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「…それと、新入りの貴様らに伝えておく教訓がある。心して聞くように」
入軍した日の上官の話。それまでの長々とした訓話は全く思い出せないのに、ついでのように言われたその言葉だけは、やけに頭の中に残っている。
「我が力は、己を守る為に在り」
「………」
「入軍試験を受けた貴様らなら、個別的自衛権、という言葉は当然知っているだろうな。他国からの不当な武力攻撃を受けた際に、実力を以てこれを阻止、排除する。これが我が国での軍の役目だ。
我々は侵略や支配を否定する。国家を守る為の最小の実力である我々は、己を守る為にその力を行使する。その事を覚えておくように」
「「「はい!」」」
周りの奴らが威勢のいい返事をして、きっかり30度に頭を下げる。俺は口を開かずに、それに倣う。
…あの時聞いた言葉と、全く逆だったから。
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「…ッ!」
勢いをつけて、土でできた壁の向こうに火の点いた手榴弾を投げる。そして素早くこちら側に掘った深い穴に飛び込み、耳を塞ぐ。
やがて聞こえてくるのは断続的な爆発音。…手榴弾の訓練は幼い頃から得意だ。
次に投げるのは今年入ってきた新入りの軍人達だ。この訓練は初めてで、皆緊張した面持ちで手に持った兵器を見つめている。
「投げたらすぐにこちらに飛び込みなさい。良いわね?」
「「はいっ!」」
穴の中から声をかけると、元気のいい返事が返ってくる。そして合図と共に、彼らは一斉に手榴弾を投げた…が。
「…あっ」
その内の一人…今年唯一の女子の訓練生の手から、手榴弾が零れ落ちた。当然、手榴弾は壁の向こうではなく、近くの地面に力なく落ちる。
パニック状態の彼女は、唖然としたままその場から動かない。
「馬鹿…ッ!」
俺は反射的に地面に飛び出し、間一髪、腕を掴んで穴の中に引きずり込んだ。耳を塞ぐ間もなく、後ろで轟音が響く。
爆風と煙がこちらまで流れ込んでくるので、右手で自分の鼻と口を塞ぎつつ、もう片方の手で女の顔を覆った。ここで一酸化炭素中毒にでもなられたら元も子もない。
「…隊長、すみませんでしたっ!」
煙が風で流された後、穴から出ると、すぐに彼女が頭を下げる。
「戦場でこんな事やったらシャレにならないわよ…気を付けなさい」
「はいッ!気をつけます!」
しゃんと背筋を伸ばして、45度の最敬礼。…全く、返事だけは一人前だ。呆れ笑いをして訓練に戻るよう言った。
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「何故助けた?練習で出来ない奴は本番でも使えない。怪我をさせ、身を以て教えてやればいいんだ」
「…申し訳ありません」
訓練が終わると、上官から呼び出しを食らった。どうやら彼女を助けた所を誰かに告げ口されたらしい。
「そもそも、女子が軍隊に来るのが間違っているんだ。女は家庭を守るのが何よりの務めだろう」
「……お言葉ですが上官、女性でも訓練し、体力や技術を身につければ充分に戦うことはできます」
「ほう?私に口答えするとは随分と良い身分になったものだな、揚羽」
「………」
女は戦場に来るべきじゃない…その言葉で、あいつのことを思い出した。
あの道場で誰よりも強くなるために、努力していた彼女のことを。
女だから、というだけで戦うことを否定されるのはおかしい。…とは言え、これは失策だ。申し訳ございません、と反省しているふうに頭を下げる。
「もう良い。とっとと出て行け。…だが、今後このような事があったら貴様も助けた奴も処分の対象にするぞ。二度とやるなよ」
「はい!」
返事だけは、大きな声でしておいた。
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俺はさっき俺の力を、他人を守る為に使った。だが、1年後は。5年後は。10年後は。
俺はちゃんと、あの人の教えを守れるのだろうか。…それとも、あの上官のように、冷徹な軍人として生きるようになるのだろうか。いや、もしかしたらその頃には揚羽家の戸主として、軍人なんて辞めているかもしれない。
考えたって分からない。けれど、今はこの仲間を、この日常を守りたい。
少しだけそう思った。