METAL GEAR × Arknights 作:安曇野わさび
蛍光灯の冷たい明りの照らす応接室で、両者はテーブルを挟んで対峙する。
黒革張りのソファに腰かけ、チェンは膝の上で腕を立て、向かいの席に腰かけるドーベルマンを睨みつける。
その隣でホシグマが、オペレーターから出されたコーヒーを手に取り礼を返すと、ミルクと砂糖を入れてチェンの前に差し出す。
「遅い」
チェンはコーヒーに目もくれず、短くそういい放つ。
「我らの到着は40分前には通達していたはずだが?」
「チェン殿、当艦は先ほどまで襲撃に晒されていた。
経験のないことに、指揮系統に当たる人間は今だ始末に追われている。
今しばらく辛抱してくれ」
「…」
諭すように言うドーベルマンを前に、チェンは腕を組んで黙る。
「…被害はどれほどなんだ」
「ロドス左舷側の外壁、センサー系統もいくつか破損した。
抱える患者や資材関係者、運航要員、内部の主要施設に大きな被害はないが…」
ドーベルマンは目を伏せ、絞り出すようにつぶやく。
「在籍のオペレーター、重軽傷者57名…死者は12名だ」
「…お悔やみを、残念です」
ホシグマが心からの弔意をドーベルマンに示す。
チェンもまた、苦虫を嚙み潰したように顔をゆがませ、目を伏せた。
「それほどまでに大規模な襲撃だったのですか?」
ホシグマがコーヒーカップをテーブルに置いて問いかける。
「ああ、おそらくチェルノボーグ事変での暴徒とは異なる。
あれは訓練された動きだった。
正規兵…いや、指揮系統に一貫性がなかったからな、主格メンバーの子飼いの兵士というべきか。
レユニオンの中でも古参の連中だろう。
…タルラ自身の指揮というのもあるだろうが」
「龍女…本来であれば、龍門に向けられていた筈の矛先か」
その言葉を聞いて、ドーベルマンはチェンへと向き直る。
「龍門でも動きが?」
チェンが言葉を返す前に、応接室の扉が音を立てて開く。
「遅くなった」
フードを取り、黒革の眼帯に蛍光灯の光を反射させながら、ジョンが室内に足を踏み入れる。
その後ろにはアーミヤが続き、チェンとホシグマに頭をさげる。
ドーベルマンが席をずれ、空いた席に二人が腰かけたのを確認すると、チェンは鋭い眼光をジョンに向けた。
「今回の件、非は我々に、強いては私にある」
席について早々、ジョンは端的に告げた。
「そのような言葉を聞きにわざわざ貴様を指定して、会合に赴いたわけではない。
今回の一件についての詳細は、既に貴官らの上役から書面で届いている」
チェンはコーヒーを手に取り、それを口に含む。
少し甘い味にホシグマを軽く睨みつけた後、ゆっくりとカップを置いて、再び腕を膝の上で組む。
「まあ、貴様の顔色がどのようなものになっているのか、興味がなかった訳ではないがな」
「隊長…」
ホシグマが苦い顔をしてチェンを見る。
ジョンはといえば、岩のような表情を崩さないまま、チェンをまっすぐに見つめている。
「重要参考人の強引な保護、それだけでなくそれを奪取された失態…一体どんな言葉をくれてやろうかと悩んだ…だが」
チェンは深くため息を吐き、天井の蛍光灯へと視線を移す。
「それを言う資格は、私にも、龍門にもない」
ジョンが軽く眉をしかめ、何かを問おうと口を開く。
「数時間前…ちょうど貴官らロドスが襲撃を受けたその時、龍門でも大規模な襲撃があった」
チェンはジョンの言葉を待たずにそう告げ、ソファの上に置いていたファイル、それに収められた写真をテーブルの上にばらまく。
それはドローンによる空撮のものから、一般市民の携帯端末で撮影されたと思しき、炎上する乗船、渡航ゲートの画像が印刷されている。
「同時多発的な爆弾テロ。
主要メンバーの半数は感染者だが…もう半数は龍門に少なくとも半年は滞在している者たちだ」
「…スラムか」
ジョンはファイルの一つを手に取り、中身の書類に目を通す。
中にはスラムを上空から撮影した写真が数枚、そのどれもが集団で動く、衣服も、年齢も、人種もバラバラな者たちを写していた。
「…貴様の予想があたったな、龍門は懐から食いつかれた」
「スラムは今どうなっている?」
