【完結】真・女神転生❀乙女の花園❀   作:五十貝ボタン

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22.乙女の花園

「核兵器って、どういうこと!?」

「東京が壊滅するって……」

「寮に戻って、みんなに知らせないと!」

「それより、家族に電話して……」

 旧校舎へと連れてこられた女生徒たちは、パニックを起こして叫びはじめた。

 東京へ向けて核ミサイルが発射され、それが10分でちゃくだんするなど、にわかには信じがたいことだ。

 

 だが、嘘や冗談と思うものは一人もいなかった。それほど、天使たちの存在感は圧倒的だった。

 天使ヴァーチャーは去った。だが、その場には幾人もの天使エンジェルが監視者さながらに翼を広げていた。

聖なるかな(Holy)聖なるかな(Holy)……」

 天使たちは繰り返し、同じ言葉を繰り返していた。それぞれにどれだけの意思があるのか、表情からは見て取れない。まるでアリやハチの群れを思わせる。人間に近い姿をしているだけに、なおさら異様だった。

 

「地下に……」

 胸にわずかに残った息を吐き出すように、コノカはつぶやいた。

「爆発が起きても、地下にいれば衝撃や熱は避けられるはず。地下に行けば……」

「私たちだけで助かるつもり!?」

「東京のみんなが……」

「だったら、きみたちに何ができる!?」

 パニックを起こしかけている女生徒たちがさらなる混乱を起こす前に、リンは叫んだ。

 

「あたしたちに、核ミサイルを止めることはできない。だったら、自分が助かることを考えるんだ」

 リンの声は、石壁に幾度も反響して響いた。妖精の騎士としての力なのか、それとも追い詰められた人としての本能なのか。

「信じられない! 私には無理!」

 女生徒のひとりが半狂乱になって叫び、出口に向かって走り出した。しかし、いつの間にかその出口に3体の天使が立ちはだかっていた。

 

「主が神の栄光のために」

「私たちを受け入れてくださったように」

「あなたがたも互いに受け入れなさい」

 3体のエンジェルが、ひとつながりの言葉を紡いだ。そして、薄く輝く瞳で女生徒たちを睨む。

 

「受け入れろって……天使になれってこと……?」

 彼女らの頭上には、今もまだ輝く羽が浮かんでいた。それが、イノリたちを人ならずものへと変えたところを、見ていたのだ。

「地下に……」

 コノカは片手にコンピュータを抱え、片手で額を押さえながら体を起こした。

 だが、迷宮の奥に通じる通路の前にも、天使たちが立ちはだかる。

 

「疲れた者、重荷を負う者は、」

「だれでもわたしのもとに来なさい」

「休ませてあげよう」

 3体の天使が続けて声を放った。

 

「通すつもりはないってこと……」

 コノカの瞳が、うっすらと赤く光った。荒魂の影響は、彼女の心にもわずかならず影響を与え続けていた。

「……もう無理、耐えられない!」

 女生徒のひとりが叫んで、頭上へ手を伸ばす――

 

「待っ……」

 引き留める間も無く、その手が羽をつかんだ。一瞬にして、その体が生体マグネタイトへと変換され、そして白い翼を持つ天使へと変じていく。

 

 東京が滅びるまで、10分――いや、8分もない。

 

聖なるかな(Holy)聖なるかな(Holy)……」

 天使たちが部屋の外へ通じる道を塞いでいる。

 極度のストレスに耐えられず、生徒たちはひとり、またひとりと、羽へと手を伸ばした――救いを求めて。

 

「イノリさん……」

 コノカの体から、陽炎が立ちのぼっていた。今や、濃厚な魔力に(さら)された女神の魂は、抑えきれないほどにあらぶっていた。

「通してくれないのなら、私は……」

「いや……」

 その眼前に、リンが手を差し伸べる。

 

「話をしたい。あたしたち、戦ってばかりだ」

「そんな時間は……」

「ひと言でいい。話しかけることもしないで戦うのは嫌だ」

 コノカは眼を伏せた。天使たちに話が通じるのか……ヴァーチャーには、まだ意思か理性とでも言うべきものが感じられた。だが、このエンジェルたちに、果たしてそれがあるのだろうか。

