「紅葉、お前は剣道には向いていないな。」
稽古を終え、汗で湿った髪を手拭いで拭いていると、祖父は私にそう言った。
剣の師として尊敬する祖父の言葉に反論することができなかったのは、なんとなく自分自身で理解している部分があったためだ。
「才能ということではなくてですね。」
「ああそうだ、剣の才能ならば、私が見てきた中でも紅葉を超えれるやつなどそうはいない。」
紅葉は特別な人間だった、三歳から剣を取り、十歳で大人とやりあっても余裕をもって勝てるようになった。
弟のこともあり、稽古に出れない日も増えたが腕そのものは衰えることもなく、むしろより上がっていくばかりであった。
「剣道は武術というよりは精神鍛錬に近い。そしてだからこそ向いていない。紅葉はあまりにも、人を斬ることに迷いが無さすぎる。」
「精神鍛錬は自己に向けてのものでしょう。剣を向けたからには斬り捨てるのみ、そこに迷いなどあってはならないと思っています。」
斬ると決めたら斬る。やられる前にやれ。つまるところは斬ればわかる。
私にとって剣は会話だ。言葉を交わすよりよほどわかりやすかった。実際に直葉とはそれで会話できているし、和人とだって似たようなことはできる。
剣に迷うということは、言葉に迷うということだ。
自分の感性がおかしいのは自覚しているが、わざわざ直すべきかとは思うことはなかった。
「一度立ち合えば、百度会話するよりわかりあえますよ。」
「剣で会話を出来るのは、命の取り合いに慣れている者だけだ。そうでない者にとって剣で斬られるということは恐怖しか与えない。私たちのほうが今の時代は異端なのだ、それは武士の考え方に近い。」
祖父は困ったような表情を浮かべていた。
善悪とは異なった剣の思想は祖父の経験を持ってしても理解し難いようで、その後は黙々と道場を清掃して稽古は終わった。
その日以降も稽古は続いた。祖父は私を理解できないようだったが、悪意を持って剣を振るうわけでもなかったために後継者にするつもりだったらしい。
最近は私の剣に釣られてか、弟子を志願する門下生も増えてきたほどである。
彼ら曰く、私の剣は怪しげで美しいそうだ。あるいはひたすらに恐ろしいという者もいた。
真向かいに立つと首をはねられるなどの冗談がまかり通る程度には彼らの理解は深かった。
稽古はいつのまにやら、彼らと立ち合う時間に替わっていた。
楽しそうに伸されにくる彼らは私の目から見ても割とおかしな弟子たちであった。
「類は友を呼ぶものだな。そう思わんか、紅葉。」
「楽しそうで良かったではないですか、じい様。」
やたら疲れているような祖父の言葉に返せるのはそれくらいであった。
剣道道場が剣術道場に成りかけているのだから祖父の愚痴くらいは聞かないと駄目だろうと思ったからだ。
どちらかと言うと、弟と妹が彼らに染まらないか心配な姉である。彼らは刺激が強すぎる。
「師範代、立ち合いをお願いします。」
「順番にですよ。全員と立ち合うので、他の者はしっかり見て己の糧にするように。」
彼方此方から「はい。」「わかりました。」などと声がする。彼らの最大の長所はこの素直さだろう。
老若男女様々だか剣に対する真摯さだけが彼らの共通点である。
大体が剣道から外れた連中なので、おのずと実戦に即した斬り合いになるのが祖父の頭を悩ませる原因であった。
気迫を込めて振るわれる木刀、それらを最小限の力で逸らす。
紅葉の剣術は柔術や合気に近い。逸らし、いなし、隙をなぞるように斬り捨てる。
守りと攻めが混ざりあったそれは、桐ケ谷の流派すらも飲み込んで紅葉流とでもいうべきものに変わっていた。
現実のころから一歩はみ出ていた紅葉。
とりあえず斬ればわかる系少女でした。
才覚が溢れすぎて一般剣士の心がいまいちわからないありさまに、祖父は頭を痛め、愉快な弟子たちはむしろより親近感を持っていました。
いい姉ではあったけど、人としては紙一重な紅葉さんです。