「厳戒態勢だ。
今は猫一匹、ネズミ一匹、スラムから市街に入ることは勿論、スラムから出ることもできない。
一時は暴動寸前の混乱が起こっていたが、今はもう嘘のように落ち着いている。
…まるで役目を果たしたようにな」
「夜間の大規模襲撃で我々も混乱に陥り、あなた方の救援要請に迅速に対応することができませんでした。
深く、お詫び申し上げます」
ホシグマが頭を下げ、ジョンが目を伏せる。
「…すでに彼らには奪還のための準備が整っていたということか」
「おそらくはな。
捕らえた者たちは皆、舌を切り取られているかのように何も語らなかった。
主犯格のほとんどが自爆で消し飛んでしまったからな、我々もうかつに動けず、その場で足踏み、というわけだ」
ジョンの目の前に置かれた書類に、×マークのされた人物写真が並ぶ。
「あの時…少女がヘリで護送されたために手を出すことはなかったが…同時に襲撃を行えるだけの規模で潜伏していたとすれば、作戦の修正はたやすい。
単純に手元に少女が置かれているほうになだれ込んでいったのだろう。
…口にしたくもないが、仮に我々が少女をあの場で強引に保護し、貴艦が受けたものと同規模の襲撃を受けていたら。
…恐らく少女を保護しきることは難しかっただろう…そう上層部は判断している」
チェンは足を組んで苦々しい顔でそっぽを向く。
「よって、我々は今回の失態を共に負うことを提案する。
…私はそのための使い番だ」
席に腰かけるアーミヤ、ドーベルマンが驚きに目を見開く。
「合同での奪還作戦か、どこまでそちらは煮詰めているんだ?」
チェンはジョンに向き直ると、まっすぐに目を見つめる。
「勘違いをするな、我々が提案するのは合同作戦ではない。
我々が提供するのは情報、それだけだ。
…奪われた失態を問わぬというだけで、責任はあるということは自覚してもらうぞ」
「もちろんだ…奪還作戦はこちらの主導で行えということだな、了解した。
龍門はすでに少女の居場所を把握しているのか?」
「空撮ドローンを四方八方に飛ばしている。
そのうちの一機、鉱山跡地に展開していたドローンが、レユニオンの部隊を捉えた」
チェンはそう言って、テーブルに書類を滑らせる。
ジョンはそれを手に取ると、目を細める。
「…アーミヤ」
ジョンがアーミヤの目の前に書類を差し出す。
「はい」
アーミヤがそれを受け取ると、ジョンは目じりのあたりを揉んだ。
「…細かいものは見づらくてな」
「…」
チェンは呆れたような目をジョンに向ける。
ホシグマが噴き出すように笑うと、ジョンはパッとそちらに目線を向けた。
「歳をとれば、みなこうなるんだぞ」
「…ふふ、わかっております。
チェン警司の言う通り、実に豪胆なお方ですね」
「…余計な事を言うなホシグマ」
「はい」
「君が私の話を?」
ジョンが目線を向けてきたのを察知して、チェンはそっぽを向く。
「…ふん、無駄に偉そうな年寄りだと言っただけだ」
「…耳が痛いな」
ジョンが頭をさすりながら笑うのを見て、チェンは訝しむような表情を向ける。
そしてしばらくの間、目を瞑った後、意を決したかのように口を開いた。
「…貴様は何も感じないのか?」
明らかにトーンの変わった声色に、場の空気が軋む。
「今回の襲撃、被害の大きかった現場の指揮官は貴様だったそうじゃないか。
…12人の命だ、決して軽いものではないだろう」
その言葉にアーミヤが書類を握る手に力をこめ、ドーベルマンが口を開こうとしたのをジョンが制止する。
「そうだな。
だが戦場で指揮を執るものは必ず経験することだ。
…君もそうじゃないのか、警司殿」
チェンの眉間にしわが寄る。
「私が言いたいのはそういうことではない。
貴様がそうやって…平気で笑うことが不快なんだ」
「隊長…!」
ホシグマが声を挟むが、チェンは止まらない。
「偉そうに高説を垂れたかと思えば、失態を犯し、兵を死なせ、なぜ笑える。
なぜ平気な体で話せる。
…自分に対する怒りはないのか」
チェンが鋭く発した言葉に、ジョンは目を細めると、手を膝の上で組んだ。
「君の望みは絶望の表情で打ちひしがれ、今後の行動に右往左往する私か?
