坂田銀時にとって松下清麿とは、世話のかかる人物である。
まず、清麿は話さない。挨拶は欠かさず、道場稽古の掛け声ではハッキリと腹の底から発声している。だが清麿は心に思ったことを口で言い表す行為がとても下手糞で、自分の意見を相手に伝えるというコミュニケーション能力が欠如していた。それを自覚しているのか、とにかく清麿は日常生活で会話を行わない。大半は首の動きで肯定と否定を表現し、あっても精々が簡潔な返事をする程度だ。
銀時は村塾で二番目に清麿との付き合いが長く、清麿が何を伝えたいのか言葉足らずでも比較的察することが出来る。塾生が清麿と意思疎通を図る為だけにその都度昼寝から叩き起こされるのだからたまったものではなかった。
そして、清麿は暇さえあれば槍を振るう。いったい何が楽しいのか、眠気に誘われる春の季節もうだるような熱気が漂う夏の季節も腹の音が鳴り響く秋の季節も布団から出たくない冬の季節も、どんな時でも鍛錬を欠かさない。
それだけなら実直に己を鍛える生真面目さと捉えることが出来たが、とにかく清麿は加減というものを知らなかった。塾生たちが交代で休憩を挟みながら相手をしても先に音を上げるのは何時だって塾生たちの方で、滝のような汗を流しながらも鍛錬を続ける清麿を止める手段は食事・就寝・強制終了(松陽のみ発動可能)だけである。
食事と就寝すらも、声をかけなければそんなものは必要ないとばかりに鍛錬に没頭して摂ろうとしないのだ。銀時にはバカの極みだとしか思えなかった。銀時にとって最悪だったのは、その鍛錬の一環に付き合わされることだ。
清麿の稽古には普段は他の人物が付き添っているものの何時までも相手が出来るわけではない。別の仕事で道場から去る松陽を見送った清麿が次にロックオンするのは、塾生で最も強い銀時だった。逃げても逃げても絶えず追いかけてくる、振り切ったと思いきや心の内が読めない鉄仮面が目の前にあった、ホラー映画に出てくる幽霊が如き振る舞いをする清麿に銀時はトラウマを植え付けられた。
他にも色々とあるが、とにかく清麿は世話のかかる子供だというのが銀時の認識だ。
銀時と清麿はそれぞれ異なる時期に吉田松陽という男に拾われた孤児であるが、村塾の誰よりも能弁の銀時と村塾の誰よりも訥弁の清麿はまさしく正反対。傍から見れば反りの合い様がない二人に見える。しかしどういう運命の巡り合わせか、邂逅したばかりの二人はどうしても関わらざるを得ない状況下にあった。
話を過去に戻そう。吉田松陽、坂田銀時、松下清麿。三名で日本各地を旅していた当時、銭を稼げる働き手は松陽しかおらず、松陽が町で仕事をしている間銀時はまだ幼い清麿の面倒を見なければならなかった。身形から察するに四、五才。拾われた当初の清麿の寡黙具合は今以上のもので、銀時はもしや言葉というものを知らないのではないかと疑ったこともあるくらいだ。
こんな面倒なことなどせず一人で町を見て回りたいが、松陽から清麿の身を頼まれている以上放り出せない。少しだけ、何も話さずただじっと暗い目で座り続ける年下の子供が、松陽に拾われたばかりの自分の姿に重なって見えたこともあり、銀時は清麿の世話を焼いてやろうと思った。これが一つ目。
松陽が仕事先の同僚に貰ったという御菓子を二人に分けた時、清麿はぼんやりと掌に収まった饅頭と、口笛を吹きながら機嫌良く饅頭を食べる銀時を見比べ、自分の分を銀時に差し出した。甘味をこよなく愛する銀時は大層喜び、今後は清麿がいることでおやつの分量が増加する未来を予期し、清麿の存在を有り難がった。これが二つ目。
銀時は久し振りに松陽と剣の打ち合いをした。食い扶持が一人増えたことで暫し行えなかった稽古であるが、松陽は持ち前の体力であっという間に適応し、銀時との稽古の時間を取り戻したのだ。その稽古で銀時は以前と変わらず松陽に呆気なく一本取られまくって終わった。そして銀時が休憩に入った時、危ないからと少し離れた場所で二人の稽古を眺めていた清麿は二人の前で初めて声を発した。「僕を、強くしてほしいです」と。
銀時は内心こいつ喋れたのかと驚いていたが、松陽はそれを笑顔で承諾。銀時と入れ替わる形で清麿は木刀を握り、松陽と対峙した。陳陰流の構えを取りながらも技術がないまま剣を扱う清麿はあっさりと松陽に敗れるが、直ぐに立ち上がって木刀を構え直して稽古の続行を願い出る。負けては立ち上がり、立ち上がっては負け、それを繰り返す間に空は赤く染まっていた。
夕飯支度をしなければいけないと松陽が告げたことで漸く木刀を下ろした清麿の全身は汗でまみれ、打撲跡がそこいらに色濃く残っている。荒く息を吐きふらつきながらも倒れることはなく防具の片付けを行う清麿を見て、銀時は未熟な剣の腕前に呆れ返りながらも根性だけはあるとこっそり見直した。淀みない手つきで包帯を巻いていったことは、苦虫を噛み潰したような顔になったが。これが三つ目。
三つの出来事が二人の関係の起点だったと、清麿との今までを思い返した銀時はそう思う。
あれから色々なことがあった。清麿が剣ではなく槍を使うようになったり、拠点を決めて定住したり、かと思いきやさっさと町を出ていくことになったり、名門に通う塾生二人を不良に堕としてやったり、悪ガキと化した二人が旅の面子に加わって騒がしくなったり。身の回りの人物等が悉くストレートなのが心底気に食わなかったが、引き千切ってやるのはまあ勘弁してやろうと慈悲の心で大人の階段を昇った。
そうしたことがあり、現在は環境も相応に変わったのだが、清麿は何時まで経っても鍛錬を積み重ねるだけ。話しかけても碌な返事はなく、いざ返答があった時は余計な一言ばかり多い。授業の時間以外は素振りを行う清麿に、銀時は疑問に思う。
何故こんなにも修行バカなのだろうか?
