私のキャラクターシートにはおちんちんが足りない   作:傘花ぐちちく

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元ネタはそこそこあります


第一話「私は冒険者(10歳)」

 

 賽が振られる。

 

 森の中での遭遇戦。2体と4人が動揺する中で機先を制したのは5人目のヒト族、赤い髪の小さな女の子であった。

 

「前衛! 逃さないように!」

 

 その声にハッと我に返った冒険者4人。戦士と軽戦士の2人は武器を構え直してゴブリンの方へ走り、残った射手は弓を構え、神官は【フィールド・プロテクション】の魔法で味方に守りの力を授けた。

 

 声を張り上げた少女は敵――ゴブリンたちの武器に目をつけ、【ブラント・ウェポン】の魔法で切れ味を鈍らせる。

 

 乱戦になった前衛二人とゴブリンは武器を振り回し、悪く言えば大雑把な攻撃を繰り返す。剣は空振り錆びたナイフは鎧に弾かれ、泥仕合の様相を呈している。

 

 とはいえ、2人は戦士としては未熟も未熟で、ゴブリンも腕は大したことはない。十分に予想できる光景だ。

 

 そのような決定打に欠く状況で、精密射撃を得意とする射手が矢を打ち込み、少女がメイスを持って乱戦の中に飛び込んだ。

 

 少女の背丈はゴブリンよりもやや大きいが、ヒトからしてみれば子供のそれだ。容貌は相応に幼く、10歳頃であった。

 

「ユウランさん!?」

 

 神官が悲鳴のような声を上げた。

 

 だが、ユウランと呼ばれた少女は臆すること無く得物を振り上げる。

 

「竜化ッ!」

 

 叫びとともに、ユウランの肉体が変容していく。

 

 手指と首から頬にかけての皮膚が赤い鱗に覆われ、歯は鋭く尖り、額からは大きな2本の角を伸ばす。まるで人に成り損なった赤竜のようだった。

 

「ぎゃ!?」

 

 ユウランの細い腕が"ごう"と唸りを上げる。見た目に似つかない膂力で振られたメイスはゴブリンの頭部にまっすぐ吸い込まれた。致命的な一撃(クリティカルヒット)だ。

 

(あ、回りましたね)

 

 脳漿をぶちまけて倒れる敵に、後ろで見ていた神官は吐き気を催していた。一方で、ユウランその人は死体に冷ややかな視線を送る。

 

 ゴブリンの片割れが倒され、天秤は一気に冒険者側へ傾いた。ゴブリンは簡易冥族語で命乞いをするが、それが分からない前衛の二人に剣で刺し殺される。

 

 戦いが終わると、ユウランは少しぼうっとしていた。

 

(……戦ってみると、あっけないですね)

 

 手のひらを閉じて開いてを繰り返し、命を奪った感触に……やや怒りを覚えていた。

 

(これだけ苦労して、たった20点ですか……まず()ですね)

 

 20点、それはゴブリンを殺して得た「経験点」である。

 

 

 ――ユウラン・アルシップスには秘密がある。

 

 彼女には前前世で遊んだTRPG「ドラゴンソード」の――ゲームのルールが適用されている。

 

 リアル(・・・)でファンタジーな世界で一人、数字と6面のサイコロ2つに支配されている。

 

 ユウランが先の戦いで大人顔負けの膂力を発揮していたのも、冒険者仲間の足を引っ張らなかったのも、全てはそのおかげだった。

 

(ここまで旨みがないと、冒険することに不安が出てくるんですが……)

 

 ユウランは足元のゴブリンを蹴飛ばして生死を確認し、持ち物を漁るが、手持ちの粗末な得物しかないと分かると落胆した。

 

(まったく、2日かけてゴブリン退治に来たのに……戦う前は緊張とか不安とかあったんですけどねぇ……これで20×2点じゃ割に合いませんよ)

 

 ユウランは「ドラゴンソード」のシステムに支配された人間――ヒト族である。強くなるには特殊な手段が必要だ。

 

 細かな話を抜きにして、彼女が戦士や魔法使いや斥候としての技能を高めようとするなら――25倍(500点)50倍(1000点)はゴブリンを狩らなくてはいけない。

 

 彼女はめまいがするような効率の悪さに、苛立ちを覚えていたのだ。

 

「だ、大丈夫? 体調が悪いなら少し休んだほうが……」

「あぁ、心配いりませんよ。それより埋葬するなり祈りを捧げるなりしてから、拠点を探しませんと」

「あ、うん……アンデッドになっちゃうもんね」

 

 神官の少女が祈りを捧げ、その魂の行く末を神に委ねた。

 