立場もわきまえず君に怒鳴り散らす私か?
それとも君に必死に助けを乞う姿か?
…そんなものを目にしたところで、何も面白くはないと思うぞ。
君の気は晴れるかもしれないが。
我々の置かれる状況は好転しない」
「なんだと…?」
「怒っているとも、嫌悪している。
戦う自分に、戦わせる自分に、傷つける自分に、死なせる自分に。
君が不快に思うのも当然だ。
あれだけ偉そうにしたからな、それでこの様だ。
情けないことこの上ない。
むかっ腹が立つのも仕方がない」
「貴様…それが指揮をする立場の…!!」
「そうだとも、私はそれでも笑える人間なんだ」
よく通る声でそう返すジョンに、チェン含め、その場にいる全員の動きが止まる。
ジョンは口の端を少し持ち上げて顔を伏せる。
「部下を死なせることに何も思わないのか、なぜ笑えるときいたな。
私は、集団の長というものは、常に仲間に正義を、希望を、熱を与えるためにあると思っている。
正義という極めて存在の希薄で、時流で形を変えるものを、一つ意思に固定し、希望という個人が持つ欲に熱を与えるのが役目だと。
そして長は指揮を行うにあたって、常に楽天家でもなければならない。
常に自分を、部下たちを欺いている。
必要な犠牲だったのだ、あの犠牲が今に皆を繋いでいるのだと。
…しかし怒りに蝕まれるにつれ、生じたその矛盾は、やがて心を壊していく。
そうして出来上がったのが、この壊れかけの老いぼれだ」
ジョンは自嘲気味に頬を緩ませ、チェンに向き直る。
「だが、心を壊しては機械と一緒だ。
だからこそ、私は感情を出す場を見極める。
彼らを死地に追いやったのは、「指揮官」という別の生き物ではない、同じ人間なのだと。
決してお前達の「無念」を「無」には返さない。
その意思を仲間たちに示すために。
そのためなら笑おう、泣こう、怒ろう。
それが仲間のためになるのなら」
チェンは黙ってジョンを見つめる。
「その場その場で、私は常に最良でなければならない、指揮官として」
ジョンはそう言うと再び顔を伏せた。
「決断しなければならない。
なにもしないことで被った損害か、行動を起こして発生するリスクの狭間で。
そういった決断の積み重ねが、今の私だ」
再び顔を上げたジョンの視線が、まっすぐにチェンを射抜く。
その瞳は、底の知れない闇が鈍い光を放つ。
チェンは拳を握りしめ、体を強張らせた後、細く息を吐いて力を抜いた。
「…もういい、貴様の高説は聞き飽きた。
その人生観とやらを後生大事にすればいい。
…脱線させたな、話を続けよう」
終始落ち着いた様子で二人の様子をうかがっていたアーミヤと、深くため息を吐くドーベルマン。
そして、途中から真剣な瞳で聞き入っていたホシグマが、それぞれに資料を手に取り、目を通し始める。
ジョンはチェンの急な切り替えに何も言わず、資料を手に取る。
チェンは体の震えを抑えるのに必死だった。
(…なぜだ、なぜ震える。
おびえているのか、この私が?
こんな老人を相手に?)
意思の濁流のようなその視線に、チェンは思わず上ずった声を上げそうになった。
悲鳴を上げそうなほどに、目の前の老人の瞳は底が知れなかった。
(一体、どんな経験を、何を見れば、あのような目になるというのだ)
チェンの脳裏に、一人の少女の姿が浮かぶ。
後ろ姿を見せる少女が、こちらにゆっくりと振り向き、その双眸をこちらに向ける。
その瞳には、この世のどんな光でも照らせないような、艶のない闇が広がっている。
(…なぜ、重なる。
ドクター・ジョン…貴様は、一体なんなんだ…)