私のキャラクターシートにはおちんちんが足りない 作:傘花ぐちちく
役所の受付で揉めることもなく、私はその人の下へ通された。
「やぁ、ユウラン嬢。君から私の所へ来てくれるなんて、望外の喜びだよ」
「急いで伝えるべき事があったので」
シムロン市長、ロームレッダだ。艶やかな黒髪を後ろで束ねている、アメジストのような瞳の女性だ。
椅子から立ち上がった彼女に勧められて席に着くと、市長は金髪緑眼のエルフ――ヴァレンタインに給仕を命じた。
「ありがたいですが、飲み物は結構です。緊急の用件なので、彼にも聞いてもらいたいのですが」
「……そうだね、君とは実務を通じて分かり合おうじゃないか。それで、緊急の用件というのは?」
ロームレッダは静かな笑みを浮かべたまま、椅子に深く腰掛ける。ヴァレンタインはその後ろに立った。
「結論から言いますと、南西部にある三獄頭の勢力圏、そこの都市アルカンハイトでグレータードラゴンと遭遇し、これを倒しました」
「!!」
「……あぁ、続けてくれたまえ」
ロームレッダは少し目を見開いたが、動揺を見せず促した。
「彼らは"六色同盟"を名乗り、混沌竜のパラディン――神の地上代行人をする種族ですが、その黒鱗の竜人と行動していました。
私が倒したのは"青"のグレータードラゴンとそのパラディンです。
アクマハンでの炎魔眼侵攻を考えると、あと5匹はグレータードラゴンがいてもおかしくはありません。
早急に対策を練るべきかと思います」
「確認をしたい。倒したドラゴンが、グレータードラゴンである証はあるか?」
「ええ、こちらに」
ヴァレンタインに言われて私は玉と鱗を取り出した。
蒼く輝く大きな球体が竜玉で、竜の体内からとれる貴重なものだ。15000Rだぞ!
で、鱗の方は傷が付いておらず、欠けの無い大きな美品だ。
「市長、これは確かに竜玉です」
「ほほう……晴れて"竜殺し"となったわけだ、心強い」
ロームレッダ市長が素直に褒めてくれるが、今はあまり喜べない。
「あと5匹倒せなければ、意味のない称号ですよ。
それに、竜を倒したのはニース……"
「なるほど……君の言う事は理解できた。確かに、それが事実なら動かなければならない。」
「……目撃者は二人だけですから」
「話が早いね。軍も冒険者も動かすには予算が要る。よほどの緊急事態でもない限り、おいそれと動かすわけにはいかないのだよ。防備を多少固める程度はできるがね。それに、竜が大人しくしていれば不用意に刺激することにも……いや、その"六色同盟"の構成員を倒したんだったな」
続く市長の話はこうだ。
冒険者として死ぬほど有名なわけでもないユウランとかいう奴の言う事を信じて、ほいほい都市中の防御を固めて軍を出して、空振りだったらどうするんだ、という事である。
シムロンは、市民に選ばれた議員が政治をするという点で、議会制民主主義を採用している――細やかな点で現代とは異なる――ものの、市長の鶴の一声で軍を動かすことはできなくもない。緊急時における市長の権限は強いからだ。
だが、大変な困難を伴う。
市長がすぐに動かせるのは、彼女が雇っている私兵くらいなもので、ただで貸し出すのはメンツに関わる。
しかしながら、私が言っていること自体はある程度信用しており、眠れる竜を起こしてしまったのなら、早急に対応はしたい。とのこと。
内容には筋が通っていたものの、私としてはいただけない。
早急な対策をしてもらわなければ、家族に被害が及び、犠牲者が増大しかねない。
「それでも、どうにかできませんか?」
「ふむ……そうだな、グレータードラゴンの怒りを買ったかもしれないが、それを槍玉にあげ、君のように有能な冒険者を見捨てるつもりはない」
ほっ、と内心で一息ついた。
ロームレッダ市長は美人のお姉さんだが、権力者に睨まれるのはよろしくない。
「それにユウラン君、きみは我がシムロンが誇る冒険者だ。どうにか手を差し伸べるとも、そうだな……」
ロームレッダは顎に手をやり、しばし勘案してみせる。
「市に所属している者が、それを証言できればいいのだけれどねぇ」
「映像などは無いのか、魔法機器にそういったものがあったはずだ」市長の発言を受けてヴァレンタインが口を挟む。
「……あ」
う、うわぁぁぁぁああああああ!
