願いの宝石   作:ヒイラギナンテン

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 最初の宝石を持って行かれた俺は、近づいてくるパトカーのサイレンにあの場からすぐに離れた。そして、両腕の袖を肩部から引き千切り、包帯代わりに削がれた右腕に巻くとそのまま真っ直ぐに次の場所を目指した。

 

 傷に合わせて破けていた右の袖は血でドロドロになっている。道に設置されている街灯の下を通る度に、真っ黒に染まった布が人に見せられない自分の今の有様を再認させた。

 

 それでも家に帰るなんて考えを選択しようとも思わなかったのは、不安だから。

 

 

 石造りの階段を駆け上がる。生い茂る木々に囲まれていて、背後、ずっと向こうでは街の窓明かりがぽつりぽつりと消えていく。

 

 灯りの乏しい参道は進めば進むほど暗闇が増す。その先で、少しだけぼうっと光が広がっている。

 

 風が吹き木の葉が揺れ擦れる音だけの静まりかえりの中で、靴裏が石床を叩く音が小気味よく耳に届く。吐き出す息は声を伴っていた。

 

 たぶん自分自身に急かされている。

 

 

 最後の段を登りきると一気に空が開けた。鳥居を抜けて境内に入る。地上から一気に駆け抜けてきた体は火照っていて、汗が夜風と共にひんやりとした。

 

 当たり前だが誰もいない。

 

 この境内のどこかにあの宝石があるはずだ。

 

 

 懐中電灯でも持ってくるべきだった。そう感じたのは探し始めて間もなくしてだった。

 

 けれど、胸の裡で呻く不安が、一時的にせよこの場から離れることを拒絶した。

 

 目は光がなければ何の役にも立ちはしない。この暗闇の中では、懐中電灯がなければ著しくその機能が落ちている。それが分かっていても尚、取りに行く気にはなれない。一時でも視界からこの場を離したら、その内にまた見えないままに持って行かれてしまう気がしたのだ。

 

 何処だ? 地面をくまなく探す。しゃがみ、手のひらで地面を浚った。茂みを掻き分けて目を走らせる。突っ込んだ腕には木の枝で引っ掻き傷がいくつも出来た。

 

 思いつく限りの方法、僅かながらの視界と触覚を総動員して探していく。

 

 一向に見つからない。何処だ? 何処にある。

 

 やがては、本当にこの場所にあるのだろうかと疑心が頭をもたげる。振り払うように首を振る。

 

 退いてなるものか、俺はあれが欲しい。あんなものを見てしまったから、俺の今までの空虚が陥穽のごとくに広がった。

ああ違うんだ、と今までの全ては否定されて、ようやく自覚してしまったのだから仕方が無い。

 

 疑うこと自体が既に間違いだ。いくつも確かめたんだ。なら在る。手に入れられないのは俺自身が原因でしかない。

 

 

 動き続けて随分と時間が経ってしまったようだ。空は白んできて、視界も明快になってきた。

 

 こうなってしまえば、しゃがんでの捜索の方が効率が悪い。固まった全身の筋肉を労るように立ち上がる。急激に巡りの良くなった血によって立ち眩んだ。

 

 伸びをして、改めて周囲を見回してみても見える範囲には捜し物は見当たらない。もっと奥だろうか?

 

 藪の中に足を踏み入れようとして、神社の陰に蒼い物を見つけた。近づくと確かに探していた物だった。

 

 なるほど。明るい中で見たら周囲の色合いに全く溶け込むことが出来ておらず目立つ。

 

 ため息を一つ。安堵からか、それとも無駄なことをした自分の馬鹿さ加減か……どっちもだろう。

 

 腰をかがめ、宝石を摘み取る。――触れた瞬間とんでもなく脳髄が震えた。

 

 さあ叶えろ! 願いを寄越せ! 約束だ約束だ約束だ!

