過労死ワイ、戦いを全力で避けた結果怠惰の魔神扱いされる。 作:シーボーギウム
話が大きく動きます。
現在俺は、久しぶりにラバルドと街に繰り出している。さっき聞いた話だが、祭りの間に起こった問題や選抜大会に関する書類を作るのに奔走していたそうで、中々暇が作れなかったため会えずにいたらしい。今日は軽くお茶を飲みながら近況報告をし合うのが目的だ。
「そう言えば、祭りの後客が増えたんだって?」
「そうなんだよ……前に比べて大分忙しくなってさー」
ラバルドも噂は聞いていたのだろう。どうやらうちの店のアップルパイが祭り以降、街で話題になっているそうなのだ。おかげで未だに客足が増えている。休みが……休みが………!
「まぁおかげで色んな人と知り合いになれたのは悪くないかな」
「客はどんな人が多いんだ?」
「うーん俺と同い年くらいの男の子が何故か一番多いな」
「………」
ラバルドが凄まじく微妙な顔をする。おいやめろ。そんな目で俺を見るんじゃない。
俺も、馬鹿ではない。生憎ラブコメの鈍感系主人公みたいなおかしな鈍さは持ち合わせていない。なんなら転生したこの身体のせいでそういう人の視線やらには敏感になったくらいなのだ。もちろん彼等の多くが俺目当てでうちの店に来ているのには気付いている。が、俺の性自認はあくまで男だ。半年と少し女として生きた影響もあって多少は女っぽくなってるかもしれないが、それでも恋愛対象は依然として女の子。男と恋人になるなど考えたくもない。
そして、好意に気付いている素振りを見せればそれで告白してくる子がいるかもしれない。それが嫌だから俺は気付いていないフリをしているのだ。
閑話休題。
「まぁいい………それで?忙しくなっただけじゃないんだろ?」
「………まぁね」
そう、ラバルドの言う通り大変になっただけではない。なんだかんだで、人との関わりは楽しいし好きなのだ。小さな子がニコニコしているのも見ていて楽しい。今の生活はとても充実していると言える。前世とは大違いだ。
前世では、仕事のせいでやりたいことは一つも出来ずにいた。いや、それどころか疲労でやりたいことを考える余裕すらなかった。そして、結局後悔だらけで、何も出来ないまま死んでしまったわけだ。
その分、今世では後悔しない様にしているつもりだ。やりたいことはやって、やりたくないことはやらない。まぁモラルは守るし状況によってはやりたくないこともやるが、それでも前世に比べれば大分自由に生活している。
「お姉ちゃ〜〜〜ん!!!」
そんな声に思考の海から意識を戻せば、そこにはリリィちゃんと、そのお母さんのハンナさんがいた。
俺は走ってきたリリィちゃんを抱きとめ頭を撫でると、リリィちゃんは嬉しそうに笑った。
「ごめんなさいねディアちゃん。いつもリリィが……」
「良いんですよ、俺も子供は好きですから」
申し訳なさそうにするハンナさんにそう返しながら、俺は甘えてくるリリィちゃんの相手をする。あの日以来、リリィちゃんは俺とルビアにとても懐いた。リリィちゃんの無邪気な様子は見ていてとても癒される。元々子供が好きな俺はもちろん、ルビアもこの子に大分絆されていた。
「ねぇお姉ちゃん見て見て!」
「ん?」
リリィちゃんがそう言ったのに反応して彼女の掌の上を見れば、そこにはいくつかの種があった。彼女はその種に向けて魔力を込めていく。
そこで、気付いた。手の中の小さな木を見せて喜んでいるリリィちゃんをよそに、俺の思考は真っ白になっていた。
人生という物語はいつも唐突だ。望んだ時に、望んだ展開が待ち受けていることは稀で、小さなものも大きなものも希望よりも絶望が多く、理不尽はいつもこっちのことを考慮してくれない。だからこそ俺は後悔のない様に生きている。だからこそ、俺に絶望が、理不尽が来ても受け入れるつもりだった。
いずれ俺の正体がバレて、この街にいられなくなったとしてもそれを許容する準備はできていた。でも、
(なんで、)
なんで、その理不尽に、
(
リリィちゃんが巻き込まれなくちゃならない……!!