撮っておけばよかった。ケイルレンズが1個余っていたはずだ。
「残念ながら、撮っていませんでした」
「そうか……では、人を付けようか。偵察に行ってもらえると、こちらとしても動きやすい」
「そうですね、それに否はありませんが、私一人で帰還できるかどうか分かりません。"
「あぁ……依頼料が嵩むな、ヴァレンタイン」
「市民の為です、ロームレッダ市長」
連絡の方法として私の通話のピアス――白百合とかいうのからむしり取ったやつ――の片割れを渡し、行き先を両親に伝えて、ガァマたちに色々と言い含めておいてからテンシライへ向かう。
逃走プラン一択で来たものだがら、ニースには足がつくような連絡手段は残していなかったのだ。
それと、今日の経験点稼ぎの仕事は中止だ。
レベルアップは急務だが、対グレータードラゴンを考えれば小さな点数を稼ぐより、強い味方を連れてきた方が圧倒的に良い手だ。往復四時間なら、流石にメリットの方が大きい。
竜に見つからないように低空飛行で飛んでいると、道中で小粒な冥族を発見した。ロスとしては1分未満なので、三回目までは倒したが、それ以降の二回は生きることを許してあげた。180点。
やはり、六色同盟がかつての三獄頭領域を支配し、進軍の準備を整えているのだろう。街道沿いに小粒とはいえ冥族が現れているのは不穏な兆候だ。
冥族との戦いの前線基地、テンシライへ降り立つと、いつかのアクマハンで見たような忙しさが感じられた。戦の気配だ。
馴染みの冒険者の宿へ顔を出すと、ニースから伝言が届いていたらしく、内容の通り私はテンシライの司令官がいる砦へ赴いた。
「失礼します」
「……来てくれたか、ユウラン」
「彼女が例の?」
「ああ、炎魔眼とグレータードラゴンを打ち倒した冒険者だ」
部屋には鎧やローブを着た男が数人、机上の地図を囲うように立っており、その輪には兜で顔を隠した"
梟のようなシルエットの全身鎧を一目見れば、誰もが彼を"
「それで、私を呼んだ理由は何でしょうか?」
「ああ、また竜が出た。グレーターグリーンドラゴンが一体、テンシライ周辺を飛行して、冥族領域に戻っていった」
ニースが答えると、線の細い魔術師風の男が付け加えた。彼は巌のような男たちの中では比較的細い。
「補足させていただきますが、ドラゴンは砦の上空を通過し、咆哮で威圧して森に戻っていきました。そのせいで冒険者が幾らか……減りました。ここを抜かれるのは、当然ですが非常にまずいです」
なるほど、状況は相当悪いようだ。
ドラゴンの脅しのせいでビビったやつが逃走し、兵力が減ってしまったため、竜自体をどうにかできても、その後にやってくるであろうその他の冥族に力押しされたら、テンシライは落ちる。
「
私の疑問にまたしても魔術師男が答えた。……ソーサラーレベル9、なるほど、司令室にいるだけあって実力者だ。
「ええ、実はポート・リートから、商船が黄色いドラゴンと冥族の海賊に沈められたという連絡がありました。
どちらかの都市が先に落ちれば、残った方は2頭のドラゴンに攻め込まれることになります。
ですが、あまり時間を掛けては、経済に問題が生じ、遠からず市民生活が破綻します。
いずれにせよ、時間が余るほどあるとは考えられません」
これは俗に言う海上封鎖とかいう奴だろうか。
