絢辻さんを救いたい話 作:紳士
キーンコーンカーンコーン……
スピーカーから流れる無機質な機械音が、朝のST終了の合図を告げる。
それと同時に先生も話をまとめて切り上げ、生徒に自由にしていいよう指示を出すと、多くの生徒は席を立ち、友人達と仲良さそうに談笑を始めた。
笑い声が多く飛び交う教室の中、僕も席を立ち上がろうと椅子を引きかけた時だった。
「あっ、ごめん望月くん。 進路調査用紙ってもう書き終わってるかな?」
その声で僕の動作はピタリと止まる。
顔を横に向ければ、そこには手元に何枚かの紙を持った絢辻さんが居た。
「えっ……と、ごめんちょっと待ってて」
マズい。 面倒をかけていることを自覚したばかりなのに、早速面倒をかけさせる訳には……
僕は机の中からファイルを引っ張り出し、中指と人差し指でファイルを挟むような形を取りながら、親指で器用に何枚かの紙をペラペラとめくった。
進路調査用紙は、先週配られたやつだから……
丁度桁が変わるぐらいめくった時だっただろうか。 進路の紙を見つけることができたのは。
「あ、良かったあった。 ごめんね、お願いします」
紙の向きを変え、かつ丁寧に頭を下げてお願いをする。 すると、絢辻さんは僅かに微笑んで
「ありがとう」
とだけ言い残すと、まだやるべきことが沢山あるのだろう。 そそくさと自分の席へ戻って行った。
彼女が立ち去るのを横目にしながら、ファイルをしまうついでに一限の教科の教材を出す。 が、授業まであと十分弱あるだろう。 予習を一応済ませて来ている身として、自主学習に取り組むのはちょっと面倒くさい……し、それに真偽を確かめたいこともある。
軽く机上の上を整理して、改めて僕は席を立った。
「あ、
「おはよう」
純一の席辺りに着くや否や、僕は二人の人物にそう声をかけられた。
天然気質の黒髪に、薄くグレーを混ぜた瞳。 明るい性格の持ち主で、どちらかというと男寄りの性格である「
横にはいつものように梅原もいるが、席が前後だし特に挨拶はいらないだろう。
やはりというか何というか、どうやら今日も今日とてこの三人は集まっているらしい。
「おはよう薫、と純一」
挨拶を返し、三人で純一の席を囲むような形を取る。 と、薫が純一の肩に腕を回しながら早速と言わんばかりに口を開いた。
何か言いたいことがあるのだろう、それもとっておきの。 そう読み取れるぐらい、表情には含みのある笑みが浮かんでいる。
「ね、聞いてよ湊。 純一が昨日さぁ〜」
空いている片方の手で純一の頬をつつく仕草をしながら、僕の名前を呼び、何か言葉を綴ろうとする薫。
そんな薫の言葉を純一は焦った様子で遮った。
「まっ、待てよ、
しかし、そんな純一の言葉が仇となったか、薫は更に嬉しそうな笑みを浮かべて一言。
「おぉ〜っと、
「ぐっ……!」
笑い声を上げる梅原と薫。 そして墓穴を掘ってしまい、苦虫を噛み潰したように、悔しそうな顔をしている純一。
薫が言っていることは言わずもがな例の事なのだろう。 彼女らのやり取りを見て、思わず僕も声を出して笑った。
「はー、あんたって本当面白いわねぇ。 で、進展はど、う、な、の、よ」
「いたたたた、たまたま昨日一緒に帰っただけだって。 それ以外は何も進んでない。 それに……」
頬をつねられ、鼻が詰まったような声音で会話を続ける純一。
「それに?」
「……いや、やっぱ何でもない」
諦念な口調と
「ふぅん。 ま、いい噂が聞けるように期待しとく」
薫も分かっているのか、それ以上は何も追求することなく、茶化すように話を区切らせた。
「……ところで薫。 一限は数Bだが、予習はやってきたのか?」
身を離した薫に、純一は早々とカウンターのような疑問を投げかけた。
「あっははは……あんた、痛いところ突くわね……」
