外観は屋敷らしく見えたはずだ。
だが、中に入ると……そこは少なくとも、寝室や食堂を備えた『館』だとはとても思えなかった。
壁や床は至る所が接続し合った機械で覆われている。その機械には複雑な紋様が描かれて、巨大な生き物の体の中に入り込んだかのような有様だ。
「邪教の館……って?」
リンはあっけにとられていた。ここが何なのかがわからないからだ。
「ここは悪魔と悪魔を合体させて、更なる悪魔を生み出すための場所」
白いヒゲをたくわえた男が、低い声でそう言った。まるで、自慢のおもちゃを見せつける時のような声音だった。
「悪魔……合体?」
リンの背から降りて、コノカがつぶやく。足元は少々おぼつかないようだが、なんとか動ける程度には回復して来ているようだ。
「我らが見ている悪魔は情報によって構築されている。その情報を掛け合わせ、新たな悪魔として構築するのだ」
男が朗々とした声で言った。見た目は年老いてみえるが、声にはハリと若々しさがあり、一種の不気味さをかもし出していた。
「そうか、悪魔はデジタルデータだから、それを混ぜ合わせて一定の方法で再構築すれば……」
コノカがぶつぶつとつぶやく。リンにはさっぱりだった。
「それって、ネコとハトを掛け合わせて空飛ぶトラを作ろうってこと?」
「悪魔にニンゲンの常識は通用しないのよ」
顔の高さで飛び回るピクシーが、自慢げに言った。
「ジャックフロストみたいな物言い」
「そういえば、ジャックフロストが『合体したいホ』みたいなこと言ってたね」
コノカはおぼろげな記憶を頼りにつぶやいた。
「悪魔は生き物とは違う」
邪教の館の主――と呼んでいいだろう――が告げた。
「つまり、こういうことだ。ここに2冊の本があるとする。それぞれの本に書かれている内容はまったく無関係だとしても、文字を使って書かれているということは共通している。全ての文字をバラバラに分解し、その文字を使って新たな文章を作り出すことができる――悪魔合体の原理は、このようなものだ」
「なるほど……。新しくできる文章の内容は、元になる本にある程度関係づけられたものになる。だけど、元の本より長くすることができる……」
「無論、余分なデータを省略するため、2匹の悪魔を足し合わせた合計だけ強くなるわけではない。だが、ほとんどの場合、元の悪魔よりは強くなる」
コノカが訳知り顔で頷いている。リンは複雑な内容に目を回してしまいそうだ。
「要するに……2匹の悪魔を使って、もっと強い悪魔が作れる……ってこと?」
「その通り」
たっぷりとしたヒゲの奥で、館の主がにやりと笑った。
「そんなことして……平気なの?」
「悪魔のほとんどは、強くなることに抵抗はしないわ」
ピクシーが答えて……それから、付け加えた。
「私は……合体したい相手は決まってるけど」
「じゃあ、ジャックフロストと合体するのはイヤ?」
「イヤ! あんな下品なやつ」
「好みがあるのね」
「妖精同士を合体させれば、精霊を作ることができるぞ」
と、再び邪教の館の主が口を挟んだ。
「合体する前から、どんな悪魔ができるか分かるんですか?」
「シミュレーションの時代だからな。もっとも、事故が起きることもあるが……」
「法則性があるんですね。それじゃあ……」
コノカはすでに『悪魔合体』に乗り気らしい。素性も知れぬ館の主に対して、前のめりに質問を重ねていく。
「コノカに任せるよ……」
ため息をついて、リンは壁によりかかった。さっきまではコノカのほうがふらふらしていたのに、今ではすっかり逆だ。
(クシナダヒメがうまくやってくれたみたいだ)
コノカの中に潜む、女神コノハナサクヤの力は、クシナダヒメが抑えてくれている。先ほどまでは動くこともできない状態だったのに、堂々と話すことができるほどに回復しているということは、ひとまずは安心していいのだろう。
「タムラ・リンも半分は悪魔みたいなものでしょ」
フェアリーがひらひらと飛び回りながら、首を傾げた。
「強くなりたくないの?」
「そりゃあ、強くなったほうがいいけど……こういうふうに強くなるのって、不思議な感じだ」
以前は……少なくとも、スポーツとしてのフェンシングを嗜んでいた時には、トレーニングによる効果を実感していた。それはたとえば体の動かし方を理解したり、瞬間的な判断力が正確になっていく、ということだった。
だが、いま実感している「強さ」はまったく別種のものだ。
筋肉がついて力が強くなった、なんていう次元のものではない。
自分の存在そのものが、徐々に大きくなっていくような感覚があった。妖精の騎士としての記憶と力を思い出して以来、短い時間に自分がどれだけ強くなったのか、うまく理解できている気がしない。
ネコマタは強かった。そのネコマタを倒したことで、より強さが増した気がする。それは、経験によるものだと単純に言えるものなのか。それとも、悪魔が他の悪魔の血肉を求めるのと違いがあるのか……
「ゴルゴンを倒すんでしょ?」
ピクシーの声に、我に戻った。
「そのつもり。イノリを助けないと」
「そのイノリって、どんな人?」
「どんなって言われたら……難しいけど」
銀色の髪をかき上げて、リンは考えた。少なくとも女学院では一番の親友である人のことを。
「すぐに行動に移せる人だった。つまり、自分がやりたいと思ったことを、理由をつけて諦めたりしない。それがいつもうらやましかった。あたしは、自分で決めたことが少ないから。イノリみたいに活動的になってみたいと思うけど、あたしは……疲れるだろうし、他の人がどう思うかって考えると思う。でも、イノリは気にしなかった。自分の気持ちを第一にしてた」
「ふうん」
ピクシーがちらちらと翅を羽ばたかせながら、相づちを打つ。
「だから今は、その子みたいにしてるの?」
「……そうかもね」
考えてみれば、今やっていることは、以前からは考えられないことばかりだ。
女学院のルールも破っているし、修道女の指示にも従っていない。ましてや、自衛隊の命令も無視している。
イノリを助けたい――という、その気持ちが、自分たちを突き動かしている。
「それができるのも、タムラ・リンが強いからでしょ。ふつうの人間じゃ、悪魔と戦うなんて無理。あっちの女神もどきもだけど」
「それ、本人に言っちゃダメだよ」
ピクシーからすればコノカは契約の主のはずなのだが。どうも、敬意というものは持ち合わせていないようだ。
「たしかに、今の私たちは前よりずっと、わがままになってるかも」
「強くなったから、わがままが言えるんでしょ」
「強くなきゃわがままが言えないのは悲しいよ。もっと強い相手になら、好きなようにされていいってことになる」
「悪魔も人間も、そんなに変わらないと思うけど」
「部分的にはね」
リンは答えて、眼を伏せた。
(ゴルゴンを倒して、イノリが元に戻るなら、それでもいい。でも、もし……もっと強い何かが、また現れたら?)
