欠けた夢を見る。
「■■■■■■■」
何かを叫ぶ■■の姿。
ノイズが止まらない。
只の夢だ。見ず知らずの、只の夢。
起きてしまえば泡沫と消えるそれを見る度──まるで胸を引き裂かれるような、情動を覚える。
いつもそうだ。
そして最後に言う。
夢の住人でしかない■■に向けてオレは下らぬ言葉を吐く。
「待ってろ。必ず迎えに征く」
お前の■■として、助けに行くのだから。
◆
「起きろ。それか永遠に眠れ」
その声が聴覚を通して脳に届き、それが誰の声で、どんな内容なのかを理解する──それと同時に脊髄反射で首を傾けた。
ガッッッ!!!
それと同時に先程まで眉間があった位置に、銀色の何かが突き刺さった。
朝ゆえにまだ覚醒しきってない脳みそで、事の異常さを正確に理解できぬまま、その銀──大振りな大剣を枕に突き刺してくれた張本人に低い声で朝の挨拶をした。
「……随分なモーニングコールですね副団長。私室にまで入り込んで押しかけ女房気取りですか? もう少し人間性を取り戻してその宴フェチ捨ててから来てもらっていいですかね?」
「中々言うじゃないか下僕。私直々に起こしてもらえるこの奇跡を味わいながら永眠させてやってもいいんだぞ?」
「どんなマッチポンプだよ」
モーニングコールの代償が命とかどんな取引だ。
相場の付け方が悪魔すぎる。しかしその悪魔的なやり取りさえも似合ってしまう、この傍若無人が服を着たような女こそが自分の上司であることに、その現実を直視しながら男は朝一番からため息を漏らした。
「なんだ? 私の美貌で催したか?」
「冗談はその声の低さだけにしてもらって──あ、うそ。調子に乗りましたすみません。そうだね流石に生まれ持ってもの物を馬鹿にしちゃだめですよねはいとりあえずその剣を下ろして──俺に振り下ろすな馬鹿上司ィ!」
「うるさい死ね☆」
「ぎゃー!」
王国直属騎士団NIGHTMARE《ナイトメア》。
その宿舎で起きたその一幕は、なんともいつも通りの光景だったという。
◆
「……で? なにか言い訳はあるか? カナタ」
「いやぁへへ、すみませんね団長。ほんと、うちのマジキチ副長が」
「カナタも相当に暴れていたと聞いてるが」
「そんなわけないじゃないですか! こんな献身的に仕えている俺が信じられないとでも言うんですか!? 俺の目を見てください!」
「なんかこう、ドロっとしてるな……。今朝魚市でみた感じの目だぞ」
「……信念とか愛国心が煮詰まるほどなんです」
自分の目に欠片ほどの説得力がなかった事実に僅かながらのショックを受けながら、男──カナタは団長の執務室。カナタの認識ではお説教部屋でしかない空間で、毎度の如くの呼び出しがかかっていた。
呆れた表情を浮かべる紫の髪を肩口で切りそろえた美女──
「まぁこれでも飲んで落ち着いてください。茶菓子でも出しましょうか?」
「なぜ私よりキミの方がそんな気楽そうにしてるんだ。私の部屋だぞここ」
その言葉は黙殺し、目の前に紅茶とクッキーを出してやると、ジュンは不満そうに眉を顰めたあとクッキーと紅茶の欲に耐えられず、そちらを優先した。
「まぁ、正直カナタには本当に助けられてる所もあるから強く言うつもりも無い。クリスの唯一の部下として手綱を握れるのはキミぐらいだしな」
「いや握れてませんて。あの宴キチそろそろなんとかしたほうがいいですよ。脳みそ宴過ぎて死んだ方がマシです」
間違っても上司を評価する言葉ではないが、その言葉の端々に滲み出る色は本心からであった
。
このNIGHTMAREという組織はランドソル王国という巨大な国を統括する、治安維持だけではなく実践的な動きも見据えた国属の由緒正しき騎士団である。それ故に、規模もかなり大きい。
その所属人数もさることながら、それを管理する立場の人間というのはそれ相応の責任、そして力を求められる。
そしてその組織のトップに立つのがこのジュンという人格者かつ美女であり──なんということか、それに続くナンバー2があの隙あらば宴キチのクリスティーナという女だった。
それ故、その責任ある人間には専属の部下がつく。
団長であるジュンにはもちろんの事、クリスティーナにもいた。
数にして約100名。
それが全て、ものの数日で専属騎士の辞退を申し出た。
理由は一言でまとめるとパワハラである。
無茶な訓練。無茶な命令。そしてそれを顧みぬ無茶な人格。
適応できる人間などいる訳もなく、その全員が去っていった──たった一人の男を除いて。
それがこの男、カナタであった。
正直、名前を聞いた時ジュンの認識で言えば、『あ、いたなそんな騎士』という程度で、ジュンに限らずNIGHTMAREの上位陣からしてもその程度の認識しかなかった。
何かを成した経験もなく、日々街の見回りをして稀に小悪党を捕まえて、というギルドの中でもうだつの上がらない成績。
どこか秀でたものを感じもせず、かといって劣って見えるほど悪いところも見つからない。良くも悪くも印象に残りづらい人間だった。
しかし事実、その男だけが残ったのである。
ある日ジュンはカナタを呼び出して直接問いただした。奇を衒うこともせず、『なぜ君はクリスから離れないのか』と。
そうしたら彼はいった。
何事もないように、当たり前のように。
『──俺は騎士ですから。一度受けた勅命を守っている。それだけです』
それからだろうか。
カナタとの交流が増え、こうしていつの間にか素顔を晒して話すほど心を開き、ちょっとした理由でも呼び出して話してしまうのは──。
入れてもらったお茶を飲みながら、ジュンはそこまで考えてハッとした。
いや、べつに……私的ではないか。
ほら、必要だし。部下の不始末だから。本来はクリスの仕事だが、あいつ仕事しないし?
私がむしろ代理でやってやってるだけだし?
「団長? 一人百面相してますが?」
「な、なんでもない!? というかこっちを見るな!」
「えぇ理不尽……。何です急に。乙女回路ギュンギュンですか? 女団長と男騎士、密室なんて状況的にはアレですが、団長読んでる乙女漫画みたいなことないですから安心してください」
「……は? おいまてカナタ今なんて?」
「え? だから団長が読んでる『ナイト&プリンセス』の話ですよ。あれ最新話読みましたけどなんであそこで男騎士急に壁ドンしたんですかね、流石にウケました。『俺の命はあなたに捧げます』って主君どうすんだボケって感じですよね。団長は昨日読みながら顔真っ赤にしてましたけど……あれ? 団長?」
その後、響き渡る絶叫を聞いて誰もがギョッとし、その声の主が判断できたタイミングで誰もが納得して通常業務に戻った。
NIGHTMAREは今日も通常運転だった。