【完結】真・女神転生❀乙女の花園❀   作:五十貝ボタン

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19.鬼女ゴルゴン

 石の床と壁がどこまで続いている。

 ユニコーンの蹄が石を踏みならすたび、固い音が暗闇の中に響き、幾重にも反響して鳴り響いていく。

 

「どっちに進めばいいホ!?」

 見た目とはずいぶん印象の違う声で、白馬が叫ぶ。通路は曲がりくねり、いくつにも別れている。旧校舎の地下に広がっているとは思えない、悪意ある道のりである。

「左の壁に沿って進んで。どちらかの手を壁につけて進めば、いつか必ず迷路を出られるようになっているから」

 ユニコーンの背に乗ったまま、コノカが答えた。馬に乗った経験はないのだが、その背に揺られても、バランスを取る必要もなければ、気分が悪くなることもなかった。それこそが、悪魔の力なのだろう。

 

「よく知ってるね、そんなこと」

 コノカの後ろで、リンがぽつりと漏らす。数日前まで交流さえなかった彼女の知識には、驚かされてばかりだ。

「迷路探索アルゴリズムの基本なの」

「なんだって?」

「ううん……」

 説明すると長くなりそうだ。コノカは話を変えることにした。

 

「複雑な迷路だと通用しないけど……コンピュータに道筋を記録するプログラムも入ってるから、きっと大丈夫」

「悪魔召喚プログラムだけじゃなかったの?」

「一緒に搭載されていたみたい。このプログラムを作った人は、悪魔が異界を作り出すコトを知っていたのかも」

「まるで、こうなることを予期してたみたいだ」

「たぶん……そうなんだと思う」

 悪魔と契約して悪魔と戦わせる、まさに悪魔的戦略だ。なにを考えてこのプログラムが作られたのか。興味は尽きないが……

 

「ヒホ!?」

 角を曲がろうとしたユニコーンが、急制動をかけた。また「キキーッ」というブレーキ音がどこからか聞こえたが、そんなことに構っている場合ではない。

 通路の奥から、カタカタと乾いた音を鳴らしながら、いくつもの影が立ち上がった。古代ローマ風の剣と盾を持った、骸骨の姿をしている。

 

「鈴の力で悪魔は襲ってこないはず……」

「効果がない悪魔がいるのかも。それとも、この場所では通用しないのか……」

 デビルアナライズを起動させると、『闘鬼スパルトイ』の名が表示される。

「スパルトイ……この通路を守ってるのかな?」

「襲ってくるホー!」

 通路の幅を塞いで、骸骨たちが迫ってくる。ユニコーンは体を捻った。

 

「コノカ、身を低くして!」

 リンが腕を振るう。輝く剣クラウ・ソラスが一瞬にして現れて、迫り来るスパルトイの胸の中心を突いた。悪魔は声にならぬ声をあげてその場に崩れ落ちる。

「はっ!」

「ホ!」

 リンが馬上で身を捻ると、その意図のままにユニコーンが身を躍らせる。骸骨が振り下ろす剣をかわし、もう一体の構えた盾の上から、後ろ肢で思い切り蹴りつけた。

 

「いい子だ。まだ行くよ!」

 銀色の髪すら乱さずに、霊剣が振るわれる。3体いた骸骨は、あっという間に斬り伏せられた。

「すごい。まるで……ずっと一緒に戦ってきたみたい」

「なぜか勝手に体が動いちゃうホ。何かやってたホ?」

「フェンシングだけだよ」

 リンはクラウ・ソラスを消し去り、再び鈴を手に取った。手の中でそれを振れば、りん、という清らかな音が迷宮のなかに響く。先ほどまでと、なんら変わった様子はない。

 

「『妖精騎士』だからじゃない? 騎士って、馬に乗る戦士って意味でしょ?」

 コノカの三つ編みの裏に隠れていたフェアリーが、ひょいと顔を出した。

「たしかに、そうだけど……分からないな。細かい記憶までは思い出せなくて」

「オイラも同じだホ。ジャックフロストだった時の記憶はおぼろげで、掴んだ砂のようにこぼれていってしまうんだホ。前世の罪は許されたんだホ」

「いいように解釈するなあ」

 のんきに話してばかりもいられない。『左手法』に従って、ユニコーンは壁に沿って歩いて行く。乙女がふたりも乗っていることが嬉しいのか、足取りは軽い。

 

「コノカ、ゴルゴンのことだけど……」

 鈴を振りながら、リンは囁くように話しかけた。ユニコーンの上では、コノカが前、リンが後ろだ。悪魔がうろつく迷宮のただ中で振り返ることはできない。コノカは前を向いたまま頷いた。

