キリハが依頼を終え塔についたのは、クィネラと別れてから十日後のことだった。
薬草は険しい山岳の魔獣の縄張りのすぐ近くに群生地があり、魔獣に気づかれないように採取するのは難しかったため、魔獣をある程度間引くことに時間がかかったためだ。
百頭近い小型魔獣の集団は、ある意味で大型肉食魔獣を狩るよりも手間がかかった。
それらの魔獣は、村落の貴重な食料として複数に分けられ配られていった。
キリハが門番に印を見せると、門番長のマーカスという青年が塔の最上階まで案内してくれた。
中には修道院や兵たちの鍛錬所などが整備されており、人界を守る砦としての役割も有していた。
「クィネラ様、お客人をお連れしました。」
「案内の任ご苦労だったわマーカス、下がっていいわよ。」
「はい、失礼いたします。」
マーカスはクィネラに向かい深々と頭を下げると、部屋を後にした。
キリハを出迎えたクィネラの姿は、以前のものとはまるで違うものだった。
質素で実用性に優れた装いであった剣士服とは違い、恐らく高位の魔獣が材料と思われるそれは肌にびりびりくるほどに濃密な力を纏っていた。
「キリハ様、我々のカテドラルへようこそおいでくださいました。」
「魔獣が原因とはいえ、すぐに来れなくてごめんね。クィネラちゃん。」
「頼み込んだのは此方ですから。それにキリハ様は来てくださった、謝る必要はないですよ。」
そう言うとクィネラは円卓にいくつかの報告書を置きだした。
「ここにあるのは各地の魔獣分布図です。現在はひと月ごとに情報を更新しています。」
キリハは一通り報告書に目を通すと、情報に偏りがあることに気づいた。その多くは南部と西部のもので北部、東部のものは殆ど無いことだ。
「ここ三月のうちに、分布図に変化が起きています。現在は、村落、都市部などの衛兵が対処していますが、今後も魔獣が増加し続けた場合、人員が足りなくなるやもしれません。」
「これを見た限り、特に問題になっているのは北と東と見て良さそうね。」
情報が無いというのは、人員的に足りていないか、何らかの集められない理由が有るかだ。キリハは自分の知る情報と重ねることで、クィネラが自分を必要とするのは何故かに見当が付いていた。
「情報が集まらない理由はいくつか有りますが、一番の原因は闇の軍勢との大規模な戦闘です。」
クィネラは一つの報告書を提示した。闇の軍勢との戦いについてと書かれている。
「今からひと月ほど前、北の洞窟近辺で守護龍、闇の軍勢、北王国との間で戦闘がおこりました。この戦闘によりダークテリトリーとの接続口周辺を守っていた高位貴族数家が全滅、戦闘指揮をとっていた国王陛下も負傷し、混乱状態にあります。」
「かなり不味い情勢ね。国王陛下が負傷しているなら統制も揺らいでいるだろうし、闇の住人が入り込んでいても確認ができないかもしれないわ。」
危惧することは、再侵入である。接続口の周辺が空白地帯に成っているということは、程近い開拓村や街などが狙われることになる。
「新たに辺境守りの貴族を任命するにしても、すぐには出来ません。その間守る人間が必要になります。」
「なるほど、そのための私ってことね。」
キリハは自分の剣をちらりと見た。流石に北部全域ともなれば守り切るのは難しいが接続口だけに限れば守りきることは不可能ではない。
「キリハ様だけに行かせるわけではありません。中央を守る兵士を残して、討伐隊を組みます。それに国王陛下に話を通しておかなければ、後々の禍根に繋がります。
」
クィネラはキリハが皇帝陛下に目をつけられることを嫌った。ある程度自治が許されている自分が相手であれば無茶は言ってこないだろうという考えもあった。
「テティスが入ってきたのは北側からである可能性が高い以上、早急に接続口を押さえるか、封印措置を施すつもりです。」
「他の接続部が破られていないなら、完全に抑え込むことも可能ね。」
北側の対策は概ね決まった。北側を完全に抑え込むことが出来れば、ダークテリトリー側の影響も減り、魔獣発生率も次第に落ち着くと思われる。
そのため、話は東部に移ることになった。
「東部の情報が少ないのは、闇の軍勢とは無関係です。あちらは王家による情報統制が強く、実際に入ってみなければ情報を得られないと思われます。」
「確か東部は魔獣が強いことで有名だったね。」
「はい、そのために迂闊な人員増強は魔獣被害が増えるだけです。幸い東の王族は精強な騎士団を抱えているので、今はこちら側から何かをする必要はないでしょう。」
「今は北に集中すべきということだね。本格的に突破されることになれば、被害は甚大になる。」
「まずは北の国王陛下に文を届けた後、準備を整えて王城に向かいましょう。」
クィネラは衛士隊、門番隊を集めて演説をおこなった。
「既に聞いていると思いますが、北の洞窟で闇の軍勢との戦闘が発生しました。撃退には成功しましたが、今現在非常に、防衛力が下がった状態にあります。」
衛士たちはクィネラの言葉を静かに聞いていた。
「これから私たちは、一部の守りの戦力のみを残し、北の洞窟の封印措置を施すために遠征します。この遠征で闇の軍勢と戦闘になる可能性は否定できません。しかし、人界のため、民を守るために、私たちは戦う義務があります。貴方たちならば必ずやこの任務を達成できると私は信じています。」
彼方此方から『神子様、クィネラ様』といった感激したような声が出ていた。
「これより遠征の準備に入ってください。各隊の準備ができしだい、出発します。」
衛士たちは爆発するような雄叫びが上がったあと各自速やかに準備に向かった。
「クィネラちゃんは慕われているんだね。皆しっかりと貴女の方を向いていたよ。」
「少しこそばゆいですが、私も彼らを信頼しています。」
クィネラは確かに信頼していた。
彼らは戦友であり、手足に等しい存在である。
自分の手足を信じないほどクィネラは傲慢ではなかった。
しかしクィネラは後にこう語る。
手足という意味で彼ら以上はいなかった。しかし、戦力としては整合騎士こそが理想たりえた。
信用と信頼は決して同じものではない。
クィネラの日記にて
衛士長の強さは高位貴族の少し下ぐらいです。
クィネラは彼らを人間として信頼しています。しかし兵士として見た場合信用できるかは別です。
善意にあふれたクィネラは整合騎士を快く思わないでしょう。しかし人界の守護としてみると必要だと判断するかもしれません。
右目の封印を破ったアリスは、家族や仲間のためには戦えるが人界全てのためには戦えないと言いました。
クィネラは正気ですが、やや狂気が見えかくれします。
次は北の洞窟の話に移ります。
少し加筆しました。