 そんな二人のやり取りを見ていた他のメンバーは、一様に戦慄を覚える。

 

 ユウランと共に戦っていた彼らは冒険者養成学校の上級生であり、冒険者としては新米だが十分に依頼をこなす能力があると判断され、ゴブリン退治に送り出された。

 

 しかし、ユウランは「特別」だった。

 

 彼女は入学してすぐにその才覚を発揮し、下級生から上級生への飛び級を許可された。

 

 つまり、入学時点で新米冒険者として通用する技能をすでに有していたということだ。

 

 わずか10歳で、15、16歳の彼らと同等以上の働きをする。戦士や斥候の技能を有しているばかりか、魔術師としての技能にも通じている。

 

 そして何より場慣れしていた。まるで数多の冒険をしてきたかのように――突発事態に対処し、彼らを導いた。

 

 ユウランに言わせてみれば「先制判定」に成功しただけなのだが、傍から見る分には天から才を与えられた少女だ。

 

「では、隊列を先程のようにして、探索を続行しようと思いますが……いいでしょうか?」

 

 その言葉を否定する者はいなかった。

 

***

 

 シムロン冒険者養成学校に入学して2ヶ月。

 

 ユウランは与えられた寮の個室で、手鏡を前に寝癖がないかをチェックしていた。

 

(うん、今日も美少女ですね)

 

 鏡に映るのは、紅蓮の頭髪を肩ほどまで伸ばした少女だ。ドラグニカ特有のスラリとしつつもやや筋肉質な肢体をしているが、まだ子供の域を出ない。

 

 目鼻立ちはくっきりとしており、眼光は鋭い。

 

 種族はヒトではないが、ヒトの両親から産まれた『突然変異種』である。チェンジリングとは、また違う。

 

 ユウランは人族に眠る竜の血を覚醒させた「ドラグニカ」であり、学者たちが云う所の先祖返りである。

 

 外見の特徴としては縦に細長い瞳孔と黄色の瞳、見えない特徴としてはブレスを吐くためのドラゴン袋(・・・・・)が挙げられる。ある一点を除けば、他はほとんどヒトと変わらない。

 

「ええと、「蟻の越冬亭」は……大通りの方だっけ」

 

 ユウランは女子寮から出て「蟻の越冬亭」という名前の「冒険者の宿」に向かう。

 

 道すがらでは彼女と同年代の子供たちが逆方向に、校舎の方に歩いていく。

 

 本来であれば、ユウランのような子供は下級クラスの生徒として入学し、冒険者になるための知識や技能を教わり、3年ほど掛けて上級クラスへ昇級する。

 

 良くも悪くも、ユウランは有名だった。

 

「あ、飛び級の……」

「ホントだ、やっぱり一人なんだ」

「上級生でも評判悪くて――」

「やっぱり《烙印》のせいじゃ――」

 

(……もっと早い時間に出るべきでしたね)

 

 ユウランは足早に歩を進める。

 

 上級クラスでは自分で技能を磨き、知識を蓄え、教えを請い、冒険者として成長していかなければならない。

 

 自主性が重んじられるものの、大抵は――いや、ユウラン以外はパーティーを組んだりして諸問題を解決している。

 

 ユウランは一人だった。

 

 ついこの間まではパーティーに入れてもらえたが、とうとう断られるようになった。

 

(「ルール」のせいで、依頼を受けないと経験点効率が悪いんですよね。魔物退治でも稼げなくはないんですが、能力値の成長は依頼限定ですし……)

 

 上級クラスで重んじられる自主性の大半を「ルール」で解決したユウランにとって、学校に来た主目的は、依頼を多くこなすことである。

 

 これでは普通の冒険者と変わり無いが、わざわざ学校に行く意味が無いわけではない。

 

 在野で冒険者をやるには年齢の問題があったし、冒険者学校の学生という立場を得て堂々と依頼を受けられたり、コネクションを得たり、図書館をはじめとする様々な施設を利用できたり、親を説得できたりと利点が多いはずの選択だった。

 

 しかし、ユウランはその特異性でもって孤立した。

 

 自分より5歳も6歳も幼い女の子が凄まじい速さで成長していくのを、負の感情無しに割り切れる学生がどれほどいるかという話だ。パーティー全体でその意志を統一するのはもっと難しい。

 

 もっとも、彼女を受け入れたパーティーが無かったわけではない。

 

 事実、ユウランはパーティーを転々として6回も依頼をこなすことができたし、6820点の経験点と6回の能力値成長を得た。

 

 それが彼女の怪物性を引き立たせることになったのは皮肉な話だが。

 

(ソロになった分、他メンバーが疲れて行けないなんてことはなくなりました。疲労のルールはありませんし、もっとハイペースで依頼を……)

