そこには病院の診察台のような場所に、複数の子供達が笑顔で集合している写真が貼られている。
「贖罪、か」
へラグは一言、声に発すると写真を戻し、ローブを翻して歩き始める。
(どちらにしろ、私もその問いには答えられなかった)
今はオペレーター達の影に隠れてるようにして進むジョンの背中を見つめ、ヘラグは瞳を哀愁の色に染める。
(だが、知りたい…貴方が一体どういう人物なのか、天国の外の住人と言う貴方が、なぜ…あの暖かな匂いを発しているのか…。
…これが一つの巡り合わせというならば、私はきっとこの機会を手放してはならない)
「…貴方は、その歩んだ道に一体、何を見てきたのだ」
…
シェルターの中は静かだった。
少なくとも、一人のオペレーターの耳には一つの音も入ってはこなかった。
分厚いシェルターの両開きの扉が、まるでおもちゃのびっくり箱のように吹き飛ばされても、その衝撃で入り口付近に集まっていた空いた病床のいくつかが吹き飛ばされ、守備に当たっていたオペレーターが大きな口を開けて吹き飛ばされても、オペレーターの耳には何も入ってはこなかった。
煙の奥に数人の影が見えた。
その影は一気にシェルターの中に入りこみ、起きあがろうとするオペレーター達を押さえつける。
即座に飛び交うアーツの光、自分もと武器を探すが、傍には医療器具が広がるばかりで、そこに自分の得物は存在しない。
再び入り口の方へ視界を移すと、そこには仮面の兵士の汚れた包帯のまかれた掌が広がり、それはオペレーターの視界の全てを覆い尽くした。
…
「少女はどこにいる?」
長身の半龍の女に、白髪のオペレーターが首を掴まれている。
バタバタと暴れる足元は宙に浮き、手に持つ杖は空を切っている。
「…し、しらない“…ッ!!」
「ここが最後のシェルターだが」
半龍の女、タルラは真一文字に結ばれた口をほんの少し歪める。
「やはり生きて逃したのは失策か、紛れていたのかもしれない」
「…ぐ……げ ……!」
白髪のオペレーター、ワルファリンはタルラの腕を片腕で掴み、気管が狭まるのを少しでも和らげようともがいている。
「この広さを探すのは面倒だ、ここは火を放つか」
「ギ!?」
ワルファリンの目に怒りの光が怪しく光る。
その時、タルラの隣にガスマスクの兵士が立ち、タルラに宙吊りにされるワルファリンを見つめる。
「ミーシャという少女だ、どこにいる」
「……ぐ……知らんわ!!
貴様ら…!ここは病室じゃぞ!!そこまで落ちぶれたかケダモノども!!」
「俺たちの病室じゃない」
スカルシュレッダーはゆっくりと周りを見渡す。
「ミーシャという少女はどこにいる。
既にここ以外のシェルターは回った。
知っているなら教えることだ。
でなければ、このシェルターの者は焼く」
スカルシュレッダーはガスマスクのブラックガラスに照明の光を反射させ、冷たく告げる。
「ほ、他のシェルターの者はどうしたのじゃ!?
まさか貴様ら…!!」
「お前はもういい」
タルラはそういうと、ワルファリンをすぐ側の壁に投げつける。
背中を打つ鈍い音を響かせて、ずり落ちたワルファリンは痛みに喘ぎながら体を丸めた。
「もう一度聞くぞ、ミーシャはどこだ。
ここにいるのはわかっている」
痛みに悶えるワルファリンの元に、数人の医療オペレーターが集まっていく。
その様子をスカルシュレッダーは視線の端に捉えると、投げナイフを一人の医療オペレーターの肩に投げつけた。
短い悲鳴の後に、ワルファリンの咳き込む音が部屋に響きわたる。
「…やめろ!もうやめるのじゃ!!」
「待たないぞ!ミーシャはどこだ!どこにいる!!」
スカルシュレッダーの叫ぶような声が部屋に響き渡る。
しかし、そのシェルターからは誰一人として声を上げる者はいない。
「…ロドスの連中はともかく、患者もだんまりとはな…大した偽善者どもじゃないか」
スカルシュレッダーの方が小刻みに震え始める。
「いい加減にしろよ!!本当に燃やすぞ!!お前ら全員消し炭にされたいのか!!」
スカルシュレッダーの絶叫に呼応するかのように、タルラの右手に熱が集束し始める。
やがて炎の形の成したそれは、病室の空気を撫で始める。
その時だった。
「待って!!」
シェルターの最奥、薬品棚の列に隠れるように配置された病床の一角から、患者や子供達を引きずる形で少女が現れた。
「…今、行きます」
「およし!出てっちゃダメだよ!」
「お姉ちゃん!!」
「いっちゃやだあ!!」
涙を流す子供や老婆から伸ばされた手を、優しく振り解きながら、少女はその身をタルラ達の前に晒した。
「だから、もうやめて、ください」
タルラは即座に右手に集束した炎を消し去ると、隣に立つスカルシュレッダーを見やる。
スカルシュレッダーはただ、真っ直ぐに少女を見つめた。
そして砕かれた薬品のガラス容器の散らばるシェルターを、一歩、一歩と進み始める。
「…ようやく」
ミーシャもまた、守ろうと飛び出してきたオペレーター達を押し退かしながら、スカルシュレッダーの元へと歩み続ける。
「…見つけた」
レユニオン兵士達の一部も、その様子を固唾を呑んで見守っている。
タルラはスカルシュレッダーの後ろ姿を、表情を変えることなく見つめている。
やがて、二人はシェルタールームの真ん中で、残り数歩というところで向かい合う。
「…私は、一緒に行きます、から…この人たちに、乱暴なことは、しないで」
目尻に涙を浮かべて、震える体でスカルシュレッダーと向かい合うミーシャ。
「そんなこと…もうどうでもいいんだ」
スカルシュレッダーは、一つ、また一つと、ガスマスクの留め具を外し始める。
ミーシャはその様子を、ただ呆然と眺め続ける。
やがて全ての留め具を外し終わり、隠されていた全てが、ミーシャへ晒される。
「…ねえさん」
ミーシャの表情が強ばり、凄まじいまでの動揺に体が自然と後ずさる。
「…りえない……そんな…そんなことって…」
「姉さん…僕だよ…わかるだろ」
「……アレクセイ………アレックス……貴方なの…?」
「わかるんだね……よかった」
「…なんで…うそ…どうして…」
「怖かったんだ…もし僕だってわからなかったらどうしようって」
「貴方は……」
「死んだ、と思ったよね、でも…生きてるよ、生きてたよ」
「アレクセイ…私の…」
「生きて、きたよ…姉さん」
その瞳は驚愕か、喜びか、或いは絶望か。
ありとあらゆる感情が入り混じった涙が、ミーシャの瞳から溢れ出す。
震えて今にも倒れそうなミーシャの体を、慌ててスカルシュレッダー、アレクセイは抱きしめる。
「私…わたし…アレクセイ……わたし…」
「…大丈夫」
「…わたし……隠れて……あなた…呼んでたのに…」
「大丈夫だよ…」
アレクセイは、強く、強くミーシャを抱きしめる。
「今度はさ…僕が…僕が守るから」