【完結】真・女神転生❀乙女の花園❀   作:五十貝ボタン

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第三章 ふたりの女神
12.緊迫の朝


 夢を見ている。

 

 ()はパジャマ姿のまま、どこかに立っている。

 

 暗い場所。暗いのは夜だからだと、なぜかわかった。

 土と水と草のにおいがした。きっと、どこか山の中だ。

 地上に明かりはない。代わりに、空には星がきらめいていた。黒い画用紙に絵の具を散らしたような夜空。こんなに明るい星空を見たのははじめてだった。

 

 私は裸足で土の上に立っていた。足には湿った土の感触が伝わってきたけど、イヤな感じはしなかった。

 

(コノカ……)

 

 誰かが私を呼ぶ声が聞こえた。私はその声に呼ばれるままに歩き始めた。

 結んでいない髪が微風に揺らされて乱れる。夜に出歩くことなんてないのに、不思議と私は落ち着いていた。他の人の気配がないからかもしれない。

 

(コノカ……)

 女性の声だと思う。かすみがかったような声を辿って、私はゆっくり進んでいった。もっと体が大きければ、もっと速く歩けるのに。もどかしい歩幅。夢の中なのに。

 

 やがて、木々の間の、開けた場所に辿り着いた。

 目の前には、ぼんやりとした光が浮かんでいる。実体のない、ただの光。どことなく温かで、柔らかい光が、空中に漂っていた。

 

「あなたが、私を呼んだの?」

(そうです、コノカ。私は、クシナダヒメ)

「クシナダヒメ。たしか、スサノオと共にヤマタノオロチを倒した?」

(はるかな昔のことです。今は国津神として、この国を守っています)

 

 それじゃあ、私の目の前に浮かんでいるのは、御霊というやつだろうか。

 

「でも、悪魔がたくさん姿を現しています。クシナダヒメ様の力が及んでいないのですか?」

(悪魔の力が強まり、私の社が荒らされています。おそらく、東京の各地で同じことが起きているのでしょう)

 

 国を守る神々の力が弱まっている――

 それもまた、悪魔召喚プログラムの影響だろうか。神々が土地を守っているのなら、本来なら強い悪魔はこちら側の世界には入って来られない作用があるのかもしれない。ファイアウォールのようなものだ。

 弱い悪魔を使って神々の力を弱め、さらに強い悪魔を呼び出し続ければ……いつかは、地上をめちゃくちゃにできるぐらいに強い悪魔たちがたくさん現れることになる。

 

「社が荒らされている、というのは?」

(魔獣が現れ、私の社に棲み着いてしまったのです。戦う力もなくして、夢を通じて語りかけるぐらいしかできません)

「なぜ、私に?」

(あなたには、私に近い力が宿っているようです。どうか、私を……助けてください)

 

 クシナダヒメの御霊が光を失っていく。声も、はかなげで力を失いはじめていた。

 失われかけている力を振り絞って、私の夢に姿を現したのかも。

 

「女神クシナダヒメ……」

 もし、力を借りることができたら。

 ゴルゴンを倒すために、強い助けになってくれるに違いない。

 

 

   †

 

 

「ん……」

 コノカはイノリのベッドで目を覚ました。普段と違う枕を使ったせいか、長い髪はぼさぼさに乱れていた。

 

「おはよう、コノカ」

 リンは先に目を覚ましていたらしい。すでに制服に袖を通している。

「おはようございます~……」

 

 ベッドサイドに置いてある眼鏡を取って、両手で顔にかける。近くには、イノリのものだろう小説があった。3分の1ほどの位置に、栞が挟んであった。

 ベッドから這い出ると、あくびをかみ殺しながら髪を梳いていく。ひどい寝癖を直すのには時間がかかる。

 ふと窓の外に目を向けた。灰色の分厚い雲が空一面に立ちこめていた。

 

「今日はちょっぴり暗いですね」

「なんだか少し、イヤな予感がする」

 リンが窓辺に手を置いて、アイスブルーの瞳で外を見つめる。ドキッとするほどの横顔だった。

 

「リンさん。私、行きたい場所が。力を貸してくれる悪魔がいるかも」

「さすが。調べてくれていたのかい?」

「調べたというか……」

 夢の中で直接助けを求められた、と言っても、信じてもらえるかどうか。しかし、目を覚ました後もはっきりと夢の内容を覚えている。ただの夢ではない、という予感がしていた。

 

 その時――

 

「戒厳令である!」

 窓の外から、拡声器でひび割れた声が飛び込んできた。

 

「な、なに?」

 ピー、ガー、という拡声器のノイズが、白金台に響き渡る。こんなことは初めてだ。

 