 

 ユウランは頭の中で計画を練る。彼女には目的があって、「経験点」はそれを達成するための重要な要素だった。

 

 ユウラン・アルシップスはおぎゃあと産まれた時から2000点の経験点を持ち、レベル1のソーサラー技能を習得していた。

 

 入学時にはソーサラー技能が1レベル、ファイターが1、フェアリーテイマーが1と、お前のような幼女がいるかという始末であった。

 

 レベル1と聞けば、RPGに慣れ親しんだ人間からしてみれば弱い印象を受けるだろうが、何の訓練も受けていない素人とは天と地ほどの差があるし、訓練による修得が必要な技能を生まれ持って修めているというのは才能と呼んでよかった。

 

 入学から2か月経過した今では、冒険を通じて稼いだ8920点の経験点と、「裏技」で稼いだ11230点の経験点がある。

 

 彼女がその気になれば正騎士並の戦士に――レベル7のファイターになることだってできるが、そのようなことはしていなかった。

 

 ユウランは最大の技能レベルが2――それだってたどり着くのに何年か掛かる者はいる――になるように、「経験点を割り振った」。ユウランが冒険者として成長するのに、特別な訓練は必要ない。彼女はあたかもゲームの成長のように自由に自身を成長させられるのだ。

 

 だが、ユウランはそれでも経験点を節約した成長にしており、周囲と比べて突出するような成長はしていなかった。

 

(「横伸ばし」はそろそろ控えて、メインを上げてもいいかもしれませんね。ファイターは3に上げておきましょうか、特技の習得と……あとは金属鎧の購入ですかね。魔法ペナは竜化でなくせますし)

 

 考え事をしながら冒険者の宿「蟻の越冬亭」に足を踏み入れる。

 

 ユウランはもう何度か来たことがあるものの、一人ということもありいくらか新鮮な気持ちであった。

 

 「冒険者の宿」は依頼主と冒険者を仲介して仕事を斡旋する場所であり、冒険者の拠点として酒や寝床を提供してくれる場所でもある。

 

 冒険者の宿の中でも、ユウランが訪れている「蟻の越冬亭」は冒険者学校と連携しており、学生向けのサポートや依頼の斡旋を行っている。

 

 建物は石造りの2階建てで、1階部分は酒場兼受付。木製テーブルがいくつも並び、カウンターで酒をあおっている者もいる。

 

 学生向けという話ではあるが、別に学生だけが使えるというわけでもない。ただ、内装はそれなりに整えられていた。

 

 ひそひそ話をしている正規の冒険者たちもいたが、ユウランをチラリと見ると興味をなくしていた。もうけ(・・・)を横取りする輩ではないとみなされたのだ。

 

「一人なのですが、依頼はありませんか?」

 

 ユウランは背伸びをしながらカウンターに腕を乗せ、亭主に声を掛けた。

 

「なに?」

 

 髭面のいかつい亭主はギロリとユウランを睨み、全身をくまなく観察してフンと鼻を鳴らす。

 

「実力はあるみたいだが、一人じゃ行かせらんねぇ」

「そこをなんとかお願いします、誰も私とパーティーを組んでくれないんです」

 

 亭主はバツが悪そうに頬をポリポリとかいた。

 

「…………少し待て」

 

 彼は何かを思い出したように、カウンターの奥に引っ込んでいく。

 

(こういう時、美少女だと得しますね)

 

 ユウランは内心でにやりと笑う。

 

 「ドラゴンソード」には「魅力」などという能力値は無いので、外見で交渉面が有利になったりはしないが――GM(ゲームマスター)が許可を出せば別だ。

 

 リアルになったおかげか弊害か、そういう意味でも「得」をしたなぁなどと彼女は考えているが、実際のところは亭主の気遣いによるものだ。単に学校でいじめられているのかなぁと哀れまれているだけである。

 

 何故なら、この世界──ドラグエディアにおいて、ドラグニカは差別されやすい種族だからだ。

 

 ユウランが差別される種族であるというのは、単なる市民として生きる分には大きなマイナス要素だが、彼女は冒険者だ。

 

 TRPGでの「ドラグニカ」はキャラメイクの時点から強力な能力値を持ち、「竜化」の種族特性も強力だ。ヒトと並ぶ強種族であり、プレイヤーからの人気も高い。

 

 冒険者として生きるなら、ドラグニカであることは大きなプラスだ。

 

 だが、《烙印》という問題を抱えている。

 

 《烙印》は冥府の者――広義でいうアンデッド――に近くなると魂に刻まれる証であり、ドラグニカは《烙印》を生まれ持っている種族だ。

 

 《烙印》はヒト族の天敵である冥族の特徴でもあり、ドラグニカを冥族と見なして恐れる者も多い。

 

 冒険者にとっては心強い種族であるので歓迎されることも比較的多いが、差別は根強い。

 

 目覚めた竜の血によって、赤子の時に母親をブレスで焼き殺したり毒殺したりと、生きるものにとって辛い出来事を引き起こす場合もあるからだ。

 

「おい、これなら受けさせてもいいが」

 

 戻ってきた亭主が一枚の紙を差し出す。

 

 そこには共通語で

 

『求む女性冒険者

 美しいシキブちゃんとお茶しませんか?