イエロードラゴンはポート・リート近海を圧倒的暴力で制圧することで、シムロン―レンドレイム間の水運を壊滅的状況に追いやることができる。攻め込まずとも時間が経てば、ポート・リートは金という血を失って死ぬ。
ドラゴンの癖にこすい手を使いよる……。
「事は一刻を争う。もう一度我々でドラゴンを倒し、返す刀でイエロードラゴンを倒すことが最上だ」
ニースはやる気のようだ。
「ええ、これは英雄級の実力を持つお二人にしか頼めません」
「…………まぁ、現状はそうみたいですね。他には強力な冒険者パーティはいないのですか?」
思い付きで尋ねてみる。
冥族と最前線で戦っているテンシライなら、強力な冒険者パーティなどそこらに生えているのではないだろうか。シムロンを中心とした経済圏なら10万人の人口プールがある。グレータードラゴンの影響範囲にある周辺都市を含めれば少なくとも20万人は下らないはずだ。
居そうだろう? 強い奴が。
これには勿論、「メタ」な意味も含んでいる。
私の居るシムロン周辺が、「ドラゴンソードTRPG」においてどこなのかは知らないが、「公式リプレイ」に出てきたようなプレイヤー染みた奴らが居る可能性がある。
公式リプレイとは、ドラゴンソードTRPGの販売元が実際にTRPGを遊ぶ様子を文字に起こしたものだ。そこで出た設定が一部逆輸入されることもしばしあり、TRPGをプレイするグループによって、その設定を採用するか否かが異なる。
つまり、そういったリプレイ出身の「PC」や「NPC」がいれば、最悪丸投げで解決できる。
「回答させていただきますと、首都バレミアの"聖女"か、あるいはオルンエスナやレンドレイムの最上級パーティ……言うだけ無駄ですね。まず呼び出せません」
「あぁ、やっぱり」
当然、「この案件ならあいつ呼んで来いよw」みたいな意見は、実際のTRPGにおいても様々な理由で却下されることがほとんどである。配られたカードで戦えという訳だ。
「いや、私なら"聖女"を呼ぶことはできる……かもしれない」
"
「縁があるだけでな、確実ではない」
ニースはそう言って私の方を一瞬だけ見た。
「それで、その"聖女"ってのを呼ぶとしても、実力とココまでの日数は?」
「ああ、私より肉体的には弱いが、経験は比べ物にならないだろう。神官の魔法も第15階梯まで使えると言っていた」
つまり、プリーストレベル15。
おお、人類の限界だ。「お前も神にならないか?」などと勧誘が掛かってくるラインで、咽び泣きたくなるくらい有用な人材だ。
「ここまでは……飛行船で1,2日だろうか」
「飛行船ですか、どうせ落ちます。二人でやりましょう、連絡はしなくていいです」
飛行船は落ちるものである。これは、数多のファンタジー作品において決定づけられたお約束だ。「ドラゴンソード」も例に漏れない。
私たちの状況に当てはめて考えても、十分想定できる。ドラゴンが飛び回っている地域に飛行船で行ったら普通に考えて落とされるんじゃないか、というかドラゴン側が落としにかかると思う。
テンシライに"聖女"を呼ぶのは駄目だ。どう考えたって死亡フラグである。
私たちは話し合いの末、その聖女とやらを呼ばず、ニースと私の二人でテンシライ近郊を脅かすグレーターグリーンドラゴンの暗殺を行うという事で話がついた。
「では、早速――――」
――――ピリリリリリ!!
