超特急論破 Prelude   作:鳶子

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第4楽章:くどくどと埋葬の嘘、今届く毒

✧ ✧ ✧

 

 

20××.7.22 曇りのち晴れ

 

「お願いです、彼の浮気を調査して欲しいんです!」

 

応接用のソファーに座った女性が、深々と頭を下げる。その目には涙が浮かんでいた。

彼女のが今回の依頼人だ。21歳の女子大生で彼氏が浮気をしているのではないかと疑っているらしい。名前はプライバシーの都合上、ここに記すことは出来ない。

 

「それでは、依頼をお受けさせていただきますね…笑至くん、そこにある料金表取ってもらっていいかな」

「はい…どうぞ」

ボクは料金表を南町さんに手渡す。彼はそのまま依頼人に向かって料金の説明を始めた。

 

南町真南(みなみまち まみなみ)さん。ボクがバイトをしている、この街唯一の私立探偵事務所の所長。年齢は30代前半だが、数多くの依頼をこなしているベテランの探偵だ。…と言っても、専門は浮気調査だが。

 

 

「笑至、今回の依頼は?」

応接室を出ると、廊下にいた水音衣さんに声をかけられる。

 

「いつも通り、浮気調査ですよ」

「はぁ…もっとスリリングな殺人事件とかを期待してこの事務所で働いてるんだけどな…」

「殺人事件なんて、起きるのを願うものではありませんよ。平和が1番です」

「分かってるけどさぁ…コーヒー出してくる」

 

水音衣さんは、ボクと入れ替わるように応接室に入っていった。

水音衣ねずみ(みずねい ねずみ)さんは、ここの探偵事務所でボクが来る前から秘書として働いている。20代らしいが、実年齢は絶対に教えてくれない。ヘビースモーカーの、ダウナーな感じの女性だ。

 

ボクは早速仕事のために事務所を出た。依頼人のボーイフレンドについての情報は既にスマートフォンに送られてきている。

情報に基づいて、彼のいそうな場所へ向かった。

 

これがボクの日常。たまに起こる凶悪な殺人事件を即日解決する以外は、概ね平穏に暮らしている。

 

 

✧ ✧ ✧

 

 

「…おっと」

彼氏さんは、予想通り大学の近くの喫茶店にいた…依頼人ではない女性と一緒に。

さりげなく入店し、彼らの動きが見える位置に座る。

 

彼の正面に座っているのは、どうやらボクと同い年ぐらいの女子高生のようだ。分厚い白い紙を手渡している。

…あれは、原稿用紙だろうか?

 

彼と女子高生は暫し楽しそうに会話をした後、喫茶店を出ていった。料金は全て彼が払っていた。

 

その後2人は喫茶店の前で解散した。これ以上は何もなさそうだったので、南町さんに報告のメールを打ち、帰路に着くことにする。

 

 

「………」

普段こちらの方面にはあまり来ないが、歩道にたくさんのプランターが置かれていた。

どれもまだ蕾だが、綺麗に手入れがされており、育てた人物の細やかさと植物に対する愛情が感じられる。

 

植物を育てたという青年と会話をしたのは覚えているが、彼の外見も会話の内容も帰っているうちに何故か忘れてしまった。記憶力の良さは自負している所があるので、こんな事が起こるのは珍しい。

疲れているのかもしれないと思い、早めにベッドに入った。

 

✧ ✧ ✧

 

 

20××.7.2× 晴れ

 

先日の浮気調査で彼が出会っていた女子高生は、彼の漫画研究会の仲間だそうだ。時々あのようにして喫茶店で会って漫画を読んでもらっていたらしい。

そういう訳で、あの事件は円満に解決した…となれば良かったのだが。

 

依頼人は、その翌日に彼…無彩勇(むさい いさむ)に殺された。

 

彼女は昔から被害妄想が激しく、無彩は彼女のヒステリックに長い間付き合わされていたらしい。

昨日探偵事務所までもを使って浮気調査をされていたことを知り、我慢の限界が来てかっとなり、思わず壁に突き飛ばしてしまったら、打ちどころが悪く亡くなってしまったそうだ。

殺人事件が起きて欲しいと言っていた水音衣さんも、それを知った日は複雑な顔をしていた。

 

 

「…………」

ボクは彼女の墓石の前に来ていた。静かに手を合わせ、冥福を祈る。

無彩勇が犯人だと言うのは、彼の突発的な犯行からすぐに警察に突き止められた。

 

探偵も、探偵助手も、出る幕すらなかった。

 

一度でも関わったことのある人物の死というのは、思っている以上に心に刺さる。

まるでその人に関わった瞬間に、遅効性の毒が仕掛けられるかのように。それはトリガーが引かれた瞬間、体内に届き、緩やかに身体を蝕む。

 

「…………」

「…おや」

そんな考え事をしていたら、隣で手を合わせている少女の存在に全く気づかなかった。

 

「貴方は、彼女のお知り合いですか?」

「……ううん」

黒いセーラー服を着た小さな少女は、ゆっくりと首を振ってこちらをちらりと見る。

 

「かたづけ、したの。現場の」

「…なるほど」

「……おにいちゃんは?」

「ボクですか?…ボクは彼女の高校時代の後輩です。と言っても、あまり深い関わりはありませんでしたがね」

 

つらつらと嘘を述べる。依頼人の情報は絶対にリークしてはならない。事務所で働き始めてから最初に教えられたことだ。

 

「…そう」

少女はこくりと頷くと、小さくお辞儀をしてその場から去っていった。

 

不思議な事に、再び彼女の顔を思い出すことも、その姿を見ることもなかった。…植物好きの、彼と同じように。既に忘れてしまったことをこうしてメモするのは、ボクにとっては少しおかしなことのようにも思えた。

 

 

最後に。この随想録のような備忘録に、何らかの意味があることを祈りましょう。

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