絢辻さんを救いたい話   作:紳士

2 / 3
第二話 ケッシン

 キーンコーンカーンコーン……

 

 スピーカーから流れる無機質な機械音が、朝のST終了の合図を告げる。

 それと同時に先生も話をまとめて切り上げ、生徒に自由にしていいよう指示を出すと、多くの生徒は席を立ち、友人達と仲良さそうに談笑を始めた。

 笑い声が多く飛び交う教室の中、僕も席を立ち上がろうと椅子を引きかけた時だった。

 

「あっ、ごめん望月くん。 進路調査用紙ってもう書き終わってるかな?」

 

 その声で僕の動作はピタリと止まる。

 顔を横に向ければ、そこには手元に何枚かの紙を持った絢辻さんが居た。

 

「えっ……と、ごめんちょっと待ってて」

 

 マズい。 面倒をかけていることを自覚したばかりなのに、早速面倒をかけさせる訳には……

 

 僕は机の中からファイルを引っ張り出し、中指と人差し指でファイルを挟むような形を取りながら、親指で器用に何枚かの紙をペラペラとめくった。

 

 進路調査用紙は、先週配られたやつだから……

 

 丁度桁が変わるぐらいめくった時だっただろうか。 進路の紙を見つけることができたのは。

 

「あ、良かったあった。 ごめんね、お願いします」

 

 紙の向きを変え、かつ丁寧に頭を下げてお願いをする。 すると、絢辻さんは僅かに微笑んで

「ありがとう」

 とだけ言い残すと、まだやるべきことが沢山あるのだろう。 そそくさと自分の席へ戻って行った。

 

 彼女が立ち去るのを横目にしながら、ファイルをしまうついでに一限の教科の教材を出す。 が、授業まであと十分弱あるだろう。 予習を一応済ませて来ている身として、自主学習に取り組むのはちょっと面倒くさい……し、それに真偽を確かめたいこともある。

 軽く机上の上を整理して、改めて僕は席を立った。

 

 

 

 

「あ、(みなと)おはよ〜」

「おはよう」

 

 純一の席辺りに着くや否や、僕は二人の人物にそう声をかけられた。

 

 天然気質の黒髪に、薄くグレーを混ぜた瞳。 明るい性格の持ち主で、どちらかというと男寄りの性格である「棚町 薫(たなまち かおる)」と、自身の席に着席中の純一に、だ。

 横にはいつものように梅原もいるが、席が前後だし特に挨拶はいらないだろう。

 

 やはりというか何というか、どうやら今日も今日とてこの三人は集まっているらしい。

 

 

「おはよう薫、と純一」

 

 挨拶を返し、三人で純一の席を囲むような形を取る。 と、薫が純一の肩に腕を回しながら早速と言わんばかりに口を開いた。

 何か言いたいことがあるのだろう、それもとっておきの。 そう読み取れるぐらい、表情には含みのある笑みが浮かんでいる。

 

「ね、聞いてよ湊。 純一が昨日さぁ〜」

 

 空いている片方の手で純一の頬をつつく仕草をしながら、僕の名前を呼び、何か言葉を綴ろうとする薫。

 そんな薫の言葉を純一は焦った様子で遮った。

 

「まっ、待てよ、()()そんなんじゃないから」

 

 しかし、そんな純一の言葉が仇となったか、薫は更に嬉しそうな笑みを浮かべて一言。

 

「おぉ〜っと、()()ですか。 なるほど、なるほど」

「ぐっ……!」

 

 笑い声を上げる梅原と薫。 そして墓穴を掘ってしまい、苦虫を噛み潰したように、悔しそうな顔をしている純一。

 薫が言っていることは言わずもがな例の事なのだろう。 彼女らのやり取りを見て、思わず僕も声を出して笑った。

 

「はー、あんたって本当面白いわねぇ。 で、進展はど、う、な、の、よ」

「いたたたた、たまたま昨日一緒に帰っただけだって。 それ以外は何も進んでない。 それに……」

 

 頬をつねられ、鼻が詰まったような声音で会話を続ける純一。

 

「それに?」

「……いや、やっぱ何でもない」

 

 諦念な口調と(ものう)い表情で純一はそう答えた。 明らかに嫌なことがあったと目に見て分かるが、それに深入りするのは野暮だろう。

 

「ふぅん。 ま、いい噂が聞けるように期待しとく」

 

 薫も分かっているのか、それ以上は何も追求することなく、茶化すように話を区切らせた。

 

 

 

「……ところで薫。 一限は数Bだが、予習はやってきたのか?」

 

