耳が割れるような轟音に真っ先に反応したのはクーフーリンだった。直前まで見せていた葉の手際を褒める兄貴肌は消え失せ、緊迫した顔で杖を片手に硬く握りしめて叫んだ。
「おい、今すぐここを離れるぞ!葉は嬢ちゃんを頼む!」
「分かりっ、ました!」
「え!?いきなり何……ってきゃぁっ!?」
言うが早いか、彼は立香を小脇に抱えると、急な事に呆気に取られているマシュの手を引き駆け出した。葉は指示通りにオルガマリーを抱きかかえ、クーフーリンの背中目掛けて
あれよあれよとしている内に抱きかかえられたオルガマリーはしばらく茫然としていたが、頬を打つ乾いた風に正気を取り戻すと、既に横顔が見えるクーフーリンを問い詰めた。
「ちょ、ちょっと!いきなりどうしたのよ!」
「バーサーカーだ!あの野郎、森から出てきやがったんだ!」
返答に顔が青ざめるのを感じた。バーサーカー。黒化したセイバーが最後に打ち破った相手であり、この地で行われていた聖杯戦争において最強を誇るサーヴァントだ。
真名はあのヘラクレス、神からの数多の試練を乗り越えた大英雄だ。残留思念が特異点の魔力と結びついたシャドウサーヴァントに身をやつし、宝具は失われ、ステータスも本来より衰えていながら、なおもクーフーリンをして脅威と言わしめる恐ろしい狂戦士だ。
『刺激しなければ大人しくしてるって話だったよね!?いきなりどうして!』
「葉の召喚に反応したんだろうな、あいつに警戒されるなんざ名誉だ誇れ!」
「困ります!」
ロマニの言うように、影化したバーサーカーは己のマスターが拠点としていた城を囲む森から動かずにいた。残留思念に成り果ててもマスターを護ろうとする忠義に驚きながら、戦闘を避けられそうだと胸をなでおろしていた。
しかし、クーフーリンの言葉通り、葉、即ち新たなサーヴァントの出現に反応したのか、かの影英霊は森を出て脅威の排除をしようとこちらに向かってきている。
それを裏付けるように、軽口を叩いている間にも破壊音と地響きは急速に近付いていた。特異点化した冬木市の魔力濃度は葉の故郷である幻想郷並みに高まっており、それに比例して葉の飛行速度もクーフーリンが俊足のルーンを己に刻んでようやく並走出来る程に高くなっていた。
なのにも関わらず、遠くから響いていた地響きは離れていくどころか、今にも一同に肉薄しようとしている。
「戦闘は避けられません!マスター、指示をお願いします!」
「えぇっと、えぇっ……ど、どうしよう」
指示を仰がれた立香は逡巡する。今からバーサーカーとの戦闘で消耗してしまえば、先に控えているセイバーへの勝ち目は今より細くなってしまうだろう。それでもマシュの言う通り戦闘は避けられない。決断をするには、時間も経験も、何もかもが今の彼には足りていなかった。
「マスターさん……。……よし」
葉は立香の悩む様を見て腹積もりを決めた。もとはと言えば自分が召喚されたせいで撒かれた種だ。ならば自分で解決するのが当然の事だろう。
何より、立香とオルガマリーは今を生きている。マシュは半人半英霊、半分でも同じように生き続けている。クーフーリンには自分と違って決定打がある、セイバーとの戦いには欠かせない存在だ。
クーフーリンの顔を見た。視線に気付いたクーフーリンは葉と目を合わせると、意図を察したのか苦悶の表情を浮かべたが、直後には吹っ切ってみせて頷いた。
「なに、何よ?何通じ合ってるの?バーサーカーを何とかする作戦でも思いついたの?」
「はい。……マシュさん、所長さんをお願いします」
「え?は、はい。葉さんはどうするんですか?」
オルガマリーを託されたマシュの問いに、葉は微笑みで応えた。急な笑顔にマシュは困惑しながら、何か考えがあるんだろうと自己解決したが、彼女にしがみつくオルガマリーは気付いてしまった。
見覚えがあったからだ。封印指定を下され、逃亡の果てに愚かにも時計塔に歯向かい散った魔術師と同じ顔。
それは、死兵の顔だ。
「葉、あなたまさかっ……」
「……これが一番なんです」
「っ!?そんな」
オルガマリーの問いかけに葉はぎくりと肩を跳ね上げ、微笑みを苦笑に変えた。そこまで来れば、立香やマシュにも葉の心積もりは伝わってしまった。
葉は残ろうとしている。たった一人で、バーサーカーを押し留めようとしているのだ。あまりに無謀だ。一人では打倒するどころか、猛追を振り切り逃げ切る事すら困難だろう。その末路は想像に難くない。
止めなければならない。しかし、止めようとして言葉を詰まらせた。
マシュは何も言えなかった。止めないといけないと、なぜ自分がそう思ったかも分からない彼女には、葉を止める言葉を紡げなかった。
オルガマリーは保身がよぎってしまった。葉が自己犠牲を選んだと気付いたとき、頭の片隅に安心感が芽生えてしまった彼女は、何を言う事も出来なくなってしまった。
立香は死の覚悟に気圧された。争いと無縁な人生を送り、今日初めて死の恐怖に触れたばかりの彼は、自ら死に向かおうとする葉の献身を拒めなかった。
各々の理由で葉が受け入れられようとしていた。その中、重い空気を打ち払うように、それまで黙って走っていたクーフーリンが口を開いた。
「かぁ~っ、しけた顔でしけた事言いやがる。おい葉、このまままっすぐ進んだ先に奴さんの本陣がある。俺たちは先に行くぞ。立香たちもそれでいいな?」
「クーフーリンさん……。はいっ、必ず追いつきます!」
信頼を託された葉は喜んで再会を約束して足を止めた。クーフーリンはただため息を吐くと葉を置いて駆けていき、立香たちは真逆の沈痛な面持ちを浮かべたまま、離れていく葉を見送った。
すぐに後ろ姿も見えなくなり、葉は倒壊音の響く方、一軒の廃屋に向かって身構えた。かつては人が営みを送っていただろうそれは、炎に飲まれて外壁すら崩れ落ち、今は不格好なオブジェのように並び立つ廃墟の一つでしかない。その事実にほんの一瞬、葉は目を伏せた。
「■■■■■■■■■■■―――!!!!」
そして、夜闇は引き裂かれた。
葉:妖怪で幽霊の自分より人間の方が優先度が高いのは当然とか思っている
立香:殺されそうな目に遭った側から特攻かまされて気が滅入っている。
マシュ:命の大切さをまだ実感出来ていない。
所長:時計塔の魑魅魍魎との腹の探り合いが彼女を蝕んでしまった。
クーフーリン:
次回はバーサーカー戦です。