『その先』のことは考えないようにしていた。ゴルゴンを倒すことさえ、難しく思えたからだ。
しかし今や、リンにはクラウ・ソラスがあり、コノカには悪魔召喚プログラムに加えて女神の力さえ宿っている。
ゴルゴンと戦う準備は、ほとんど整ったと言っていい。
ゴルゴンを倒す。イノリを助ける。
それが叶ったとして、元どおりに戻ることができるだろうか。今や、自分たちは純粋な意味での人間と言えるのかどうか分からない。イノリが元どおりに接してくれるのか……
もっと気がかりなこともある。東京が、社会が、世界が、今までと同じ姿のままで居られるのか、ということだ。
悪魔の存在は、もはや秘密ではなくなっている。悪魔が居なかった頃に戻れるというのは、あまりに楽観的に過ぎる。
(もし、もっと多くの悪魔が現れるようになったら、今度は私たちを狙う悪魔が現れるかも)
ネコマタが言っていたように。強い人間が悪魔にとって魅力的な『エサ』なのだとしたら、可能性は大いにあり得る。
(ゴルゴンよりも強い悪魔が、もっと強い力で私たちを狙ってきたら……全力で反抗しないといけない。でも、それを繰り返す限り、強い方がわがままを通すことを肯定することにもなる……)
「ああ、もう」
疲れているときに、あまり考え事をするべきではない。リンは首を振って、頭の中に取り憑いてくる不安を振り払った。
「では、始めるぞ」
ちょうどその時、館の主の声が聞こえた。
顔を上げると、館を構成する機械の一部に、コノカが肩から提げた端末が接続されている。
「みて、リンさん。始まるよ」
コノカの声は弾んでいた。床からあふれ出る蒸気のようなものの中に、人がすっぽり収まるような大きなガラス管が置かれている。
「始まるって……」
「悪魔合体だ」
館の主が、複雑な入力装置を操作しながら、やけに嬉しそうな声で告げた。
壁面に設置された装置がざわざわと蠢くような感じがした。大量のデータが、そこに接続されているケーブルの中を飛び交っているのが、なぜか肌で感じられる気がした。
やがて、ガラス管の中に、何かが浮かび上がって来た……左にはジャックフロスト、右にはカーシーの姿があった。
「妖精ジャックフロスト、魔獣カーシー……いい悪魔になるぞ」
両方が、ガラス管の上方に吸い込まれていった。巨大な機械に、複雑な魔方陣が描かれた、激しく冒涜的な印象の装置が、激しく点滅する。
カッ――
と、一際激しい光が立ちのぼり……
その光が消えた時には、魔方陣の中に、新たな悪魔が立っていた。
白い毛並みを備えた馬の姿。そのうえ、額からは長いツノが一本、鋭く突き出していた。
「本当に、ぜんぜん違う悪魔ができあがるんだね」
思わずつぶやく。
「聖獣ユニコーンだ。シミュレーション通りだ」
ジャックフロストやカーシーとは違って、どこか神々しい雰囲気があった――ただし、口を開くまでのことだったが。
「ヒホ! オイラ、強くなってるホ!」
その場で蹄を打ち鳴らして、ユニコーンが叫んだ。
「ヒホー! これで冷たい体ともおさらばホ。お風呂にも入れるホ」
「中身がジャックフロストのままなんだけど」
「一種の合体事故だな」
クレームは頑として受け付けない態度で、館の主が答える。
「強くなってるのは、たしかみたい」
端末のモニターを眺めながら、コノカはつぶやく。少なくとも、悪魔召喚プログラムが表示しているユニコーンのデータは、ジャックフロストやカーシーよりも強力になっているように思えた。
「オイラ、清らかな乙女しか乗せないホ。二人とも跨がっていいホ」
「スカートでは、ちょっとね」
困ったように言いながら、コノカがキーを操作する。ユニコーンは再び、プログラムの中へと吸い込まれていった。
「ありがとうございます」
「悪魔合体こそ我が喜び」
この場所が何のためにあり、どんな仕組みで動いているのか……リンには想像もつかなかったが、ソレを気にしている余裕も必要もない、と感じていた。
「コノカ、体は平気?」
「うん、クシナダヒメが私の魂を守ってくれてるみたい。その分、召喚して戦うことはできないけど……」
櫛は髪にさされたまま、きらきらと輝いている。
「コノカの体のほうが大事だよ」
うなずき合って、二人は邪教の館を後にした。
悪魔の力を手に入れる、という目的は達せられた。最初に想像していたよりも、はるかに早く、そして運命的な形で。
決戦の時が迫っていた。