【完結】真・女神転生❀乙女の花園❀   作:五十貝ボタン

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第二章 妖精騎士
6.決意の朝


 夢を見ている。

 

 ()()()は森が続く限りどこまででも行けた。だけど、森の外へ出ることはできなかった。

 それが決まりだった。あたしは罪を負っていて、《おうさま》から言い渡された罰こそ、その森を守り続けることだった。

 

 あたしは輝く剣を腰に()いて、森に害を為すものと戦っていた。

 あたしは森の中を駆け抜ける風になって飛び回り、疲れると大きな岩の影で休んだ。

 

 あるとき、いつものように岩陰で休んでいると、草の間で少女が一人、うずくまっているのを見つけた。

 彼女はケガをしていて、動くことができないようだった。

 その日は新月の夜で、森の中は真っ暗だった。人間の目では、あたしを見ることができない。

 

「人間は森に入ってはいけない《きまり》だ」と、あたしは言った。

「病気の父のために薬草を摘んでいたのです」と、少女は言った。

 少女は自分のケガをいとわず、私にバスケットを差し出した。

 

「きまりをやぶった罰は私が受けます。ですから、この薬草を村まで届けてもらえませんか。どなたかは存じませんが、どうか父を助けてください」

 今度はあたしが驚く番だった。家族のために自分はどうなってもいいという人間を、はじめて見たからだ。

 きまりを破った人間は殺さなければならない。だけど、あたしは興味をひかれてその少女と別の取引をした。

 

「手当をして村まで連れて行ってやろう。ただし、次の新月の夜、再び森を訪れるのだ」

 あたしは少女に惹かれていた。人間に。《おうさま》に露見したら、さらにひどい罰を受けるだろう。でも、新月の夜には妖精たちもおとなしく眠る。番人のあたし以外は。

 だから、あたしたちは新月になる度に、森の中で逢瀬を重ねた。

 

 あたしは森から出ることができず、彼女が森にいられるのは新月の夜だけ。

 森の中が暗闇に覆われたら、やってきた彼女を風に乗せて岩陰に運び、二人で時間を過ごした。

 退屈と危険だらけの番人の仕事のなかで、それがあたしの唯一の楽しみになっていた。

 

 だけど、何度目かの夜、あたしたちはつい、時間を忘れてしまった。

 朝露がスミレの花を濡らし、妖精たちが目覚めてしまった。

 

「番人が《きまり》を破った!」

「《おうさま》に知らせろ!」

 妖精たちが笛を吹いて騒いでいた。あたしは彼女を抱えて、森の出口まで運んでいった。

 

()()は《おうさま》に逆らうことはできない」と()()()は言った。「もう二度と会うことはできない」

「あなたを森の外へ連れていくことができたら」と彼女は言った。

 

()()は妖精だ。人間と同じ世界では生きていけない」と()()()は言った。

「でも……」

 彼女は胸と、そしてお腹を撫でた。

 

「いつかあなたの魂が森から解き放たれた時、()()()の血が人間と妖精を繋いでくれるかも」

()()()?」

「あなたは特別な存在。きっと魂までは妖精の《おうさま》も縛ることはできない。あなたがいつか、彼の呪縛から解き放たれたら――」

 

 あたしたちは繋いでいた手を離した。ここからは、もう森の外だった。

 

「私の孫の、そのまた孫になって、そして、私を思い出してね」

 

 

   †

 

 

「ん……」

 窓から明かりが差していた。朝の光が、リンの眠るベッドに降り注いでいる。

 

「寝ちゃってたか……」

 制服のまま、ベッドに横になっていたようだ。普段ならそんなことはしないのに。昨日はよほど疲れていたのだ。

 

「おはよう」

 と、横から声をかけられた。同じく制服を着たままのコノカが、机に向かっていた。

 

「……ずっと起きていたの?」

「ううん。ちょっと仮眠を取ったの」

 化粧っ気のない唇でそっと微笑んで見せる。無理をしていることはリンでなくたって明らかだ。

 