 

「……わかりました」

 しかし、コノカは頷いた。会話を遮って言い争うのは、さらに時間を浪費することになる。

(それに……リンさんのほうが、まだ私よりも強い)

 クラウ・ソラスを持つリンと争うことになれば、負けるのは自分だと頭で考えていた。

 自らの思考が悪魔に近づきつつあることもまた、心が感じていた。

 

「イノリ」

 女生徒たちに目配せをしてから、リンは言うべきことを考えていた……たった数秒さえ惜しかった。

「きみのことを覚えている。きみが言ったことを」

 天使たちの誰がイノリなのだろう。今のリンには、見分けがつかない。でも、彼女がたしかにいたことを、リンは知っていた。

 

「『1匹の羊を見捨てない』って」

 天使たちが、同じ顔でじっとリンを見ていた。

「あたしたちは羊じゃない。でも、きみが羊飼いでいたいと思うなら、あたしたちを見捨てるようなことはしないでほしい。たぶん、きっと、あたしたちはもう二度と会えないと思う。それでも、きみに……あたしたちのことを忘れてほしくない。代わりに、あたしもきみのことを忘れない」

 リンが告げた言葉は、取引ではなかった。

 

「だから、忘れたくなるようなことをしたくない」

 それは願望であり、脅迫であり、そして何より、わがままだった。自分の欲望を並べ立てる、甘えた願いだった。

 

「イノリ、お願い……ここを、通して」

 ――友達でなければ、聞き入れてくれないような。

 

 その直後、天使たちは消えた。ヴァーチャーがそうしたように、光の粒子となって、この空間を去ったのだ。

 天使たちのうちひとりが、ほんの一瞬早く消えた気がした。

 一羽の鳥が飛びたつと、他の鳥もすぐに飛び去るように、他の天使たちが追随したように思えた――その一羽が何を考えて飛びたったのかなど、他の鳥は考えない。

『最初の一羽』が何を考えたのか。残された人間たちには、それを知る術はない。

 

「地下へ――急いで!」

 コノカが叫ぶ。

 天使によって選ばれ、天使から見放された女生徒たちが、彼女に続いた。

 

 

 †

 

 

 暗闇の中で、彼女らは身を寄せ合っていた。

 天使が予言を外すことはなかった。

 ぴったり10分。

 全身の骨に響くほどの巨大な震動が、空間を揺るがした。それは立て続けに何度も起きて、女生徒たちの半数が気を失った。

 迷宮には、すすり泣く声が響いていた。

 

 さいわい、メデューサが根城にしていた空間は、女生徒たちが全員集まることができるほどに広かった。

 全員をそこに連れてきて、分厚い扉を閉める――50人以上いた生徒は、いまや30人ほどだった。

 リンとコノカが入り口の前にいれば、パニックを起こして逃げ出す女生徒を抑えることができた。やがて夜になって、彼女らは眠りについた。

 

 悲しみに暮れている時間はない。

 悪魔の棲んでいた迷宮には、生物が生きるために必要な水も食料もないのだ。

 

「少なくとも10日、地下からは出られない……放射性物質が失われるまで、できるだけ長く地下にいないと……」

 コノカは、熱に浮かされているかのようだった。白金氷川神社の時と同じだ。女神の力が増し、髪飾りに宿ったクシナダヒメが抑えきれなくなりはじめていた。

 

「こんな人数で、1日もいられない。あたしは半分悪魔だ。地上に出て、どこか別の地下施設から食べ物を探してくる」

 コノカはゆっくりと首を振った。

「地上には、まだたくさん悪魔がいる。リンさんひとりじゃ生きのびられない……それに、じきに悪魔たちがこの場所を見つけてしまうから……その力は、ここを守るために使って」

「きみが食糧を探すつもり?」

 もう一度、コノカは首を振った。

 