 知性のないやつと頭でっかちはお断り、会話によっては報酬を上乗せしちゃいます♪』

 

 と書かれていた。

 

「なんですかコレは……」

「その依頼なら一人でも受けさせてやる」

 

 あんまりにも胡乱げな内容に面食らうユウランだが、内容そのものは簡潔簡単である。お茶をする、以上。

 

(これで報酬が800R(リーン)……破格ですね)

 

 30Rが一日の生活費足り得るので、確かに破格の報酬だ。

 

 もっとも、武器防具の値段と比べれば安い。

 

 学校と連携する冒険者の宿に来た依頼なので――あくまでも亭主を――信用できるが、いくらなんでも話が旨すぎた。裏を取らずに酷い目に合う場合は多々あるし、ユウランはそういった「冒険話」をよく知っていた。

 

「このシキブさんという方は誰ですか?」

「副市長の娘さんだ」

「……副市長の娘?」

 

 副市長の娘ということは、交易都市シムロンの副市長の娘ということだ。少なくとも、脂ぎったオッサンではない。

 

 都市国家のような独立性を持つシムロンは人口3万人を抱える大都市であり、合議制を採用している。

 

 合議制とはいうが、副市長の娘は現体制におけるナンバー2の娘であり、例えるなら貴族のようなものである。

 

 ユウランは政治方面には明るくない上、面倒事を招くのを嫌がった。

 

 しかし、この場で亭主と言い争いをするほど馬鹿ではない。

 

(1000点と成長と報酬だけもらったら、他の冒険者の宿に……しかし、裏取りが面倒ですし……)

 

 色々と天秤にかけながら、ユウランは尋ねる。

 

「とんでもない癇癪持ちだったりしませんよね?」

「そういう話は聞かないが……ここに来た使いは深窓の令嬢だとかなんとか言っていたな。外出は少ないし、確か子供だ。成人もしてない」

「まぁ……そういうことなら受けます」

「全く、次は仲間を連れてこいよ?」

「次は一人でできる依頼を下さいね」

 

 紹介状を受け取り、亭主から冷ややかな目で見送られながら、ユウランは学校や蟻の越冬亭がある区画から離れ、高級住宅街へ向かう。

 

 少し静かな住宅街の中でも、少々大きめなサイズのお屋敷が目的地だ。

 

 目立つので土地勘のないユウランでもすぐに分かった。

 

 そこは2メートルを優に超える高い壁に囲まれ、分厚い鉄扉に閉ざされていた。唯一の出入り口である扉の前には、金属鎧を着た門番が二人立っている。市の中だというのに、警備は随分と厳重だ。

 

「おや、どうしたんだいお嬢ちゃん?」

「……こういう者です、蟻の越冬亭から来ました」

 

 門番に冒険者の宿からの紹介状を見せるが、そんな依頼を出した覚えはないとバッサリ切られてしまう。

 

「まさか、使いの人が来たと亭主は言っていましたよ?」

「そんな事言われてもなぁ……」

 

 頭をひねっていると、ギギギと扉の軋む音がした。

 

「通しなさい、私のお客様よ」

 

 わずかに開いた鉄扉から女性の声がした。

 

 門番があっと驚くと、声の主がスルリと姿を表す。

 

 腰ほどまである長い黒髪を竜鱗のように編み込んだヒトの女性だ。年は若く13か14、ルビーのように真っ赤な目をしていて、エキゾチックな衣装を――紫陽花(あじさい)が刺繍されたスリットの深いチャイナドレスを着ていた。

 

「はぁ……お嬢様、いつの間に依頼を?」

「そんなことどうでもいいじゃない。さ、上がって上がって」

 

 喜色満面のお嬢様――シキブに手を引かれ、ユウランは屋敷に連れ込まれた。

 

 中には私兵らしき鎧姿の者が何人かと、あとは使用人がいるだけだ。

 

 家と呼ぶにはあまりにも冷たい雰囲気があった。

 

