【完結】真・女神転生❀乙女の花園❀   作:五十貝ボタン

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7.妖精ピクシー

 白金台、自然教育園。

 東京の中にあって、有数の広大な森だ。最も人間の手が加わっていない公園でもある。

 

「高校生ふたりです」

 リンは堂々と宣言して、入場券を受けとった。

 

「だ、大丈夫かな」

 コノカは身を低くしておびえたように周りを見回している。

 ふたりとも、制服のままだ。地元で女学院のことを知らない人はまずいないし、身元を隠しようもない。

 生徒が来ていることが女学院に連絡され、連れ戻されないかと心配しているのだ。

 

 ちなみに、女学院の生徒は、休日でも外出の際は制服を着ることが決まりになっている。

 もし無断外出が発覚した時に制服を着ていなかったらルールを二つ破ったことになり、より重い罰を科せられるかも知れない。だから、制服のままである。

 

「堂々としていれば大丈夫だよ。コノカがここに来ようって決めたんでしょ?」

「そうだけど……」

 ごちゃごちゃと機械のパーツがくっついたカバンを提げている姿は、さすがに目立つ。

 時々、周囲から不思議そうな視線を向けられているのが気になるようだ。

 

「い、イノリさんを元に戻すためだもん。助けになってくれる悪魔が、ここにいるはず……」

 自分を勇気づけるように呟いて、コノカは制服のポケットに手を差し入れた。

 そこには、イノリが彼女に託したものがあった。インスタントカメラである。

 

「……あれ?」

 ふと、そこに別の感触があった。薄っぺらいそれを取り出してみると、四角いカードのようなものだった。

 

(これって……カメラのフィルムだ)

 イノリが愛用していたインスタントカメラは、一枚ごとにフィルムを排出する。そのフィルムが懐に紛れ込んでいたのだ。

 それを裏返してみると……

 

「……ッ!」

 ()()に映っているものに、コノカは思わず息を詰まらせた。

 

「り、リンさん、あの……!」

 少し前を歩くリンに声をかけようとする、が。

「静かに。何か聞こえる」

 と、銀髪の少女は手をかざして彼女を制した。

 

「こ、こっちも重大なことが……」

「少し待って」

「うぅ……わかった」

 押しに弱い少女はこくんと頷いて、フィルムとカメラを懐に戻す。

 

(後で話せばいい……かな)

 と、自分を納得させて、リンに並んだ。

 

「囁くような、笑うような……こっちから聞こえる」

 と、リンが道から外れた方向に向き直った。そちらは、自然保存地区……自然な状態のままに保護されている区域だ。通常の来園者は立ち入り禁止である。

 青青とした木々が密集しており、分厚い落ち葉が積もっている。ルールで禁じられていなくても、明らかに立ち入るのは危険な状態である。

 

「聞こえるって……」

 コノカも耳を澄ませてみる。だが、囁き声も笑い声も、その耳には聞こえない。

「何も聞こえないよ?」

 

「じゃあ、あたしにだけ聞こえてるの? 確かに、こっちから……」

 と、リンが一歩を踏み出した時だ。

 密集している木々がぐにゃりと曲がった。

 

「きゃ……!?」

 思わず、驚きの声をあげる。まるで通り道を作り出す蚊のように、木々が左右に分かれている。

 

「こんなの、初めて見た」

「あたしもだ。でも……なんとなく、分かる。あたしを呼んでるんだ」

「悪魔が?」

「たぶんね」

 木々が作り出した《扉》の奥には、うっすらと霧が立ちこめている。それは奥にいくほどに濃くなって、道がどこに繋がっているのかは見通せなかった。

 

「……怖い?」

 リンが尋ねた。コノカは喉を鳴らして息を呑み込んでから、小さく頷いた。

 

「ここで待っててもいいんだよ」

「ううん。私が行かないと」

 悪魔召喚プログラムの収められたコンピュータを構える。できるだけ軽量化したつもりなのに、ずっしりと重い。

 