「キミが石化を防ぐ力を持っていることは知らないはずだ。だから、あたしたちのことも石化させようとするはず」

「うん」

「数秒でも、隙ができると思う。その間に一気に駆け寄って、やつを倒す」

 もう一度、今や運命を共有している相手が頷くのを確かめて、リンは話を続ける。

 

「あたしはやつの目を見ることはできない。だから、いつ突くかはコノカが指示してくれ」

「指示って……」

「今だ、って言ってくれるだけでいい」

「そんなこと、私には……」

「キミにしかできないんだ」

 もちろん……そうだ。ゴルゴンに挑むことができるのは、ゴルゴンとは正反対の性質を持つコノカの力があるからだ。

 

「……分かった。やってみる」

「オイラは誰か守ってくれないホ?」

「ユニコーンには、邪悪な呪いをはねのける力があるから大丈夫だよ」

 たてがみを撫でながら、コノカがなだめるように言う。あの時――邪教の館で悪魔を合体させるときに、確かめている。石化の魔力をはねのける力が、聖獣には宿っているのだ。

「ゴルゴンが噛みついたり引っ掻いたりしてきたら……」

「頼んだよ、コノカ」

「またこれだホ」

 すっかり諦めた口調で、ユニコーンはうなだれた。

 

 

   †

 

 

 闇の深淵――石造りの迷宮の奥。広々としているが何もない空間で、悪魔が瞳を輝かせた。

 その体は腰から下が巨大なのたうつ蛇と化している。髪の代わりに幾匹もの蛇がうねり、常に舌を覗かせていた。

 

「いるんだろう、そこに」

 石でできた、分厚い扉の向こう側へと、敵意も露わに叫ぶ。

「その扉を開けるともう後戻りはできないよ。ここが迷宮の深奥、行き止まり(デッドエンド)だ」

 頭の蛇たちが一斉に同じ方向を向いていた。その舌には、敏感ににおいを感じ取る能力が備わっている。

 

「人間だね。あの天使どもに使わされたのか。直接手を下せばいいものを、汚れ仕事は人間にやらせる。秩序(ロウ)の手先はいつもそうだ」

 返事はない。だが、そこにいる。隙をうかがっているのか。タイミングを計っているのか。

「この迷宮は私のものだ。扉ひとつを開けるかどうか、あんたたちに決める権利なんか――ないんだよ!」

 悪魔――鬼女ゴルゴンが片手を振り上げる。途端、重々しい扉がひとりでに開かれた。

 

「走って、ユニコーン!」

 か細い女の声が聞こえた。同時に、この暗い迷宮の中ではおそろしく目立つ白馬が、一気に突っ込んでくる。額のツノをまっすぐに向けている。

 その背に、ふたりの女が乗っているのが見えた。いずれも、見なれた服装だ――同じ服を着た女を、7人も石に変えてきたのだ。イヤでも覚えるに決まっている。

 

「馬鹿め。石に変えてやるだけだ!」

 その顔がはっきり分かるまで近づけば、その目を見るだけで、石に変えることができる――簡単なことだった。

 馬の後ろ側に乗っている銀髪の女は、目を閉じているようだった。だが、目を閉じて戦えるはずがない。聖獣を殺して引きずり下ろせば、簡単に始末できる。

 手前のほうは、さらに愚かしいことに目をはっきりと見開いていた。眼鏡ごときで魔力が遮られるはずもない。ゴルゴンははっきりと、その目を見た。

 

「……っ!?」

 妙な悪寒が、悪魔の体に走った。目に見えない力が、ゴルゴンの目から放たれる魔力を防ぎ、あらぬ方向へと弾いたのだ。

「バカな、なぜ人間が……」

「リンさん、今です!」

 はたと気付いた時には、白馬の突進は目の前に迫っていた。体当たりに備えるため身を固くしたゴルゴンに対して、直前でユニコーンは身をひねり、その背に乗った銀髪の女が剣をまっすぐに突き出した――目を閉じたまま。

 

「ぐ、っ――!」

 輝く刀身が、悪魔の胸に深々と突き刺さっていた。

 

 

   †

 

 

 ユニコーンの突進を見事に操りながら、コノカの掛け声に合わせて剣を突いた。自分でも驚くほどに的確に、リンはその剣を操ることができた。

 はっきりとした手応えを感じていた……だが、ゴルゴンの魔力が消え去るまで、目を開けるわけにはいかない。

 

「ごめんなさい、でも――友達を、返してもらいます」

 コノカははっきりと、ゴルゴンの目を見つめながら言った。その瞳は宝石のような輝きを帯びていた。害を為すための目だとは、とても思えなかった。

「こ、この、におい……」

 胸の真ん中に剣を突き立てられたまま、ゴルゴンは呻くようにつぶやく。

「そうか、女神の力を、得たな――おのれ、そうまでして、私を殺しに来たか」

「ごめんなさい……」

 繰り返すしかなかった。コノカはきゅっとハの字の眉を寄せた。悪魔を殺しても平気だとは、とても思えなかった。

 