私の通話のピアスが音を立てて鳴る。通話のピアスは一対一で対応している魔法機器なので、ロームレッダ市長からの着信だとすぐに分かった。
司令官たちの視線が一斉に集まる。
「……シムロンの市長からです」
おぉ、と色めき立つ室内。
シムロンはこの近辺では最も力を持った都市の一つだ。彼らが少し表情を緩めているのは、救援が来るという期待の表れだろう。
「もしもし、ロームレッダ市長で――」
『ユウラン嬢かい? "
「はぁ、えっと何事ですか」
『状況を簡潔に伝える。アクマハンの近郊でレッドドラゴンが確認された』
「……」
『セールクス近郊にはブラウンドラゴンと冥族軍が進出して、町が襲撃されている。それに加えて、オルンエスナ北部の港がブラックドラゴンに襲撃され、船を奪った冥族がシムロンへ向けて北上している』
司令室内に雪夜のような沈黙が舞い下りる。
グレータードラゴン5頭による、5つの方向からの進軍。
ゲームセット。詰み。チェックメイト。
これは危機的などという希望がある状況ではない。破滅だ。
私が逃走プランを考えていると、"
その地図はシムロンが所属するバレミア都市連合の勢力圏が一目で分かる代物だ。
東の首都バレミア。海上貿易の中継点オルンエスナ。西の要塞レンドレイム。富の集う街シムロン。
この4つの都市を中心とした経済的・軍事的共同体を、バレミア都市連合と呼ぶ。
まぁ、国みたいなもんだ。300年前の"青の落日"以前の勢力を比較的多く保持していたバレミアが旗振り役となり、シムロン、オルンエスナ、レンドレイムと順に同盟を結んでいったのだ。
ちなみにこの四都市、日本で雑に例えると仙台横浜名古屋神戸である。
では地図に視線を戻して。
これは誰がどう見ても屋台骨をへし折る戦略である。
竜を斃せる戦力は分散しており、竜を止められるほどの大軍勢を即座に抽出することは聞くだに難しいだろう。
例えば私がドラゴンだとして、どう戦うだろうか。
まず初手でシムロンとシムロン西部の半島を墜としたい。戦力的には可能だ。そして崖っぷちのレンドレイムを落とせば、簡単にバレミアを潰すことができる。オルンエスナも陸上と海上を封鎖してやれば片が付くし、ついでにブラックドラゴンの海軍もあるので、陸海合同で海沿いの都市を攻めたい放題。イージーウィンである。
ダメだこりゃ、素人の私でも簡単に詰みの状況が考え付く。この盤面を見るまで私は逃げるだけでオールオッケーと思っていたのだからお笑いだ。グレータードラゴンが5頭もいれば大都市――一地方なんて容易に消し飛ばせる。
家族と逃げるにしたって、別の地方へ行かなければならないだろうが、それがうまくいく確率はかなり低いだろう。未知の植生、土地、敵、不衛生、ストレスと戦いながら、人の文明を離れる逃避行になれば、途中で家族の誰かが事故死する未来がよく見える。
「そちらの状況は分かった。だが、シムロンへはいけない」
"
「こちらにもドラゴンがいる」
『っ……!』
息を吐く音が聞こえた。
あちらも相当切羽詰まっているらしい。
……時間は無いが、5頭の竜をぶっ殺さなければ安寧は無い。
これは、背水の陣じゃな?
よし、気持ちを切り替えて、使えるものは何でも使おう。
「ニース、"
「それは、先ほどの話し合いで……」
「テンシライじゃなくていいんですよ。途中まで飛行船で行って、途中から早馬にでも乗ればいいでしょうに。最高位のプリーストとヴァレンタインがシムロンにいれば、一頭くらいはどうにかできるはずです」
『……大した信頼だな』
通話のピアスの向こう側で男のボヤく声が聞こえたが、無視だ無視。通話の残り時間がもったいない。
「作戦があります。まず、私と"
それから、ポート・リート近海のイエロードラゴンが来る前に、シムロンへ向かってくるブラックドラゴンを4人と海軍で袋叩きにします」
『……何故その順番なんだ?』
「海の上でヒトは戦えません。溺れたら死にます。それに、船が使えないのに陸も使えなかったら終わりですよ。まず、陸上の安全を確保する必要があります」
言うべきことを言ってロームレッダから了承を取らなければ、歩調が乱れたまま戦うことになる。通話の残り時間はあと2、3分だろうが、今のうちに説得しなければ――
『よし、その作戦で行こう。ヴァレンタイン、バレミアの通話のピアスを用意しておいてくれ』
「……あ、いいんです? その……」
『なに、できる者の足を引っ張らない事くらい、私にだってできるさ。ただし、君たちが倒れたら作戦はパーだ。気を付けてくれよ』
「ええ、勝利を持ち帰りますよ。ただ、通話に関しては、こちらが掛けるまでは掛けてこないで下さいね」
『つれないねぇ、君は』
それから、何か有意義な会話をする間もなく通話時間が切れた。これで、あと24時間経たなければ、市長へ繋がる通話のピアスは使えない。