 

 直接、頭の中にスピーカーをねじ込まれたかのような大音量の叫びが溢れかえる。遠雷が重なり合ったような揺さぶりに頭痛が激しくまともに立っていることすら困難だった。よろめいた足を踏ん張って、神社の壁に手を付きようやっと立っていられる。

 

「うるさい。お前の役目はまだ先だ」

 

 何時の間にかカラカラに乾ききってしまって口から言葉を絞り出すように吐く。

 

「願うものは三つ全て決まってる。だから待て、もう少し待て。時が来たら必ず願う。だから――俺に従って黙ってろ!」

 

 スーッと頭の中の叫びが退いた。短い間隔で息を吐き、呼吸を整えていく。

 

「ああ、もう少し待ってろ。すぐに仲間を集めるさ」

 

 手の中で、緩やかに脈動するように願いを求める蒼い宝石に囁く。

 

 ようやくの一区切り。

 

 現金なもので、胸の裡で澱んでいた不安が晴れ晴れとなる。

 

思いの外、体の疲労は酷いようだ。

 

 欠伸をしながら鳥居をくぐり、登ってきた階段を見下ろしてげんなりした。

 

 すぐに体を休めたい。そういう思いが強い。また欠伸を一つ。

 

 展望の向こう側に風芽丘高校が見えた。もちろん今日も授業がある。

 

 このまま登校しても、どうせ寝るだけだ。なら布団で体を労る方が良いに決まってる。帰って寝てしまおう。

 

 石段に足を下ろす。

 

 

 決めていた通りに帰ってすぐ寝入る。しかし、昼も目前という頃にしつこい電話の音に起こされることとなった。

 

「はいはい。根代です」

 

 寝起きの苛立ち混じりの声を受話器に叩き付ける。

 

 相手は担任だった。お決まりの名乗りと、朋希が居るかと尋ねる。本人だっつうの。

 

「俺です。何の用件ですか?」

 

『今日学校に来なかったから気になったんだよ。実は昨日の夜に事故のあった動物病院の近くで君を見たって子が居てさ。無事か気になったんだ』

 

 のんびりとした声が聞こえる。ぽやぽやとした締まりのない話し方は、この教師の気質を端的に表していた。だから生徒にはよく嘗められる。

 

「事故って、どんな被害が出たんですか?」

 

『病院は塀が壊れた程度だよ。人も入院していた動物にも一切被害は無かったとされてる』

 

「だったら、俺に何かあったわけ無いでしょう」

 

 それぐらい分かれ。心の中で悪態を吐く。そんなすっとぼけた事を言っているとさらに嘗められることになる。

 

 睡眠の邪魔をされたことは仕方ないかと割り切ることにした。

 

『病院とは別に、ほど近い場所で二カ所に事故があった形跡があるんだ。それも片方には多量の血痕が残されてる。根代は普段、休むときは絶対に連絡くれるだろう。それが今日に限って連絡すらないから心配になった』

 

 ……。血痕は十中八九、俺のものだろう。となるとこの教師の心配もあながち的外れとは言えなかった。

 

『まあ何も無かったんならそれで良いんだ。安心した。それでどうして今日は休んだんだ? 体調でも悪いのか?』

 

 ここで頷くのは簡単だった。お人好しの担任は簡単に信じて、他の教師連中にもそう伝えるだろう。そしてまた陰で小馬鹿にされる。他の教師からみた俺の評価なんてそんなものだ。

 

 実際のはなし、体調が悪いのは事実ではある。だがなんとなく……そうなんとなく、頷くことが躊躇われた。

 

「なんでもありません。これから行きますよ」

 

『そうか?』

 

「ええ、午後には間に合わせます」

 

『わかった。気をつけて来なよ』

 

 受話器を置く。

 

 ……さて、着替えるか。

 

 不格好に巻かれていた布をほどく。出血は生乾きになっていてべとついている。少なくとも溢れ出すことはなさそうだ。乱暴に消毒液を振りかけて、布で拭う。その後、包帯を丁寧に巻いていく。制服の袖下に隠さなければならないので、出来るだけ重ならないように螺旋状に巻いていった。

