【完結】真・女神転生❀乙女の花園❀   作:五十貝ボタン

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13.アギ

「んん~~~……!」

 白金氷川神社を占拠する魔獣、ネコマタは拝殿の屋根の上で大きく伸びをした。

 曇天の空の下に長い尻尾が高々と伸びて、やがてゆるやかに弧を描く形に戻る。

 

「日焼けしないのかな」

「毛があるから平気なんでしょ、たぶん」

 コノカが発したほのかな疑問に、リンが答える。白々としたネコマタの体は獣毛に覆われている。短毛(ショートヘア)なので、ぱっと見は裸に見えるが。

 

「コギャルになんかなんないわよ」

 耳をぴくぴくさせながら、ネコマタが見下ろしてくる。

「コギャルといえば、あれって焼いてるの? メイクで黒くしてるのかな?」

 清霊女学院で寮生活を送るコノカにとって、「女子高生」として雑誌やテレビに姿を現す彼女らは悪魔と同じくらい不思議な存在だ。

 

「日焼けサロンを使ってるんじゃなかったっけ」

「私がやったら、すぐ肌が荒れちゃいそう」

「サンオイルを使うと肌荒れしにくいんでしょ?」と、これは妖精ピクシー。

「でも、日焼けだったらそのうち元に戻っちゃうんじゃない?」

「何度も通うんだよ。ほら、カプセルみたいなところに入って……」

「ずっとじっとしてるの? 退屈そー」

 ネコマタがぶるぶると首を振った。

 

「なんの話をしてるんだホ」

 ジャックフロストが丸い肩をがっくり落としながら突っ込む。境内には虫の声もしない。

「そうだった。話を戻して……」

 コノカはぐっと胸を張り、上を見上げながらネコマタを指さした。人間相手なら指さすのは失礼だが、悪魔を相手に弱気を見せたらつけあがるばかりである。

 

「その櫛! この神社にあったものでしょう!」

 ネコマタのウェーブがかった長髪(ロングヘア)に、きらめく櫛が刺されている。細かい装飾の入った、浮世絵の美人画で描かれるような、豪奢な櫛だ。

「そうだけど? うらやましいでしょ」

 気に入っているらしい。さらりと髪をかきあげ、自慢げに櫛を見せびらかしてくる。

 

「それはクシナダヒメ様のご神体です! 元の場所に戻してください」

「出ていけって言ったり返せって言ったり、要求は一つずつにしてくれない?」

「勝手に居座って勝手に盗むからでしょ」

「悪魔は力がすべて。弱いやつがいいところに住んでていいもの持ってたら、奪われても仕方ないでしょ」

「まるで獣だ」

 あきれたように、リンが髪をかきあげる。片手は今も、霊剣クラウ・ソラスを掲げている。気を抜けば、周囲を取り囲んでいる魔犬カーシーが一斉にとびかかってくるだろう。

 

「野獣死すべしってわけ? 獣だって生きてるのよ」

「悪魔って言ったり獣って言ったり……」

「悪魔で獣で乙女だから」

「乙女なの?」

「どうだっけ?」

「どうって聞かれても」

 奔放そのままの言動は、いかにも言葉をしゃべるケモノ、という様子だ。カーシーはネコマタを『ボス』として群れているようだが、ネコマタが犬たちを率いているようには見えない。要するに、彼女の言葉通り、力があるものに従っている、ということだろう。

 

「アタシは秩序も混沌もキョーミない。安全で楽しく過ごしたいだけ」

「そのために、この神社を奪ったっていうの?」

「だってここは居心地がいいし、キレイな髪飾りもあるし。こうやってゴロゴロしてればアタシは幸せ」

 丸めた手で顔を拭いながら、ネコマタは人間たちを見下ろした。

 

(悪魔にも色んなタイプがあるんだ)

 その顔を見上げながら、コノカは考えていた。

(ここにいる魔獣たちは知性はあるけど獣みたい。妖精に少し似てるけど、妖精はもっと享楽的だった。でも、ゴルゴンほど攻撃的じゃない。昨日、ハンバーガーショップで会った幽鬼は人間のことを恨んでいるみたいだった)

 ネコマタの仕草は、まさに猫そのものだ。見た目はセクシーな美女に近いから、目のやり場に困る。

 

(猫や犬に近いなら、言うことを聞かせやすいのかも……)

