METAL GEAR × Arknights 作:安曇野わさび
ロドス襲撃から数時間後。
…
薄く開いた瞼の向こうで、赤茶けた明りがゆらゆらと揺れている。
鼻につくのは埃と乾いた土の香り。
鈍い頭痛に頭を押さえながらに身を起そうとする。
「…!
…気が付きましたか、ミーシャさん」
真横から声が上がる。
ぼやけた視界、すさまじい虚脱感で再びベッドに沈む体。
無理やりに顔をそこに向けると、フェリーンの女性が困ったような笑顔でこちらを眺めている。
「…こ…こは?」
「無理に体を動かさなくていいですよ」
フェリーンの女性はミーシャの体にかかっていたタオルケットをゆっくりとはがし、首にかかっていた診療器具をミーシャの体に当てる。
「ここは診療室です。
あなたは薬で意識をなくしていたんですよ、覚えていますか?」
「…」
ミーシャのおぼろげな記憶の中で、ある一場面が再生される。
途端にはっきりとし始める意識、ミーシャは跳ねるように起き上がると、医師らしきフェリーンにつかみかかる。
「アレクセイッ!!
アレックスはどこッ!?」
医師はミーシャの突然の行動に驚くそぶりを見せたが、すぐに柔和な笑顔を見せると、弱弱しく震えるミーシャの体を再びベッドに横たわせた。
「落ち着いて、まだ薬が抜けきっていないんです。
スカルシュレッダー…彼が強い薬を使ってしまったので」
ミーシャは跳ね馬のように跳ねる心臓に手を当てながら、医師を睨みつける。
「あなたは…レユニオンなの…?」
「…ええ、そうです」
「…ロドスは、ロドスのみんなはどうなったの?」
医師は数秒考えるような間をもって、再びミーシャに向き直る。
「我々の奪還作戦は成功しました。
奪還後、タルラさんとスカルシュレッダーはすぐに撤退、ロドスには無駄な被害を与えなかったと聞いてるわ」
「…」
ミーシャの脳裏にはタルラに首をつかまれ、苦しみにあえぐワルファリンの姿が思い起こされる。
「…なんでよ」
「ミーシャさん…?」
「なんであんなことするのよッ!!
あの人たちは私を助けようとしてくれた、ただ…ただそれだけだったのに!!
なんであんなひどいことするのよ!!」
ミーシャはタオルケットを投げつけながら、医師に激昂する。
「あんたたちが!!
あんたたちがアレクセイ…アレックスをあんな…あんな風に変えてしまったんだ!
平気で人を傷つけて…無関係の人たちを傷つけて!!」
「ミーシャさん、どうか落ち着いて…!」
「な、なんだどうした!?」
診療室のドアが開け放たれ、そこからペッローの男性が慌てて飛び入ってくる。
「…大丈夫です。
ただ、今は混乱しているようで…」
「…起きたのか!
そうか、よかった…!
