既に崩れかかっていた家屋に止めを刺すように壁を突き破ったヘラクレスの黒英霊は、すぐに標的———葉を視界に捉えた。
(っ!)
その瞬間、葉は総毛だった。ただ見据えられただけで、己が成す術もなく狩られる獲物である、と錯覚してしまったのだ。今すぐに逃げ出したくなる自分の弱気に渇を入れ、常人ならば卒倒してしまうような威圧感を前にひるまず、負けずにキッとにらみ返した。
(この人がヘラクレス……お、大きい)
にらみながらも観察する。人というより、大木のようだった。見上げなければ目も合わせられない巨体は分厚い筋肉に満ち満ちて、片手に握る無骨な岩剣ですら葉の背丈を上回る大きさだった。
しかし、本来なら溢れんばかりの生命力を湛えていただろう肉体は、今は死臭に満ちた瘴気に呑まれて見る影もない。内側から食い荒らされてしまった大樹。それがかの黒英霊に抱く印象だった。
(……強い)
だが、虫食いでも未だ芯まで枯れてはいない。狂気に囚われた眼光はしかし曇り切らず、濁りのない純粋な意志———殺意を葉にぶつけている。元よりバーサーカーとして召喚され、今はその残滓しか残っていないというのに、彼が放つ圧は紛れのない本物だった。
ほんの少しの睨み合い。束の間の静寂を切り裂いたのはヘラクレスだった。息を大きく吸い込み、目に見える程に肺を膨らませる。葉はそれと同時に身構えた。何を仕掛けてくるか、すぐに理解したからだ。
そしてヘラクレスは葉の予想通り、溜め込んだ空気を一気に吐き出すように咆えた。
「■■■■■■■————!!」
思わず耳を塞ぎたくなるような音の爆発に、身構えていても身体が強張るのを感じる。冷たく乾いた空気は轟きに呼応するように震え、家屋の残骸にちりちりと燻る火種は、叫びとともにごうと鳴く風にはためいた。
咆哮の余韻が消えるのを待たず、ヘラクレスは前傾に構え、飛び出した。巨体に見合わない豪速で標的の命を奪わんと迫る筋肉の凶弾は、呆然と立ち尽くす敵が間合いに収まるのを本能で悟るが早いか、手に握る身の丈ほどの石剣を力任せに振り下ろした。
刹那、世界が弾けた。
雷が落ちたかのような轟音とともに、衝撃に耐えきれなかったコンクリートは砕け散り、その直後には砂煙と化して辺りに立ち込める。まともに喰らえば耐久に優れた英霊でも痛手となるような豪快な一撃。しかし、その下手人であるヘラクレスは矢継ぎ早に二の太刀を振るった。
「やっぱり、ですよね!」
横薙ぎの一振りによって裂かれた土煙は、初撃をやり過ごし、砂煙の煙幕に紛れ距離を取ろうとしていた葉の姿を曝け出した。
狂気の鎖に囚われ、主を失い敗れ去り、残滓に堕ちたといえど大英雄。膂力に任せた粗雑な大振りしか出来ずとも、手ごたえのない攻撃で獲物を仕留めたと見誤る事はせず、一度捉えた獲物は逃がさないと言わんばかりに追撃を仕掛けていく。
「わっ、危ないですね!」
一方の葉は、急襲に意表を突かれたものの、砂煙に紛れた数瞬の内になんとか態勢を整えていた。
だが、どれだけ強力な攻撃も当たらなければ意味がない。一発一発が必殺技と言えば聞こえはいいが、大技を当てるための小技がない。乱暴に振り回される武器や手足の全てが必殺の威力を持つのは恐ろしいが、どこに飛んでくるのか分かっている攻撃なら、体力の限りかわし続けられる自信が葉にはあった。
「はぁっ!」
だが、避けてばかりではきりがない。叩きつけを横跳びにかわしながら、手をかざして反撃の弾幕を放っていく。飾り気のないシンプルな光弾が、体を激しく振り回すヘラクレスの横っ面に幾度も直撃していく。一発一発が骸骨兵の骨を砕く威力を宿す光弾を数多に受けていながら、ヘラクレスの暴威はまるで留まることを知らなかった。
