METAL GEAR × Arknights 作:安曇野わさび
スカルシュレッダーは、ミーシャの前を着かず離れずの距離で廊下を歩く。
ミーシャもまた、その表情には暗いモノを浮かべながらもそのあとを、何も言わずについていく。
ミーシャは胸の前で腕を組み、意を決してその口を開いた。
「…ねぇ、アレクセイ」
「その名前はもう捨てた」
スカルシュレッダーは立ち止まり、ガスマスクでくぐもった声で答える。
「今の俺は、スカルシュレッダー…レユニオンの戦士だ」
「…」
ミーシャは再び、沈黙を強いられる。
うつむき、次の言葉を探すミーシャを前に、スカルシュレッダーは振り向き、ガラス板の向こうから視線を向ける。
「でも、俺は姉さんの弟には…変わりないよ」
ミーシャは悲痛な面持ちでその視線にこたえる。
「なら、もうこんなことはやめて、二人で家に帰ろう…?
わたし、私一人なら帰れない…でも二人ならもう一度…」
「姉さん、姉さんは家に帰りたいの?
本当にそれが、姉さんの本当の望みなの?」
スカルシュレッダーの言葉に、ミーシャは胸が張り裂けそうな痛みを覚える。
「チェルノボーグは、滅んだ。
あそこに僕たちの家はもうない」
「アレクセイ…」
「それに…僕たちの家はもうあの時にすべて失われてしまったじゃないか」
その瞬間、ミーシャの脳裏に再び去来するかつての記憶。
…
「やめて!やめてください!」
「だまれ!」
「ぎゃッ!!」
「汚ねぇ手でふれるんじゃねえ!
感染したらどうすんだ!」
「ギ…!」
「かあさん!かあさん!」
「どうか…どうかその子を…離して…許して…」
「科学者だか、高官だか知らねえが、感染しちまえばただの病原菌と同じだ」
「ここまでいい生活を送ってきたんだろうが、あきらめて残ったガキと暮らせ」
「おねがい…!
連れて行かないで…!」
「…この…!放せってんだよ!」
「…ッァ!」
「バカ親ども、感染したガキを隠してやがるから」
「…やめろ…妻に…手を…」
「自業自得だぜ、ちょっと偉いからってなんでも許されると思ってやがる」
「お前はもう少し寝てろ!」
「…ッが!?」
「…おとうさん…?おとうさん!おとうさん!!」
「…おいこら…おい、これ死んでんじゃねえか?」
「息はしてるし、平気だろ。
お前がしこたま蹴るから…女の方はどうしたんだろうな」
「おい気をつけろよ、下手に噛みつかれたりしたら伝染っちまうぞ」
「…確か、もう一人子供がいた気がするんだが」
「迎えの車が来ちまうぞ」
「お、おねえちゃん!おねぇちゃん!」
「助けて!おねえちゃん!」
「おねぇちゃ…」
…
「あ、あぁ…」
ミーシャは膝から崩れ落ちる、激しく震える瞳孔、瞳からは漏れだすように涙があふれ出る。
頭を抱え、床に額を押し付け、絞り出すように喘ぎ声を漏らす。
「ぁぁ…ぁああああぁッ…!!!
ごめ…ごめんなさい…ごめんな…ごめんなさい…!」
「姉さん…ッ!?」
スカルシュレッダーは慌てて、ミーシャのもとに走り寄り、蹲る彼女の肩に手を当てる。
「…姉さん、落ち着いて…ごめん、ごめん姉さん」
「ごめんなさい…ごめんな…ごめんぁさい…アレクセイ…ゆるして…ごめん…ごめんなさい…」
「ねえさん…ッ!!」
アレクセイはミーシャを抱きあげ、頭を胸に抱える。
ミーシャの耳にアレクセイの心音が響く。
「いいんだ、あの時の俺たちは、まだ子供で…この世界に抗うすべを持っていなかった」
アレクセイは強く、強くミーシャを抱きしめる。
「だけど…今は違う、今の俺は戦える、抗う力がある」
「…アレクセ…」
「その力を与えてくれたのがレユニオンなんだ。
姉さん、俺たちが引き離された時、だれも俺達を助けてはくれなかった。
あの住宅街で、声も、叫びも、悲鳴も、聞こえていた筈なのに、だれも。
誰も俺たちを助けてくれなかった」
ミーシャの体の震えはいつのまにか止まっていた。
アレクセイの心音が、まるで子守唄を謳うかのようにミーシャの心を落ち着かせていた。
「…この世界は…みんな、他人を助けている余裕なんてないんだ。
だから、俺たちがどんなに泣き叫んでも、だれも…俺達を見すらしない。
だけど、そんな俺たちに唯一手を差し出してくれる人たちがいる。
それが、レユニオンだ。
俺達感染者にとって、唯一の光だ」
「…で…でも」
ミーシャは目元をぬぐいながら、アレクセイの胸元かゆっくりと離れる。
「ロドスの…ロドスの人たちだって…アーミヤは私を救おうとしてくれたわ…。
わたし…あなたが生きているなんて思っていなかったから…せ、せめてあの町の子供たちだけでも、助けなきゃって…でも、私一人の力じゃ何も…」
アレクセイ…スカルシュレッダーはガスマスクの向こうから、ミーシャを見つめる。
「そんな私を…一度は拒絶した私を…彼らは助けてくれた…。
そうよ…アレクセイ、ロドスに…ロドスにお願いすれば…」
「そうだね、姉さん」
スカルシュレッダーは静かに答えた。
ミーシャはその声の静けさに、一瞬寒気を覚えた。
「…姉さんはやさしい、その上、とても機転が利く。
そうじゃなきゃ、きっと今日まで生きてこられなかった。
支えてもらえなきゃ、生きてこられなかった俺とは違う。
姉さんは、ここまで一人で、それも子供たちを支えながら生きてきたんだ。
本当に、すごい…すごいことだよ」
「アレクセイ…?」
「だけどね、姉さん」
窓の光の反射で、ガスマスクのガラスの向こうは見えない。
しかしその言葉には強烈な意思の力がこもっている。
「俺は彼らがいなかったら、生きてこられなかったんだ。
俺は、俺の命は彼らに拾ってもらったんだ。
なら、俺の命は彼らのモノだ、それが俺のこれまでの全てなんだ」
ミーシャの瞳孔は限界まで見開き、呼吸は過剰に数を増す。
「俺を救ったのはロドスじゃない、それが全てなんだ」
スカルシュレッダーはガスマスクを外し、ミーシャに向き直る。
ミーシャと瓜二つ、しかし決定的に違う点が刻まれている。
無数の細かい傷と、凍傷の跡。
そのすべてが、スカルシュレッダーという一人の戦士を物語っている。
「姉さん、これは俺の、多分最初で最後のわがままだ」
ミーシャの中で、何かが音をたてて弾けた。
「もう、離れ離れは嫌だよ。
ずっと、一緒にいよう…姉さん」