他に楽しみはないのか?
強くしてほしいと言っていたものの、強くなってお前はどうしたいのだろうか。
実際に聞いてみた。
が。
「……?」
首を傾げられて終わった。清麿はとにかく話さないのだ。いや、口にするのが苦手というよりもそもそも質問の意図を理解していないのかもしれない。答え方が分からないほど、この子供にとって鍛錬とは行って至極当然のものとして頭に刻まれた行為なのかもしれない。
もしやこいつ、修行だけが生き甲斐の悲しきモンスターなのでは……? そんな疑いが銀時の脳内に浮かぶ。高杉にボコボコにされて顔面が腫れ上がっても包帯でぐるぐるに補強して再戦に挑むし。ヅラがどんなに嫌そうな表情をしてもひっついて修行に付き合わせようとするし。化けも……松陽と一番稽古してるし。
銀時も松陽に勝ちたいと特訓に励んではいるものの清麿(とついでに高杉)ほどひたむきではない。ジャンプの発売日は全てを放置して買いに行き、おやつが配られれば誰よりも早く食べ終え他の連中から掠め取る。しかし清麿にはそれがない。ただ己を高めている。全てを最低限に済ませて槍を振るう。
本人がそれで満足しているのなら別にそれでいい、自分の人生なのだから好き勝手に生きればいい、他人がとやかく言う筋合いはない。鍛錬に付き合うのだけは面倒だが高杉と桂が増えてからは相手をする回数も減った。なら後は放っておけばいいというのに、なんとなく清麿の生き方というものを気にかけていた。そんなある日。
「これは君にあげたものです。所有権は君にありますから、これをどう扱おうが君の勝手。ですが、私はこれを清麿に食べて欲しくて差し上げたということは忘れないでくださいね」
口元が餡蜜でベタベタになった銀時と何も刺さっていない串を持った清麿。何時ものおやつ譲渡だったが、それを発見した松陽はそう言いながら二人の頭を撫でて微笑んだ。銀時は甘い物を愛しており、意地汚い性分もあって他人の分も一切の罪悪感なく平らげてきた。だが、清麿はどうなのだろう。そこで銀時は清麿の好きな物をなにも知らないことに気付いた。
そして次の日、清麿はおやつの際、銀時が把握している限り初めて甘味を食べた。食べたというより、一口だけ齧った。不味いと思ってるのか美味しいと思ってるのかさっぱり窺い知れない顔のまま咀嚼し、残った金平糖を銀時に手渡そうとする。銀時はそれを受け取らず、気になったことを聞いてみた。
「甘いもん好きか?」
清麿は直ぐに首を横に振った。
「辛いもんは好きなのか?」
今度は三十秒ほど間が空き首を横に振った。
「……お前、好きなもんってあんの?」
一分、二分、三分。カチカチと時計が鳴る。清麿は「あ」と何かに気付いたような声をあげた。
「僕、銀ちゃんが好きです」
鉄仮面を崩した清麿が再び手渡した金平糖、多種多様な色の粒が入った小袋を受け取った銀時は素っ気ない返事をして一粒ずつ食べ始める。こちらに視線を送る主の存在を無視しながら、軽く自棄になって大きく開けた口の中にまた一つ放り投げた。甘ったるい味だ。
清麿はそれからも銀時におやつを横流し続ける。
しかし以前とは違い、一口分は食べるようになった。
銀時はそれからも清麿のおやつを横領し続ける。
しかし以前とは違い、清麿の前で完食するようになった。
清麿の修行バカっぷりは変わらないし。銀時の甘味バカっぷりも変わらないし。だからなんだという話だが、銀時はなんとなく少しだけ、ほんのちょっとだけ、清麿との距離が近付いた気がしたのだった。
「銀ちゃん」
「あ? ……朝練に付き合えってか、どうしてもっていうならジャンプ買ってこいよジャンプ」
「……」
「知ってんだぞ、小遣いたんまり溜めてんの! ジャンプ一回分で一週間付き合ってやる!」
「からっぽです」
「はぁ? 嘘つけ、松陽はお前に甘いんだぞ……ってそういやぁ使いすぎて練習用の槍がぽんぽん折れてんだったな、新品買い揃えたか。ッチ、しょうがねぇ、飯食う前の一回だけだかんな」
「銀時、人には清麿を甘やかすなと言っておきながらお前が一番あいつを甘やかしてないか?」
「どこが?」
「いや、見るからに……」
「だからどこがだよ」
「……」
「気色悪い顔すんな、ヅラ」
「ヅラじゃない桂だ」
圧倒的銀時票。独立した話にするつもりはなかったんですが、思ったより走者パートと関係ない内容になってしまったし長くなったのでポイ。
大人になるまで彼のスタンスはこんな感じです。
日刊ランキング一位を取ってとても嬉しいので、エタらないように頑張ります。
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