それにしても、凄まじい決断力だ。5分しかない通信時間で、滅茶苦茶大切な初動の戦略をパッと決められるのだから、シムロンの市長は伊達じゃない。
「では、あとは可及的速やかにドラゴンを倒すだけですね」
「……して、ユウラン。居場所は分かるのか?」
「それは、その辺を飛びますよ。【テレポート】されたら意味ないですけど、こちらから発見するためにはそれしかありません。
で、見つけ次第倒します。敵が分散してくれている以上、この手しかありません。祈祷力が試されます」
「【テレポート】か、そんな魔法があれば、是非とも使ってみたいな」
ようは行き当たりばったりだ。
戦略の敗北を個人の即席戦術でひっくり返すのだから、当然といえば当然か。
この戦い、敵に侵略の時間を与えずに、ノリと勢いで暗殺しきるしかない。
成功するかは分からないが、始めるしかない。グレータードラゴンを5頭討伐する、時間制限の分からないリアルなタイムアタックを。
第二話「グレータードラゴン討伐リアルタイムアタック」
流石に事態が事態なので、無限延長バフをニースに掛けてからテンシライの砦を出発した。
出発時刻はちょうど13時くらいだ。
2レベル分の抵抗力強化、2点の防護点増加、1点のダメージ軽減、グリーンドラゴンが保持すると推測できる風属性の攻撃に対する3点の軽減効果、4点の攻撃力増加と氷属性付与、49点の体力増加、各6点分の能力値増加、のべ2レベル分の魔力増加、精神に影響を与える効果の無効化。
今できる全ての強化をニースへもたらし、私自身も
「……」
私が何も聞くなと言ったので、ニースは何か言いたげであったが、問いを口にすることなく私からバフを受けていた。とはいえ、
私たちは秒速15m、時速にして54kmで空へ飛び立ち、高度をとってテンシライ南方に広がる森を巡回する。
冥族領域の森は凄まじい広大さを誇っている。司令室で見た地図と自分の飛行速度を照らし合わせて考えてみると、この森だけで少なく見積もっても3000平方キロメートルはある。冥族領域全体なら4000は下らないだろう。
テンシライ近郊――つまり、いつでも砦に攻め込める位置でグレーターグリーンドラゴンを探すとすれば、4,500平方キロメートルは見て回る必要がある。
ドラゴンが冥族の都市にいるとは限らないし、街が森に呑まれていれば発見は困難になる。
早く見つけなければならない――そう考えながら2時間、テンシライから見て南南東に25キロ程度行ったところにある森の中で、冥族たちの部隊が長蛇の列を成しているのを見つけた。
「……敵の軍は発見、ですが竜は見えませんね」
「ではどうする? 先頭から斬り込んでおびき出すか」
「竜さえ倒せれば、まともな統率が取れなくなって瓦解すると思われますが……その方法はかなり危険です」
私は雑兵が100万体いても平気だが、ニースはそうではない。それに、高レベルの冥族が乱入してくるだけでも、対グレータードラゴン戦においては致命傷になりうる。
雑魚の介入を許さず、統率を乱し、竜だけをおびき寄せる策はあるのか?
「……一つだけ、思いつきました。確実とは言えませんが……」
「聞こう。私よりもユウランの方が考えるのは得意なはずだ」
「ええ。今から、ドラゴンの悪口を大声で言いまくります。それが作戦です」
「……なに?」
《考えたな嬢ちゃん。ドラゴンってのは古今東西プライドの高ぇヤツばっかだ、手下の前でってなると、お前らを血祭りにするまで怒り狂うんじゃねぇか》
少なくとも、明らかに悪い策ではないようで安心した。
相手の知性や計算高さを全く考慮に入れていないが、私に思いつくのはこの程度の策だ。いや、策と呼ぶのもおこがましい。時間さえあれば、とは思わないでもないが、戦略段階で時間を奪われているのだから仕方ない。
《で、どこで戦うつもりだ?》
私は魔法で飛んでいるが、これをしている最中は戦えないのだ。
「少なくとも、数キロは離れなければなりません。戦闘中に乱入されると困りますから。戦うのにちょうどよさそうな場所とか……覚えてます?」
コロコロと賽が振られた。……駄目だ、飛んでいた時の記憶を何も思い出せない。木しかなかったと思う。所詮は行き当たりばったりの行動なので、そんなに詳しく覚えていなかった。
「心当たりがある。ユウラン、先導は任せてくれ」
「……助かりますよ。では、お願いしますね」
戦闘の準備として、コンバージョンセイクを渡す。効果時間中に一度だけ、HPダメージを同値のMPダメージに変換する酒だ。あまり美味しくはないが、効果が強いので戦闘前には必ず飲むことになるだろう。
飲み干した瓶を捨てて、大きく息を吸い込む。
できることはやった。
『聞けぇ! 私はグレーターブルードラゴンを打ち倒した冒険者だ!