「悪魔召喚プログラムを使って、妖精の国への門を開くの」

「そ、そうか。妖精の国にみんなを連れて行って……」

 そのアイデアに飛びつきそうになってから、リンは悲しげに眼を伏せる。

「……ううん。無理だ。妖精たちも悪魔だ。見返りなしには助けてはくれない。それに……妖精の国もこの世界に隣接してる。人間の世界が……深刻なダメージを受けて、妖精たちも危機に瀕してる」

 リンは、今や自身が妖精だった。だからだろうか、魂のふるさと――妖精の国のことも、また感じることができた。妖精たちが苦しみ、いまも数を減らし続けている。

 

「うん、だから……妖精の国に行くんじゃなくて、ここを妖精の国にする。妖精たちを世界ごと召喚する」

「そんなことは――できないよ。とても強くて、大きな力が必要になる。それに、妖精の国は植物や森に繋がってる。自然教育園みたいな場所ならともかく、こんな石しかない場所じゃ……」

「ここに、植物があればいい――たくさんの植物があれば、妖精も暮らせるし、食糧にもなるわ」

 コノカは壁にもたれながら、リンをしっかりと見た。悪魔の魔力ではなく、人間の意思の光が宿っていた。

 

「クシナダヒメは白金台を守ってくれてた。ここは白金台よりずっと小さいから――きっと、私でも守ることができる」

 コノカの髪には、まだ櫛が刺さったままだ。その櫛の中の女神が、かろうじて彼女の中の悪魔を封じている。

「コノカ、何を……」

「私、リンさんのおかげで前よりずっと強くなれた。心も、魂も――」

「コノカ、やめて――」

「でも、もう抑えきれない。コノハナサクヤの力はどんどん強くなってる。悪魔たちに怒っているから。まだ、今なら彼女と交渉することができると思う。私が女神の魂を補って、ひとつになるように」

「そんなこと、しなくていい。きみはきみのままでいてくれ」

「ねえ、コノハナサクヤは花の女神だよ。だから、ここに花を咲かせることができる。果実だって、きっと一晩で実らせるわ」

「でも……」

「リンさん、お願い」

 コノカの目が、じっとリンを見つめていた。

「私が決断できるうちに、私が決めたいの。たぶん、一晩は保たない」

「友達になったばっかりなのに……」

「私は消えない。コノハナサクヤになって、ここでみんなを守るから――そうすれば、一緒にいられる」

 

 長い沈黙があった。

 リンはコノカを抱き寄せた。熱がその全身に満ちていた。小さな体のなかで膨大な魔力が渦巻いているのがわかった。

 

「手を……握ってて」

 コノカがそっと囁いた。涙が、少女の頬を伝い降りていた。

「私、弱虫だから……コノハナサクヤに負けそうになるかも。でも、リンさんと一緒にいるためなら、頑張れると思う。だから、ひとりじゃないって感じさせて」

「わかった――」

 リンは片手をコノカの手に添えた。その手は驚くほど細かった。しっかりと握りしめると、折れてしまうんじゃないかと思えた。

 

「困ったことがあったら、クシナダヒメに相談して。きっと力になってくれる。それに、妖精の女王様も。気難しいかもしれないけど、リンさんのお願いなら聞いてくれるよ」

「うん……わかってる。あたしは騎士だから、どんな悪魔も近づけさせない。ここをずっと守り続けるよ。他のみんなも――わかってくれる。助けてくれるはずだ」

「もっと色んなことを話したい」

「うん」

「もっと色んなことを話せばよかった」

「きみはあたしの誇りだ。きみと一緒でよかった」

「これからも一緒だよ」

 ほんのわずかに、コノカが手に力を込めた。もはや、指先さえ動かすことがつらい状態なのだ。心の力だけが、少女の支えだった。

 

 リンはコノカの櫛に手をかけた。

「外すよ」

「うん……お願い」

 それは、鍵を回すよりも簡単に外すことができた。

 

