【完結】真・女神転生❀乙女の花園❀   作:五十貝ボタン

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21.エンゼルヘアー

 どこからともなく、白い羽が、石造りの迷宮の中を漂いはじめた。

 それは(みぞれ)のようにおぼろげで、視界の隅に現れたかと思うとふっと消え去り、かと思えばまた別の場所を漂っていた。

 旧校舎の入り口……エントランスホールにあたる場所は、いつのまにかその白い羽がいくつも舞い散り、白く染まっていた。

 

「私、最初は何がなんだかわからなかった」

 イノリは自分の胸の前で手を組み合わせた。

 その背後には、彼女と同様に、ゴルゴンによって石にされた女生徒たちが並んでいた。七人の女生徒は一様に、祈りの印を結んでいる。

 

「イノリ、キミは……石に変えられていた。悪魔の力で」

「うん」

 リンの言葉に、彼女は頷いた。

「体が動かなくて、感覚もなくなって……ただ、意識だけがあった。真っ暗で、何も感じられなかった。深い沼の中で、もがくこともできないみたいだった。でも、あるとき……光を感じたの。その光が、私を守ってくれてるんだって分かった。温かくて、強い光。それはずっと私を見守ってくれていた……」

 

「守護天使です」

 入り口が開かれた。異界と現界の境目から風が吹き込んで、飛び交う白い羽が一斉に舞い上がった。

 修道女たちが整然と進み出てくる。さらに、その背後には清霊女学院の生徒らが率いられていた。

 ざわつく生徒たちは、50人はいるだろう。立入禁止になっているはずの旧校舎へと率いられて、彼女らはみな不安そうな表情を浮かべていた。

 

「シスターマーガレット、イノリさんを……戻してくれたんですね」

「ええ。正しくは……彼女自身の力を取り戻す手伝いをしたのです」

 やってきた一団の先頭に立つ修道女は、生徒らの先導を他の修道女らに任せて、階段近くへやってきた。リンとコノカ、イノリと、石にされていた6人の生徒達のほうへ。

 

「守護天使……どういうことですか?」

 コノカが問いかけると、マーガレットは年齢のわかりにくい顔に穏やかな笑みを浮かべて見せる。

「石になってしまった彼女たちの魂へ、呼びかけていました。ゴルゴンが倒されれば、魂が解放されること。そして、そのために守護天使の力が必要になることを」

 

「天使は私に呼びかけてくれた。希望を捨ててはいけないって」

 イノリがはにかむように笑って、組んだ手を胸から額へと移した。

「天使を通じて、シスターマーガレットが呼びかけてくれた。ふたりが悪魔と戦ってくれたってことも……感じてた。ありがとう」

「ありがとう」

「ありがとう!」

 七人の生徒達が、口々に感謝を告げる。石に封じられて不安におびえていたからだろう、感極まったように涙をこぼす女生徒もいた。

 

「う、うん……でも、どうして、みんなをここに?」

 50人以上の生徒が、何のために旧校舎へと連れてこられたのか。不思議そうに問いかけると、マーガレットは周囲を手で制するように示した。

「みなさん、聞いて下さい」

 リンやコノカだけでなく、周囲の全ての生徒へ向けて告げる。

 

「東京は自衛隊により実効支配され、危険な状態にあります」

 マーガレットの声は静かに、だがはっきりと部屋の中に響いた。

「自衛隊の目的は、悪魔を現世に呼び出し、力がすべての世界を作り上げること。弱者は虐げられて、苦しめられます。彼女たちがそうだったように」

 石にされていた女生徒らは、沈痛な面持ちで頷いている。

 

「しかし、希望はあります。悪魔たちに対抗するために、古き肉体を捨て、新たな命を得るのです」

「あの、シスターマーガレット、いったい、何の話をしてるんですか?」

 歌うように告げる修道女の言葉の意味は、コノカにとってあまりに難解だった。

 

「リンさん、コノカさん。あなた方が悪魔の力を得てまで、ゴルゴンと戦ってくださったこと、深く感謝しております」

 マーガレットは胸元で十字の印を切って、深くうなずいた。

「強い魔力と信仰心を持つものを、ゴルゴンはおびき寄せていました。彼女たちは、いわば神による試練を与えられたのです。そして見事、それに打ち勝ちました」

「やっぱり、よくわからないんですけど……」

 