「■■■!!」
掴みかかろうと伸ばされた剛腕から間一髪逃れる。捕まってしまえば紙鉄砲のように散々に振り回された挙句、人型のぼろきれに早変わりだ。想像に冷や汗を垂らしながらも扇を振るうと、扇がれた風が植物の力を纏い、緑色のオーラとなって放たれる。続けざまに二回振るわれたオーラがヘラクレスを貫くが、まるで効いた様子を見せず攻めの手を緩めない。
「まだまだ!月花符『─金木犀─』!」
懐から取り出した符を切ると、葉の背後に植物のエネルギーで出来た槍が現れる。衝撃波を纏いながら立て続けに飛来していく槍は、ヘラクレスを中心に交差を描きながら次々に命中していく。その間にも仕掛けられる猛攻を凌ぎながら、手元に生成した一回り大きな槍を握りしめると、そのまま振りかぶり交差を貫くように投擲した。
ヘラクレスの鋼のような腹筋に大槍が突き刺さり、既に刺さっていた二つの槍諸共炸裂する。妖しい閃光を放ちながら霧散していく破片に目を眩ませる暇も与えず、二の矢三の矢を放っていく。
「えぇい!」
最後の一撃を放ち、一際強い閃光がヘラクレスを覆う。スペルカードを用いた攻撃は、通常の弾幕とは比べ物にならない威力を有する。キャスターとして召喚された彼女は、最大火力こそ別クラスに劣る分、最も治癒に長けている。
だが、それだけではない。
「■■──」
閃光から解き放たれたヘラクレスは、先ほどまでの勢いが嘘のように動きの精彩を欠いていた。その様子を見た葉は、自身の試みが成功したことに安堵する。
金木犀は小ぶりな花を咲かせる慎ましい印象に反し、香水に使われるほどの強い芳香を発する。その香りに酔いしれる人がいたことから、謙虚や謙遜の他に、陶酔という花言葉が付けられている。
葉の放ったスペルカード『金木犀』は後者の花言葉をベースにした弾幕で、人を惹きつける芳香を炸裂時の閃光で再現しようというコンセプトで作られた。妖しく輝く閃光は見る者を徐々に酔いしらせ、やがてはその視界に虚像を映し出し、あるいは実像を奪い去る。
元より狂っているバーサーカーであるヘラクレスに通用するかは半ば賭けだったが、むしろ狂気の鎖が呼び水となってより強い効果をもたらしてくれていた。防御をするだけの思考回路が損なわれているせいで、全弾をもろに食らっていたのも大きい。
このような機転は、彼女がキャスターのクラスであるから出来るものだった。それ以外のクラスの場合、勝利のための工夫などは出来ても、最終的な着地点が魔砲ぶっ放しのような力押しになる。キャスターのクラスではそれが出来ない分、搦め手などに頭が回るのであった。
(幻覚はともかく、攻撃はまるで効いてない……それなら)
そして、幻覚が通用した時点で、どう戦闘を終了させるかの算段も既に付けていた。幻覚は強力なバッドステータスだが永久に続くわけではないし、二度は耐性がついてかかりづらくなってしまう。一度きりのチャンスを逃すまいと、葉は次の手札を文字通り切った。
葉:一撃でも食らったら満身創痍になる不安をなんとか乗り切りたい。
ヘラクレス(シャドウ):これで弱体化しているのが恐ろしい。シャドウで無ければ普通に対処してきていたと思われる。
月花符『─金木犀─』:「」が使用するスペルカード。物理依存の対象がランダムな4ヒット攻撃。必中・幻覚(混乱)の追加効果がある。必中はともかく、広範囲への操作が効かなくなる幻覚が危険。全体状態回復持ちで対処したい。
前後編のようになってしまったので次回は早く投稿したい……