【完結】真・女神転生❀乙女の花園❀   作:五十貝ボタン

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16.邪教の館

 外観は屋敷らしく見えたはずだ。

 だが、中に入ると……そこは少なくとも、寝室や食堂を備えた『館』だとはとても思えなかった。

 壁や床は至る所が接続し合った機械で覆われている。その機械には複雑な紋様が描かれて、巨大な生き物の体の中に入り込んだかのような有様だ。

 

「邪教の館……って?」

 リンはあっけにとられていた。ここが何なのかがわからないからだ。

「ここは悪魔と悪魔を合体させて、更なる悪魔を生み出すための場所」

 白いヒゲをたくわえた男が、低い声でそう言った。まるで、自慢のおもちゃを見せつける時のような声音だった。

 

「悪魔……合体?」

 リンの背から降りて、コノカがつぶやく。足元は少々おぼつかないようだが、なんとか動ける程度には回復して来ているようだ。

「我らが見ている悪魔は情報によって構築されている。その情報を掛け合わせ、新たな悪魔として構築するのだ」

 男が朗々とした声で言った。見た目は年老いてみえるが、声にはハリと若々しさがあり、一種の不気味さをかもし出していた。

 

「そうか、悪魔はデジタルデータだから、それを混ぜ合わせて一定の方法で再構築すれば……」

 コノカがぶつぶつとつぶやく。リンにはさっぱりだった。

「それって、ネコとハトを掛け合わせて空飛ぶトラを作ろうってこと?」

「悪魔にニンゲンの常識は通用しないのよ」

 顔の高さで飛び回るピクシーが、自慢げに言った。

 

「ジャックフロストみたいな物言い」

「そういえば、ジャックフロストが『合体したいホ』みたいなこと言ってたね」

 コノカはおぼろげな記憶を頼りにつぶやいた。

「悪魔は生き物とは違う」

 邪教の館の主――と呼んでいいだろう――が告げた。

 

「つまり、こういうことだ。ここに2冊の本があるとする。それぞれの本に書かれている内容はまったく無関係だとしても、文字を使って書かれているということは共通している。全ての文字をバラバラに分解し、その文字を使って新たな文章を作り出すことができる――悪魔合体の原理は、このようなものだ」

「なるほど……。新しくできる文章の内容は、元になる本にある程度関係づけられたものになる。だけど、元の本より長くすることができる……」

「無論、余分なデータを省略するため、2匹の悪魔を足し合わせた合計だけ強くなるわけではない。だが、ほとんどの場合、元の悪魔よりは強くなる」

 

 コノカが訳知り顔で頷いている。リンは複雑な内容に目を回してしまいそうだ。

「要するに……2匹の悪魔を使って、もっと強い悪魔が作れる……ってこと?」

「その通り」

 たっぷりとしたヒゲの奥で、館の主がにやりと笑った。

 

「そんなことして……平気なの?」

「悪魔のほとんどは、強くなることに抵抗はしないわ」

 ピクシーが答えて……それから、付け加えた。

「私は……合体したい相手は決まってるけど」

「じゃあ、ジャックフロストと合体するのはイヤ?」

「イヤ! あんな下品なやつ」

「好みがあるのね」

「妖精同士を合体させれば、精霊を作ることができるぞ」

 と、再び邪教の館の主が口を挟んだ。

 

「合体する前から、どんな悪魔ができるか分かるんですか?」

「シミュレーションの時代だからな。もっとも、事故が起きることもあるが……」

「法則性があるんですね。それじゃあ……」

 コノカはすでに『悪魔合体』に乗り気らしい。素性も知れぬ館の主に対して、前のめりに質問を重ねていく。

 

「コノカに任せるよ……」

 ため息をついて、リンは壁によりかかった。さっきまではコノカのほうがふらふらしていたのに、今ではすっかり逆だ。

(クシナダヒメがうまくやってくれたみたいだ)

