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不思議な芽を、見つけた。
日光でその双葉に乗った朝露がきらきらと光っていて、同じプランターの他の芽とは、明らかに葉っぱの形が違っていた。僕はしばらくその芽をじっと見つめていた。
「……新種?」
ふと口にしたその単語が、この芽の種類にはやけにしっくり来るような気がした。
学校が始まるまでは、まだ時間がある。大きな植木鉢にその芽だけを移して、来る途中に人にぶつかりそうになりながらも、とにかく遅刻しないように急いで玄関に植木鉢を置きに行った。
家に帰ったら、なんて名前にするか考えよう。
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「宗形くん、今日も植物のお世話?毎日休まずに偉いね」
「ありがとうございます…!」
放課後は、道行く先生たちに声をかけてもらえる。それだけでちょっと良いことをしている気分になれる。
園芸部はいわゆる幽霊部員の多い部活で、確か全員で10人ぐらいいたはずだけど、僕が顔を覚えているのは2人ぐらいしかいない。
その2人も生徒会に所属していて、今は秋に行われる選挙の準備で大忙しだ。あまり部活には顔を出せない時期らしく、僕が1人で植物の世話をしている。
「…よしっ、と」
黒いカップの中で育てていたパンジーが大きくなったので、今日はその子たちをプランターに移し替える作業をした。広々とした土の中に移動して、嬉しそうに見える。
(今日、後やることは…)
ポケットに入れていたメモをチェックする。そこには走り書きの自分の字で、歩道にプランター設置、と書かれていた。
うちの地域では毎年2ヶ月ぐらい、植物愛護月間というシーズンがあって、学校の前の歩道にプランターを並べるのだ。
つぼみの花を選んで、早速校舎の脇から学校の歩道へと移動させる。
僕はこの時期が1番好きだ。普段は校舎の横でひっそりと咲いている花々が、学校のみんなや、地域の人に見てもらえる。
お花も開けた明るい場所に置いた方が、より綺麗に見えるんだ。いつもここに置ければいいのに、と思うけれど、歩道の幅が狭くなるのでなかなかそうもいかないらしい。
土の入ったプランターは、かなり重い。よろつきながらもなんとか歩道まで運んで、なるべく綺麗に並べる。
「はあ、はあ……」
お花を全部並べ終わる頃には、もう夕方の下校時間になっていた。ちらほらと玄関から出てくる同級生が見える。
「………」
僕も帰ろう、と思って踵を返そうとした時、少し離れたところでお花を見ている人がいた。
トレンチコートに黒いズボンを履いているから男の人、なんだろうけど…すごく綺麗な顔だ。
「…………」
少し屈んで、熱心な顔つきでプランターをじっと見つめている。
「!」
ふと顔を上げた彼と目が合った。彼はそのまま体を起こすと、こちらに歩いてくる。
「…このお花は、貴方が?」
僕の前まで来ると、彼はそう聞いてきた。声変わりもしているし、やっぱり男の子なのか…。
「う、うん。僕が育ててるんだ」
「そうですか…とても綺麗に手入れがされているように見えたので。素晴らしいですね」
「あ、ありがとう…!」
「この蕾は、何の花が…いえ、これは次に見た時のお楽しみにしておきましょうか。では」
そう言って彼はにっこりと笑うと、颯爽と僕の横を通り過ぎて行った。
「あれ……?」
校舎に戻って帰り支度をしていると、彼がすごく綺麗な顔だった、ということは覚えているのに、肝心のその顔はなぜかモヤがかかったように思い出せなくなってしまった。
…せめて、名前を聞いておけばよかったな。
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家に戻ると、朝のうちに玄関に置いた芽がそのままになっていった。それを持って家の中に入る。
こうして見ると植木鉢がかなり大きくて不釣り合いだから、後で小さいのに変えよう…。
この子はきっと新種だ。どんな色の、どんな形の、どんなに綺麗な花を咲かせるんだろう。
そのことを考えるだけで、胸が高鳴る。
「…そうだ」
いつか美しく花開く、この植物の名前は…
「…はなちゃん、今日からよろしくね!」