 春をやや過ぎた時期であるが、窓は高い位置にあり内部に入る光量は少ない。装飾も最低限であり、ユウランには物々しい雰囲気さえ感じられた。

 

 シキブの部屋は屋敷の奥まった場所にあり、まるで何かを逃さない――あるいは侵入を拒むような位置取りだった。

 

「入って入って、人を呼ぶのは初めてなの」

 

 内部は下手なマンションの一室よりも大きく、ユウランは目を丸くした。彼女もそれなりに裕福な商家の出だが、見ただけで金が掛かっていると思える部屋は初めてだった。

 

 豪華絢爛というわけではないが、質の良い家具や調度品がいくつも置かれている。他にも最高級と思しき絨毯や手間のかかった壁紙や大きな狼の剥製、ボトルシップに沢山の本も置かれてある。

 

 ただ一点、奇妙な所を挙げるとすれば、鉄格子が付いた小さい窓がある点だ。窓も格子も、女性でさえ通り抜けることはできない大きさだ。

 

 部屋に入る光量は少ないが、天井に吊り下げられたランプのような魔法機器が、内部を明るく照らしている。

 

(……溺愛されているせいで、軟禁されているんでしょうか?)

 

 膝ほどの高さのテーブルを挟み、ユウランはソファに腰掛けるよう勧められる。

 

 少々警戒しつつも、彼女はシキブと向き合った。

 

「まさか、あなたが釣れるなんて思ってもいなかったわ」

「はぁ、私をご存知で?」

「そりゃ有名よ、たまに抜け出して色々話を聞いてるもの」

(……ここから抜け出す?)

 

 疑問に思ったユウランはシキブの力量を見極めようとした。何か(・・)が振られる。

 

(――スカウト1ですか。まぁ、それなら抜け出せなくはないでしょうね、上手くやれば)

 

 セージ技能の判定に成功したユウランの頭に、知識が湧いて出てきた。

 

 本来なら足取りや身のこなしで判断する所を、彼女は「ルール」を使って済ませる。

 

「そういえば自己紹介がまだだったわね。私はシキブ、14歳よ、これからよろしくね」

「私はユウランです。それで……依頼はお茶をする、でしたっけ?」

「ああ、それは冒険者を呼ぶ口実なのよ」

「は?」

 

 依頼内容が嘘であったのに、何も問題がないようにシキブは続ける。

 

 ユウランはちょっとだけ嫌な予感がした。

 

「私、冒険者になりたいの。どうせ逃げてもすぐに捕まるだろうから、あらかじめ腕を磨いておきたいのよ」

「はぁ、さいですか」

 

 鬱屈したお嬢様生活が嫌だから冒険者にしてというやつだ、とユウランは思った。

 

 彼女の記憶の片隅には「そういう話」がいくつか転がっていたが、「介護シナリオ」は達成が難しい。色々な意味で。

 

「なによ、気の抜けた返事ね……10歳の俊英って聞いていたけど、教えるのは苦手かしら?」

「教えるのは苦手です。実戦で経験を積んで感覚的に強くなっているので」

 

 教育は苦手、というよりも不可能だ。

 

 ユウランは「そういう能力があるから色々できる」だけで、細かい理論などを知っているわけではない。成長の仕方も他人とは大きく異なる。

 

 ただ、シキブが「外に連れ出してくれ」などと言い出すタイプではないことに、安心していた。

 

「へぇ、それならさ、手軽に実戦を経験できる魔法の道具とかないの?」

「ありませんよ、ただ……」

「ただ?」

 

 ユウランが強くなれるのは経験点のおかげだ。実戦で敵を倒したり依頼を達成したりして得た経験点を、技能のレベルアップに注いでいるからだ。

 

 だが、ユウランは「ゲームの中」に居るわけではなく、あくまでも「ゲームで舞台だった世界」で生きている。

 

 シキブが経験点を払う方法で強くならないことを、彼女は上級生との冒険で学んでいた。

 

(まぁ、敵を倒した時に経験点が入らないとも限りませんし……)

 

「…………実戦に近い形での訓練はできますよ」

「それ、本当!?」

 

 シキブはずいっと身を乗り出して、顔を近づける。ふんわりと華のいい香りがして、ユウランの心臓が跳ねる。

 

 顔を紅潮させながらユウランは話を続ける。

 

「え、えぇ。妖精を召喚して戦いに付き合ってもらうんです」

「妖精を? そんな事ができるの?」

「まぁ、そうですね。甘い菓子でも渡せば付き合ってくれますよ、死ぬ訳じゃありませんし」

 

 基本的に妖精は刹那的で享楽的で頭が弱い。元素とマナで構成されているが物理的に干渉できる上、多少のことは気にしないし、召喚コストはMPだけだ。

 

 サンドバッグとして非常に適している。

 

 ただ、この訓練方法は問題が2つある。

 

 1つは絵面が虐待のように見えるのと、もう1つは妖精魔法が使えないとできないこと。

 

 ユウランはこの事をよく分かっていた。冒険者養成学校に入る前、4年間妖精を殴り続けて11230点の経験点を稼いだからだ。

 

 それだけあれば技能を5、6レベルまで成長させられるが、前述の通り技能は伸ばしてない。

 

(……いやこれ、シキブさんの所に毎回来なくちゃいけないの?)