「見て、これで持ち運べる」

 そう言って、コノカは机の上に置いてあったものを掲げてみせた。

 それは、コンピュータの部品をつなぎ合わせて、通学カバンと一体化させているようだった。女学院は学院と寮がすぐ近くにあるため、指定の通学カバンを使う機会はあまりない。

 

「こうすれば、肩から提げられるでしょ。本当は片手に装着できるようにしたかったんだけど、あたしの力じゃ持ち上げられないし」

 通学カバンのストラップを使って、画板のように抱えてみせる……そうすれば、小型のモニターと、無理矢理一体化させたキーボードを操作できるようだ。

 

「どうかな、変じゃない?」

「いや、なんというか……」

 意見を求められて、困ってしまった。見た目が変かどうかでいえば、間違いなく変だ。

 いや、リンの感覚からすれば女学院のナカでコツコツ機械を組み立てて、パソコン通信までしていたらしいことのほうがよほど変だ。

 だが、それよりも問題なのは……

 

「本気なの? つまり……悪魔と、戦うって?」

「うん。この中にも、悪魔召喚プログラムが搭載されてる」

「そんなこと……」

 絶句するリンだが、コノカははっきりと、意思を示していた。

 

 悪魔召喚プログラム。昨日、確かに彼女はその話をしていた。

 魔術の儀式をプログラムで再現し、悪魔を呼び出すことができる……なんて、絵空事としか思えない。だが、コノカはその話を本気で信じているようだ。

 

「悪魔が呼び出された旧校舎にも、コンピュータがあった。だから、このプログラムは本当だと思う。これを使えば、私でも悪魔を呼び出すことができるはず」

「でも、もし悪魔を召喚できるなら……危険だろう。君が襲われるかも」

 旧校舎にいたような、恐ろしい悪魔を呼び出してしまったら。プログラムで無理矢理言うことを聞かせることができるなら、あんな状態にはなっていないはずだ。

 

「うん、だから……あまり強くなさそうな悪魔から探すことにする」

「そんなこと、できるの?」

「ただ召喚するだけだと危ないから、こっちから悪魔に会いに行くの」

「こっちから……って、それこそ危険だよ。廃校舎には近づくなって言われてるでしょ」

「廃校舎じゃなくて」

 

 コノカは首を振って、デスクの引き出しから一冊の雑誌を取り出した。

 月刊「(アヤカシ)」。一部の、なんというか、変わった人たちが読む雑誌としてよく知られている。

 

「確か、この号の……ほら!」

 細い指でページを繰ると、白黒の荒い印刷がされたページを広げてみせる。そこには、

 

『東京に残る大自然、カメラに映った謎の影!』

 

 ……と、見出しの着けられた記事が載っている。

「これ、白金台の自然教育園だよ。きっと、森の中に悪魔が隠れてるんだと思う」

 

「ええっと」

 ますます反応に困るリンに、コノカは記事の中の写真を指さして見せる。

「この写真にはっきり影が映ってる。鳥や虫の形じゃない」

「これぐらい、合成写真でいくらでも作れるでしょ」

 呆れたようにリンは頭を整える。銀の髪に寝癖がついていないか、少し心配だった。

 

「それでも!」

 不意に、コノカは大きな声をあげた。彼女自身がその声量に驚いて、慌てて口を押さえた。

「……それでも、もしかしたら本当かもしれない。少しでも可能性があるなら、私は……」

 その指の隙間から漏れ出すような弱々しい声。くしゃ、と、雑誌を持つ手に力がこもった。

 

「コノカ……」

 その時、リンは気付いた。自分が見て見ぬ振りをしてきたことに。巨大な不条理に友達を奪われて、何もせずに授業を受けていることなんて、できるはずがない……もしそれができるとしたら、イノリのことを諦めたのと同じだ。

 

「じゃないと、イノリさんが元に戻った時、元どおりの友達になれない……」

 眼鏡のレンズの向こうにある瞳からは、今にも涙が溢れそうだった。

 

「……そうだね。あたしも……そうだよ」

 ただ諦めることはできない。せめて、自分にできることを全部試してからでないと。

 