瞬間、背後の気配が動いた。俺は咄嗟にリリィちゃんを抱えてその場を飛び退く。見れば、リリィちゃんがいた場所には剣が突き刺さっていた。豪奢な飾りの施された、異様な魔力が込められた剣だ。
「ハンナさん俺の後ろに!!」
「え?は、はい!」
未だ状況を掴めていないハンナさんを呼びつつ俺は思考する。
リリィちゃんとはあの日以来何度も会っている。今までは、確実に怠惰の魔力なんて持っていなかった。ごく普通の、平凡な女の子だった筈だ。大罪七属性ってのはそんなにいきなり表れるものなのか?いくらなんでも違和感がある。
不安げな表情のリリィちゃんを安心させるように笑みを返す。万が一がない様彼女をギュッと抱き上げながらラバルドに視線を向けた。
瞬間、全身に怖気が走る。
(なんだ、あの顔………)
完全な無表情。全ての感情を削ぎ落としたかのような、虚無の瞳。俺の知るラバルドはそこにはいなかった。剣を手に、光の消えた瞳でこちらを見る彼は死神のように見えた。
「ディア、
「それって……待ってくれラバルド、リリィちゃんは昨日まで大罪属性の魔力なんて持ってなかった!何か理由が……!」
「関係ない」
「え?」
「関係ないと、言ってるんだ」
こいつは、本当にラバルドなのか。
「今までがどうだろうと、その魔力を持っている時点でこの国では極刑。そこに例外は存在しない。あと聞きたいんだが、」
「何故、君が大罪七属性を知っている?」
「……っ!」
俺を睨み付けるラバルドはゆっくりとこちらに歩きながら話を続ける。
「まぁ、それに関してはまだ見逃しようがある。知っている理由を話して、
ラバルドは俺に手を差し伸べる。その手は救いの天使にも、破滅に誘う悪魔にも見えた。
現実的に考えるなら、この場でリリィを引き渡すのが最善手だ。魔力を隠す技術も知らないこの子を連れてラバルドから逃げ切るのは至難もいいところ。それに、俺にはルビアもいる。こんなところで死ぬ訳にはいかない。
だが、
(それでいいのか?)
確かにリリィちゃんとはまだ短い付き合いだ。ルビアとの繋がりとどちらが大切かと問われれば迷いなくルビアだと答えるだろう。だとしても、この場でこの子を見捨てたら俺は────
(間違いなく後悔する)
なら、やることは決まりだ。
俺は、ラバルドの手を打ち払った。
「……何を」
「ごめんなラバルド。その頼みは聞けない」
「頼みじゃない、命令だ!やめてくれ!僕の言うことを聞いてくれ!!」
「ごめん」
悲痛な表情を浮かべるラバルドに向けて、俺は怠惰の魔力を解放した。
────────────
「っ!?」
今の、魔力は……!
「ね、ねぇ、何か凄く大きな魔力感じなかった?」
「あっちの方だったのよ」
何で!どうして!?今感じたのは間違いなく怠惰の魔力だった!ディアの魔力だった!何でこの街で、そんなに大きな魔力を解放したの!?
「っ!」
「ル、ルビアちゃん!?」
「いきなりどうしたのよ!?」
教室の窓から跳び降りて魔力の方へ走る。しかし、すぐに誰かに腕を掴まれそれを阻まれた。
「落ち着くのよ!!」
「………るな……」
「へ?」
「邪魔するなっ!!」
私の腕を掴んだ奴に向けて、傲慢の魔力で氷結魔法を放つ。理由はわからないが、ディアが怠惰の魔力を使った以上、もうこの街にはいられない。なら私が傲慢の魔力を使ったところで最早関係ない。
魔法を放った方を見れば、凍りついた木がそこにあった。砕けて落ちる木々の隙間から、マリアとリンディが見えた。
「ルビアちゃん落ち着いて!!何があったの!?言ってくれれば私達も協力「できるわけないでしょ!!」っ!」
「できない!絶対に!!これは力が足りないとかそう言う話じゃない!!貴女達と私じゃ、絶望的に立っている場所が違う!!だから……!」
「邪魔、しないで……!」
それだけ告げて魔力の方へ再び足を向けようとした時、変装もしていないウィディーが二人の頭に手をかざしていた。次の瞬間、二人はその場で崩れ落ちていた。
「何を!」
「拒絶した割には心配するんだな」
「っ!」
「安心しろ、眠らせただけだ」
その言葉に安堵する。ウィディーの言葉通りに安心しているあたり、私はこの二人を拒絶し切れていないのだろう。だが私と彼女達はもう元の関係にはなれない。今、ここでそんなものは崩れ去ってしまった。だから覚悟を決めよう。
「ディアを助けて」
「ああ、だが先に行け。オレは少しやることがある」
そう言いながらウィディーは自身の背後を指差した。そこにはこの学校の教師達と、幾人かの生徒がいた。
「すぐに来てもらわなきゃ困るわよ………」
