METAL GEAR × Arknights 作:安曇野わさび
二度目の限定キャラ実装、大変魅力あるキャラ揃いで新年早々財布に寒風が吹きすさんでおりますが、筆者は元気です。
…おめでたい新年早々ですが、当分の間シリアスムードが続きそうです。
シリアス面も重いものにしたい、でもボスとロドスの面々のわちゃわちゃが描きたい…。
両作品とも闇が深いので難しいです。
本年度も山あり谷ありの投稿になると思いますが、どうかよろしくお願いいたします。
アーミヤはただ一人、廊下の隅に置かれたベンチに腰掛け、膝の上に組まれた手を眺めていた。
手の指のすべてに淡い光を放つ翡翠色の指輪がきらめく。
(ドクター)
その脳裏には、月夜に影を落とすジョンの後ろ姿が映る。
(結局私たちはあの子を、ミーシャさんを守ることができなかった。
あの時みたいに、また奪われてしまった)
チェルノボーグの燃える広場。
希薄になっていく意識の中で、最後に見たあの後ろ姿が、今でもありありと思い出される。
胸の奥がキリキリと痛み、無力感に吐き気すら覚える。
(私は、また…何もできなかった)
今まで経験のない大規模な襲撃。
備えが足りなかったとは…思いたくない。
(そんなことを言ってしまったら、ケルシー先生に怒られてしまうだろうけど)
自らの周りには、自分よりも賢く、そして力のある人たちが大勢いる。
(でも、それって…私は役に立ててるのかな)
曲がりなりにも、自分はこのロドスの幹部の一人。
誰に見られても恥ずかしくないくらい、努力はしてきたつもりだ。
(…そうじゃなくちゃいけないのに)
広く、厚みのある背中。
かつて、ただ目の前にあるだけだった存在と、並び立てるようになりたかった。
しかし、それは失われた。
「…『ジョンおじさん』」
意図せず口に出した名前。
自分を今の形に導いた光。
アーミヤの瞳が揺らめき、目じりに涙が溜まっていく。
(…いけない)
涙はあの時、瓦礫の上で流したものを最後にすると決めた。
自分は自らの正体を明かし、許しを求めた「あの人」を許すことも、罪を背負うことすらも許さず、ただ歩き続けることを押し付けた。
恐らくは彼が想像もしえなかった世界なのだろう。
常識も何もかもが異なる場所に留まるように、自分たちの都合を飲み込ませた。
自分を見つめる一つの瞳が、複雑な感情に揺れているその情景に身を震わせる。
あの時、一人の人間の道行を縛ったのだ。
しかし、なぜだろう。
(私はなんであの時、あの言葉を…あの人の独白を信じたのかな。
なぜ…あの夢物語のような話を受け止められたのかな)
一時的な記憶の混乱だと、片づけて笑い飛ばすこともできたはず。
しかし、あの時自らの胸の中を突き抜けた絶望感は一体何だったんだろう。
言葉の重みを、意思を感じた。
そんな短絡的で、理論的でない感覚論で片づけていい話だったろうか。
でもあの時、初めて人の言葉に明確な意思が乗っていたのを感じたのだ。
嘘偽りのない心からの独白、その言葉の意味が真実であると。
思えば「あの人」も、行動、思考、その存在の全てが我々の想像の範疇の外にある事ばかりな人だった。
関わる人すべてに特別な感情を芽生えさせる、それこそ「異世界からの来訪者」のような。
でも、ドクターは…「あの人」はとても存在感が希薄だった。
行動も為すことも、この世界の常識を覆すような事ばかり。
でも、ふと目を離せば消えてしまいそうな、そんなことを想像させてしまう人。
それが彼だった。
(そして…)
あの人は…消えてしまった。
自分はもちろん、彼を知るすべての人が想像できない形で。
アーミヤの脳裏に自らの隣に立つ男の顔が浮かぶ。
…
いや、どこか、おかしい。
思い出せない、ドクターは…私たちのドクターはどういう顔だった?
アーミヤはマーカーで塗りつぶされたかのような空白、虚無に抗うために頭を抱える。
真っ黒に塗りつぶされた顔はまっすぐにアーミヤに向けられている。
しかし、その表情も、語りかけられていた言葉も、胸に覚えた感情もすべてが思い出せない。
足が震える。
声が出ない。
視界の焦点が定まらない。
怖い。
怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い……!!!!
「アーミヤ」
不意に声が投げかけられる。
アーミヤは暗闇の通路の奥から。
アーミヤは涙のたまった瞳を声の方向へと向ける。
そこにはフードを取り去り、右目に眼帯を当てた、老いた男が立っている。
まるで卵から孵ったばかりの雛のように、アーミヤの中に男の顔が刷り込まれていく。
「ド、クター…?」
まるで初めて会ったかのような衝撃。
アーミヤは思わず立ち上がり、男の胸元に飛び込んでいく。
「う…ああぁぁ…!!」
もはや留めることのできない感情の奔流を、アーミヤは男の胸の中にぶちまける。
「ドクター!…ドクター!!」
いや…!いやです…!!
消えちゃいやです…!!行かないで…!!」
男は、「ジョン」は胸元で泣き崩れる少女を前にして、何もできずにただ茫然と立っている。
「…私を…置いていかないで…一人にしないで下さい…!」
深いしわの刻まれた肌、口周りを覆う髭、戦傷で失われた瞳を覆う眼帯。
目で見るだけでなく、触感でもそれを刻み込むように、アーミヤはジョンの顔に手を当てる。
「落ち着きなさい…」
「…私…どんどん忘れてしまう…あなたがどういう顔だったのか…どんな表情で…どんな風に笑うのか…!
