【完結】真・女神転生❀乙女の花園❀   作:五十貝ボタン

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20.魔王メデューサ

 場の空気が重く、湿った、まとわりつくようなものに変わっていく。

 まるで見えない蛇が腕や足に絡みついてくるような、冷たい感触をリンは感じていた。

 

「何が起きてる!?」

 目を開きたくなる誘惑を、必死に抑え込んでいた。

「ゴルゴンが姿を変えた。さっきより、ずっと大きくなってる……」

 コノカの手が震えている。目を閉じているリンとともに逃げようとしたのだ。だが、無残にも部屋の出口は閉ざされていた。

 

「怖いだろう」

 ゴルゴン――いや、魔王メデューサが高らかに笑っていた。

 黄金の翼を広げ、それを石の天井に突き刺していた。巨体をゆすると、地下を揺るがしながら頭の蛇を広げ、二人の頭上を覆う。

「奪われて、蹂躙されて死ぬのは怖いだろ! 私と同じ恐怖を味わわせてやる」

 作り物じみた、いびつな青銅の腕が横から払われる。それは奇妙な振動とともに膨らみ、丸太ほどの大きさになった。

 

「コノカ!」

 空気の振動で攻撃を察知し、リンは仲間を後ろへ押しやった。巨大な腕がその体を激しく打ち据える。

「ぐ……っ、ぁ……!」

 全身の骨がバラバラになりそうな痛みと衝撃が体を貫く。リンの体は数メートルもふっとばされ、壁に背を打ち付けた。

 打ち据えられた瞬間、あばらを腕で守ったが、ごき、という耐えがたい音が自分の中に響いた。骨格標本のイメージが浮かんだ。自分の体も同じ形をしていることを、痛感せずにはいられなかった。

 

「目をつぶって震えていろ、騎士気取り」

 メデューサの冷たい声が頭上から投げつけられた。

「リンさん!」

「先にお前からだ。女神のなり損ないめ!」

 激しく空気が唸る。メデューサが怒りのまま、青銅の腕を振るい、髪の大蛇を踊らせる。

 

「コノカ!」

「何もできないくせに、強がるんじゃないよ!」

 言葉の通り――リンには、何もできなかった。目を開けば、メデューサの魔力で石になってしまう。

 イノリのように。

 

(くそ――! 何もできないのか!)

 怒りと羞恥が混じり合って、目頭が熱くなった。大きく息を吸い込もうとすると、わき腹が痛む。喉の奥に鉄くさいにおいを感じた。

「もう少しなのに……」

 メデューサを倒せば、イノリを元に戻せる。コノカを守ることができる。

 なのに、目を開けることもできない。クラウ・ソラスを闇雲に振るっても、メデューサの青銅の鱗を傷つけるのがせいぜいだ。

 

「タムラ・リン……」

 かぼそい声。リンの胸の中で、ピクシーがうずくまっていた。そこで、メデューサを見ないようにしていたのだろう。

「だいじょうぶ、きっとなんとか……」

「できない。今のあなたじゃムリよ」

「そんなことは……」

「聞いて、タムラ・リン。メデューサと眼を合わせたら、石化しちゃう。でも、それを避ける方法があるわ」

 

 妖精の小さな体と、小さな声が震えていた。

 それが彼女にとって、とても重大な決断だと、リンには予測できるはずだった。

 しかし、リンはメデューサを倒す方法を、心から求めていた。だから、分からなかった。

 小さな妖精が、どれほどの決意を持ってそれを告げたのかを。

 

「妖精は姿を消すことができる。知ってるでしょ。見えなくなって、悪戯をする」

「それで……メデューサの魔力から身を守れる?」

「だって、あいつから見えなくなるんだもの。見られないまま、首を刎ねるか心臓を突けばいいわ」

「そんなこと、君には――」

 

「あたしじゃない」

 ピクシーはリンの襟に頭を寄せて、小さな額をすりつけた。

「あたしじゃ、姿を消しても力の差がありすぎて、きっと見つかるわ。だから――あなたが、妖精の力を使う」

「あたしには、そんな力はないよ。剣で戦うのが精一杯だ」

 妖精の騎士としての記憶――はるかな前世のことは、断片的にしか思い出せないのだ。ましてや、自分がどうやって魔法の力を操っていたかなど。

 

「ネコマタのこと、覚えてるでしょ。他の悪魔の力を取り込めば、もっと強くなれる――同じ妖精どうしなら、もっと簡単に力を得られるわ」

「ピクシー? 何を言って……」

「あなたは妖精の女王から使命を受けてる。滅びから妖精を救う使命。あたしは、その使命を助けるためにいる――だから」

 互いに目を閉じたままだった。だから、ピクシーがどんな顔でそれを言ったのか、リンに知る術はない。

 

「あたしを取り込んで。あなたの力になりたい」

「でも、それじゃあ」

「あたしは消える。でも、あなたの一部になるわ。ひとつになるの」

 記憶がよみがえってくる。前世の記憶ではない……リン自身の記憶だ。

 森の奥で出会った小さな妖精。思えば、魔力がうずまく世界へリンを導いたのは、彼女だった。そして、今まで――ごく短い間だったけど、想像もしなかったような冒険を、一緒に過ごしてきた。