 自分が男性ならよかったのに、と思う。きっと高校生でも、これぐらいの重さなら片手で扱えるはずだ。

(でも)

 言い訳じみた考えを頭の外へ押しやる。男性だったら、女学院にはいない。自分が女学院にいなかったら、イノリと知り合うこともなかったのだ。

 

(私じゃないと助けられない。私たちがやらないと)

 コンピュータの休止状態(スリープモード)を解除すると、小さなモニターが薄緑色に発光する。

READY(準備完了)』の表示を見ると、勇気づけられる気がした。無機質な機械が、自分の助けになってくれるはずだ。

 

「大丈夫、私も準備できてる」

「わかった。それじゃあ――行こう」

 周囲の来園者には、その《扉》は見えていないようだった。注目を集めないように、ふたりはそっと、木々の中へ進んでいった。

 

 

   †

 

 

 霧がどこまでも続いている。

 はじめのうち、ふたりが進む先は木々が左右に別れて道になっていた。しかしやがて、木々はお互いに絡み合うように左右に建ち並び、まるで壁になったかのようだった。

 左右を緑の壁に囲まれて、リンは進み続けた。コノカもそれに続く。

 

 足元は、はじめは腐葉土の沈み込むような感触だった。だがいつしか濡れたコケを踏み潰す生々しい感触が靴の裏に伝わってきた。

 10分以上も歩き続けると、霧はすっかり濃くなって、数歩先すら見渡せないほどになっていた。

 

「だ、大丈夫なのかな。引き返したほうがいいんじゃ……」

「いや……」

 コノカの不安げな呟きに、リンは首を振った。

 

「声が大きくなってきてる。もうすぐだ」

 進む先から聞こえてくる声。コノカには聞こえていないらしいが、ますます大きくなっている――いや、近づいている。

 くすくすと笑うような声。遠くから聞こえてくるように感じるのに、まるで耳元で囁かれているような、不思議な感覚がある。

 その声が何をしゃべっているのかは聞き取れない。なのに、その意味だけが分かる。

 

『こっちへおいで』

 間違いなく、リンに向けてそう告げている。

 

(悪魔のささやき、か――)

 まるでおとぎ話の一節のようだ。若い娘が悪魔に導かれたら、だいたいは破滅的な結末を迎えることになる。

 自分自身がそんな立場にいることに、自嘲がわき上がってくるのを手で押さえた。

 

 我ながら、異常な事態に徐々に慣れつつあることがますますおかしい。

(それとも、今見えている景色は全部()()()()かもしれない。夢かもね。目が覚めたら、またイノリがあたしのことを写真に撮って……)

 だんだん、意識が妙な方向に逸れていく。妙だなと思う前に、イメージが次々に溢れて来た。

 

「まったく、イノリはいつもそうだ。ダメって言ってもやめないし」

 思いついたことが口を突いて次々にこぼれだしていく。止められない。

「そのくせ甘え上手で、こっちが怒るギリギリのところで引き上げてさ。少しはあたしの気持ちも考えてほしいよ」

「り、リンさん?」

 すぐ横から、誰かの声が聞こえた。イノリではない誰か。あまり興味をひかれない。

 

「でも、きっとこれからもそうなんだろうな。仕方ない子だ。ふふふ……あはははっ!」

 おかしくてたまらない。足元がコケだらけじゃなかったら、転げ回ってやりたいぐらいだった。

 

「――リンさん!」

 がしっ、と肩を掴まれた。その拍子に、心の中にわき上がって来た異様なおかしさ――幸福感が、すっと遠くへ去って行く。

 

「あ……」

「急に笑い出して、どうしたの?」

 急に心の底まで冷えたように感じる。心配そうに覗き込んでくるコノカを見る。たった今、彼女の顔さえ忘れかけていた。

 