雑兵の陰に隠れた、臆病者のグリーンドラゴンを倒すべく参上した!!
命が惜しくば震えて眠れ!! 僅かばかりの勇気があるなら、へっぴり腰で飛んでくるがいい!』
竜語での挑発は私の強靭な声帯によって大きく響いた。100メートルほど下方、木々に隠れて見える眼下の冥族たちが、上を――こちらを見上げて何かを言っている。
簡易冥族語でもう一度似たような内容を繰り返すと、さらに地上が騒がしくなる。自然の音しかない環境なので、よく聞こえたようだ。
「ユウラン! 矢弾や魔法の類は届かない高さだと思うが、用心はしてくれ!」
「え、ええ」
耳のある部位に手を当てながら、ニースが少し大きめの声で注意した。
『臆病! 弱虫! ウジ虫トカゲ! 汚い緑の盗賊! 空飛ぶカビだらけのコウモリ! 首を吊った死体みたいなやつ! やーい! 悔しかったらハエみたいに飛んで来い!』
私が思いつく限りの悪口を叫んでいると、ニースが無言である方向を指さした。
そこの木々から鳥が飛び去り、それとは別の大きな影が舞い上がった。罵倒してから時間にして3分ほど、魔法を掛けて自己強化をするには十分な時間だ。
「釣れたぞ、ユウラン」
「……付いてくるかは運です、祈って下さい」
最後にもう一度だけ罵倒してから、ドラゴンの動向を探る。
『便所を貴様の墓場にしてやる!!
簡易冥族語でもう一度繰り返すが、そんなことをする必要も無く、力強い羽ばたきでグレーターグリーンドラゴンは接近してきた。
徐々にシルエットは大きくなるものの、私たちが逃げると大きさは一定になる。付かず離れず。だが、確実に付いてきていた。
移動を開始して3分以上経過したため、普通なら大抵の魔法的強化は解除されるが、希望的観測に縋るのは良くない。最悪を考えよう。
ニースが戦場として案内したのは、森の中でも少し小高くなっている丘だった。頂上に木は無く、20m四方程度の平らな空間があり、草食動物に食べられているのか背の高い草がまばらに生えているだけだ。
私たちがそこの中心へ降り立つと、グレーターグリーンドラゴンは上空でホバリングしていた。20mを越す竜の巨体は私たちに大きな影を落とし、ただそこに在るだけで脅威と化していた。
そこから徐々に高度を落としていくと、私たちと同じ高さで留まる。
同じ高度、などと言っても竜は巨体だ。必然見上げる形になる。彼の竜は美しく鮮やかな緑色の鱗に覆われており、森林においては自然の迷彩として機能していた。空から見つけられないのは当然だった。
これが彫刻であれば余りの雄大さに感激しただろうが、れっきとした生き物だ。この美しい生き物は自然の冷酷な側面を持つ。これは暴力にひときわ特化して、頂点として生態系のピラミッドに君臨していた。
そんなグレーターグリーンドラゴンは、丘が狭いため、陸上ではなく空中に居る。戦いが始まっても私は空中戦は仕掛けられないので、戦術としては"待ち"になるだろうか。
激しい戦いに備えて、私は頭に付けている妖精魔法用の宝石を外し、敵の能力を見抜くためのとんがり帽子を被った。
『戦の作法も知らぬ2匹の愚か者よ、力は認めるが知性は畜生にも劣るようだな』
「……何と言っているんだ?」
「力は強いが馬鹿って言ってます」