 

「ピクシー……」

「早くしないと、あたしの契約者がやられちゃう」

 メデューサが大きく体をひねったのがわかった。天井に突きさした翼が、位置を変えたのだ。

 何かを追いかけているような動きだ。だとすれば、どうやってか、コノカがメデューサの攻撃に耐え続けている。

 まだコノカは生きている――だが、彼女の力ではメデューサを倒せない。

 選択の余地はなかった。

 

「――わかった。君を受け入れて――ひとつになろう。そして、妖精の力をあたしに授けてくれ」

「――今までありがとう、タムラ・リン。そして――」

 ピクシーの体が温かな光に包まれる……いや、彼女自身の体が光へと変わってゆく。

 その光は霧のように広がったかと思うと、リンの胸へと吸い込まれていった。

「――今後とも、よろしく」

 

 光が消えた時、わき腹に感じていた痛みが薄らいでいるのが分かった。

 胸に抱いていたピクシーは、消え去っていた。そして、代わりに――悪戯な妖精に感じていた何かが、自分の胸の内に宿っていることがわかった。

 それが魔力なのだと、今なら確信を持って言える。

 

(悪魔と合体したんだ、あたしは)

 魂だけでなく、肉体もまた人間からはかけ離れてしまった。そうまでして、決意を押し通すと決めたのだ。

(妖精の騎士――なんて言えるほど、かっこいい戦い方じゃないけど、コノカを助けなきゃ)

 大きく息を吸った。力の使い方は、記憶が教えてくれた。

 

 そして、リンは目を開いた。

 

 

 †

 

 

「女神と名のつくものは、すべて殺す!」

 殺意に満ちた赤い瞳。魔王メデューサが、コノカをにらみ据えていた。

 空を羽ばたく代わりに、棘だらけの翼で天上にしがみつき、青銅の腕を振り回す。その腕はコノカに打ち据えられる直前、目には見えない力場に阻まれていた。

 

「っ、うう……!」

 恐怖に腰が抜けそうになるのを堪えて、コノカはメデューサをにらみ返していた。

 眼鏡の奥の瞳に、生命力に満ちた光が宿っている。女神コノハナサクヤとしての力が、目に見えない壁と化してコノカを守っている。

 

「チッ、いつもいつもいつもいつもあたしの邪魔をする!」

 苛立ちを露わにしながら、メデューサはさらに苛烈に腕を振るった。青銅の腕が歪もうと、構わずに攻撃を繰り返す。がつ、がつ、という硬い音が、繰り返される。

「はっ! もう諦めな。あんたの魂を丸呑みにしてやる!」

 メデューサの髪から生える幾本もの蛇がうなりを上げた。

 

(コノハナサクヤは、きっとメデューサよりも強い力を持っている)

 心のどこか冷静な部分が、状況を分析していた。

(でも、私はその力を使いこなせていない)

 自分の体のなかで渦巻く膨大な魔力は、見えない盾として攻撃を防ぐので精一杯だ。そのたびに、虚脱感がわきあがってくるのを押さえている。いつか――1分もないだろう――コノカの体は、その消耗に耐えられなくなる。

 

 メデューサはコノカを、コノカはメデューサを睨みつけていた。

(メデューサと対面することができるのは私だけ――だったら、私がやらなきゃ)

 コノハナサクヤの神性により、石になることはない。

 猛攻の合間を縫って、コノカは力を放った。

「アギラオ!」

 体から迸る熱が火球と化して、メデューサの体へと突き刺さっていく。目もくらむような爆発を起こし、轟音が迷宮を揺るがした。

 

「こしゃくな!」

 一瞬、メデューサの猛攻が止む。その隙に、コノカは駆け出した。逃げられないことは分かっている。せめて、リンとは逆方向に向かおうとしたのだ。

「どうするつもりだい! もう、何をやっても無駄だ!」

 メデューサは背中の翼を大きく広げた。翼に生えた棘は石の天井を掴み、大きな体の向きを変えていく。

 

「私では、あなたを止めることはできない……でも」

 魂のナカで抑えつけられている、コノハナサクヤを解放すれば――

 女神の荒魂(あらみたま)は、まずコノカの魂を喰らい尽くすだろう。そうして、ちっぽけな人間の体から解き放たれれば、魔王とも渡り合えるはずだ。

 心残りは、リンのことだ。それと、イノリのこと。

 別れの言葉も告げられないのは寂しかった。それでも、メデューサを倒せば、彼女たちは生きのびることができるのだ。

 

「ほう? 面白い。やってみな」

 コノカが何をしようとしているのか、魔王は気づいていた。人間と女神、二つの魂を持つ奇妙な存在。それが、憎むべき女神を解放しようというのだ。

「クシナダヒメ、今までありがとうございます」

 そっと、少女は髪に手を添えた。そこには、クシナダヒメが宿った櫛が刺さっている。それが、彼女の中で荒ぶる女神の魂を封じてくれているのだ。

 封印を解くには、ただ髪から外せばいい。コノカは、リンのことを思った。魔王と女神の戦いから、彼女が逃げ延びてくれることを――

 