待ってろ、今スカルシュレッダーを呼んで…」
「呼ばないで!!」
部屋から出ようとするペッローの男性を、ミーシャの怒鳴り声が呼び留める。
「…呼ばなくていい、会いたくない…!」
「な、なんで…だってお前らは」
「二人とも、落ち着いて。
ミーシャさん、あなたは薬の副作用の効果もあり、一時的に血流が抑制されているので今は落ち着いていますが、鉱石病の発作もいつ起こるかわからない状態です。
ですから、今は安静に」
医師は無理やりミーシャをベッドに押し倒すと、まっすぐに目を見つめた。
「…いまはまだ、お二人を会わせるべきではありません」
「で、でも先生、ここだっていつ場所が割れるか…」
「少なくとも」
医師は脂汗を浮かべるミーシャの額を濡れ布巾で拭うと、ペッローに向き直る。
「薬の影響が抜けきるまでは、彼女に負担をかけるべきではないと。
…彼にはそう伝えてください」
「…わかった」
男性が静かに扉を閉めた後、医師は黙ったまま、ミーシャの顔から首にかけて丁寧にふきあげた後、吐息をついた。
「…ごめんなさい。
もう少し、ゆっくり…理解させてあげられたらよかったのだけれど」
ミーシャは安定しない呼吸を落ち着かせた後、ゆっくりと医師に視線を向ける。
「…ここは、どこ?」
「古い鉱山跡地よ、追跡を逃れる為に身を潜めているけれど。
…あまり長くはもたないと思う」
医師は机にある医療機器の一つを手に取り、それをミーシャの腹部に当てる。
そして表示されている数値を見て眉を顰めると、ゆっくりとミーシャに向き直った。
「スカル…ん、あなたの弟さん。
なんといったかしら」
「…」
ミーシャは医師の視線から逃れるように壁へ顔を背ける。
「彼はいつもあなたのことを話していたわ。
…まあ、半分は仲間のヤンチャさんたちが聞き出していたようなものだったけど。
私も、あなたの話は何度も聞いた」
ミーシャはタオルケットにくるまり、丸まって体を横にする。
「ミーシャさん、確かに彼がとった行動は普通なら間違いだったのかもしれない。
でもね、彼にとってあなたは…地獄のような日々の中のただ一つの希望だったのは、間違いないと思う」
ミーシャは混乱する思考の中で、不思議と良く通る医師の言葉に耳を傾けた。
「私がレユニオンに加入したとき、既に彼は一つのグループのリーダー的存在だった。
彼らの結束はとても硬くて、彼のことをリーダーとして、兄のように、弟のように、家族のように尊敬し、愛していた。
彼らが何故、固い結束で繋がれているのか、私がそれを知ったのは、あなたが生きているのが分かった時だった」
ミーシャの耳がピクリと動く。
「彼はとても喜んでいた。
あの薄汚れたガスマスクのグラスの向こう側で、キラリと瞳が輝くのが見えたくらいには。
そして彼の仲間たちも、まるで自分のことのように喜んで…」
「…やめて!!」
ミーシャは大きく声を上げ、医師の言葉を遮った。
「…なんで」
ミーシャの目元は大きな涙の粒が珠のように膨らんでいた。
「なんで、そんな話をするの…」
「聞いて、ミーシャさん」
医師は語気を荒げてミーシャに話をつづけた。
「不衛生な宿舎、満足に出ない食事、鉱石病の毒には何にも役に立たない装備、毎晩隣で息絶える仲間たち…そんな生活が、この世界には多くある。
…彼も、彼らもまた、そんな場所にいた」
ミーシャの目が大きく見開かれる。
「そんな生活で、あなたの…あなたの、彼の言葉からでしか想像できない笑顔や泣き顔、素敵なところ、嫌だったところ、そんな話が…彼らの生きる希望になっていたのは確かなの。
暗いくらい闇の底で、確かに彼やその仲間たちを救っていたのは、確か」
ミーシャの目から、音もなく雫が流れ落ちていく。
「…そうでなければ、彼らはウルサスの冷たい穴の底を生き延びることはできなかった。
そんな確信が、彼らの結束にはあったの。
それは、私たちみたいなはぐれ者にも、とってもまぶしく見えたの」
やがてこらえきれなくなったように、ミーシャはタオルケットに顔を押し付ける。
「だから、ミーシャさん。
…彼を許してあげてとは言わないわ。
医者として、私は確かに間違った行いに手を貸しているのかもしれない。
そんな私の言葉なんて、耳触りがいいだけに聞こえるかもしれないけれど。
でも、正しいとか、間違っているとか。
そんな判断すらできない世界で生きてきた子は、一度縋った正義からはもう、手を離すことは自分ではもう…できないのよ」
医師は目を伏せ、糸のように細い息をつくと紙のいくつか挟まったバインダーを手に立ち上がった。
「だから、ミーシャさん。
彼と話をしてあげて、彼の都合のいい偶像ではなく」
医師はゆっくりと扉を開け、最後に一言つぶやく。
「彼の、たった一人の姉として」