「やって見せるのが一番早いですよ」

 イノリは胸を張っていた。マーガレットはゆっくりとうなずき、50人を超える女生徒たちに向き直った。

「あなた方には、『資質』があります。メシア教会の助けになり、人々を導くための資質です。私たちは、あなた方を導くために遣わされたものです。私の本当の姿をお見せしましょう」

 マーガレットは頭巾(ウィンプル)を脱ぎ去った。さらりと流れ落ちた髪の色は、青白く輝いていた。

 およそ、人間の持ちうる色素ではない。

 

 マーガレットの体が輝きを放ち、白い羽を散らしながら二枚の翼を広げていく。周囲の空気が変わっていく。冷厳、というべきだろうか。身がすくむような、ぴりりとした空気だ。

「私は、天使ヴァーチャー」

 神々しくも(おそ)ろしいその姿に、生徒たちの間から悲鳴とも感嘆ともつかない声が上がった。

「大天使ガブリエルの命により、私はこの学院を見守っていました。来るべきメシアを助ける、優れた人材を育成するために」

 

「て……天使?」

 驚いたのは、リンも同じだ。まさか、今まで同じ土地の中で暮らし、会話を交わしていた相手が人間でなかったなんて、にわかには信じられない話だ。

「そう。私たち、ずっと天使様に導かれてたんだよ」

 イノリは夢を見るような表情だった。

「魔王ルシファーや混沌の勢力が地上を狙ってる。でも、悪魔たちにあらがうことができるって、リンとコノカが示してくれたんだ。今度は、私たちの番」

 

「イノリさん、すこし、落ち着いて話をしたいんだけど……」

「時間がありません」

 マーガレット……いや、天使ヴァーチャーがまっすぐに上を示した。

「まもなく、天の怒りがこの地上に現れた悪魔たちを焼き尽くします」

「焼き尽くすって……」

「悪魔が現れた東京へ向けて、大陸間弾道弾が発射されます」

 凍り付くような衝撃が、その場に走った。

 

「大陸間弾道弾って……か、核兵器ってことですか!?」

 コノカの叫びは、悲鳴、というよりも狂乱に近い。

「悪魔と自衛隊がこれ以上の力を得る前に止めるには、それしか手がありません。しかし、安心してください」

 ヴァーチャーが、どこか仮面じみた表情で笑った気がした。

 

「あなたたちは、新たな生を得て生き延びることができます。――イノリさん」

「はい」

 イノリがヴァーチャーの前に進み出る。

「準備はよろしいですね?」

「もちろんです」

 天使が手をかざす。宙を漂う白い羽が、その指に導かれるように舞い上がった。

「二人とも、見ててね」

 

 その瞬間、リンの背中を粟立つような感触が走った。

「イノリ、やめるんだ!」

 なぜそう思ったのか、説明できる気はしない。でも、止めなければならない、という直感があった。

 静止が功を奏することはなかった。イノリは胸元に舞い降りてきた白い羽を抱きいれるように両手を掲げ、羽は輝きながらその体のなかへと消えていく。

 

「イノリさん……!」

 輝く瞳が、コノカを見た。

 視線が交錯したその時――ごくわずかな時間。幾重にも引き伸ばされたかのように、感じられた。

めざめよ、わが霊(Awake my soul)

 目の前で、それは起こった。白い羽がイノリの全身を覆い、その体が書き換わって(、、、、、)いく。コノカにとって、それは見知った感覚だった。リンは、自分の身に起きたのと同じことだとわかっていた。

 

 白い羽に宿るマグネタイトがイノリの体の中を変質させていく。細い背中から、二枚の翼が広げられた。

『天使エンジェル』

 コノカの持つプログラムが、アナライズの結果を表示していた。

「あなた方には資格があります」

 マーガレットを名乗っていた天使、ヴァーチャーはふたたび繰り返した。

 

「天使となり、来る災厄を生き延びる資格が」

 

 

 †

 

 

 イノリとともに、石化を解かれた女生徒たちが、次々に『羽』を受け入れていく。

 彼女らは一様に感謝と栄光の言葉を唱え、そして二枚の翼をもつ天使へと変わっていった。

 七人の生徒が消え、七体の天使が生まれた。

 