「わかってる。お前こそ急げよ」
ウィディーが彼等に向けて腕を振り上げたのを合図に、私は再び走り出す。倒れ伏すマリアとリンディが、私の方を見ているような気がした。
────────────
「ちぃ!」
怠惰の魔力に充てられたラバルドが舌打ちをしながら俺に向けて刃を振るう。しかしそれは以前見た彼の剣に比べれば驚く程に緩慢なものだった。更にラバルドはその場に膝を着いた。表情から困惑しているのが見て取れる。
やったことは至極単純。この世界の魔法において最も原始的な攻撃方法、持ち合わせる魔力をただぶつける『魔力波』を放ったのだ。
魔力は属性によって特性があり、その魔力はただ対象にぶつけるだけで幾らかの効果を発揮する。俺の怠惰の魔力の場合、被弾者に身体強化の真逆の効果を与える。
基本的に速度が遅すぎる上、純粋に魔力をぶつけるだけなため簡単に防御されてしまう魔力波だが、不意打ちで放てばそこそこにいい結果を出してくれる。
「ハンナさん!門に向かって走って!!」
「え?は、はい!!」
言いながらリリィちゃんを背中で抱え直し、生やした木から枝を折ってそれを槍のように変形させる。俺はそれと同じものを計6本用意し、それらを全てラバルドの周囲に向けて投げた。木の槍が地面に突き刺さったのを確認してからパチンとフィンガースナップを一度鳴らす。
「ぐぅ!?」
ラバルドが苦悶の声をあげる。槍は急激に木として成長を始め、ラバルドを巻き込み天高く背を伸ばした。未だ伸び続ける木から視線を外し、リリィちゃんをしっかりと抱える。
「リリィちゃんしっかり掴まってて」
「う、うん!」
身体強化魔法を起動してハンナさんが走っていったのと同じ方向に駆ける。今までと違うのは、慈悲の魔力ではなく怠惰の魔力で魔法を発動しているということ。先程の樹木魔法もこの身体強化魔法も魔力の通りや消費効率がかなり上がっている。前までなら地面を多少削るだけだった踏み込みは、今では一歩ごとに地を破砕している。
しばらくして、前方に走るハンナが見えてきた。俺は再度リリィちゃんにしっかり掴まるよう呼びかけてからハンナさんを勢いそのまま横抱きにした。
「きゃっ!?」
「すいません!」
短く謝りながらも足は止めない。ラバルドがあの木の牢獄に囚われている間にこの街から出来る限り離れなければならない。まず現状この街から出ることすら難しい可能性もあるが。
ひたすらに走る。身体強化魔法で視力も強化されているのも相まってか、数分走っただけで門が見え始めた。しかしそこで、後ろから凄まじい破砕音が聞こえた。俺は咄嗟にその場で屈むと、俺の首があった場所をラバルドの剣が通っていた。
俺は屈んだ体勢のままラバルドに足払いをしかけ転倒させる。倒れ様にも剣を振るってきたが軽く回避してすぐにその場から離脱。ハンナさんにリリィちゃんを抱かせ、離れておくように伝えた。先程魔力波をラバルドに放った時に、ルビアもウィディーくんも俺の魔力には気付いた筈だ。特にルビアなら俺の魔力を見紛うなど有り得ない。数分もすればここに来てくれるだろう。最悪その時にハンナさん達を任せて逃げてもらえばいい。
ラバルドと対峙してしまった以上、俺が生き残る確率は極端に減った。神様チート込みでも俺はラバルドには敵わない。でもルビアやウィディーくんとの共闘なら逃げるくらいは出来るかもしれない。だから俺がこの場でやるべきは、死ぬ気で時間を稼ぐことだ。
「まずは君を、処刑する」
「嫌だね。俺はまだやりたいことがあるんだ」
言葉を返しながら拳を構える。木製バンテージは付けない。あれは一種の加減だ。殺す気で戦うのなら、身体強化された素手の方が木などより遥かに硬い。
「シッ!!」
高速で踏み込み、左の拳を放つ。しかし首を傾けるだけで避けられた。想定内、いや、むしろそうされることを前提に放った拳だ。俺はラバルドの横を通り過ぎた拳を勢いよく引き戻す。
「がっ!?」
拳が後頭部、正確には延髄に直撃した。
ラビットパンチ。前世において殆どの格闘技で禁止された反則技だ。生憎、命がかかっている上に、更に相手の方が力量が高い状況で正々堂々戦える程俺は人間ができていない。なんなら相手は帝国最強のラバルドだ、反則技でも積極的に使わなければまともに戦うことすら不可能だ。
延髄への一撃でフラついたラバルドの顔に向けて右の拳を放つ。彼はフラつく身体に任せて頭を下げてそれを避け、剣を持たない左手を俺に向けた。それを見て俺は急いで身を逸らす。次の瞬間には左の頬が浅く裂け、僅かに血が滴る。
(ウォーターカッター!?)