ドラゴン語の会話ができないニースが通訳を求める。
『そのご大層な頭を、今から使えなくしてやりますよ』
『……私は"
翠の竜が高らかに名乗りを上げると、賽が振られようとした。
戦いは今まさに始まろうとし――気を練って2種の練技を発動、先制判定と知識判定にブーストを掛けて、錬金術の赤いジェムを砕く。
敵の能力を――足りない、腕輪を砕いてマナを頭に巡らせる――見抜き、先手を取った。風のグレータードラゴンには通常土属性が効果的であるが、特に有効となる部位は分からなかった。
(危ない危ない、知名度を抜かなければ無策で相手をすることになってました。弱点の適用は……諦めましょう)
脳内に敵――"
"
だが、そんな私の楽観を嘲笑うかのように、"
遠隔攻撃や射撃攻撃に対する
戦士の物理攻撃に対しては破格の回避性能を誇り、魔法や特殊能力への抵抗力は"
「あいつは風のせいで当てにくいし避けにくいです。炎での攻撃は効きませんし、放ってくるかまいたちで転ばされないように注意してください」
「承知――」
早口での指示、竜化、それから【ブリンク】による確定回避の付与と【サンダーボルト】による複数攻撃の実行を済ませ、炎のブレスで何もない空間を燃やす。
"
「浅知恵よなぁ!」
「ならばこの黒鉄の剣、受けてみろッ!!」
「グォオオッ!? 墜ちろ! 【パーフェクト・キャンセレーション】!」
空中で――つまり飛びながら剣を振るうニースを見て、"
だが、ニースは落ちていない。
不可解に思うのも束の間、鋭い鉤爪でニースを八つ裂きにしようとしたが、鎧の非常識な硬さのためにダメージはほとんどなかった。竜の巨爪で殴られて引き裂かれもせず、少したじろいだだけに留まる。あの
それからかまいたちを放った"
私一人なら、勝てない相手だった。それは間違いない。炎に耐性があり、こちらの物理攻撃はロクに当たらないのだから、当然の結論だ。
しかし、ニースは私よりも攻撃を当てるのが上手く、"
この時点で、勝負の行方はこちらに傾いていた。
次のターン、私が緑のジェムを当てて翼を麻痺させてから
彼は明確に負けを意識したのか、2連続のかまいたち攻撃や【メテオ・ストライク】で遮二無二に攻め立ててくるが、こちらの回復能力が僅かに上回っていた。
ポーションに錬金術に練技にと、私たちは
"
そうして、70秒で瀕死に追い込んでやったところ、"
逃げた。
『……忌々しいが、貴様たちの強さは認めてやろう。だが、最後に勝つのはこの私だッ!』
「まずいッ! ユウラン、私は追うぞ!!」
凄まじい速さ――10秒あたり180メートル――で飛び去って行った"
「2倍拡大【マナ・アブソーブ】、無限拡大【サンダーボルト】、【サンダーボルト】、【サンダーボルト】」
墜ちた。
時間さえあればこっちはとんど無限の射程で魔法を使えるのだから、瀕死で空に逃げたら撃ち落とされるにきまってるじゃないか。
まぁ、この場に留まって戦っても死んでいたし、そんな反則染みた射程で魔法が使えることは予測不可能なのだが。
しかし、もし奴が余力を残して飛び去っていたら、逃がしていたことは間違いない。プライドのせいか、ギリギリまで踏ん張ってくれたのは幸運だったが、次もこう上手くいくだろうか……?