 

「妙な事を考えつくわね……」

「……今思いついたのですが、冒険者養成学校に行かないんですか?」

「行けたらこんな回りくどい依頼出さないって」

 

 砕けた口調で彼女は言うが、纏う雰囲気は重苦しい。

 

 ユウランも何か事情があることに薄々感づいてはいたが、今の返事で確信に変わった。

 

 もっとも、ユウランが特別なにかするという事はない。依頼をこなすだけだ。

 

「では早速やってみましょうか。時間拡大3倍【コールピクシー】」

 

 彼女は話を強引に変えた。

 

 妖精魔法第一階梯【コールピクシー】――妖精を召喚して使役する魔法を唱えた。

 

 呼び出すのは「レベル1」の古代種妖精ノッカー、召喚するだけで回復魔法が3回も打てる優秀な妖精である。

 

《おー、叩く?》

 

 出てきたのはトンガリ帽子を被ったモグラのような生き物。ソレはフワフワと浮きながら、開口一番妖精語で質問した。

 

「《はい、叩きます。あの娘が叩きます。コレはお礼のお菓子です》」

 

 ポケットからビスケットを手渡すユウラン。彼女はシキブとノッカーを部屋の空いているスペースに誘導すると、ご自由にどうぞという態度で手を振った。

 

「ひ、ヒトガタじゃなくてよかったわ……」

 

 シキブは恐る恐るジャブのような――腰の入ってないパンチを繰り出した。

 

 拳がノッカーに当たると、風船のようにふわりと浮かんでから元の場所に戻る。

 

(……電灯のヒモでやるシャドーボクシングですね)

 

 ユウランは苦虫を噛み潰したような顔でその光景を見ていた。傍から見て、鍛錬になるとは到底思えなかった。

 

 それでもシキブは真剣な表情で、好き勝手に攻撃を始めた。とはいえ凶器を使うようなことはなく、徒手空拳で。

 

 それから90秒経つと、シキブは息を切らして絨毯にへたり込んだ。

 

 HPを削り切れないまま魔法の効果時間が終了し、ノッカーは空気に溶けるようにして消えた。

 

「はぁ、はぁ……なんというか……」

「……疲れましたか」

「殴るのって楽しいわね!」

「…………」

 

 ユウランは絶句した。

 

 妖精をぶん殴って、キラキラした目でこんな感想を言うヒトに戦慄を禁じえない。人前で言ったらフェアリーテイマーが助走をつけてぶん殴ってくるのは確実だ。

 

 4年近くサンドバッグにし続けた彼女が言えた義理ではないが。

 

「そ、それは良かったですね」

「ちょっと、何よその生温かい目は……提案者はあなたでしょうに」

「そんなことよりも、どうでしたか?」

「……うん、そうねぇ、あなたはぶん殴る時にどうやっているの?」

「あぁ……私はグラップラーではないので、大雑把なコツですが」

 

 この実戦(笑)自体、妖精を倒して経験点を得るためのものだ。

 

 ユウランの基準で言えば「ノッカーを倒せないなら今後経験点を獲得する見込みは薄い」。魔法の時間を更に伸ばせば別だが。

 

 ただ、「ルール」を元にすればそう判断できるだけで、シキブは現実に生きて学ぶヒトだ。成長する見込みは十分にある。

 

 このような練習でも無いよりはマシであるし、何よりストレス発散になる。

 

(しかし、軟禁されているとは。お金持ちでも苦労はあるんですね)

 

 打算はあるものの、ユウランはできる限り力になろうと思うのであった。

 

「手本は……こう、ですね」

 

 ファイター技能持ちでもそれなりのパンチはできるが、グラップラーよりは劣る。

 

 ユウランは言葉で教えられないので、実際にやって見せ、覚えてもらう方針に決めた。

 

 彼女は腰を捻り、重心を移動させ、宙を殴る。

 

 そうして何回か手本を見せてシキブに真似をさせ、それを何回か繰り返す。

 

 十数分経った所で限界に達したのか、シキブは高そうな布で汗を拭いながら「疲れたのでお茶にしましょう」と提案した。

 