 というコノカの考えは、希望的観測、というものだろう。相手は悪魔だ。

「お願いを聞いてほしいなら、出すもの出してもらわないと」

 牙を覗かせて、威嚇するような笑みを浮かべる。同時に、カーシーたちが飛び掛かる直前のように体勢を低くした。緊迫した空気が、境内に広がっていく。

 

「お金? それとも、マグネタイト?」

「アハハ! 悪魔が一番喜ぶものを知ってるでしょ? 生きた血と肉よ!」

 ネコマタの叫びと同時、カーシーが一斉に飛び出した。それぞれが牙を剥き、ナイフのように尖った爪が前足の間から飛び出している。

 

「ジャックフロスト!」

「《マハーブフ》!」

 準備はしていた。コノカの指示に合わせて、ジャックフロストの魔力が場に満ちた。吹雪のような冷気が巻き起こり、地面から突き立つ氷柱が、即席の壁となってカーシーを阻んだ。

 

「ギャオッ!?」

 それだけではない。カーシーの前足が氷に張り付き、身動きを封じる。数匹が冷気に毛を逆立たせながら氷の間を縫って飛び出してくるが、リンは左右にステップを切ってかわす。

「ふっ――!」

 光の剣クラウ・ソラスがひらめき、カーシーのうち一匹をなで斬りにした。魔犬はぱっと光の粒子となって飛び散った。

 

「へぇー。やるじゃん、白いの」

「オマエだって白いホ」

 手下が斬られるところを眺めていたネコマタが、にやつきながら尻尾を揺らした。

 

「なぁるほど、そっちの小さいニンゲンは悪魔召喚師ってわけね」

「私、そんなに小さいかな……」

 コノカとしては平均を大きく下回っているつもりはないのだけど。長身のリンの隣にいると、「大きい方」「小さい方」に分けられてしまうのだった。

 

「ねぇー、そんな子どもより、アタシの方が魅力的でしょ?」

 ねっとりと、まとわりつくような声でネコマタが囁く。遠くでも、その声は魔力を乗せてはっきりと響いた。

 ピンクのオーラのようなものがその体から放たれ、ねっとりとジャックフロストに絡みついていく。

 

「ヒホ!? なんだかぼーっとしてきたホ……」

 ぽわん、と妖精の表情が緩む。もともと緩んでいたのだが、今は氷でできた頬が溶けて垂れ落ちそうだ。

「ジャックフロスト? どうしたの?」

 きょと、とコノカが覗き込む――と、緩んだ顔が、今度はみるみるうちに苛烈さを増していく。

 

「言われてみればオイラはなんでニンゲンに味方して悪魔と戦ってるんだホ……意味わかんねーホ」

「ちょっとぉ!?」

「――魅了の魔法だ!」

 妖精の記憶を持つリンが叫んだ。

 

「ネコマタの魔力に魅入られてる。君を襲わせるつもりだ!」

「人間にしてはよくわかってるじゃない? やれ、ユキダルモン!」

「ジャックフロストだホ!」

 ネコマタの危険球は全員が聞かなかったことにして、ジャックフロストが怒りの視線をコノカに向ける。

 

「くっ……」

 リンが大きく剣を振るう。カーシーを追い散らそうとするが――

「サセナイ!」

 コノカをかばう位置に向かおうとするが、氷の戒めを解かれたカーシーたちが、一斉に取り囲んだ。大柄な犬の体。しかも、魔獣たちは空中に浮かんでいる。簡単には切り抜けられない。

 

「ピクシー、なんとかできないか!?」

「無理よ、こんなにたくさん!」

 ピクシーの魔法で一時的に幸福感で心を満たすことはできるかもしれない。しかし、悪魔には格がある。ただでさえ非力な妖精の魔力が、格上のカーシー全員に通用すると考えるのは無理というものだ。

 

「く……! コノカ、ジャックフロストをメモリに戻すんだ!」

「そ、そっか! 今プログラムを起動して……」

 魅了されていても、ジャックフロストとは悪魔召喚プログラムを通して契約している。帰還《リターン》のコマンドを実行すれば、妖精を再び情報に分解してメモリーの中に戻すことができるはずだ。

 

 しかし――

「遅いホ! 速さが足りねえホ!」

 フェンシング選手であるリンと違って、コノカは運動能力に自信があるわけではない。すばしっこいジャックフロストの攻撃を避けるなど無理な相談だ。

 