 コノカの中に潜む、女神コノハナサクヤの力は、クシナダヒメが抑えてくれている。先ほどまでは動くこともできない状態だったのに、堂々と話すことができるほどに回復しているということは、ひとまずは安心していいのだろう。

 

「タムラ・リンも半分は悪魔みたいなものでしょ」

 フェアリーがひらひらと飛び回りながら、首を傾げた。

「強くなりたくないの?」

「そりゃあ、強くなったほうがいいけど……こういうふうに強くなるのって、不思議な感じだ」

 以前は……少なくとも、スポーツとしてのフェンシングを嗜んでいた時には、トレーニングによる効果を実感していた。それはたとえば体の動かし方を理解したり、瞬間的な判断力が正確になっていく、ということだった。

 

 だが、いま実感している「強さ」はまったく別種のものだ。

 

 筋肉がついて力が強くなった、なんていう次元のものではない。

 自分の存在そのものが、徐々に大きくなっていくような感覚があった。妖精の騎士としての記憶と力を思い出して以来、短い時間に自分がどれだけ強くなったのか、うまく理解できている気がしない。

 ネコマタは強かった。そのネコマタを倒したことで、より強さが増した気がする。それは、経験によるものだと単純に言えるものなのか。それとも、悪魔が他の悪魔の血肉を求めるのと違いがあるのか……

 

「ゴルゴンを倒すんでしょ?」

 ピクシーの声に、我に戻った。

「そのつもり。イノリを助けないと」

「そのイノリって、どんな人?」

「どんなって言われたら……難しいけど」

 銀色の髪をかき上げて、リンは考えた。少なくとも女学院では一番の親友である人のことを。

 

「すぐに行動に移せる人だった。つまり、自分がやりたいと思ったことを、理由をつけて諦めたりしない。それがいつもうらやましかった。あたしは、自分で決めたことが少ないから。イノリみたいに活動的になってみたいと思うけど、あたしは……疲れるだろうし、他の人がどう思うかって考えると思う。でも、イノリは気にしなかった。自分の気持ちを第一にしてた」

「ふうん」

 ピクシーがちらちらと翅を羽ばたかせながら、相づちを打つ。

 

「だから今は、その子みたいにしてるの?」

「……そうかもね」

 考えてみれば、今やっていることは、以前からは考えられないことばかりだ。

 女学院のルールも破っているし、修道女の指示にも従っていない。ましてや、自衛隊の命令も無視している。

 イノリを助けたい――という、その気持ちが、自分たちを突き動かしている。

 

「それができるのも、タムラ・リンが強いからでしょ。ふつうの人間じゃ、悪魔と戦うなんて無理。あっちの女神もどきもだけど」

「それ、本人に言っちゃダメだよ」

 ピクシーからすればコノカは契約の主のはずなのだが。どうも、敬意というものは持ち合わせていないようだ。

 

「たしかに、今の私たちは前よりずっと、わがままになってるかも」

「強くなったから、わがままが言えるんでしょ」

「強くなきゃわがままが言えないのは悲しいよ。もっと強い相手になら、好きなようにされていいってことになる」

「悪魔も人間も、そんなに変わらないと思うけど」

「部分的にはね」

 リンは答えて、眼を伏せた。

 

(ゴルゴンを倒して、イノリが元に戻るなら、それでもいい。でも、もし……もっと強い何かが、また現れたら?)

『その先』のことは考えないようにしていた。ゴルゴンを倒すことさえ、難しく思えたからだ。

 しかし今や、リンにはクラウ・ソラスがあり、コノカには悪魔召喚プログラムに加えて女神の力さえ宿っている。

 ゴルゴンと戦う準備は、ほとんど整ったと言っていい。

 

 ゴルゴンを倒す。イノリを助ける。

 それが叶ったとして、元どおりに戻ることができるだろうか。今や、自分たちは純粋な意味での人間と言えるのかどうか分からない。イノリが元どおりに接してくれるのか……

 もっと気がかりなこともある。東京が、社会が、世界が、今までと同じ姿のままで居られるのか、ということだ。

 悪魔の存在は、もはや秘密ではなくなっている。悪魔が居なかった頃に戻れるというのは、あまりに楽観的に過ぎる。

 