 そのとき、不意に耳元で囁く声がした。

「やめたほうがいい」

「――えっ?」

 リンの声だった。だが、その姿はどこにもない。思わず、コノカはあたりを見回した。

「何をしている! 早く私に復讐させろ!」

 メデューサが怒りに満ちた声をあげた。髪の蛇が幾本も伸びて、あっという間にコノカの両手に絡みついた。

 

「……っ!」

 ぎりぎりと、引きちぎれそうなほどの力で両腕が締め上げられる。意識を反らしていたせいか、防護の力は働かなかった。

「その髪飾りが封印してるんだね? 小娘にできないなら、私が代わりに取ってやるよ」

 大蛇がコノカの小さな体を軽々と抱え上げた。そして、また別の蛇が、ゆっくりとその髪を這い回り、櫛をくわえた。

 

 ――直後、その蛇の胴がまっすぐに斬りはねられた。

「……なにっ!?」

 何もないはずの空間を、光の筋が走る。

 一閃。二閃。

 コノカを縛めていた大蛇が、光が走った通りに切り裂かれ、床に落ちる。

「っ……り、リンさん?」

 コノカは転びかけながら、たたらを踏んであたりを見回す。だが、やはりその姿は見えない。

 

「どんな術を使ったか知らないが、私を舐めるなっ!」

 黄金の翼を振り払って、部屋の中を薙ぎ払う。まるで輝く処刑具が暴れるかのようだ。天上や床、壁を引き裂き、粉々に砕けた石があたりに飛び散った。

(メデューサの気を逸らす!)

 爆撃のような無差別攻撃。何が起きているのかはわかっていなかったが、やるべきことを直感が告げていた。

 

「マハラギ!」

 火柱があがり、メデューサの眼前を包む。たった一瞬の目くらまし。だが、メデューサにとって仇敵である女神の一撃は、その気を引くのに充分だった。

「小娘がぁ!」

 黄金の翼を振るい、コノカを押しつぶそうと頭上へ迫る。怒りに満ちた動作は、巨体の前に充分な空間を生み出していた。

 

 ――姿を消したリンは人間を遙かに超えた跳躍でメデューサの眼前へ飛び込んだ。

 クラウ・ソラスが描く剣閃は、真横に描かれ……魔王の首を落とした。

「おのれ……」

 驚愕に目を見開き、メデューサの首が床に落ちる。ごとり、と重い音がして、迷宮の支配者は呻いた。

「私を殺そうとも、より強いものに蹂躙されるだけだ。苦しみが長引くだけ……だ……」

 

 巨体がマグネタイトと化して崩れていく。憎悪に満ちた目は、最後までコノカを睨みつけていた。

「……そうかもしれない。でも……イノリさんに、もう一度会いたいから」

「……コノカ」

 姿を消していたリンが、すぐそばに現れていた。クラウ・ソラスの光る刃は黒い血に汚れていたが、刀身を消し去るとその血もまた虚空へ消えていった。

 

「やりましたね。ようやく……」

 何をしたのか、コノカは聞かなかった。リンが身にまとう気配が変質していたことを感じていたのだ。

「ああ。……あとは、シスターマーガレットにイノリを元に戻してもらおう」

「はい」

 気持ちは晴れなかった。メデューサの最後の言葉が、胸の奥でこだまのように響いていた。

 

 

 †

 

 

 支配者の力を失い、迷宮に満ちていた瘴気はすっかり消え去っていた。

 ふたりは地下からの階段を上がっていく。

 くたくただった。リンの制服は血に汚れ、コノカの腕には痣が浮かんでいる。満身創痍とはこのことだ。

「異界化……っていうのも、元に戻るのかな」

「時間が掛かるのかも。悪魔の力が失われたから、そのうち戻ると思うけど……」

 

 話ながら、階段を登り切る。旧校舎の1階は未だに石に覆われ、メデューサの魔力の影響下にあるようだ。

 入り口の広い空間に差し掛かる。また、石になった親友の姿を見なければならないと思うと、気が沈んだ。

 だが……

 

「リン! コノカ!」

 その声は、ひどく懐かしく聞こえた。

 ふたりの目の前に、人影が飛び出してくる。ショートボブの髪。大きな丸い目元。見なれた制服の下に、若々しく生命力に溢れた肌。

 

「――イノリ!」

 見まがうはずもない。白瀬(シラセ)依乃里(イノリ)――メデューサの魔力によって石に変えられた、親友の姿がそこにあった。

「聞いたよ! ふたりが私を助けてくれたんだって」

 歩み寄って、イノリの白い手がふたりの手を取った。傷も疲れも吹っ飛ぶような心地だった。

 

「リン、コノカ、ありがとう。あなたたちのおかげで、私、私――」

 イノリは目に涙を浮かべ、愛おしそうに、ぎゅっとふたりの手を握った。

 

生まれ変わる(、、、、、、)ことができる」

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