柱を伝い、罅の入った屋根の上に登る。目的の相手は既に到着していて、その隣にわしも座り込んだ。
今夜の見張りは隊長とわしの二人。
「よ、よろしゅうお願いします」
「はい、よろしく」
憧れの人物が隊長を務める特攻隊に転がり込む勢いで入隊して、共に戦場を駆け巡るようになり数ヶ月が経った。
目を閉じればこの数か月間での様々なことが思い出される。
例えば、隊長に話しかけようとしてもカチコチして何もできなかった事とか。
例えば、もっと良い鎧を装着してほしくてコネを使い赤色の武具を一式取り揃えた事とか。
例えば、特攻隊の名に恥じぬよう動いていたら何時の間にか副隊長の位置にいた事とか。
例えば、今度こそ攘夷活動以外の会話をしようとしたらカチコチして何もできなかった事とか。
主に隊長関連で撃沈してばかりの数ヶ月の自分の働きを思い出し、落ち込む。
醜態ばかり晒していたような気がする。つっかえずに喋れたのってあったっけレベルだ。この前なんて気を抜いていた瞬間目の前に現れた隊長に吃驚しすぎて派手に転んでしまった。死にたい。
『坂本さん! あの話を知っていますか? いやほんと、すごい奴らが現れたらしいんですよ!』
羅刹天の武勇伝を初めて聞いた時に生まれた憧れという感情が、隊長――松下清麿を前にするとどうしても抑えきれなくなってしまう。己自身も舞い上がっていてはいけないとは分かってはいても、だ。
戦場の火蓋を切り続けるこの人の背中を追っていると、自然と隊長の武技の一端を目にすることになる。百発百中、精確無比の槍捌きで多種多様な姿を持つ天人の額を貫き、いとも容易く屠る。隊長の隊は最も消耗が激しく、死人が少ない。猛進する隊長に追い縋ろうと歯を食いしばりながら突き進む間に何時の間にかそうなっているという、矛盾した好循環。
ㅤ普段は黙しているが、いざ一度軍議の際に口を挟めばそれは必ず大勝に繋がる。犠牲を最小限に抑え、最大限の戦果を得る。口にするのは簡単でも現実にはし難い言葉。損害を可能な限り遠ざける、あの人にはそれが出来た。それを傍で実感して、どうやって高揚せずにいられるか。
わしは今、この時代で最も新しく生まれた英傑の雄姿を一番の特等席で眺めているのだろう。意識を失いそうになるほどの激戦の最中、烈火の如く十文字槍を振るうあの人を見てふと思う。英傑。その二文字が脳裡に自然と浮かび上がった。
あの勇ましい後姿を見続けていれば、この高揚は落ち着くどころか膨れ上がる一方で。何時まで経っても慣れることが出来ず、隊長の足を引っ張らないように意地で食い下がっていくだけで精一杯。
舞い上がる感情を隊長も察しているのだろう、本当に必要なこと以外、隊長がわしに話しかけてくることとはなかった。
そう、自分から話しかけなければいけない。
普段のように振る舞えば良いだけだと己に言い聞かせ、どのようなことを話すか事前に整理をつけておき、深呼吸を数度繰り返して……繰り返して…………吸い過ぎて過呼吸になりかけつつ…………ついに、話しかけた。
「あの、隊長。少々よろしいか」
「はい」
「し……四天王の、御自身の後釜に、わしを据えればええと進言したと聞いたが、本当やか」
少しドモりつつも良い調子で話し出すわしに、隊長は「ああ」と納得したように頷いた。
「僕は四天王という異名に頓着していないし、興味もありません。あれ以上の騒ぎに発展するかもしれないともなれば、収集はつけないと」
『あの四人に坂本さんが増えるとなると、次はどうなんだ……? 攘夷五人衆?』
『なんか格落ち感があるな』
『それな。シンプルに五天王で良いと思うが』
『いっそ五人で四天王でもいいんじゃね?』
『いやいや、もっと相応しい呼び名があるはず!』
一週間ほど前のことである。
銀時たちに追随する剣の腕を持つらしいわしは、わしの知らない内に攘夷四天王の輪に加わえられようとしていた。
わしにとっては隊長と同じ括りにされるのは畏れ多くてとんでもないことだったのだが……。
それはともかく、わしの知らない時に発生した話題はわしの知らない間に発展し、わしの知らない内に消滅した。議論が白熱しすぎて血で血を洗う決闘にまで及んだらしく、高杉がブチ切れて騒ぎに混ざっていた連中全員をぶっ飛ばしてその場は終着したようだ。
隊長としては、そんな無駄なことを二度と起こさせないように事態の鎮静化を図りたいのだろう。
元々隊長は攘夷四天王の中ですら別格、突出した存在だった。殿堂入りということで抜けた穴にわしを据えればいい、と口にした隊長に、皆もあっさり納得した。してしまった。
名誉あることだ。隊長に認められていたのかと喜びも感じている。だが、わしは……それに重荷を感じていた。途轍もない肩凝りができてしまうのではないかと思うほどに重かった。
「わしには、隊長の跡を継ぐ自信なんてまっこと……」
きっと隊長にそんなつもりはないのだと分かっている。ただ、仲間たちがやんちゃしすぎないように纏めているだけ。後釜だなんてこれっぽっちも考えていないだろう。勝手に大袈裟に捉えて勝手に落ち込んで、これは己の自意識過剰にすぎない。
それでも、隊長の穴埋めに変わりはない。とにかく自信がなかった。陸にいるというのに船に乗っているかのようで、ゲロを吐いてしまいそうだ。
「辰ちゃん。貴方はこの戦争が終わったら、何をするつもりですか?」
「へ? た、たっちゃん?」
「はい、辰馬なので辰ちゃんです」
「そ、そうやか……あ、あの、えええーっと…………は、恥ずかしながら、無計画のままこの戦に参加したもので、まだ何も考えちょらん言うか、なん言うか」
あはは、と控えめに笑いながら頬を掻く。この時ばかりは頭からっぽと揶揄される己のカラカラ具合が恨めしかった。
「僕は宇宙へ行きます」
「へえ宇宙……へああ!? な、なんやって!?」
「宇宙です。この戦の勝敗がどのようなものになろうと、僕は宇宙へ行きます。そして様々な場所で色々なものを見るんです」
「ほあぁぁぁぁ、そうなんやか」
この時のわしは地球に収まらずに宇宙へ進出するなんて、隊長すごか! とアホのように頷くことしか出来なかったが、隊長はわしの反応を見て心なしか笑った……様な気がしなくもない? かな?
後から考えればこの人は、天人と戦っているというのに天人の住む場所へ行くだなんてと否定的なことを言われるかもな、なんて思っていたのかもしれない。
「辰ちゃんもいつか宇宙に来る、そんな気がしてなりません」
「ええ!? ま、まあ、たたた確かに、宇宙で商いをやるのもええかもと今ちっくと考えたが……」
「だから、僕の後は貴方が良いんです」
「……あっ」
急に戦後についての話をし出したかと思いきや、それが言いたかったのか。なんて、不器用な隊長の言葉がストンと腑に落ちてしまい、そして一気に気恥ずかしくなった。
星々が煌めく夜空の下、隊長の青の目と視線が合う。
深夜の冷たい風が吹き飛ばされたような気がして、何となくほんのりと胸が暖かくなる。
スジちゃんを差し置いて副隊長など、ともぐるぐる考えていたものの、それからはもう我武者羅に頑張るしかないなぁ……。諦めもつく。
攘夷四天王として。特攻隊副隊長として。
この戦争を生きぬく男だと、他でもない隊長に信じられているのだから。