超特急論破 Prelude   作:鳶子

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最終楽章:妄想以上、真実未満

✧ ✧ ✧

 

 

「……あ゙ぁ………ゔ………」

 

 

 

黒い2つの影が、近づいてくる。

 

私はパジャマ姿のまま、足がもつれそうになりながら、暗闇の中を必死に逃げる。

スリッパが片方脱げて、素足にどろっとした感触が伝わってきた。前には何の光も見えない。何が床に付いているのか、考える余裕もない。

 

怖い。怖い。怖い。怖い。

 

邪魔な前髪をかき分けようと、額を触るとべたりとしたものが右手に触れた。

…血だ。そう感じた瞬間、頭がずきずきと痛んだ。

 

 

…そうだ、あの人たちに。次々と記憶が甦ってきて、どうしようもないぐらいに吐き気がする。2つの足音はまだ消えない。

 

「お姉ちゃんは?」

 

ぽつりと言葉が零れた。息がぜいぜいと上がってくる。自分の呼吸の音がうるさい。何かが胃からせり上がってくるような感覚がする。

…お姉ちゃんを探さなきゃ。足元のどろっとしたモノに足を取られないように、必死に膝を上げて、ひたすら闇の中を進む。

 

どのぐらい走っただろうか。向こう側にようやく真っ白な、目が眩むぐらいの光が見えてきた。

脚も心臓も、もう限界だ。光の向こうに、こちら側に伸ばされた手がある。

 

「…あは……」

 

助けが来てくれたんだ。安心して、小さく笑みが零れた。最後の力を振り絞って光の元に近づき、応えるように手を伸ばす。

 

 

 

 

「あ、」

 

 

 

こちらを掴もうとした手は、すかっと空振って私の身体をすり抜けた。

 

私は止まることも出来ず、そのまま景色は通り過ぎていく。後ろを振り向くと、光はもう消えていて、代わりに忌々しいあの影が見えた。

 

「…………」

前を見ずに走っていると、どす、と何かにぶつかる音がして、強制的に足が止まる。

足元に何か、倒れているみたいだった。

 

突然、懐中電灯のような光が、"それ"をかっと照らす。

 

 

それは、傷だらけで、首に千切れた麻縄が巻かれた、変わり果てた姿のお姉ちゃんだった。

 

私ははっとして、今まで走ってきた道を見た。

…そこには、血でできた道が広がっていた。その道は、死体のところで終わっていて、

 

私は呆然としたまま、その場に立ち尽くした。状況をようやく飲み込んだ、からからの喉がどくんと震えた。

 

「…い゙やあぁぁっっ゙!!!!!」

 

 

 

✧ ✧ ✧

 

 

 

「………っ゙…はあっ……はあ、はあ………」

 

頭が重い。無理やり持ち上げるとずきんと痛む。パジャマ代わりのくたびれたTシャツは、汗でぐっしょりと濡れていた。

…また、この夢だ。

 

「はあ……はぁ……ゔ……」

 

頭痛と共にフラッシュバックする光景が、吐き気を催して洗面所へ駆け込む。

手に残るべたべたした感触が、足元に残るぬめった感覚が、全部が気持ち悪い。気持ち悪い。きもちわるい。

 

「ゔ、ぁ………」

落ち着いてから顔を上げると、鏡には、頭に少し黄ばんだ包帯が巻き付けられた、自分の姿が映っていた。

 

 

✧ ✧ ✧

 

 

先週、姉が自殺した。

 

理由なんて、その遺体を見れば分かりきっていた。全身に打撲痕や傷跡が残っていて、ぼろぼろの、サイズを合わない服を着ていて。

 

警察は来なかった。どころか、両親は姉が死んだことにすら関心がないようだった。

私は携帯電話を持っていないので、警察を呼べなかった。

 

近所の人に助けてもらおうとしたけどやめた。今まで私達があんなに苦しんでいても、見て見ぬフリばかりで何もしてくれなかったんだ、どうせあの人達もあの腐った親の仲間に決まってる。

 

姉の部屋を私ひとりで片付けた。姉の遺体を庭の土の中に埋めた。両親は片付けをする私を、気味悪そうに見ていた。

 

 

それから、父親は、私を殴ってこなくなった。どころか、腫れ物のように私を扱う。私が睨むと今まではぼこぼこにされたのに、今は怯えるみたいに目を逸らす。

 

母親は、私を怒鳴りつけなくなった。酔って帰ってくることもなくなったし、私と姉の部屋をぐちゃぐちゃにすることもなくなった。私を気遣うような視線を向けてきて気味が悪い。

 

2人は、まるで今までやってきたことを何も覚えてないように、酷く優しく私に振る舞う。

それが罪滅ぼしのつもりなんだろうか。それで私が許すと思ってるんだろうか。お姉ちゃんが、お前らを許すと思ってるんだろうか。

 

学校には、今まで通り行っていない。教科書も全部破られたり燃やされたりしたし、行っても無駄だ。

なにより、幸せそうなお気楽な奴らを見たくない。今やってるのは、小説の仕事だけだ。

 

 

金のひとつでも稼いでみろ、と怒鳴りつけられて、腹が立った私は父親が読んでいた小説の真似をして書いて、出版社に送った。すぐに編集の人がやってきて、執筆活動を始めることになった。年齢は絶対に言わないで、なるべく大人っぽく振る舞うようにした。

 

初めて印税をもらった日は、姉が自分の事のように喜んで、こっそりお菓子を居間から盗んで、2人で押し入れの中で祝賀会をした。

あの時だけは、純粋に楽しかった。姉だけが、私の生きる希望だったから。誰よりも大切だった。

 

 

窓の外から、高校生ぐらいの、数人の笑い声が聞こえる。

この世界は、不公平だ。私は自分の幸せと、何に変えても大事だった人をこんなに呆気なく奪われたのに、今も窓の外では、呑気に笑っている人がたくさんいる。

 

……許せない。私たちにこんな苦しみを与えた、両親とも呼べないアイツらも。絶望どころか、苦しみさえ知らずに無遠慮に笑っている他人も。

 

みんな、みんな、私と同じ目に遭わせてやる。絶望を、全世界に味わせてやる。

 

これは復讐の始まりだ。私を産んだ、世界への。

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