「リンさん、お願い。私……根も葉もない噂でもいい。すぐ近くに、助けになってくれる悪魔がいるかもしれないなら、せめてそこに行きたい。行って、本当かどうかを確かめたい」

 黒い瞳がまっすぐに向けられる。昨日の彼女からは考えられないぐらいに、強い調子だった。

 夜の間に彼女なりの葛藤があったのだろう。悪魔召喚プログラムが見つからなければ、諦めていたかもしれない。だけど、見つけてしまったのだ、きっと。

 

「わかった。でも、危なくなったら、一緒に逃げよう。イノリが戻った時に、きみがいなかったら悲しむよ」

 釘を刺しておく。コノカには……なんというか、危ないところがある。自分の身を顧みずに差しだしてしまいそうだ。きっと、止めても一人で確かめに行くだろう。それなら、自分がついていって止めてあげなければならない。

 

「うん、分かってる……」

 コノカの緊張をほぐすため、ぽん、とその肩を叩いてあげた。

「行こう。自然教育園に」

 

 

   †

 

 

 199X年、10月某日――

 夏から秋に差し掛かるある日。

 井の頭公園で起きた凄惨な事件について、誰もが噂を交わしていた。

 

 吉祥寺は警察によって封鎖され、事件の詳細は未だ誰も知らない。

 そして、これから東京に何が起きるかを知るものもいない。

 

 人々にできたのは、ただ自分の人生を過ごすことだけだ。

 それは、少女たちにとっても同じことだ。ただ、友人を助けることだけを考えていた。

 

 それが、自らの運命に直面することになるとは、未だ知らない。

 

 

   †

 

 

「シスターたちに何も言わずに外出して大丈夫かな?」

 寮を抜け出す時に、コノカは不安げに呟いた。

 

「正直に理由を言っても認めてくれないよ。大丈夫、こっそり出られる場所を知ってるから」

 見つかりにくい裏口から出て、敷地内を歩いていく。女学院の敷地はぐるりと塀に囲まれているが、場所によっては足場を使って外に出ることができる。一部の寮生の間で、こっそり受け継がれてきたテクニックである。

 

「帰りもこっそり戻ってこられる?」

「それは、無理……かな」

 残念ながら、塀に手を掛けられるような地形は内側だけだ。だから、抜け出す時には誰かに協力してもらって、帰りは縄などを塀にかけてもらうのだ。

 清廉なお嬢様学校のイメージからはほど遠いやり方だが、何百人もいればこっそり抜け出したくなるグループもいるものだ。

 

「えぇー……どうしよう?」

 コノカが不安げに下を向く。

 今回は他の生徒に助けを求めるわけにはいかない。話をしても信じてもらえないだろうし、それ以上に、協力させることでその相手を巻き込む事になってしまう。

 ふたりだけでやるべきだ……ということは、リンとコノカ、ふたりともの思いだった。

 

「帰って来た時はシスターマーガレットに言えば……たぶん、一回くらいは許してもらえる、んじゃないかな」

 あまりはっきりした計画があるわけではなかったけど。

 あんな事のあとだから公園の景色を見て落ち着きたかったとかなんとか、言いくるめることはできるだろう。

 

「その時は、あたしが話をするよ」

「うん……」

 高校生がふたりで、しかも一晩で決めたことだ。作戦はなかったけど、じっとしてはいられない。

 

「勝手に学院の外に出るなんて初めて」

 塀が見えてきた。隠してある足場を持ってきて、塀を乗り越えるのだ。コノカには塀を乗り越える体力がないかもしれないが、リンが手を貸せばなんとかなるだろう。

 

「あたしは2回目。前に、夜中にどうしてもアイスが食べたくなって、コンビニに……」

 その時は、イノリが帰りを助けてくれた。「貸しができたってやつ?」と、彼女は笑っていた。その貸しは、まだ返していない。

 

「本当に!? そんなこと、バレたら大変」

「今日やることに比べたら、大したことじゃないよ」

 まだ規則を破る実感が湧いていないらしいコノカの様子に、思わず忍び笑いを洩らす。

 

 そして、ふたりは外に出た。

 彼女たちの安全を守るための塀と規則の外側へ。

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