「積年の恨みを食らえホ!」

「まだ一日しか経ってないでしょ!」

 ツッコミがやっとである。拳を振り上げるジャックフロストに対して、コノカができることは……手で顔をかばうくらいだ。

 

「コノカ――!」

 思わず目をそむけて、リンが叫ぶ。カーシーを一匹、切り払う。だが、すぐに別の一匹が飛び掛かってくる。妖精の魔力が鎧となって身を守っているから、鋭い爪も致命傷にはならない――だが、それはリンに妖精の騎士としての力が宿っているからだ。

 力を持たないコノカは、悪魔の攻撃に耐えられない――!

 

「ヒホー!」

「っ……!」

 ジャックフロストは短い拳を振り上げる。まるでぬいぐるみの手足を振り回しているかのようだが、その拳には常人をはるかに上回る力がこもっている。

 ネコマタは高みの見物を決め込んでいた。

 

(間に合わない!)

 コノカは目をぎゅっとつぶった。危機に直面した動物的本能。身を守る術など知る由もない。ただ痛みを遠のかせようとしているだけ。なのだが――

 その瞼の裏に、かっと光が輝いた。

 

(あなたの力を――思い出して)

 声が脳裏に響いた。はっきりと、コノカにだけはその声の主が分かった。

 クシナダヒメ――境内には、彼女の力が満ちていた。魔獣たちに荒らされていても、ほのかに残った力が、コノカの体を支えるように立ちのぼり、寄り添っていた。

 コノカの腕が、動いた。まるで、見えない手が添えられているかのように、ひとりでに掌を開いていた。

 

 瞬間、脳裏に激しい熱が過ぎ去った。

 鮮烈な赤。一色のイメージがコノカの脳裏を満たした。それはすぐに過ぎ去り、小さな体の中に広がっていった。それが魔力の奔流だと気付いたのは、後になってからだ。

 

「ア――」

 コノカの唇が、我知らず動いた。意識せずとも唇が動き、声が紡がれていた。まるで意識の下に、何かが囁いたことをそのまま繰り返しているかのように。

 

「《アギ》!」

 途端、顔をかばっていた手から炎が噴きだした。ゴウ、と音を立てて。赤い軌跡がジャックフロストの拳を通り過ぎていった。

 

「食らえホ……ヒホ?」

 ジャックフロストは拳を振り下ろした……つもりだった。

 だが、その右腕は、肩から先がきれいに焼失していた。

 

「ヒホー!? オイラの腕がねーホ!?」

「え……う、うそ?」

 掌から、火の玉が噴きだした。まさに神秘的な現象に、コノカ自身が何よりも驚いていた。

 

「コノカ! 今のは?」

 ようやくカーシーの群れを切り抜けて、リンが駆け寄ってきた。

「わ、私もナニがなんだか」

 思わず自分の掌を見る。焼け焦げているのではないかと思ったが、元の通り、細っこい白い掌があるだけだった。

 

「手! オイラの手!」

「後で治してあげるから、今は引っ込んでなさい!」

 ピクシーが命令するような口調で叫ぶ。ジャックフロストも、ピクシーからすれば格上の悪魔であるはずなのだが。

 

「そ、そうだね。リターン!」

 ようやく我に返ったコノカがキーボードを操作して、ジャックフロストの送還をコマンドする。悪魔の体が、メモリーの中に吸い込まれていく。

 

「魔法を使った? 本当に人間?」

 ネコマタがいぶかしげに身を乗り出した。ぺろりと、赤い舌を覗かせる。

 その髪に刺さった櫛が、ぶるりと身じろぎするように震えた。

「おっと、離さないよ」

 ぐい、と掌で位置を直して、ひょいと身を空中に踊らせる。そのまま、上空でくるりと体を捻って拝殿の前に降り立った。

 

「二人とも、ただの人間じゃないみたい。アタシって、運がいいかも」

 ネコマタが口元を拭う。

「強い人間の肉ほど、美味しいから♡」

 白い牙が、ギラリと鈍い輝きを放った。

 

「ボスのお出ましだ」

 剣を胸の高さに構えて、リンが目を細める。強い風が境内に吹き込んで、ネコマタの長い髪をはためかせた。

 猫の瞳は獲物を見据え、縦に裂けた瞳孔が新月のように怪しく輝いていた。

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