(もし、もっと多くの悪魔が現れるようになったら、今度は私たちを狙う悪魔が現れるかも)

 ネコマタが言っていたように。強い人間が悪魔にとって魅力的な『エサ』なのだとしたら、可能性は大いにあり得る。

(ゴルゴンよりも強い悪魔が、もっと強い力で私たちを狙ってきたら……全力で反抗しないといけない。でも、それを繰り返す限り、強い方がわがままを通すことを肯定することにもなる……)

 

「ああ、もう」

 疲れているときに、あまり考え事をするべきではない。リンは首を振って、頭の中に取り憑いてくる不安を振り払った。

 

「では、始めるぞ」

 ちょうどその時、館の主の声が聞こえた。

 顔を上げると、館を構成する機械の一部に、コノカが肩から提げた端末が接続されている。

「みて、リンさん。始まるよ」

 コノカの声は弾んでいた。床からあふれ出る蒸気のようなものの中に、人がすっぽり収まるような大きなガラス管が置かれている。

 

「始まるって……」

「悪魔合体だ」

 館の主が、複雑な入力装置を操作しながら、やけに嬉しそうな声で告げた。

 壁面に設置された装置がざわざわと蠢くような感じがした。大量のデータが、そこに接続されているケーブルの中を飛び交っているのが、なぜか肌で感じられる気がした。

 やがて、ガラス管の中に、何かが浮かび上がって来た……左にはジャックフロスト、右にはカーシーの姿があった。

 

「妖精ジャックフロスト、魔獣カーシー……いい悪魔になるぞ」

 両方が、ガラス管の上方に吸い込まれていった。巨大な機械に、複雑な魔方陣が描かれた、激しく冒涜的な印象の装置が、激しく点滅する。

 カッ――

 と、一際激しい光が立ちのぼり……

 その光が消えた時には、魔方陣の中に、新たな悪魔が立っていた。

 

 白い毛並みを備えた馬の姿。そのうえ、額からは長いツノが一本、鋭く突き出していた。

「本当に、ぜんぜん違う悪魔ができあがるんだね」

 思わずつぶやく。

「聖獣ユニコーンだ。シミュレーション通りだ」

 ジャックフロストやカーシーとは違って、どこか神々しい雰囲気があった――ただし、口を開くまでのことだったが。

 

「ヒホ! オイラ、強くなってるホ!」

 その場で蹄を打ち鳴らして、ユニコーンが叫んだ。

「ヒホー! これで冷たい体ともおさらばホ。お風呂にも入れるホ」

「中身がジャックフロストのままなんだけど」

「一種の合体事故だな」

 クレームは頑として受け付けない態度で、館の主が答える。

 

「強くなってるのは、たしかみたい」

 端末のモニターを眺めながら、コノカはつぶやく。少なくとも、悪魔召喚プログラムが表示しているユニコーンのデータは、ジャックフロストやカーシーよりも強力になっているように思えた。

「オイラ、清らかな乙女しか乗せないホ。二人とも跨がっていいホ」

「スカートでは、ちょっとね」

 困ったように言いながら、コノカがキーを操作する。ユニコーンは再び、プログラムの中へと吸い込まれていった。

 

「ありがとうございます」

「悪魔合体こそ我が喜び」

 この場所が何のためにあり、どんな仕組みで動いているのか……リンには想像もつかなかったが、ソレを気にしている余裕も必要もない、と感じていた。

 

「コノカ、体は平気?」

「うん、クシナダヒメが私の魂を守ってくれてるみたい。その分、召喚して戦うことはできないけど……」

 櫛は髪にさされたまま、きらきらと輝いている。

「コノカの体のほうが大事だよ」

 うなずき合って、二人は邪教の館を後にした。

 

 悪魔の力を手に入れる、という目的は達せられた。最初に想像していたよりも、はるかに早く、そして運命的な形で。

 決戦の時が迫っていた。

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