「ご、ごめん、急に、おかしな気分になって……」

 ふい、と顔を伏せる。さすがに、今の姿を見られて直視はできない。

 

「あはははっ! おっかしーの!」

「少し変になっただけだよ、そんなに笑わなくてもいいでしょ」

「い、今の、私じゃないです」

 引きつった声で、コノカが呟いた。

 

「――えっ?」

 思わず、問い返した。確かに――コノカの声ではなかった。

 顔を上げて振り返る。濃密な霧の中に、小さな影が揺らめいていた。

 

「あっ、『(アヤカシ)』に載ってたのと同じ!」

 コノカが声をあげて影を指さす。今度は、彼女にも見えているようだ。

 

「悪魔か!?」

 リンは恥ずかしさをごまかすように叫んだ。

 

「悪魔か!? だって。ふふふっ、人間に見える?」

 すぅ、と闇から浮き出るように、それが姿を現した。掌の上に乗せられるような、小さな体。ぴったりとした体つきは、細身だが女性的な丸みをおびている。

 特徴的なのは、その背中に生えた(はね)――形は蝶に似ていて、トンボの翅のように透き通っている。それをちらちらと羽ばたかせて、リンたちの顔ほどの高さに留まっているのだ。

 

「人間には見えないけど、ぱっと見は虫っぽく見える」

「はぁぁー!? 妖精を虫呼ばわりするのはやめて!」

 先ほどまで肩をふるわせて笑っていた小さな悪魔は、両手を振り回して叫んだ。

 

「ご、ごめん。そんなに怒るとは思わなくて」

「あなただって、『サルみたい』って言われたら怒るでしょ。まったく、人間ってデモクラシーがないわ」

「デリカシー、かな」

「どっちでも一緒でしょ!」

 控えめなコノカのツッコミに、ふい、っと体を捻って自称・妖精はそっぽを向いた。

 

(これも悪魔、なのか。笑ったり怒ったり、人間みたいだ)

 もっとおどろおどろしいものが出てくると思っていた。だが、案外にかわいらしい姿の悪魔が現れて、驚けばいいか、拍子抜けすればいいか。ちょっぴり反応に困っている。

 

「あ……ご、ごめんなさい。私、コノカって言います。こちらの背の高い方が、リンさん」

 ぺこぺこと頭を下げながら、コノカが言う。三つ編みにした髪がふるふると揺れた。

「ふふっ。小さい方はレーギを知ってるみたいね。白髪の方も見習うように」

 

「小さい方って……」

 あなたのほうがずっと、という言葉をコノカは飲み込んだ。

「白髪ではないんだけど」

 自分の銀髪に思わず手を触れながら、リンはため息をついた。

 

「わたし、妖精ピクシー。話を聞いてあげるわ」

 小さな体を反らして、やけにえらそうな調子でピクシーは言った。ちょっとだけホバリングの位置を上げて、二人を見下ろしている。

 

(あまり強そうには見えないけど……とにかく、助けてもらわないと)

 リンは悪魔との契約のことなど知る由もない。ちらっとコノカを見ると、彼女は勇気を振り絞ってこの妖精へ、会話を切り出した。

 

「もしかして……さっきリンさんの様子が変わったのは、あなたの力? 魔法が使えるなんてすごい」

 できるだけ友好的に、持ち上げてみるつもりのようだ。

 

「《ハピルマ》ね。楽しい気分で心を一杯にすると、人間って面白い行動を取るのよ」

「たしかに。ちょっと面白かったかも」

「あははっ、でっしょー!」

 話を合わせると、ますます大きな声で笑いはじめる。鈴を鳴らすような甲高い笑い声が、木々の間にこだましていく。

 

「あたしはぜんぜん面白くない」

「覚えてないの? 『仕方ない子だなぁ、イノリは』だって! ふふふー!」

 ぶすっとするリンの反応が、またおかしいらしい。前髪をかき上げながらマネをするピクシー。あまり似てはいないが、リンを恥ずかしがらせる効果はあったらしく、白い頬が赤らんでいる。