察するに、予習はやってきていないらしい。 先程までの元気はどこへ行ったのか。 目線を斜め下に逸らして、気まずそうな顔をしている。
「痛いところって何だよ、むしろ助けてるだろ? それに今日は課題提出日だぞ」
「げっ、そ、そうだったの……? うっそ、あと五分しかないじゃない!」
薫はそう言い残すと、焦りを前面に表した様子で自分の席へと戻って行く。 そんな彼女の様子を見て、純一は呆れと安堵が混ざったようなため息を溢した。
が、そんな安息も束の間。 一連のやり取りを笑顔というか、ニヤニヤした表情で見ていた梅原は、「待ってました」と言わんばかりの表情で純一に話しかける。
「やー、朝から熱々な夫婦なこと。 大将も早速不倫とは男が過ぎるぜ」
「……そんなんじゃ無いだろ梅原。 はぁ、湊もなんとか言ってやってくれよ」
朝から二人連続で揶揄われるのは少し倦怠感があるのか、憂いを含んだ瞳で純一はこちらに助けを求めてきた。
「あはは、お宝本五冊で手を打つけど?」
僕も梅原に乗っかるよう、軽快な口調でそう返す。
「うっ……それは重たすぎだろ」
「おっ、いい案だな。 大将、俺もそれで手を打ってやってもいいからな?」
「何で梅原が求めてくるんだよ」
男子高校生らしいというか、思春期らしい会話に僕たち三人は笑い合った。 女子生徒に聞かれれば引かれること間違いなしだが、幸いにして周りは煩く、会話の内容は全く漏れない。
「それにしても、今年は本当に思い切ったな大将」
「よく言うよ。 それは梅原も同じだろ?」
「えっ!?」
純一の言葉に思わず僕は反応した。
すると純一はこちらを向いて、補足するように言う。
「変な話なんだけど、梅原と一緒に校舎裏で誓ったんだよ。 『今年の冬は、いや、クリスマスは女の子と過ごす——』ってね」
「そうなんだ……」
僕は中学校の頃の彼を知らない。 だけど、いくつか彼の噂は聞いたことあった。 だから、その宣言が彼にとってとても大きな変革で、祝われるべき、応援されるべきだということを知っている。 それでもやっぱり、どこか僕の心は霞んでいて……
「そうだ湊。 湊も一緒に頑張らないか?」
「え……」
純一の提案に、僕は虚を突かれた反応をする。
「そうだな、三人寄れば文殊の知恵。 今年の冬は俺たち三人が主役になる年だぜぃ」
純一と梅原のその言葉で、わずかに霧が晴れる。 どこと無い疎外感だったのだろうか、僕の心の迷いを生み出していたのは。 けど——
「そうは言っても相手が見つからないよ……」
僕の言葉が一瞬の沈黙を生み出す。
しかし、純一は特別気にしない様子でその沈黙をすぐさま破った。
「見つかるよ。 きっと誰かが助けを求めてるはずだから」
別に深い根拠も、理由も無いのだろう。 怪我や、何かに追われた女の子がいるのは、広い視野で見れば往々にしてあることだ。 だけど、どこかその言葉は重たく、僕の胸に深く突き刺さった。
「ひゅー、格好いいこと言うね大将は」
「やめろ、別に狙って言ったわけじゃ無い。 というか、そろそろ授業始まるから席戻ったほうがいいぞ」
純一のその言葉と同時に時計を確認してみると、チャイム一分前。 時計の長針が丁度、数字の一歩手前に動いた瞬間だった。
「そうだね、それじゃ」
「大将また次の時間にな」
「はいはい、次の時間は別の話で」
それぞれが一時の区切りの挨拶を告げ、席へ戻ろうと歩を進める。 そんな中僕は足を止め、振り返って彼らのように宣言をした。
「純一、僕も頑張ってみるよ」
「……うん、応援してる」
鼓舞するよう返事をしてくれた彼に、僕は覚悟を決めた頷きで返した。
と、同時に一限始業のチャイムが鳴る。 全員が一斉に席へ戻った為か、椅子を引く音が教室中を満たした。 僕も席へ戻り、先生が来るのを待つ。
今日から、僕も頑張らなくちゃ。
変化のない一日を変えよう、そう決心した。