混沌(カオス)に与するものとして、より強いものに負けるのは受け入れるさ。だが……だが……だが……!」

 妙だ。ゴルゴンは大きく胸を反らしたかと思うと、ひときわ強く瞳を輝かせる。

「この怒り! 思い出した! 私は――私は――女神などに! 殺されてたまるか!」

「何だ、この力は……!?」

 クラウ・ソラスを通じて、ゴルゴンのナカで何かが膨れ上がっていくのが分かる。その刀身を、ゴルゴンは両手で掴んだ。

 

「私の名を知っているか……私の……私の名を!」

 胸を貫かれたはずだ。だが、低くしわがれていた声は今や、生気を増して力強くなっている。

「ゴルゴン――」

「ちがう!」

 掴んだ刃が、引き抜かれていく。リンが踏ん張ろうとしても、それを上回るほどの力がこもっていた。

 

「私をおとしめるための名で私を呼ぶな! 私は女王(メデューサ)と呼ばれていた――美しい姿で――神と交わり――崇められ――敬われていた!」

 ついに、刃が悪魔の胸から抜かれた。背中へと貫いていたはずのその傷口からは、青い血が流れ出す。その血は悪魔の体じゅうへ波紋のように広がり、全身を覆っていった。

「それを――それをお前と同じ女神におとしめられたのだ! アテナ! 憎き女! 私は復讐のためにこの東京へとやってきた!」

 生木を引き裂くような恐ろしい音とともに、ゴルゴンの背が裂けた。背からは金色の血が噴水のように噴き上がり、それはそのまま(とげ)だらけの翼となった。

 

「ヤバいホ、さっきよりも危険な雰囲気だホ!」

「獣が、邪魔をするな!」

 頭を覆う幾匹もの蛇が、一斉に白馬の喉に噛みついた。鋭い牙に突き破られた首から、血が幾筋も流れ落ちていく。

「ヒ……ホ……!」

 

「ユニコーン!」

「女神、お前も殺してやる!」

 蛇の一匹が、コノカの首筋へ向けて鎌首をもたげる。

「っ……!」

 身を強張らせた。今だに、コノカには悪魔と正面から戦えるほどの勇気はなかった。

 その牙が、白い喉元へ突き立てられる直前――

 

「ヒホ――!」

 その蛇の胴に、ユニコーンが噛みついた。肉食の牙ではないが、草を引きちぎる形をした前歯は、蛇をやすやすと噛みちぎった。

「強いやつに恐れて従ってばっかりじゃ張り合いがねえホ!」

 さらに首を大きく揺する。尖ったツノが振り乱され、蛇の体を引き裂いていった。

「こざかしい!」

 ゴルゴン――いや、青銅の体を持つ悪魔が、青光りする腕でその頭を掴む。ぎり、と一瞬の均衡があった。

「このまま、首を引きちぎってくれる――!」

 

送喚(リターン)!」

 その時になって、ようやく体が動いた。コノカはキーボードに指を滑らせて、プログラムを走らせる。ユニコーンの体はメモリーのなかへ吸い込まれていった。

「っ……!」

 その背に乗っていた少女たちが地に足を着く。リンは目を閉じたままだったが、天性のセンスのためか、バランスを崩してはいない。

 

(私たちでは、きっとこの悪魔には勝てない――)

 確信じみた直感を、コノカは感じていた。何が起きているのか、はっきりとは分からない。女神の力が守ってくれると信じていた。だが、その女神の力が、ゴルゴンにより強い悪魔としての姿を、思い出させてしまったのだ。

「リンさん、こっちに!」

 手を取って、駆け出す。だが、ゴルゴンによって開け放たれた扉は、今度はひとりでに閉まった。

 

「言っただろう、後戻りはできないよ」

 悪魔が翼を大きく広げた。その翼は迷宮の天井に突き刺さり、羽ばたく代わりに、虫が張り付くように天井に体を持ち上げていく。

「私はおとしめられた。今更、再び栄華を味わおうなんて思わない。だが――」

 黄金の翼。青銅の体。美しい女の顔はアゴが張りだして、イノシシのような牙が突き出していた。

 

「秩序を崇めるものすべてに、私をおとしめたことを後悔させてやる」

(石になっていれば)

 とコノカは思った。

(いっそ、こんな恐ろしい姿を目にしなくて済んだのに――)

 

「私は――魔王メデューサ。今こそ、復讐の時だ!」

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