 

「イノリっていうのは恋人?」

「ち、違う。友達だよ。だいたい、あたしもイノリも女だし」

「悪魔にはそんなこと関係ないわよ」

「人間には関係あるの」

「ふーん。かわいそうなのね、人間って……」

 今度は哀れみだ。あまりに色々な感情を浴びせられて、リンはだんだん疲れてきた。

 

「あの……イノリさんは、悪魔に石にされてしまったの」

 そっと、コノカは懐に手を伸ばした。

「これを見て」

 そして、カード型のフィルムを取り出した。そこには、あのとき……旧校舎でコノカが反射的にフラッシュを焚いて、思わず撮影した悪魔の姿が映っている。

 

 毒々しい肌の色。女の上半身にヘビの下半身。さらに、頭には髪の代わりに何匹もの毒蛇がうねっている。

 その目は人間とはまったく違う光を備えていた。この目を見たイノリは、体を石に変えられてしまったのだ。

 カメラを預けられていたコノカは、震える指で思わずシャッターを切り、フィルムをポケットにねじ込んで、そのまま忘れていたのだった。

 

「ぎゃーーーーー!」

 写真を見せられたピクシーは悲鳴を上げて、地面にへたり込んでしまった。

 

「き、鬼女ゴルゴン! なんてもの見せてくれるの! ああ、私も石に……な、ならない! そうか、石化の瞳は写真ごしでは魔力を失うのね!」

 きゃあきゃあと騒ぐピクシー。リンは思わず、腕を組んで呆れてしまった。

「忙しい悪魔だなあ」

 

「あのねえ、ゴルゴンってのはすっごく強い悪魔なのよ! それをいきなり見せるなんて!」

「写真のことは知ってるんだね」

「昔っからわたし達を撮りたがる人間は多かったわ。たまに映ってあげたの」

 おびえているわりには自慢げに言ってみせる。

 

「友達がこの悪魔に石に変えられてしまったの。私たちはこの悪魔を倒して、友達を元に戻したい。だから、悪魔の力を貸してほしいの」

 妖精がおびえている間に、コノカは一息に自分の要求を伝えた。

 

「へえ……それでわたしを尋ねてきたの?」

「そう。お願い、ピクシーさん。私の仲魔になって」

 黒い瞳にぐっと力を込めて、コノカは妖精を見つめる。

 

「わたしにゴルゴンと戦えっていうの?」

(まずい)

 ピクシーの反応は芳しくない。実際にどれぐらいの強さなのかは分からないが、悪魔の力を借りることが第一の目標だ。彼女がコノカに力を貸してくれるなら、それを理由に別の悪魔と交渉することもできるだろう。このまま断られたら、進展なしだ。

 

 だから、リンはすかさず口を挟んだ。

「そうだよ、コノカ。こんなに弱そうな悪魔が戦力になるとはとても……」

「なによ! 妖精を甘く見ないで!」

 狙い通り。ピクシーは両手を振りかざして、挑発に乗ってきた。

 

「どうしても、っていうなら、協力してあげないこともないわよ」

「本当ですか!?」

 コノカがぱっと眼鏡の奥の瞳を輝かせる。

 

「でも、一つだけ聞かせて」

 ふっと、ピクシーが身にまとう雰囲気が変わった。

 人間のように笑ったり怒ったりしていた顔からふっと感情が薄れる。人間が動物か人形にでも向けるような、『別のもの』を眺めるような、無機質な目つき。

 

 リンはうっすらと背筋が冷たくなるのを感じた。いま話している相手が人間ではないのだと、改めて気付いてしまったのだ。

 ピクシーはゆっくりと浮き上がりながら、口元に妖しい笑みを浮かべて、言った。

 

「悪魔を殺して平気なの?」

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