聖なるかな(Holy)聖なるかな(Holy)……」

 天使たちは異口同音に言葉を繰り返していた。白い(おもて)には、安らぐような、微睡(まどろ)むような表情。

 天使たちの姿は、まるで工業製品のようにそっくりだった。イノリだった(、、、)天使の面持ちにわずかに名残が見て取れるぐらいで、ほかの全員は、ほとんど見分けがつかなかった。

 

「イノリ、どうして……」

 返事はない。同じ言葉を繰り返すばかりで、天使たちには意思というべきものがないかのようだ。

「彼女たちが悪魔の手により石に封じられている間、呼びかけていました」

 ヴァーチャーは目を細めて、天使たちの姿に満足しているようだった。

「これは大いなる試練であると。解き放たれたときに、より大いなる存在に昇華(アセンション)するための苦難を受け、それを乗り越えることができれば、人々を導く存在になることができると、伝えたのです」

 

「人々を導くって……人の体を捨てて、ですか?」

 コノかの頬を汗が伝った。マーガレットのことは知っているはずだ。なのに、今は彼女が人間だったころの面影を感じることもできない。イノリに対しても、そうであるように。

「人間の弱い肉体では、浄化に耐えることができません」

 ヴァーチャーの言葉は、コノカに答えているというよりは、集められた生徒たちに向けられていた。

「さなぎが蝶になるのと同じことです。すべてあなた方の中には守護天使が宿っているのです。彼女たちの魂は守護天使と合一し、より高次の存在になったのです」

 

(ほんとうに?)

 この場にいる中で、悪魔召喚師はコノカだけだった。

(魔界への門を開くのと同じだ。体の中のマグネタイトを使って、別の世界から天使を呼び込んでる)

 

「つまり……私たちも、彼女たちと同じように……天使になって自衛隊と戦えということですか?」

 女生徒たちの中から、誰かが聞いた。ヴァーチャーがうなずいて手を広げると、白い羽がそれぞれの生徒らの額の前へと舞い踊っていく。

「受け入れなさい。与えられた使命を果たすのです」

 当りには冷厳な空気が漂っていた。マーガレットとともにやってきた修道女たちが、すぐに白い羽を受け入れた。天使たちのいう昇華(アセンション)はすぐに行われ、人間だったものが天使へと変わっていく。

 

「全員じゃない」

 ぽつりと、リンはつぶやいた。

「ここにいるのは、女学院の生徒の一部だけだ。どうして、全員がいないのですか?」

「選ばれたのです。主の意思に沿い、それに応えることができるものが」

「選ばれなければ、生きることは許されないのですか? 粛清を行うのも、『主の意思』なのでしょう」

「あなた自身も、特別な宿命に選ばれたではありませんか」

 リンは――妖精の魂を持つ者は、きゅっと唇を噛んだ。

 

 女生徒たちの前に浮かぶ白い羽は、彼女たちの決断を待っていた。

「あなたたち二人は、すでに悪魔の魂を持つもの。しかし、主は寛大です。秩序と法にしたがい、メシアのために尽くすなら、大天使の御許(みもと)へと連れてゆきましょう。そこでなら、滅びを免れることができます」

「イノリさんと一緒に?」

「その通り」

 天使たちは、変わることなく聖句を繰り返しながら佇んでいた。

 イノリも……イノリだった天使も、その中にいるはずだ。コノカにはもう、誰がイノリなのかすらわからなかった。

 

「あなたが決めたことを尊重したい」

 息が詰まった。眼鏡が曇りそうだった。

 メデューサの最後の言葉が心の中で(こだま)した。

「でも、私は行けない。誰かに選ばれなければならないことに、きっと私は耐えられない」

 涙腺の痛み。喉の奥が締めつけられる。それでも、コノカは言葉を搾り出した。

 

 ヴァーチャーはゆっくりと翼を広げる。リンとコノカに背を向けて、居並ぶ女生徒達へ……『選ばれた』乙女たちに告げる。

左様(さよう)なら、ここで滅びるか、私とともに主を助けるか、自ら選択しなさい」

 すでに言葉は、リンとコノカには向けられていない。

 天使の体が光に包まれ、消えていく。向かう先はさらなる異界か、それとも空の彼方か……知る由もない。

「すでに(ICBM)は降り降ろされました。10分で、東京は壊滅します」

 声だけが、そこに残された。

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