 

 巻き終わって、右腕――怪我をしている方――を軽く動かして調子を確認する。疼痛は止むことは無い。腕を伸ばすと痛みが増すが、我慢できないほどではなかった。

 

 問題ないな。制服の袖に腕を通して。着替えていった。

 

 全ての準備を終えると家を出る。

 

 ちょうど、隣の部屋の人が出てくるところだった。

 

「こんにちは」

 

 義理程度の挨拶をすると、相手は一応の挨拶を返してはくれる。けれど態度と表情が煙たがっていることを雄弁に語っていた。

 

 極まり悪く感じるのも悔しいので、堂々と目の前を横切ってやった。階段を下りるまでに足音は聞こえなかったので、ずっと後ろから睨まれていたのかもしれない。

 

 

 教室に立ち入ると、思い思いに集まって歓談していたクラスメートが一斉に俺の方を注目数する。しかし、すぐに興味を無くしたように元の会話に戻っていった。親しい者はいないので当然と言える。

 

 誰にも気にされること無く、後ろ窓際の自分の席まで歩いて行った。

 

 担任に言ったように、午後の授業が始まる前だ。

 

 

 

 

 放課後になって、パソコン教室に入る。これで二日連続となる。今まで一度たりとも利用したことが無いのにこの有様だ。

 

「やあ、昨日の病院で事故があったらしいけど大丈夫だった?」

 

 昨日、世話になった男が気づいて声を掛けてきた。丁度良い。

 

「なんともない。用は既に済ませてある。それよりもまた調べて欲しいことがあるんだが、お願いしても平気か?」

 

「ん、構わないよ」

 

 言いながら彼は手近のパソコンの電源を入れて椅子に座る。

 

「で、何を知りたいのかな?」

 

「海鳴市内にある学校全てを写真付きで知りたい。目的は一つだけなんだが、生憎と外観しか知らないんだ」

 

 昨日突然に得た未来の記憶によると、例の宝石があるはずの場所だ。

 

「えーと、せめて、小学校なのか中学校なのかとか分からない?」

 

 どうだろう。判断できる材料を探して掘り起こしていくが見あたらない。

 

「悪い。それも分からない」

 

「了解っと。まあ何とかなるよ。でも喫茶店、動物病院の次は学校かー。繋がりが全く見えないなぁ。あ、一つ目だよ。これはどう?」

 

 言って、モニターを指差した。見ると正面から校舎を映した写真がある。

 

「違う」

 

「残念。さすがに都合良く一つ目でビンゴとはいかないか」

 

 彼は頷くと手を動かしてまた、画面に表示されている内容を変えていく。

 

「結局、どうしてその学校を探してるの?」

 

「捜し物だよ」

 

「昨日のも?」

 

「まあ、そんなとこだ。色んなところに散ってしまっているから、探し回らなきゃならない」

 

「まるでスタンプラリーみたいだね」

 

「あー、そうかもしれない」

 

 会話を続けながら次々と探し出された写真を確認していく。その度に俺は首を振って否定していった。

 

「そういえば、翠屋の方はもう行った? 捜し物って話だけど、あそこにいったら是非食事をするべきだね。僕なんてしょっちゅう行って長居してるよ」

 

「食事で長居? どうしてだ? 飯喰ったら、それで終いだろう。後は会計を済ませて出て行くだけだ」

 

「華がないなあ。あそこはパライソなんだよ」

 

 どういう意味だ? 脈絡もないように思える突然の言葉に首を傾げる。

 

 って。待て――。

 

「そこだ」

 

 画面に映された写真を見て声を上げた。

 

「あ、此処? えーっと、市立海鳴西小学校ね。どうする。また地図居るかな?」

 

「頼む。後はそうだな……そのホームページってのは学校について詳しく載ってるのか?」

 

「え? あ、ああまあそうだね。行事とか、生徒の様子とか色々載ってるよ」

 

「なら、それを見ていこうか」

 

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