明らかに規模がおかしい。大きいという意味ではなく、小さ過ぎるという意味でだ。一瞬とはいえ、魔法で強化された視覚でありながら彼の手に水は確認出来なかった。恐らく小さな水滴を高速で飛ばしたのだろう。
はっきり言って異常だ。魔力操作は緻密とかいうレベルじゃない。同じことができる人間は探せば見つかるだろうが、それをこんなインファイトで、延髄を殴られフラつく視界で放てる人間は彼以外存在しないだろう。仮にラバルドが万全な状態だったのなら俺は死んでいたかもしれない。
俺は足元から木を成長させ、ラバルドを腹から突き上げようとする。しかし彼は既のところで横に転がって回避した。追撃の拳を放つが、それも避けられ地面を砕くだけに終わる。その拳を打ち切った体勢の俺に向けてラバルドは剣を振るう。上段から放たれた一撃を空いた左手で刀身を押して逸らし、続く横薙ぎの剣を右手でカチ上げる。不安定な体勢になったラバルドの腹に向けて蹴りを放ち、勢いを利用して距離を取った。
「はぁ!!」
地面を踏み抜く。強化された脚力はそれだけで周囲の地を揺らした。未だラビットパンチのダメージが抜けきっていないのか、ラバルドは少しだがフラついた。その隙を狙って近づき、正拳突きを放つ。拳は彼の胸部に吸い込まれ────
────突如現れた、もう一つの剣に遮られた。
「!?」
即座にその場から跳び退く。剣はデザインも魔力も先程まで持っていた剣と一切相違がない。つまりあれは、
「特殊魔法……!」
だとすると疑問が残る。剣に込められた魔力が、ラバルドのそれと僅かに違うのだ。違う属性でも、持ち主が同じなら深く根本的な部分で魔力の質というのは変わらない。しかしあの剣はその根本的な部分が違う様に感じた。
「二本目を抜いた僕相手に、君じゃあ敵わないぞ」
「剣が二本になっただけで随分余裕だな」
「ああ、君は知らないのか」
「……?」
ラバルドは徐に両手の剣を手放した。二本の剣はゆっくりと落ちただけだが、地面に突き刺さった。それがあの剣の切れ味を表している。
彼は両手を広げ、掌に魔力を込める。またウォーターカッターかと身構えるが、彼の手に現れたのは水ではなく、またも剣だった。彼はその剣は持ったままにこちらを見据える。
「この剣は、君の予想通り特殊魔法だ。名は【絶剣デュランダル】。この剣は凄まじい切れ味と、絶対的な硬度が特徴で、持ち主の身体能力をブーストする力がある。だが最たる特徴は別にある。それは………」
言葉と共に、ラバルドは一歩踏み出す。
「この剣が、
言い終わるや否や、ラバルドは手に持っていた二本の剣を俺の方に
しかし避けた三本目の剣を、ラバルドが俺の背後で掴み取った。
「なっ!?」
なんとか身体を前に倒して剣撃を避ける。腰まであった髪が背中のあたりで切り落とされた。
(動き変わりすぎだろ!?)
恐らく身体能力自体はさっきと変わりない。ただ加減をやめたのだ。剣一本でも俺はラバルドには勝てないだろうが、相当の時間粘ることはできるだろう。それにラバルドも気付いたのだ。
「はぁ……まだ、甘いな」
ザシュッ
「え?」
淡白な音に、思考が止まった。ジワジワと、熱に襲われる。
「あ、ああ……!」
熱く、熱く、燃える様な激痛が俺を支配する。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!!?!?」
俺の右肘から先が、斬り飛ばされていた。
しばらくシリアスが続きます
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