"
「ニース、お疲れ様です」
「……ユウラン、あの魔法は」
「面倒なので聞かないで下さい。時間があればできるとだけ。さ、剥ぎ取りますよ。今更疑われるとは思いませんが、証拠を持ち帰らなければ」
証拠を持ち帰る、ということもあるが、この戦いで消費したアイテムはしめて43860R。日本円換算でうん十万だ。高レベル冒険者は金を投げて戦うのが常とはいえ、これを残りの4体に投射したら合計210000Rだ。
資金を回収するという以上に、次のアイテムを補充するために剥ぎ取らなければならない。
「……とはいえ、先に回復を済ませましょうか」
【セイクリッド・フィールド】の魔法で冥族が立ち入れない領域を作ってから、ケイルレンズで剥ぎ取りの様子を録画する。
結果は、牙が8本、竜玉(15000R)1つに、久遠風鱗(25000R)が2つだ。竜玉だけは錬金術用のジェムに変換させてもらい、残りを二人で平等に分ける。
60分もあればニースの身体は休まったようだが、睡眠なしで回復しないMPについては私が【トランスファーMP】でまるまる補給する。それからニースにバフを掛けなおして、ダメージ軽減は土属性に変更しておく。
「物資を補給してからセールクスに行きますよ。今の時間は……だいたい16時10分ですか。18時40分を目安に到着するようにしましょう」
「……その、君の魔法について、詳しく聞くつもりは無いが、効果時間だけを聞いても?」
「あー……1日は持ちます、オーケー?」
「了解した。では帰投しよう」
テンシライの司令官に渡していた4つ目の通話のピアスを使って、討伐の旨を伝える。すると、依頼を達成した扱いで1000点と能力値の加算が起こった。嬉しい誤算である。
それから、吉報にピアスの向こうでは喜んでいたが、こっちは他の用事がある。これから使う物資の買い物を頼んだところ、グレーターグリーンドラゴンの討伐に関する報酬を決定しておかなかったため、そこから天引きという形になった。
報酬は竜1頭で40000R、一人20000R。破滅から救うにしては安すぎる賃金だが、緊急事態にしては捻り出している方だ。
テンシライに到着して早々、門前で20000Rと物資を受け取る。魔晶石に錬金術用のジェムにポーションにと、しめて87000Rのお買い上げである。剥ぎ取り品をまだ捌いていないので、収支はマイナス67000Rだ。
なので、報酬の袋にこちらの貨幣を積み上げて返却した。
……馬鹿か? 馬鹿だったわ。
テンシライは対冥族の前線基地ということで、きちんと補給できたのは幸運だった。ニースの物資についても私の方から手配しており――支払いはもちろん私ではない――届いた量には若干引いていたが、これも必要な出費だ。
「休まず次か。身体の方は問題ないな?」
「ええ、物資がある限りは。ニースの方も大丈夫ですね?」
「……ああ、次は大丈夫だろう」
兜越しの声から疲労が伝わってくる。
モジモジの実の全身数値人間である私は不眠や断食以外でパフォーマンスを一切落とさないが、彼女は私と違って純正のヒト族だ。強敵と戦えば疲れるし、同じような姿勢で空を飛んでいれば集中力も使う。この作戦でニースの疲労状況を把握し損ねれば、待っているのは死だ。
支援を中心に小賢しく立ち回るのが私だとしたら、敵への攻撃をほとんど担うのがニースである。どちらかが欠けてはグレータードラゴンには勝てない。
次に向かうセールクスは、近辺の街が竜と冥族軍に襲撃されており、対軍の戦闘も想定されている。物資の補給も難しいだろう。
私は"
"
ユウラン・アルシップス 冒険者レベル13 経験点246000+830
HP122+19+30 MP175
ファイター技能レベル13 ソーサラー技能レベル12 コンジャラー技能レベル8
フェアリーテイマー技能レベル6 プリースト技能レベル13
スカウト技能レベル9 レンジャー技能レベル9 セージ技能レベル5
エンハンサー技能レベル7 アルケミスト技能レベル7 ドラゴンレゾナンス技能レベル6
器用度32+6 敏捷度32+6 筋力35+6 生命力45+6 知力49+6 精神力50+6
レベル取得:<<魔法拡大/数>> <<魔法拡大/すべて>> <<マルチアクション>> <<頑健>> <<足さばき>> <<魔力撃>> <<クリティカルキャスト>>
魔法取得:<<武器習熟A/各種>> <<防具習熟A/非金属>> <<防具習熟A/金属>> <<防具習熟A/盾>> <<回避行動Ⅰ>> <<ターゲティング>> <<両手利き>> <<ブロッキング>> <<魔法収束>> <<鷹の目>> <<魔法制御>> <<MP軽減/各種>> <<武器習熟S/各種>> <<武器の達人>> <<命中強化Ⅱ>>
脱法取得:<<必殺攻撃Ⅱ>> <<牽制攻撃Ⅱ>> <<全力攻撃Ⅱ>> <<薙ぎ払いⅡ>>