 身を離した薫に、純一は早々とカウンターのような疑問を投げかけた。

 

「あっははは……あんた、痛いところ突くわね……」

 

 察するに、予習はやってきていないらしい。 先程までの元気はどこへ行ったのか。 目線を斜め下に逸らして、気まずそうな顔をしている。

 

「痛いところって何だよ、むしろ助けてるだろ? それに今日は課題提出日だぞ」

「げっ、そ、そうだったの……? うっそ、あと五分しかないじゃない!」

 

 薫はそう言い残すと、焦りを前面に表した様子で自分の席へと戻って行く。 そんな彼女の様子を見て、純一は呆れと安堵が混ざったようなため息を溢した。

 

 が、そんな安息も束の間。 一連のやり取りを笑顔というか、ニヤニヤした表情で見ていた梅原は、「待ってました」と言わんばかりの表情で純一に話しかける。

 

「やー、朝から熱々な夫婦なこと。 大将も早速不倫とは男が過ぎるぜ」

「……そんなんじゃ無いだろ梅原。 はぁ、湊もなんとか言ってやってくれよ」

 

 朝から二人連続で揶揄われるのは少し倦怠感があるのか、憂いを含んだ瞳で純一はこちらに助けを求めてきた。

 

「あはは、お宝本五冊で手を打つけど?」

 

 僕も梅原に乗っかるよう、軽快な口調でそう返す。

 

「うっ……それは重たすぎだろ」

「おっ、いい案だな。 大将、俺もそれで手を打ってやってもいいからな?」

「何で梅原が求めてくるんだよ」

 

 男子高校生らしいというか、思春期らしい会話に僕たち三人は笑い合った。 女子生徒に聞かれれば引かれること間違いなしだが、幸いにして周りは煩く、会話の内容は全く漏れない。

 

 

「それにしても、今年は本当に思い切ったな大将」

「よく言うよ。 それは梅原も同じだろ?」

「えっ!?」

 

 純一の言葉に思わず僕は反応した。

 すると純一はこちらを向いて、補足するように言う。

 

「変な話なんだけど、梅原と一緒に校舎裏で誓ったんだよ。 『今年の冬は、いや、クリスマスは女の子と過ごす——』ってね」

「そうなんだ……」

 

 僕は中学校の頃の彼を知らない。 だけど、いくつか彼の噂は聞いたことあった。 だから、その宣言が彼にとってとても大きな変革で、祝われるべき、応援されるべきだということを知っている。 それでもやっぱり、どこか僕の心は霞んでいて……

 

「そうだ湊。 湊も一緒に頑張らないか?」

「え……」

 

 純一の提案に、僕は虚を突かれた反応をする。

 

「そうだな、三人寄れば文殊の知恵。 今年の冬は俺たち三人が主役になる年だぜぃ」

 

 純一と梅原のその言葉で、わずかに霧が晴れる。 どこと無い疎外感だったのだろうか、僕の心の迷いを生み出していたのは。 けど——

 

「そうは言っても相手が見つからないよ……」

 

 僕の言葉が一瞬の沈黙を生み出す。

 しかし、純一は特別気にしない様子でその沈黙をすぐさま破った。

 

「見つかるよ。 きっと誰かが助けを求めてるはずだから」

 

 別に深い根拠も、理由も無いのだろう。 怪我や、何かに追われた女の子がいるのは、広い視野で見れば往々にしてあることだ。 だけど、どこかその言葉は重たく、僕の胸に深く突き刺さった。

 

「ひゅー、格好いいこと言うね大将は」

「やめろ、別に狙って言ったわけじゃ無い。 というか、そろそろ授業始まるから席戻ったほうがいいぞ」

 

 純一のその言葉と同時に時計を確認してみると、チャイム一分前。 時計の長針が丁度、数字の一歩手前に動いた瞬間だった。

 

「そうだね、それじゃ」

「大将また次の時間にな」

「はいはい、次の時間は別の話で」

 

 それぞれが一時の区切りの挨拶を告げ、席へ戻ろうと歩を進める。 そんな中僕は足を止め、振り返って彼らのように宣言をした。

 

「純一、僕も頑張ってみるよ」

「……うん、応援してる」

 

 鼓舞するよう返事をしてくれた彼に、僕は覚悟を決めた頷きで返した。

 

 と、同時に一限始業のチャイムが鳴る。 全員が一斉に席へ戻った為か、椅子を引く音が教室中を満たした。 僕も席へ戻り、先生が来るのを待つ。

 

 今日から、僕も頑張らなくちゃ。

 

 変化のない一日を変えよう、そう決心した。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。