「こちらは陸上自衛隊だ! 悪魔の襲来により、都内は非常な危険にさらされている! 東京全域は自衛隊の監視下に置かれることとなった! 市民は屋内に待機し、指示に従うこと! 指示に従わない場合、発砲も辞さない!」

 装甲車が道路の幅をいっぱいにまで使っている。しかも何台も連なっていた。装甲車の上に乗せられた拡声器から、町中に響き渡るほどの声量で、高圧的な宣言が繰り返されている。

 

「自衛隊が……」

「国が悪魔の対処に動くことになったのか。これで安心……と、言えればいいんだけど」

「発砲するって言ってるよ」

「人間によく似た悪魔もいるから、ね」

 リンがぽそりと言った。彼女自身が、悪魔の魂を宿らせているのだ。

 

「ゴルゴンみたいな強い悪魔に、すぐ対処できるわけじゃないと思う。それに……」

「教会は、自衛隊への協力を拒むかも知れない……か」

 リンの言葉に、コノカは小さく頷いた。女学院の母体となる教会は国際的な組織だ。自衛隊が学院内で武力を行使することを歓迎しないかもしれない。

 

「逆に考えれば、チャンスかも。この状況だと授業もできないし、人の行き来も少なくなる。むしろ、動きやすくなるかも」

「そううまくいけばいいんだけど……」

「夢の中で、私には近い力があるって言ってた。助けになれば、きっと見返りに力を貸してくれるはず」

 女神の力があれば、ゴルゴンにも対抗できるかもしれない。

 

「わかった。あたしも、妖精の力を借りてるんだ。コノカを守るよ」

 悪魔と契約するには、コノカが扱う悪魔召喚プログラムが必要だ。だが、コノカ自身には身を守る術がない。ピクシーやジャックフロストでは、少々心許ない。

 すでに、リンの心は決まっていた。ゴルゴンを倒すために、コノカが新たな力を求めているなら、その助けになる。

 

「ありがとう……リンさん」

「シスターマーガレットに話をしよう。今度は、許可を得て出た方がいい」

 昨日のように、帰り際に校門でトラブルが起きるくらいなら先に話を通したほうがいいだろう。

 そうと決まれば、行動は早いほうがいい。自衛隊が本格的な警邏をはじめるより早く学院を出るべきだ。

 

「それで、どこに?」

「うん、たぶん……」

 

 コノカは地図を思い浮かべながら、ぐっと頷いた。

「――白金氷川神社」

 髪はぼさぼさのままだった。

 

 

   †

 

 

「大きな鳥居……だね」

 住宅街のなかに、突如として現れる大鳥居を見上げながら、リンはつぶやいた。

 大型トラックでも通り抜けることができそうな巨大さだ。といっても、鳥居の向こうはすぐに石段になっているからトラックは通り抜けられないだろうけど。

 

 女学院から白金氷川神社までは目と鼻の先だ。自衛隊の配備はまだ準備段階なのだろう。戒厳令下での白金台はいつにも増して静かで、人気のない間に、すぐにやってくることができた。

 

「お、お邪魔します」

 悪魔召喚プログラムが搭載されたコンピュータを抱えて、コノカは鳥居の向こうにそっと頭を下げる。もちろん、すでに制服に着替えて髪は三つ編みにセットしてある。

 

 石段の先には、すぐに拝殿が見えた。

 一見して、神社は静かで、クシナダヒメが夢の中で言っていたような状況には見えない。だが……

 

「しっ……静かに。何か聞こえる」

 リンが片手で制して、耳をすませる。言われて、コノカが意識を集中すると、確かに獣のうなり声らしきものが聞こえて来た。

 

「魔獣……」

 確かに、クシナダヒメはそう言った。もしも恐ろしい獣の悪魔が群れをなしていたら、二人だけで戦えるだろうか?

 

「ピクシー、ジャックフロスト。出てきて」

 接着されたキーボードを操作して悪魔召喚プログラムを起動。契約した悪魔を召喚するシークエンスははじめて実行するが、問題なく作動した。メモリの中に保存された悪魔の情報がマグネタイトを通じて実体化していく。

 

「ぷはー」

「ヒホ!」

 翅を持つ妖精と、雪だるまのような妖精がともに現れた。

 

「これから、戦いになるかも。力を貸して」

 悪魔たちは頷いて、ピクシーはリンの肩に、ジャックフロストはコノカの前に位置取った。

 

「危なくなったらワタシを守ってね」

「コノカを守るために呼んだんだと思うけど」

 肩に止まって翅を揺らすピクシーに、リンはぽそりとつぶやいた。相変わらず妖精は奔放だ。

 

「人に見られる前に、登りましょう」

「階段を昇ってから呼んでほしかったホ」

 手足の短いジャックフロストにとっては、石段を登るのは一苦労だ。よちよちと一段ずつ上がっていく姿を見守りながら、二人もともに登っていく。

 