(メイドでも呼ぶのでしょうかね? かなり人気(ひとけ)がないというか……そういう事を頼める雰囲気は無いように思えましたが)

 

 ちょっと待ってねと言い残して十数分後、シキブは湯気の立つカップを2つとお茶菓子を盆に乗せて戻ってきた。

 

 私室に初対面のヒトを置いて行くとは、随分と不用心である。

 

「安物で悪いけど」

「いえ、お構いなく。シキブさんが淹れたのですか?」

「そうね、退屈しのぎに真似てみたのよ」

 

 ユウランが持っていた「お嬢様」のイメージはどんどん崩壊していく。

 

 しかし、その反動からか行動的であり、スカウト技能も持っている。ユウランは素直に感心していた。

 

 「ドラゴンソード」の舞台となるツラタニ大陸は地球でいう近世と近代が混じったあたりの時代であり、独学で何かができる環境は珍しい。恩恵に与れる性別も限られてくる。

 

 そういった意味でも、将来はナイチンゲールもかくやという烈女になりそうだ、とユウランは思った。

 

「ねぇ、あなた武術も魔法もできるんでしょ? さっきみたいに」

「確かにそうですが、教えるのは上手い方ではありません」

「私は理解できるから良いのよ。それで、魔法も教えて欲しいんだけどいいかしら?」

「あー……」

 

 ちなみにだが、魔法も教えられない。

 

 経験点を消費して技能を取っているだけだ。魔法も使えるだけ。マナがどうとかそういう理論は全然分からない。

 

 いや、人から尋ねられて判定さえできれば、答えることはできるかもしれないが、教育という点で見れば、彼女の「能力」は不便だ。

 

 冒険者を引退して教師になるようなことはできない。

 

 もっとも、だからといって困るようなことは無いのだが。

 

「今日は持っていませんが、下級生用の基礎教本があるので持ってきましょうか」

「いいの?」

「ええ、使っていませんので」

「さすが飛び級ね、助かるわ」

 

 それからはあまり砂糖の入っていないお菓子をつまみながら、ユウランが冒険話を聞かせる。シキブが頼んだからだ。

 

 冒険話といっても、ゴブリンが住み着いた洞窟を掃除したとか畑に来る狼を追い返したとか、そんな荒事の話である。

 

 ユウランには吟遊詩人の才能は無い。堅実さばかりを求めた面白みに欠ける話だが、シキブにとっては貴重な外の話だった。

 

「ねぇ、私が言うのもなんだけど、あんた何で冒険者なんかになったの? 聞いてる限りだと安全第一というか、慎重よね」

「無謀と勇気は違うと思いますが……まぁ、そうですね……」

 

 

 

 ――おちんちん取り戻す!

 

 

 

 ユウランの脳裏に強い欲求が横切る。

 

(ええい、うっとうしい。とてもじゃありませんが口に出せませんし、理由だって知らないっていうのに……)

 

 とはいえ、彼女にも心当たりのようなものはある。

 

 ユウランにはTRPG「ドラゴンソード」の知識に加え、生まれもった異常な力がある。10歳――いや、それより幼い時期からそんなものを持たされた彼女が、少々淡薄とはいえまっとうに成長できたのには理由がある。

 

 彼女には前前世の記憶がある。前世の記憶は抜け落ちているものの、TRPGの知識や歳不相応な振る舞いの元凶は、その奇妙な記憶だ。

 

(多分前前世のせいですよね……男だったみたいですし)

 

 ただまぁ、そんな不純極まりない理由とは別にもう一つの理由がある。

 

 それは、ユウランだけの理由だ。

 

「4年前から、母が病気で伏せていまして。神官のキュアディジーズやリムーブカースでも治せない病気なんです……まぁつまり何が言いたいかというと、母を治す方法が無いんです」

 

 【キュアディジーズ】、神官(プリースト)が使える第5階梯の魔法だ。毒や病気を除去する奇跡の魔法で、大抵の病気はこれ一発で治る。

 

 しかし、治らなかったということは病気じゃないか、未熟な神官の腕では治せない病気ということだ。

 

(TRPG的な……ゲーム的な考え方をすれば、病気を治すための「達成値」が高く、数値的に治せないという所でしょう。あるいは……)

 

 彼女が他に思い至った可能性としては「肥満のせいで起こる脳梗塞」のような場合だ。これだと、脳梗塞そのものは治せるが、肥満は治せない。体調が良くなることはあっても、治ることはない。

 

 そう考えでもしなければ、ユウランには母が治らなかった理由が思いつかなかったし、冒険者にはならなかった。

 

 だから彼女は希望を見出した。

 