みんな…みんな忘れちゃいます…」
「アーミヤ…」
「…あなたが…みんな塗りつぶしてしまう…」
その一言を聞いた瞬間、ジョンは目を見開き、その瞳に鈍い光が宿る。
真一文字に結んだ口、泣き崩れるアーミヤの肩に手を置き距離を置く。
ジョンは目元をこすり続けるアーミヤに正面から向き合う。
「アーミヤ」
「…うえぇ…ぇっ…」
「聞きなさい、アーミヤ」
アーミヤは泣きはらした瞳を、薄く開いてジョンを見る。
「そうだ…その通りだ。
私は…「俺」は寄生虫だ。
お前の、お前たちの…ドクターに寄生し、奪った男だ。
だが、詫びることなどできない。
今の私には…何を言葉で繕っても、薄っぺらいものにしかならない。
俺を恨め、アーミヤ。
君の目的のために、俺を恨んで、利用しろ。
それを受け止めることが、今の俺にできる、最大限の贖罪だ」
アーミヤは目を擦りながら、手を濡らしながら首を横に振る。
「…違う…違います…!!
『あなた』に罪なんてないんです!!
…あ、ああ…ごめんなさい…ごめんなさい…!ごめん…なさい…!」
「お前は…私に言ったな。
これは契約だと…ここで私が開いてしまった血の道を…歩むようにと」
ジョンは眼帯をなぞり、片方の目を閉じる。
「往生際の悪いことに、私はどこかでまだこれは夢だと思っていた。
だがここで夜を明かし、人と語って確信した。
ここで行う行動の一つ一つが、ここでの人々の生き死にに関わっているのだと。
此処での出来事は、まぎれもない、現実の事象なのだと。
そう確信したとき、私をとてつもない罪悪感と虚無感が襲った。
それから私を救ったのが、君のあの言葉だったんだ」
「け、いやく…」
「責任も、罪も…あの時、あの場で指揮を請け負った私にある。
君は私を責め立てることも、その小さな拳で怒りを示すこともできたはずだ。
その権利が、あの場所にいた全ての人間にあった。
だが君は言った、歩け、投げ出すな、逃げるなと」
ジョンは薄く目を開く。
「救われたんだ。
私はまだ贖えるのだと。
だが、それでも私は踏ん切りがつかなかった。
私は一度選択を誤った男だ。
…「あちら」で私は、選択を誤った。
とても、とても大きな分岐路で進む道を違えた。
そんな私が、ここで君の隣に立ち、道を共に歩むことなど…まして道を指し示すことなど、できるだろうか。
…できるはずがない」
アーミヤはジョンの顔から手を、少しづつ遠ざけ始める。
ジョンの目が見開き、まっすぐにアーミヤの目を捉える。
「だが…私にそれでも君との道を歩んでほしいと願う声を…私は聞いた、ついさっきだ」
「…声?」
「それは私の弱い心が生み出した幻聴だったのかもしれない。
だが、私はそれが望む…「未来」を見た」
ジョンの脳裏にあの光景が浮かぶ。
「…『彼』は、君の幸せを願っている。
アーミヤ、彼はきっと消えてなどいない」
ジョンの言葉に、アーミヤは泣きはらした瞼を大きく開いた。
「私は再び救われた。
彼を…「まだ」殺していなかった。
私に見せてくれた、聞かせてくれたよ」
アーミヤの目は涙を流すことをやめ、ただまっすぐにジョンを見つめている。
「アーミヤ…彼の願いは、君を取り巻く世界を変えること。
私は…」
ジョンは立ちあがり、アーミヤに手を指し伸ばす。
「彼が戻るまで、私は君を守り、君たちの目指す世界の礎となる」
ジョンはアーミヤの手を取り、固く握る。
「改めて誓おう。
私は、君が行く道を共に歩み、守り、君たちの世界のために、彼がいずれ戻るときのために、私は生きる」
「ド、クター…」
「彼はいずれ戻ってくる、アーミヤ。
その時までは、私を利用してくれ。
私とは、それまでの共生だ。
…私のこの贖罪を、受け入れてほしい」
…
見開かれたアーミヤの視線を受けながら、ジョンはひたすらに自らを嫌悪した。
心の底から寒気がした。。
これは誰のためでもない。
自らを救うための贖いだ。
彼が戻る保証など、どこにもない。
声が聞こえたからなんだというのだ。
あれが彼の声だったのかどうかも分かっていない。
例えあれが本当に「ドクター」のそれであったとしても、その真意でさえ測れていない。
全ては自らの心を保つため。
己を納得させるための解釈を、アーミヤの内心にあるであろう「希望」に囁きかける、
「アーミヤに自分を使い潰させるため」に語る、耳触りのいい希望論。
ジョンは自ら作った血の道を、己のつまらない罪悪感を覆い隠すための嘘で補強した。
自らの懐に飛び込んでくる少女を胸に抱き、男は悍ましい感覚に身を強張らせる。
もう、失敗は許されない。
ここで流された、これからも流れるであろう血が、無為のものであってはならない。
言葉通りの「礎」となる。
嘘で補強された血道は、この少女が歩むためには盤石なものでなくてはならない。
再び男は蛇となる。
その瞳は非常灯の赤い光を飲み込んで、より一層の闇を際立たせた。