「ん……っ、あぁ……!」

 はたして、コノカの体の中で何が起きているのか、リンは知ることができなかった。

 全身が焼けるように熱くなっていった。汗が蒸発して陽炎を立ちのぼらせる。地下の広大な空間全体が、暖房をかけたように熱をもっていた。

 十分か、それとも何時間もかかったかもしれない。日の差さない地下では、時間がどれほど経ったのかわからない。その間、リンは小さな手を握り続けた。

 

 やがて、苦しんでいたコノカの表情は穏やかになっていった。激しい熱は温かな光となって、彼女の体を包んでいく。

 つないでいた手の感触が消えたと思った時には、光は地下の空間全体に広がっていた。

 

「コノカ……」

 メデューサの生み出した異界を、別の存在が書き換えていく……床には柔らかな草が伸び、いくつもの木々が育ち始めた。

 甘い花の香りが漂い始める。木々の枝にはすでに果実が実り始めていた。

 なかでも、空間の中央には、天井に届かんばかりに桜の大樹が育っていた。その花はきらきらと光り輝いて、陽光の代わりにあたりを明るく照らしていた。

 幹の中ほどに、コノカが作ったコンピュータが半ば埋まっている。そのモニターが複雑なプログラムを映し出すと、やがて枝の合間から、さまざまな妖精たちが現れた。滅びゆく妖精の国から、この地下に…ほんの小さな楽園へと逃れてきたのだ。

 

「な、なになに? どうなってるの?」

 眠っていた女生徒たちが目覚めはじめた。一変した光景と、飛び交う妖精たちの姿に目を回しそうだ。

「はじめまして!」

 小さな妖精たちが嬉しそうに飛び回っていた。

「ねえ、花冠を作って遊ばない?」

「そ、そういうテンションじゃないんだけど」

「お腹空いてる?」

「まあね……」

「桃が生ってるわ。あたしが取って来てあげようか? 代わりに、何か歌ってよ!」

「え……じゃ、じゃあ、あゆでいい?」

「サカナの歌?」

 そんな会話が、あちこちで繰り広げられていた。

 

 やがて、体の大きな妖精も姿を現しはじめた。なかには、リンの遠い記憶で見たような顔もあった。

 そして、最後に美しい羽を持つ妖精が現れた。

 

「予言は成就されました」

 妖精の女王が、厳かに告げる。

「タムラ・リン。あなたは妖精が生き残るための場所を、滅び行く人間界に残してくれました。妖精の世界を救ったのです」

「あたしは何もしてない。全部、コノカのおかげだ」

「では、これからこの場所を守るのです」

「言われなくても――約束したからね」

 

 大きな桜が、枝をいっぱいに広げている。

 悪魔召喚プログラムが、思い出したように最後の一行を実行した。

 

「ヒホー!?」

 聖獣ユニコーンが、吐き出されるように飛び出した。それきり、モニターは消灯した。

 

 手の中に残された櫛を、リンはそっと銀色の髪にさした。

 

『あなたの友はとてつもないことをしました』

 クシナダヒメの声が頭に響く。

「うん。ここで人間と妖精が生きる道筋を与えてくれた。だから、『これから』をあたしが守る」

『ここは私が守っていた地の最後のなごり。鎮守のため、力になりましょう』

 

「これから、か――」

 小さな世界。つかの間の平和。いずれ、悪魔たちがこの場所に気づき、奪うためにやってくるだろう。

 これから世界がどうなっていくのか。どうやってここを守るか……すべきことはいくらでもある。

 東京へ訪れた破滅を悲しむのは、ずっと先になるだろう。

 

(大きな力に抗うことはできなかったけど――)

 夜が明けた頃だろうか。今や、太陽も星も、未来を示してはくれない。

 だが、光は失われていなかった。

(あたしたちはまだ屈してない――だから、まだ終わりじゃない)

 

 

 †

 

 

 ひとつの伝説があった。

 荒れ果てた東京のどこかに、女だけが住む土地がある。

 そこには、もはや東京で見ることができなくなった花々が咲き乱れているという。

 人々は、憧れと希望を込めてその場所をこう呼んだ。

 

『乙女の花園』と。

 

 

 

(了)




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