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「…佐島さん?あぁ、同期っすよ。かっこいいっよね、同じ厨房担当の女の子がファンだって言ってました。
お店のことに関しては…佐島さんが作るチョコレート、めちゃくちゃ美味しいんすよ。1回だけボツの試作品食べさせてもらったんすけど、これがほんとにボツなの?って感じで。とにかく、チョコレートに関してはプロですよ、彼」
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PM12:30 ショコラトリー・ル・シュクレ 休憩室
「俊雄くん、お化け屋敷のチケット余ってんだけど貰ってくれない?」
「…お化け屋敷?」
「そうそう、駅前の商工会館みたいなとこあるでしょ?そこでやるらしくて。姪が主催するからってチケット無料でくれたんだけど、おっさんはもう行く歳じゃないからさあ、彼女とでも行ってきなよ」
向かいの椅子に座った厨房担当の40代のショコラティエが、そう言って僕にひらひらとチケットを見せる。
どうして中年男性はすぐ高校生同士をくっつけたがるんだろうか。
「すみません、僕怖いもの苦手なんですよね。だからちょっと…」
「え〜っ佐島さん、お化けとか苦手なんですか!意外です〜!」
僕がそう言った瞬間、シマウマを見つけた肉食獣並の速度で、同い年のバイトの女の子が話しかけてくる。
「うん、実は苦手なんだ。だからこれは受け取っても何にもならないので、遠慮しますね」
「そっかあ、残念だなぁ」
「あっ先輩、じゃあ私がもらいますよ!」
女の子がチケットを彼の手からもぎ取る。…これは彼女に誘われるパターンだ。
「それじゃあ、厨房戻ります」
「え、もう行っちゃうんですか?早いなぁ、私なんてまだ半分も食べ終わってないのに…」
「俊雄くんって気づいたら食べ終わってるよね。これも若者とオッサンの胃の強さの違いなのかなぁ…」
…間違いなく、そうして無駄話をしているのが原因だ。2人分の未練がましそうな視線を感じながら休憩室を出た。
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「そうっ、何回かアタックかけようとしてるんですけど、ことごとくかわされちゃってて!佐島さんってすごい勘がいいんですかね?
…あ、でも、お化けが怖いっていうのは意外だったなぁ…あれも嘘かもしれないけど。なんか掴みどこないんですよあの人。ま、そこも魅力的なんですけど…」
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PM2:00 ショコラトリー・ル・シュクレ レジ前
「すいません、接客休憩入らせてくださーい。佐島さん代わりお願いしてもいいっすか?」
「…了解」
作りかけのチョコレートを他の人に任せて、交代でレジ前に向かった。オランジェットならバイトの彼女に任せても、まあ問題ないだろう。
すると直ぐに、小さな女の子が視界に入った。白いワンピースに、少しだけ底上げされた、白いリボンのついたサンダル。長い黒髪を三つ編みにしている。
きょろきょろと店内を見回して、ぱっと何かを見つけたようにガラスケースの前に張り付いたかと思うと、またすっと離れて違うチョコレートへと目を移す。まるで、何か常人には見つけられないものを探しているかのようだ。
「…何かお探しですか?」
普段はそんな事しないのに、自然と自分から声をかけていた。彼女は僕をじっと見つめると、酸素の足りていない金魚みたいに、口をぱくぱくと開いた。
「ああ、ゆっくりでいいですよ。一人でじっくり見たいのならそれでもいい」
なるべく自然な笑顔を意識しながら、怖がらせないように言葉を紡ぐ。
「…あのね、」
暫くすると、彼女はようやく口を開いた。
「おかあさんに…プレゼント……」
「お誕生日?」
僕が尋ねると、彼女は慌てた様子で頷く。誕生日プレゼント。少し考えてから、厨房へ向かった。
「あれ?レジどうしたの?」
「ちょっとお客さんの要望があって。さっき僕が冷やしてたチョコレート、まだありますか?」
「あぁ、このハートの奴ね。メニューにないチョコだけどこれでいいの?」
「はい、大丈夫です。あと、もう1つ……」
チョコレートを受け取ると、試食用の皿に数個乗せて、彼女の元へ戻った。
「これなんてどうかな」
見せたのは、小さな赤いチョコレート。
飾らない、母への純朴な愛。そんなイメージで作った訳では無いけど、何故か彼女に渡すにはそんな表現がしっくり来るような気がした。
「…かわいい」
「僕が作ったんだ、これ。ほんとは試食とか、駄目なんだけど…よかったらおひとつどうぞ」
手渡すと、彼女はゆっくりと口に入れて、味わうように咀嚼する。そして彼女の顔に、小さな花が開いた。
「おいしい…!」
「良かった。じゃあこれと…後はこれ、おまけにどうぞ」
赤いハートの箱に入れたチョコレートを渡し、もう1つの箱も一緒に渡す。
「…これ」
彼女は首を傾げて、不思議そうな顔をした。
「初めてのお客さんへの、おまけだよ。帰ってからのお楽しみ」
そう言うと、彼女はお金を払って袋を慎重に抱えて、店を静かに出ていった。
さて。次に出逢えた時は、何を話そうか。
「またのご来店を、お待ちしております」
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「…自分自身のことをどう思っているか?…さあ。僕と君は違うモノだし、説明して分かる事じゃないだろうね。他人の印象なんてただの一面的な先入観に過ぎないし、僕が自分の心情を正直に文章に綴ったとしても、その受け取り方は君次第。
その程度で"僕"を知った気になったと言うのは、あまりに烏滸がましいんじゃないかな?」