「これは……」

 拝殿にも、人の姿はない。代わりに、拝殿の前の石と砂が敷き詰められた空間には、犬がいた。

「魔獣……?」

 と、言うには、ずいぶんイメージが違う。しかし、よく見ればただの犬ではないことがわかる。やけに大きな耳で羽ばたいて、時おりふわりと浮き上がっているのだ。

 

「思ってたよりは和やか……だね」

「こいつらと戦うホー?」

 獣たちは互いの尻尾を追いかけたり、お互いの体にのしかかったりして遊んでいる。さすがに、こっちから襲いかかるにはためらいがある光景だ。

 

「ええ……と、デビルアナライズ」

 プログラムを走らせる。もしかして本当に単なる犬なのでは……というのは、思い過ごしだったようだ。プログラムは目の前の悪魔に反応し、情報を表示する。

「魔獣カーシー。犬……に見えるけど、魔法を使うみたい」

 画面の文字を読み上げながら、コノカは獣たちを睨みつけた。

 

「たぶん、こうやってクシナダヒメの力を奪ってるんだ」

 細かいことはともかく、女神が祀られているこの場所は、悪魔たちにとっても過ごしやすい空間なのだろう。パワースポットというやつだろうか。だからこそ、こんなに何匹もの悪魔が集まっているのだ。

 言ってみれば、不法占拠だ。クシナダヒメの居場所を奪って、自分たちのエネルギーをむさぼっている……のだと思う。悪魔のルールには詳しくないけど。

 

「気は進まないけど……確かに、そうだ。追い出そう」

 リンが前に進み出て、片手を構えた。その手の中に光の剣、クラウ・ソラスが現れた。

 途端、周囲で遊び回っていた魔獣たちの雰囲気が変わる。リンの持つ力を認め、敵として認識したのだ。

 

「アオーン!」

 魔獣カーシーが口々に叫ぶ。その咆哮が魔法の力をまとって、境内に広がっていく。

 

「くっ……」

 心の中に、無理矢理に湧き上がってくる何かを感じる。その力はコノカの意識を薄れさせようとするが、ぐっと腰に力を込めて堪える。数秒で、その力は過ぎ去っていく。

「Zzz……」

 ジャックフロストは立ったままいびきをかいて眠っていた。

 

「はっ!」

 リンは気合いとともに剣を振りかざした。魔力の波を切り裂くようにその中へ突っ込んでいく。

「アオンッ!?」

 驚きの声をあげて、カーシーたちが一斉に飛び退く。魔獣はリンを扇状に囲んで、うなりを上げている。

 

「コイツ タダノ ニンゲンジャナイ」

「ドウスル?」

 魔獣たちが互いに目配せし、ひそひそと相談をはじめる。

 

「黙ってここから出ていけば、危害は加えない。……出ていっても、人間を襲わないでほしいけど」

 リンは油断しないように剣を構えながら告げる。いままでの悪魔の所業を考えれば、都合の良すぎる頼みのような気もする。

 

「ソレハ デキナイ」

「オレタチ ココカラデタラ ハラペコ」

 緊張感をみなぎらせて、カーシーたちがうなる。

 

「おきてー……」

「ヒホー……やったホ、ついに禁断の力を手に入れたホ……」

 ジャックフロストもまた、夢を見ていた。

 

「コウナッタラ……」

「ボス!」

 野生の勘というやつだろうか。リンの強さを感じたカーシーたちは距離を空けながら、口々に叫ぶ。

 

「ボス!? カーシーの群れじゃないの?」

 てっきり、この魔犬たちが群れで神社を占領しているものだと思っていた。だが、さらに強力な悪魔に率いられているらしい。

 

「何よぉ、静かにしてよ」

 その声は、拝殿の上から聞こえて来た。

 のっそりと、曇り空の下で一匹の悪魔が身を起こす。長い髪をたたえた人間の女のようだが、その体は白みがかった獣毛で覆われ、長い尻尾がぴんと立ち上がっている。

 

「なに、ニンゲン?」

 屋根の上に器用にしゃがみ込む悪魔が、不機嫌そうに見下ろしてくる。

 

「私、コノカって言います。ここの神様に助けを求められました」

「神様ぁ? 悪魔でしょ」

 カーシーたちの緊迫感を、この悪魔は感じていないらしい。のんびりとあくびを洩らしている。

「アタシは魔獣ネコマタ。どうせならハンサムがよかったけど、若い女の肉は美味しいかもね♪」

 にんまりと、牙を覗かせて悪魔が笑う。

 

「あっ!」

 と、その時、コノカは気付いた。

 猫のように背を伸ばす悪魔の長い髪に、きらめく(くし)が刺されていた。

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