 病気を治すための方法なら頭の中の「ルールブック」を読めばいくらでも考えつく。

 

 例えば、幻獣ユニコーンが持つ角には病気を治す効果があるので、それを使うとか。

 

 「達成値」が低くて治せないなら、神官のレベルを上げて【キュアディジーズ】を掛けるとか。

 

 それでも駄目なら、障碍神ンアの特殊神聖魔法第13階梯(英雄級)【コントロールボディー】を使って身体を操作し、「病巣」を取り除けばいい。

 

 あるいは世界樹を探し出してその雫を得るか、魔法機器文明期の治療ポッドを見つけ出してもいい。

 

 神聖魔法第15階梯(人族の限界)「コールゴッド」で神を呼び出して奇跡を起こしてもいい。

 

 ソーサラーの第16階梯(人類卒業)魔法「ウィッシュ」で願いを叶えてもいい。

 

 いますぐ実行できないだけで、方法はいくらでも思いついた。

 

 ただ何にせよ、彼女には冒険者になる以外の道はない。

 

 ユウランが背負って産まれたのは、「冒険者になるためのルール」だから。

 

「だから、冒険者になりました。母を治すために」

「……そう、見つかるといいわね、治療法」

「ええ、宛がないわけでもありません……それで、シキブさんは何故冒険者に?」

「あー……」

 

 彼女は困り顔で目をそらし、顔を伏せ、向かいに座るドラグニカの目を見た。

 

 目と目が合う。ユウランは彼女の真っ赤な瞳に吸い込まれそうな気持ちになった。

 

 今にも泣き出しそうな赤色ではなく――何かに燃えるような朱色だ。

 

 その強い意志が、まっすぐにユウランを捉えた。

 

 シキブは一転して、氷のように冷たい表情で述べた。

 

「私の個人的事情に、これ以上あなたを巻き込めないわ」

「そうですか、それなら聞きませんよ」

 

 どうしても聞きたい話ではない。ユウランはあっさりとした返事で済ませた。

 

「悪いわね、一方的に喋らせちゃって」

「別にこのくらいのことでしたら。ああ、報酬の話をしてませんでしたね」

 

 10歳の少女はニッコリと微笑んだ。ガラス張りの机を爪でコンコンと優しく叩く。

 

「ちくせう……このタイミングはあまりにも卑怯すぎるでしょう……」

 

 シキブは気を悪くするどころか、冗談めかして笑う。

 

 友人のように話せる関係が、それだけ彼女には心地よかった。

 

「ま、800R以上は出せないわ。それしかお小遣いないし。だけど、おじい様に色々物をねだってあげる。魔法の道具とか、それでどう?」

「いいんですかそれ……」

「この部屋を見たら分かると思うけど、与えたがりなのよ」

 

 呆れるユウランにそう言って、シキブは苦笑する。

 

「魔法の道具をいただけるのはいいとして、受け取りはどうするんですか?」

「次、また来た時にね」

「私が来るのは確定なんですか……」

「そんな困った顔しないでよ、あなたにとっても悪い話じゃないでしょう? こんな美少女とお話できるんだから」

「……ええ、まぁ、冗談は置いておくとして。それなら筋力増強の指輪をお願いします」

 

 ユウランは高額な魔法の道具を頼んでも底が知れると考えた。経験点や報酬的に、この関係が解消されるのは都合が悪かった。

 

 一日で済む上に大した危険もなく成長できるのだから、これほど破格な依頼もない。

 

 ただ、冒険者用の魔法の道具は高く、1000Rを下ることは滅多に無い。

 

「あら、気をつかわなくてもいいのに。他人の財布よ?」

「金銭トラブルは御免です。あなたにも色々あるでしょう?」

「嬉しいこと言ってくれるじゃない」

「今後とも宜しくお願いしますね」

「ええ、それじゃあそろそろお開きにしましょ。今日は楽しかったわ」

「今度はお茶菓子か何か持ってきますよ」

「ありがサンキュ-!」

 

 ユウランは報酬を受け取り、門まで見送られながら帰路についた。

 

 鉄扉が閉じるまで、シキブは笑顔で手を振っていた。

 

 重たいそれが二人を隔てると、ユウランは早速キャラクターシートを確認した。

 

 脳内に浮かび上がった数字を見て、彼女は微笑んだ。

 

(……1000点、しっかり入ってますね)

 

 これが、ユウランの最初の冒険であった。

 

タイトル、もっとキャッチ―な方が良い?

  • ちんちんはやめろ
  • 主人公の属性押し出せ
  • そのままでいろ
  • なろうみたく長くしろ
  • 副題付けろ
  • もっと中二病にするとかさぁ
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